本 つくる人のきもち(地球人通信1996.7)
ウィルソン生命の多様性T、U
E.Oウィルソン(ハーバード大学比較動物学博物館教授)、
訳・大貫昌子、牧野俊一 岩波書店/各2800円
我々は何をすべきか、生命の多様性を説く
最近、地球環境のキーワードとして「生物多様性」という言葉をよく耳にするようになりました。実は、その震源地になったのがこの本なのです。著者は社会生物学大論争を巻き起こしたことでも知られる、世界的に著名なハーバード大学の教授です。
あのE・0・ウィルソンが地球環境に関わる重大な問題提起を含んだ新しい本を書いていると聞いて、原稿の一部を見せてもらった時点で、私たちはただちに日本語版の出版を決めました。
編集作業が進行するとともに、私はその判断が正しかった、という思いを一層深めていきました。何しろ世界中が舞台になり、ありとあらゆる生物が登場し、生物多様性が人間にとっていかに大切かが、圧倒的な迫力で説き明かされるのです。しかも、環境破壊の進行を逆転させるにはどうすればよいかという処方箋まで書いてあります。地球環境に関心のある人には、ぜひとも読んでほしいと願わずにはいられません。
(岩波書店・宮部信明)
癒す心、治る力
アンドルー・ワイル(医学博士、ハーバード大学植物学博物館民族精神薬理学研究員)
訳・上野圭一、角川書店/1600円
自発的治癒とは何か 奇跡的治癒例と処方を紹介
ダルマさんのような風貌のワイル氏は大の日本びいきだ。少年の一時期を日本で過ごして以来、折にふれて何度も来日している。「癒す心、治る力」の日本語訳を手がけることになった時、私は恥ずかしながらそのことを知らなかった。クノップ社から出版される前の原稿を読んで、これはとても大切な本だと感じ、ある意昧では、これまでの仕事の集大成だと思った。体験に基づく奇跡的治癒例と処方が具体的に記されている。心と身体、食物と環境に関心のある人すべてに読んでほしい。
自分じゃなくても、誰かが日本でも出版するだろう。でも、どうしても、この著者に関わってみたいという欲望が、時間が経てばたつほど強くなっていった。こういう時は自分の勘を信じることにしている。結果としてこの本は、思いのほか多くの読者に読んでいただけた。ワイル氏の人柄にも触れ、いろいろと学ばせていただいた。こういうのを編集者冥利というのだろうか。巡りあわせに感謝している。
(角川書店・郡司聡)
舞い上がったサル
デズモンド・モリス(動物学者、科学評論家)
訳・中村保男 飛鳥新社/1800円
人間観察学の集大成 人間という動物の隠された姿
「人問の遺伝子の98.4%はチンパンジーと同じだ」
「人間はアシカやアザラシと同様、水辺に生息していた時期があった」
ときにはショッキングなエピソードも交えながら「人間という動物」の隠された姿を明らかにする本書は、約30年前、ベストセラー「裸のサル」でセンセーショナルを巻き起こした英国の動物行動学者デズモンド・モリスの最新作。
英国BBC放送の同名ドキュメンタリー番組と平行して執筆された、モリスの最も得意とする人間観察学の集大成です。執筆の動機については、「裸のサル」への批判に対し、最新の研究成果で反論したかったことを匂わせています。しかし、本書は、世紀末で混乱する人間の姿に新たな意味を加え、21世紀につながる人間の可能性を示した点で、反論を超えた、まったく新しい人間論だといえましょう。
セックスから芸術に至る身近な問題を論じ、ときには挑発的なモリス流人間賛歌、ぜひ、ご一読ください。
(飛鳥新社・徳永修)
宗教なき時代を生きるために
森岡正博(国際日本文化センター生命学研究) 法蔵館/2000円
生ぎる意味とは ぼんとうの自分とは
「『別冊仏教』(法蔵館)八号でオウム真理教事件を特集するので、10枚のエッセイをお願いしたいのですが」 「5枚くらいならなんとか」というのが始まりだった。締切りが近づき電話をすると、「あの原稿、105枚になっちゃった」と言われたのには正直マイッタが、読んでみると、これが抜群に面白い。
東大の理科に入った著者が、ドロップアウトしてオウム的な世界に限りなく近づきながら、しかし、そこにおちいるのをいかにしてまぬがれたかが、臨場感あふれる筆致で描かれている。これを掲載した雑誌もよく売れたが、書き足して単行本になれば大評判になるという確信をもった。
事実、その反響は予想をはるかに越えるものだった。なにしろ、自分の神秘体験はあるは、実感的「尾崎豊論」はあるはという具合で、一章ごとに原稿をいただきながら、めったにないスリリングな経験をさせていただいた。それがどんな経験だったかは、ぜひ実物を読んでお確かめ下さい。
(法藏館・中嶋廣)
賢治の学校
鳥山敏子(「賢治の学校」代表)サンマーク出版/1500円
「天の才」を発揮して生きる からだで表現する
鳥山さんはいつも家におらん。全国に「賢治の学校」をつくろうと、雨にも負けず風にも負けず全国を駆け回っておるからだ。人間が、特に子どもたちが、それぞれの「天の才」を発揮して生きていけるような社会をつくろうと東奔西走しておるからだ。本書には、そんな著者のエネルギーが、そのままみっしり詰まっている。
宮沢賢治の作品を読みながら、あるいは賢治の教師時代を知る教え子たちの話を紹介しながら、今の大人たち、子どもたちの抱える問題について語る鳥山さんの口調は静かで重く巌しく鋭い。だのに温かい。
多くの苦労やいやな面も見てきたであろう人が、それをつき抜けた時にもつ、でっかさからくるのではないだろうか。鳥山さんのエネルギー、温かさ。それにまいってしまった。
編集サイドの仕事は、読む人にできるだけたくさんの、そして息吹を感じてもらうようにすることだった。だから、この仕事で疲れをおぼえたことはなかった。本書を読んだどの人にも「透明な力」がうつってほしい。
(サンマーク出版・高関進)
ベトナム横町喧喧録
水野あきら(イラストレーター) 三修社/1600円
ベトナムの色、音、匂いが充満するイラストエッセイ
変遷すさまじい街、屋台の活気、シクロ車夫達の人生と気概・・・。1987年に初めてべトナムを訪れて以来、底抜けの活気と出くわして、その虜になった著者が1994年までの七年に渡り、横町にしゃがみこんで汗みずくになりながら描き綴ったイラストエッセイ。戦争の傷痕を残しつつも、したたかに生きる庶民達との、人情味溢れる裸の交流記である。
つい数年前までの記録であるが、96年の今では街角からすっかり姿を消してしまったものも少なくない。大国経済の流入により、日々失なわれゆく、大切なものの姿を永還にここにとどめたいという水野氏の切なる願いがこめられている。
少しずつまとまる度、私の手元に送られてくる原稿は、今時珍しく(水野氏らしく)手書きで、当初の依頼をはるかに超える分量となった。「描き込み過ぎた」とご白身後悔しきりのスケッチからは、しかしベトナムの人々への溢れるばかりの思いのたけが伝わってきて、私は胸をしめつけられた。
(三修社・楠本かおり)