雑記帳


足下注意
先日、四万温泉から法師温泉側に抜ける赤沢林道という山道を歩いてきたが、歩き始めて一時間くらいずっと気になっていたことがあった。「ヒルがいるかどうか」ということである。


このあたりは初夏から秋までヒルが多いらしい。投宿した新湯地区の宿「一花館」の女将さんによると、「うじゃうじゃいますよ」とのことだ。「もう寒いから今はいないでしょうけど」。稲包山は6月の第一日曜日が山開きで、ちょうどそのころヤシオツツジも花盛りだそうだ。この女将さんは花に惹かれてヒルにめげず毎年登っているそうだが、対策としては靴に塩水スプレーをしていくという。ヒルは塩水が嫌いだそうだ。それでも何匹かは靴の中に侵入してくるとか。
だいたいこのあたりはヒルが多いらしい。四万温泉の背後に高まる水晶山や不納山にしても、新湯地区から「ゆずりは」地区を越えて日向見地区に向かう「もみじ遊歩道」という林間の道にしても、とにかくヒルが出るそうだ。軟体動物が嫌いな人は夏場に温泉街から外に出るものではないだろう。
血を吸わないヤマビルは何回か見たことがある。体長20センチくらいの薄黄色に茶の縦縞の入った毒々しいやつだ。身体を細く長く伸ばしては短く縮めるのを繰り返して前進する。吸血性のチスイビル(これをヤマビルとも言う)は身体は小さいらしいが、こんなものにたかられたらと思っただけで鳥肌が立つ。それどころか、見ただけでわめきながら逃げ帰ってくる人もいると聞いた。その気持ち悪さたるや並大抵ではない。


かつて丹沢の避難小屋で同宿した人から聞いた話だが、南アルプスにはヒルが多く、小屋の前で建物の中に入る前に必ず身体検査をしなければならないという。ヒルを小屋の中に持ち込まないためだ。そのかたが言うには、足下に注意していればわかるので自分はヒルにたかられたことがないとのこと。ヒルは頭をもたげて左右に振りながら動物が歩きかかるのを待っているので、その姿に注意して避けるように歩けばいいのだという。だが足下ばかり見て歩く訳にもいかず、油断したときにくっつかれることだってあるだろう。実際、四万温泉の女将さんは「注意していても、とりつかれますよ」と言っていた。
蚊に血を吸われたらあとが痒くて仕方ないが、ヒルの場合は傷口の血が固まらず、気がついたら靴の中が血だらけとか脚が血まみれとかになるらしい。これがまた心理的ショックが大きいらしく、見た目・感触が悪くてただでさえ低いヒルの人気をさらに土中深く掘り下げている。ヤツメウナギと同じく、獲物に取り付いたら溶血性の毒素を出して血が固まらないようにしてからゆっくり吸うのだという。しかも満腹するまで離れず、引っ張っても簡単に取れないとくれば、気の弱い人はパニックに陥ること請け合いである。


というわけで、ヒル満載の山に行きたいとは思わず、赤沢林道は晩秋に訪れたのだった。積み重なる落ち葉の下にヒルが隠れていたらどうしよう、と心配していたが、杞憂だった。さすがにこの季節はいないらしい。できればずっと出会いたくない生き物の一つだ。
1999/12/4 記

とは言ったものの。

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