散策路最高点から中央火口の空釜を望む

本白根山

志賀高原と戸隠高原を梯子する計画で連れと車で出かけた折り、志賀から戸隠に移動する途中に登る山として万座温泉からの本白根山を選んだ。おそらくいつ訪れても草津白根山は湯釜を眺める観光客で遊歩道が混雑していることだろう。それに比べれば車道を隔てて南に横たわる本白根山は静かなはずだ。
本白根を横断するルートとして草津白根側の登山口と万座温泉側の登山口を結ぶ”本白根探勝歩道”がある。草津白根側からは探勝歩道最高点から戻って鏡池を周遊するルートに入って出発点に戻ることもできる。短くて楽なうえに変化に富んでいて悪くないものの、登り行程が続かないせいか、整備された歩道が多いせいか、あまり山に登った気がしない。これに対して万座側からのコースは森のなかを行くやや長めのもので、もう少し山の雰囲気が味わえることだろう。高低差も多少あるので人影はいっそう少ないだろうから、静かな山を好む自分と連れはこちらを往復することにした。


志賀高原から草津白根山に続く山上ドライブウェイは展望が言うことなしだ。車の数も少なくないが、盆休み前の平日のせいか数珠繋ぎなどということはなく快適に走れる。渋峠のあたりで相変わらず月面のような草津白根の山腹を遠望し、車を停めて芳ヶ平を見下ろしたあと、いよいよ草津白根という手前で万座温泉へと下る道に入る。山腹をぐんぐん下る道で、交通量もだいぶ減る。かつてスキーで訪れたことがある温泉街が出てくるとようやく谷間が開け、温泉街を抜けたところにある大きな更地の駐車場に停車する。噴煙が目の前から上がっており、硫黄の匂いがする。停まっているのが二、三台あるが、山に向かうものではない。
森のなかの幅広の道
森のなかの幅広の道
今日は朝から日差しが強い。連れと二人、日焼け止めを塗って山に向かう。車道の縁を登って穏やかな山道に入る。背後の温泉街が見えなくなるとエンジン音も途絶える。予想通りこちらから登る人はほとんどいないようだ。道のりは平坦とは言わないまでも昨日の笠ヶ岳に比べれば広くて斜度の急激な変化がなく、淡々と歩いていける。人影がないわりにはよく踏まれ、山腹を行くような危なっかしい場所は木道で補強されている。左右が森なので残念ながら眺望はないが、自然林のなかを行く道は日差しが遮られ、葉擦れの音も心地よく、なにより木々の枝振りが単調でなくて飽きない。紅葉の時期はきっと華やかなことだろう。
標高差はそれほどではないが水平方向への移動距離が大きいため平坦な部分も多い。そういう道を何より好む連れは「このコースは私向き」と喜んで歩いている。とはいえ登ることは登るし、途中にはいったん急激に下るところがある。あまりに急なので木の板が差し渡された階段になっているが、もちろん手すりなどない上に板の奥行きが靴の長さほどしかない。風が強いときや雨で滑りやすいときなどかなり難儀するだろう。おっかなびっくりでこれをやり過ごすと、平坦路を過ぎて今度はジグザグの急な山道の登りとなる。道幅は狭く腰を下ろす気にはならず、二人して全身汗まみれになりながら登り続ける。
斜度が緩むと左手の梢越しに草津白根山の異様に明るい山体が窺えるようになった。右手には、火山性ガスの影響だろうか、立ち枯れた木々が並ぶ斜面も見えてくる。ひとしきり登って左右にハイマツが出てくると眺望が開け始める。万座方面から浅間連峰方面と思われるあたりが遠望できるのだが、昨日同様にすでに雲がわき始め、明瞭に見分けられる山はない。一面にピンク色の斑点を散らすコマクサの斜面が視野に入ってくると稜線は近い。
ハイマツ越しに万座温泉街を望む
ハイマツ越しに万座温泉街を望む
コマクサ
稜線直下に咲くコマクサ
探勝歩道最高点を目指す
探勝歩道最高点を目指す
灌木帯を抜けると探勝歩道最高点だった。目の前に広大な火口跡が広がり、そのなかをハイカーが三々五々に散策している。火口壁越しに見えるのは野反湖周辺の山々だろうか。振り返れば浅間連峰が夏靄に霞む。ときおり吹き渡る風が心地よい。日差しを遮るものはないものの眺めの良さは文句なしなので腰を下ろし、せっかく持ってきたという理由で暑い夏の昼前にもかかわらず湯を沸かし、コーヒーを飲んだ。


本日はこのあと再び志賀高原に戻り、笠ヶ岳山頂直下の峠の茶屋に食事をしにいくことにしていた。すでに昼過ぎなのでそろそろ下らなければ。探勝歩道最高点を離れるとすぐ人声は絶え、静かな山が帰ってきた。途中にある急な階段は上りになるので連れも楽に乗り切り、概ねゆるやかな下り坂となった山道を快適に歩いていった。
2008/08/07

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