高尾一日亭

子ども時代に直結する散歩道

石原靖久(エッセイスト)


 山には尾根道、林野庁の人が歩く道、そしてけもの道など、人ひとりが歩けるほどの小道が縦横に走っている。そのひとつひとつを歩きながら、時間をはかり、繁殖する植物の種類を知るのが僕の楽しみとなった。その結果、ちょっと散歩気分で言えから1−2時間で散歩できる小道が7本あったことがわかった。それに市街方面に向かう道が3本。つまり、僕の散歩道はその日の気分に合わせて10本の中から選ばれることになった。

  早春は、梅の花や寒椿の咲くコース。4月は桜、そして初夏はさくらんぼや野いちご、桑、ぐみをつまみ食いするコース。夏は破れ傘などチラホラとはえるコース。街に出たいときはバス道をテクテク歩くか林野庁の森を迂回する地元の人しか知らないコースをテクテクテクテクと歩く道など、ときに応じて道は選択されることになる。

  国立にいた頃の僕の散歩道はふたつしかなかった。東京新百景にも選ばれた大学通りのオシャレな店を覗きなが歩くコースと谷保天満宮の裏に出て、多摩川に向かう田園コースだ。国立は他の中央線沿線の町に比べると緑の濃い街だったが、高尾は緑の濃さが違う。緑にむせるといっていいほどだ。

 思えば、さくらんぼを取って食べたり、イタドリの幹を折って食べたり、桑の実で口の中をまっ紫色に染めたのは、はるか子どもの頃、昭和20年代の末頃の思い出だ。ここの散歩は、その記憶を蘇らせた。歩きながら桑の実をつまみ、口に入れるたびに昔、そうやって一緒に歩いたミッ君やノボちゃんといった少年時代の仲間の懐かしい顔を思い出すのである。

(地球人通信1996.10)