雑記帳


インドア後の初めての岩場
インドアでのクライミングというのを始めて二ヶ月ばかり経ち、そろそろ外の岩場の簡単なルートを登ってみたいものだと実力とはまるで関係なく考えていたところ、とあるインドアジムで知り合った方に「丹沢の広沢寺に気持ちよく登れるスラブがありますよ。いっしょに行きましょう」と誘われる。話を聞いてみるとトップロープならなんとか登れそうなのですぐ応諾する。



広沢寺とは丹沢大山の南東にあり、一軒屋の温泉「広沢寺温泉」がある。岩場へは、その広沢寺温泉の前の車道をさらに大山に向かって進み、途中で左に分かれる林道を10分ほど行くと右手にクライマーが取り付いている灰色の岩壁が見えてくる。晩秋の穏やかな晴れの日で、今年は全国的に色が悪いと言われているとはいえ、岩場周囲の紅葉が華やかな印象を与えている。

ここの主役は林道からも見える「弁天岩」という名の高さ50メートル、幅60メートルの凝灰岩のスラブだ。下部の15メートルほどはロープ不要で登れるが(だからグレードがついていない)、上部の25メートルがなかなかの傾斜である。斜度70〜80度くらいか。周辺の岩も含めて、簡単なやつを5本、トップロープで登った。いわばセカンドで登るというやつだろうか、トップが岩場に設置していったプロテクション(ここではボルトが打ってあるのでそこに設置したヌンチャク)を外しながら登る。単純なトップロープよりはやや手数が多い。



しかしそれにしてもよく落ちた。落ちるというのは、トップロープの場合だと宙づりになるということでそう危険ではないが、もちろん気持ちのいいものではない。

登ったもののグレードは一番難しくて5.9、途中ズルして簡単な隣のルートに逃げたから5.8か。このときは純粋なトップロープだったが、それでも5、6回は手足が滑ってホールドから外れた。何度も宙づりになって、ホールドがなかなか見あたらないのでいいかげんいやになったが、とりあえず途中放棄せず登ることは登った。「もう降ろして下さい〜」と二度ばかり叫んだけど。「なんでこんなことやってんだっけ」とも思った。しかし宙づりを繰り返すとパニックになっていくものだとわかった。パニック時は考える先に手や足が掴むところを探してごそごそするので、たぶん下から見ると岩場に張り付いて踊っているように見えたことだろう。本当に垂直の岩をむやみに探っても引っかかるところがあるわけはないのに、しかもそれが解っているはずなのにやってしまう。人間追いつめられるとわらにもすがる、というのがよくわかる。

前傾でも垂直でもないスラブだが、楽ではない。カチのクリング(指の第一関節で支える)ができればついているほうで、足もそうだが手までスメアリング、みたいな場面が時折現れる。(と、初心者は思う。)クリングしても爪を立てているような感じだ。足だってやや傾斜が緩い部分を探して置くのがせい一杯で、「細かいホールド」とはどういうものかがよくわかった。(と、再び初心者は思う。)しかし自然の岩場では「プッシュ」という単純な戦略が実に効果的な場合があることも知った。(とにかく初心者なので、感想は感想としてあまり真剣にとらないようにお願いします。実はきっと簡単に登れるのでしょう。)力も技術もまだまだだが、いちばんのブレーキはやはり慣れていないことから来る落ちることへの必要以上の恐怖だと思う。この恐怖を正当なレベルにまで縮小するには、経験なりトレーニングなりをそれなりに重ねなくてはならないのだろう。 


広沢寺の岩場はアイゼンワークやエイドクライミング(アブミなどを使う)の練習場でもあるようで、季節柄プラブーツに12本爪アイゼンという人が多い。年齢層の広さからみてどこかの山岳会らしかった。本日の参加者の9割近くを占めていたように思える。岩場にアイゼンのガリガリ言う音がさかんにこだまする。
一日の最後に弁天岩正面のルートを登って終わったが、ここは手がかり足がかりが多くあって快適に登れる。もちろん途中で「次はどこがホールドだ?」という場面もあったが。だがこれでグレードは5.5くらいらしい。難しさがインドアとは違う。それ以上に、久しぶりに懸垂下降をして、しかも高さ25メートルを下ったのでとても怖かった。前日に家中が心配していたので、終わってすぐ自宅に電話をいれる。「元気?」とは電話に出た連れの第一声だった。ほとんど初めての岩場だったのでいろいろたいへんだったが、これにめげずにきっとまた外に行くことだろう。
1998/11/20 記

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