雑記帳


夜中の雷雨
世界がフラッシュで満たされ、しばらくして爆発音が降ってきた。テントの中で眠っていたわたしはいっぺんで目が覚める。寝ぼけた頭で、テント本体の上にかぶせるフライシートの入り口部分をまくりあげたままだったことを思い出す。急いでテントの出入り口を開け、フライを下げる。すぐに大粒の雨が当たる音が響きだした。
遮光性のないテントは閃光に対してまったく無防備である。目を閉じていても強烈な光がまぶたを突き抜ける。稲光が光ってから雷が鳴るまでの間隔がだんだん短くなってきた。テントの中が明るくなると同時に「いち、に、さん、し、....」と秒を数える。ついに、「いち、に」と言ったとたんに頭上で大音響が炸裂した。上空わずか700メートル弱の距離に雷雲が来たのだ。


このころになると光と音、雨と風の大饗宴状態になっていた。閃光と雷鳴がとどろき渡り、周囲の林が唸り騒ぐ。雨はテントを小太鼓のように叩き、風がさかんに揺さぶりをかける。細かい鞭で叩かれているような雨音が狭い室内に充満する。今夜の我が家はいかにもひ弱だ。外界を隔てる壁はこんなに薄く、揺すり叩く自然の勢力に対してあまりに軽い。
仰向けになど寝ていられない。うつぶせになって腕に顔をうずめ、稲妻も光らないのに機械的に「いち、に、....」と数えている。池のほとりにテントを立ててしまったのが不安をかきたてる。流入する沢はない池だが、このまま豪雨が続いて水際が近づいてきたらどうしよう....。だが風雨はあいかわらず荒れ狂い、外は真っ暗闇、テントから首を出すことはできず、これは通り雨、きっと長くて一時間だと信じて雨雲の去るのを待つ。


シャワーのコックを閉めたときのように、雨は急速に衰えて、止んだ。森の奧ではまだ降っている音がするが、あれは葉末の滴が落ちているのだろう。しばらく横になっていたが、そっと入り口を開け、外に出てみた。もう雲が切れて星がいくつか見えている。ライトをテントに当てて眺める。何事もなかったように設営したときのまま立っている。
北八ツ・双子池の雌池は別に水かさが増えたふうでもなく、水面は夕方見たときのように静かだった。林のなかから流れ出る小さな沢ができている。テントに戻ってせせらぎを聞いていたが、それもしばらくして消えた。雨だれの音もしなくなっている。すべてがもとに戻った。だが、それからしばらく寝付けなかった。
寝付けない頭で考えた。「来週はどの山でテントを張ろうか....」
2000/7/6 記

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