CLOSE UP(地球人通信1997.4)


森の精霊〜シルヴァンの秘密〜 

稲本正(オークビレッジ代表)       オークハーツ 1500円           


日本人の環境哲学


 日本には明治以前には「自然(しぜん)」という言葉がなかった。Nature(ネイチャー)の訳として「自然」という言葉が作られたそうだ。それまでは「自然(じねん)」と言っていた。「じねん」は人間も自然も一体化した概念だ。人工物に対して、人間が対象とする自然は、デカルトの二元論により確立された概念である。


 人間の対象として自然を見る方法で、環境哲学や環境倫理を形成することにかけては、やはり欧米人の方がうまい。しかし、日本人が日本人としての〈環境哲学〉をそろそろ自分たちの手で創り上げてもよいのではなかろうか、と思った。そして、その問題提起になればと思い、この本を書くことにした。


 私が現在、理事をしている「日本環境教育フォーラム」でも、しきりに日本型環境教育を創出しなければいけないという声が上がっている。また、よく「そろそろ、洋の東西の哲学を融合させて、発展途上国も含め、地球上の人類のあり方を本格的に考えないと、21世紀の人類は危ない」とも言われている。そんなテーマを持った人々に深いところで参考になる本を書きたい。そうも思った。


3つの条件の難しさ


 この本を出発させる時、具体的に次の3つの条件を前提にしようと思った。

1.日本人の環境哲学を考える時、「草木1本にも生命が宿る」という考えが根底にあり、しかも、いろいろな価値観を容認する(すなわち、多神論的)姿勢が強い。それで3人の主人公と1本の木を通した世界観を表すために、1節ごとにインクの色を変えること。


2.環境を本格的にテーマにした本なので、本の素材自体も環境に良いツリー・フリー・ペーパー(サトウキビのカスなどを使った紙)」を使うこと。


3.近代合理主義の限界を越えるための出口として相対論の解釈を実感をもってわかってもらうため、ペパーナイフで切り開きながら読み進むフランス綴じとすること。


 このような3つの条件を前提とし、この本は環境哲学を学びながら推理小説として楽しんで読みすすめられるように企画した。最初は大手出版社で出版することになっていたが、「ツリー・フリー・ペーパー」が予想以上に高く、「1500円以上にしたくない」という私の主張と折り合わず、結果的に「オーク・ハーツ」という私の会社での自費出版となった。


 出版後、すぐに毎日新聞の「余禄」や産経新聞の「産経抄」に紹介され、予想以上の反響に驚いた。しかし、自費出版の本は、一般書店になかなか並びづらく、いまだに直接販売が圧倒的に多い。


 また、「『いじめに合う少年』と『交通事故に合った若い女性』、そして『会社が倒産しそうな中年男性』という各主人公が、自然、特に森や木と接して自分自身を癒していく」というストーリーは、多くの人々の共感を呼んだようで、いまだに人から人に言い伝えられ、少しずつ広がっている。特に阪神の大震災の被害者の人々の間でも広がっており、これまた予期せぬことで、非常に嬉しいと思った。


いまだに解かれぬ謎


  この本は、仕事の合間に根を詰めて書いたこともあり、出版とほぼ同時に胆石を患い、108個も石があり、入院して手術するハメに陥り、大切な本の販売時期に自分が動けなくなってしまったのは残念だった。また、私がこの本の中で出した謎「シルヴァンは白神を出る時に出すヒントから予想される次の目的地はどこでしょう」という問いに、いまだに正解者がいない。このことも残念だ。


 しかし、いずれにしても、21世紀に向けて、森と人類のあり方に対し、多くの人が関心を持ち、その人たちが、この本を読んだ後、読書カードにいろいろな意見を書いて送ってもらえ、それを読むたびに、本当に苦労して出版したかいがあったと思う。

(稲本正)