Q6 なぜ長期未開業線は『鉄道要覧』に記載されないか


A6 事業基本計画が未提出か?

 1999年度版『鉄道要覧』の「平成10年度鉄道・軌道の免・特許等一覧」には、「未開業線の廃止」として札幌臨港鉄道(新川〜石狩、17.3km)の第1種鉄道事業免許が1998年8月5日付で廃止許可・同実施となったことが記載されています(14ページ)。
 ところが、この鉄道は不思議なことに前年度(1998年度)までの『要覧』には記載されていないのです。『要覧』には未開業線も含め、免許(2000年3月からは許可)・特許を受けたすべての鉄道・軌道が掲載されているはずなのに、どうしてこのようなことが起きるのでしょうか。

 実は、鉄道事業法施行前日である1987年3月31日現在で編さんされている1987年度版の『要覧』は、「全線長期未開業線」として、札幌臨港鉄道を含む4事業者を掲載しています(詳しくはこちらを参照)。これらの事業者は遅くとも1990年度版ではすべて姿を消しています。しかしいずれも、なぜ削除されたのか、理由は記載されていません。免許が廃止になったのならば、それを示す記述があってもよさそうなのに、見当たらないのです。

 そこで、ここからは私の推測になるのですが、これら長期未開業線が『要覧』から削除された背景には、1987年4月1日の鉄道事業法施行が絡んでいると思います。
 鉄道事業法は、鉄道事業の免許を受けるには、施設概要(単・複、電化・非電化)や駅の位置などを記した「事業基本計画」を提出するよう第四条で定めています(記載内容は、運輸省令の鉄道事業法施行規則第五条で規定)。従って、同法の施行後に新たに免許(許可)申請した鉄道については、すべて申請時に事業基本計画が提出されていることになります。
 それでは同法施行時にすでに営業中または免許取得済みの鉄道はどのような扱いになるのでしょうか。
 事業法は附則第三条で「鉄道事業法の規定による鉄道事業免許(原則として、第一種鉄道事業免許)とみなす」旨の規定を置いています。従って、1987年4月1日以前に地方鉄道法に基づく免許を得ていた鉄道は(営業中、未開業いずれも)新たに免許を取得し直さずとも、鉄道事業法に基づく免許を取得したとみなされるわけです。
 そしてこれらの鉄道の事業基本計画の扱いは、鉄道事業法施行規則附則第三条で「この省令(=鉄道事業法施行規則)の施行の日(=1987年4月1日)から3カ月以内に事業基本計画に記載すべき事項を記載した書類を提出する」ことを求めています。これは、鉄道事業法に基づく書類等の提出範囲が地方鉄道法よりも広がったための措置です。なお、JR各社については、特に国の承認を必要としたようで、各社の提出した事業基本計画は1987年6月15日付で運輸大臣が承認しています(石野哲ほか『停車場変遷大事典国鉄・JR編』による)。

 さて、札幌臨港鉄道などいわゆる「全線長期未開業線」は、竣工期限などが大幅に経過しているものの、何らかの事情で例外的に免許が取り消しにならなかった鉄道です。従って、鉄道事業者にとって免許を維持し、今後開業にこぎ着けようという意図は恐らく希薄だったのではないかと思います。こうした鉄道事業者が、わざわざ免許を維持するために、新たに義務づけられた事業基本計画を提出したでしょうか?私はしなかったと思います。
 ところが、事業基本計画の提出期限は、法そのものではなく、その下の規則で規定されていたため、期限までに提出しなくても罰則や免許廃止はありません。かといって、提出しなければ、事実上、開業・営業はできません。このように、新法施行のはざまにはまりこんでしまったのが、長期未開業線だったのでしょう。免許は維持していても、事業基本計画を出さない限り、開業する可能性はないわけですから、わざわざ『要覧』に記載する必要はないと判断し、削除されるに至ったのではないかと考えます。

 たまたま今回、札幌臨港鉄道が正式に免許廃止となったのは、北海道石狩町による軌道系交通機関の導入計画と抵触するため、会社そのものの解散手続きがとられたことが理由のようです。こうした特殊な事情が生じずに、休眠免許を維持したままの長期未開業線は、もしかしたらほかにもあるかもしれません。

 なお、森口誠之『鉄道未成線を歩く 資料編』によると、起業廃止手続きをとらず、免許返納や施工期限切れで免許失効した路線で、『民鉄要覧(現在の鉄道要覧)』等の記載から免許廃止時期が不明の鉄道は、上述4社のほかに、1946年以降で21社26区間存在したとのことです。
 また同書が「1997年現在、実現不可能そうな未成鉄道」として掲出しているわたらせ渓谷鉄道(間藤〜足尾本山)、衣浦臨海鉄道(亀崎〜半田埠頭)も1998年度中に免許が失効(種村和人さん「未来鉄道データベース」による)しており、1999年度版『要覧』からは削除されていますが、「平成10年度鉄道・軌道の免・特許等一覧」の欄に記載はありませんでした。

 (この項をまとめるに当たり、@nifty鉄道フォーラム専門館「9番線 鉄道歴史談話室」における1999年11月の書き込みを参考にさせていただきました)


全線長期未開業/休止中の鉄軌道(1987年以降)

ここに掲げる鉄軌道は、工事施工認可申請期限や竣工期限を大幅に過ぎたり、長期間にわたり休止中でありながら、免許・特許が取り消されることなく『民鉄要覧』に記載され続けていた路線です。どのような事情でそうなったのか不明であるばかりではなく、突然『要覧』にも掲載されなくなるなど、謎の点が多く残されており、今後の解明を待ちたいと思います。

会社名 動力 軌間 区間 キロ数 免許/特許 工施認可 竣工期限 備考
札幌臨港鉄道 内燃 1067mm 新川〜石狩 17.3 S32.05.29 S33.07.08 S40.11.30 1990年度版から削除
H10.08.05廃止許可、同実施
鶴見臨港鉄道 電気/内燃 1067mm 弁天橋起点2.173km〜同2.363km 0.2 T14.11.22 S04.06.14 S15.06.30 1990年度版から削除
四国中央鉄道 蒸気 1067mm 生比奈〜横瀬 5.1 S21.11.22 S22.10.24 S33.06.30 1989年度版から削除
立江起点0.3km〜生比奈 6.0 S26.02.19 S26.05.30
熱海モノレール 電気 跨座式 モノレール熱海〜公園前 1.4 S38.12.21 (S41.03.31) −− 1989年度版から削除
公園前〜熱海港 0.5 (S45.12.20)
山梨電気鉄道 馬力 666mm 石和町〜千秋橋東詰 8.4 M29.03.17 −− (M31.04.03) 軌道法。事業休止中
1987年度版から削除
柳町〜錦町 0.4 M37.04.15 −− (M37.12.27)

(注1)『民鉄要覧』(1990年度版からは『鉄道要覧』)各年度版に拠る
(注2)工施認可のカッコは認可申請期限
(注3)竣工期限のカッコは開業日


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