御堂山御堂山の序盤からヤブ払いに格闘

11月の初旬、ハイカーの訪れもろくになさそうな山中で、見も知らぬ同士が協力してヤブのなかに道を付けようとしていた。


先頭に立ってストックを振り回していた手を休め、初老の男性は行く手を見上げながら話しかけてきた。
「あのコルまで登って、右手に行くと頂上ですね」
「ええ」
「ガイドでは林道終点からコルまで30分なのに、まだ半分くらいで一時間はかかってます」
「いま1時半。4時のバスに乗ろうとすると、登りにはあと30分くらいしか余裕が残っていない」
「あと30分でも、コルには着かないでしょう」
「コルから山頂まで1時間とあります。今日はだめですね」
「そうですね。悔しいけど」
「さっきの、小さな滝のところでお茶を飲んで帰ります」
「わたしも紅葉の写真を撮って、戻ります」


登るのをあきらめた山の名は御堂山。群馬県の下仁田から軽井沢に向かう道路の右手にあるが、北上する車道からだと山自体は全容がつかめない。長野の方から下りてくると稜線に”じいとばあ”と呼ばれる岩峰が目立つらしい。その名のとおりの人面岩だそうで、山頂への道からははずれているが、寄り道して眺めていく価値はあるようだ。しかも山頂からは妙義山を間近に眺められるともいう。向かいの鹿岳山頂から見ると急な斜面も岩稜も目立たず、困難はないものと思っていた。
いかにも簡単に登れると思ってやってきたハイカーを待ち受けていたのは、ほとんど消えかかっている踏み跡と、しきりに衣服にくっつく種子を満載した雑草、それに登山道沿いに繁茂するイバラのヤブだった。坂詰というバス停から登っていったが、御堂山は林道が尽きて山道になるところすら判然としない、純然たるヤブ山だった。単独で先行していた初老の男性と二人、不詳のルートを探り、行く手を遮るイバラの枝をストックで叩き落とし、全身に不快な種子をまとわりつかせながら2時間ほど格闘して、結局稜線にすら出ることができず敗退したのだった。
ヤブまたヤブ ヤブまたヤブ
登りには1時間半ほどかかったところが、下りではわずか20分だった。いかにヤブが前進を阻んだかがよくわかった。
「バラさえなければ、何てことはないんですがね…。ストックだと時間がかかる。ナタがあればいいんですが、カマでも」
「…次に来る人は少しは楽ができますね」
「途中まで道を付けたからね」


トゲのあるイバラは痛いが、鉤様のものでひっかかる種もスラックスやTシャツの布地を通して肌をちくちくと痛める。粘液で付着する種は汁であちこち汚くし、バスや電車に乗るのをためらわせる。取っても取っても次々と刺さり、くっつく。ザックの裏側や首から下げたタオル、スラックスのポケットの内側からカメラのストラップ、ザックにくくりつけたゴアテックスの上着にまで付く。自分の肩口にびっしりと刺さったのを見ていると、鳥肌が立ってくる。
下りは、晴天の下、ゴアテックスの雨具の上下を着て歩いた。種はほとんど付かなかった。長く使ったものだが捨てないで取っておいて次来るときに使おう。ナタを持って、一日がかりの覚悟で。
2003/11/2

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