本つくる人のきもち (地球人通信1997.4)


いま、自然を生きる

鶴田静(エッセイリスト)岩波書店 2266円

「よい生活」の道しるべ
  鶴田さんと話しているとニアリング夫婦に話題が及んだ。彼らは自分たちが考える「よい生活」を実践するために40半ばでニューヨークから田舎に移住し、アメリカに「田舎に戻ろう」というブームを巻き起こす。そしてその夫スコットは100歳になり身体が効かなくなると絶食し他界する。彼は人生の最後まで自分の意思で決めたのである。

 
  鶴田、レビンソン夫婦も千葉・鴨川で彼ら以上に「よい生活」を実践し、それを提案している。彼らの生き方を通して気づかされるのは、僕らが周りに依存したライフスタイルにあまりにどっぷり浸かって、生きること、死ぬことが自分のものであることすら見えなくなっていることだ。鶴田さんは試行錯誤の体験を彼女自身の言葉で語りながら、そうした見えなくなっていた「生きる」「死ぬ」基本のひとつひとつを読む者が発見してゆく数々の道しるべを、この本の中に植え込んでいってくれた。

(岩波書店・岩永泰造)




沈思放徨

藤原新也(作家、写真家)筑摩書房 1800円

時代が憑依する言葉
 藤原さんが20代に書かれた短いエッセイに「ヒトと物の間」というものがあります。インドの強烈な物質世界に圧倒されながら、自分という存在の所以を、訥々と自問自答する、その語り口にとても惹かれたのが、本の執筆依頼に行く契機でした。仕事場の引き出しに無造作に突っ込まれていた、藤原さんが「忘れていた」インタビューやら対談の記事。それを初めて読んだ時に、この本を思いつきました。

  藤原さんの言葉には、時代が憑依している。彼の、長い時間にわたる発言記録をたどることで、人間が実存の世界からどんどん離れ、仮想世界の中に溺れていく時代の流れが見えてくるのではないか。それから、藤原さんの発言録探しと編集作業が始まりました。

 その間に、経済は揺れ動き、震災、地下鉄サリン事件が起こり、その間も藤原さんは動き、気がついたら5年の歳月が過ぎていました。27年にわたる彼の旅の中の言葉の総集編として、ある力を持つものになったと自負しています。

(筑摩書房・長島美穂子)