星くず
地球人のアイデンティティ


 新緑が、木々の枝を鮮やかな色あいで覆い始めたあの枯れ枝に、再び見事な生命をよみがえらせている。例年のこととはいえ、こうした自然の神秘に触れるたび、新鮮な感動がよびおこされる。


 ここ一、一年、特に強く感じていることのひとつに人々の自然への関心の高まりがある。これは山好きの友人に聞いた話しだが、最近は、山登りを楽しむ中高年の人たちが急に増えてきたという。


 ジョギングやサイクリング、キャンプ、つりなど、アウトドアスポーツの人気もうなぎのぼり。自然食品、ミネラル・ウォーター、ハープや民間療法といった自然志向の食品や療法が注目を集めてもいる。書店に行けば自然を謳った雑誌や書籍があふれている。より所を自然に見いだそうとする人々が増え、どうやら今、自然は消費トレンドにもなってきた。


 写真家の藤原新也氏が、朝日新聞紙上で、興味深い記事を書いていた。この50年、日本人は、地縁、血縁の農的共同体をはじめ、終身雇用制の企業共同体などをことごとく失って、理念的共同体も、国家的共同体も、もはや夢見ることができなくなっていると指摘していた。つまり、日本人は今や帰属すべき共同体を、いかなる場所にも見いだせないでいるのである。

 それに関連することで、小栗康平監督が花崎皐平氏の『個人/個人を越えるもの』(岩波書店)を引き合いに出しておもしろい話をしてくれた。「人間は、もともとどこかに帰属して存在するのではなく、本来、ひとりひとりが存在そのものなのだ、という考え方がとても新鮮に感じられた」という。もし、現代の日本人が帰属を失ったのだとすれば、むしろ、本来の存在に気づく最高の機会を迎えているということかもしれない。

 ところで、玉川大学に昼間に星を見せてくれることで有名な宇宙物理学者の佐治晴夫教授(現・宮城大学教授)がいる。機会あって、研究室の天体望還鏡で「昼間の星」というのを見せてもらって、宇宙と生命の誕生について貴重なお話しもうかがうことができた。

 およそ150億年前、字宙は温度を下げながら膨張し続けているのだが、その間、無数の星が生まれ、消滅し、超新星の爆発を起こしたりして、さまざまな物質の元素がつくられた。そしてそれらの元素があちこちから飛来して、地球上に生命が誕生する。

 そのせいなのだろう、星と人間の元素の割合はほぼ同じとなっている。「人間は星のかけら、宇宙そのものでもあるのです」と、佐治教授が言うのはそういう意味からだ。地球には現在、未知のものも含めると数千万種類の生命が存在するのだと言われている。ところが生命を次の世代に伝える情報の伝達方式はDNAによるただ一種類しか存在しない。遺伝子の暗号の組み合わせ次第で魚になったり、ヘビになったり、イルカになったりするのだそうだ。

 佐治教授の『宇宙の風に聴く』(カタツムリ杜)を読んでみると、こんなことが書かれてあった。佐治教授は人聞の卵細胞の分裂が始まって30日目から40日目まで、10日間の胎児の成長と変化を克明に記録した映像を見る機会があったのだそうだ。最初は魚、古代軟骨魚類の頭が現れ、次いで両生類、さらに爬虫類、次は哺乳類、そして人間と、1億年ほどの生命の進化の歴史をわずか10日間に一挙に辿ってみせてくれたのだという。胎児にそんなことが起こるのだとすれば、生命の進化の過程がDNAにちゃんと記憶されているということになる。こうした話を聞いたりすると、ヒトの生命も、他の生物の生命も何程の違いがあろうか、否、同じなのだとさえ、つい思わずにはいられなくなるのだった。
(河音元/地球人通信1996.7)