破風山から国師岳、朝日岳、木賊山、甲武信山を望む

金峰山から雁坂峠へ

前年に雲取山からの奥秩父縦走を企画したのだが、一日8時間歩くべきところを6時間しか歩けず、しかも膝を痛めてしまったため雁坂峠でリタイアする結果に終わった。ちょうど一年後の11月上旬に今度は金峰山側から雁坂峠まで歩いて主稜線をつなげてきた。できれば全て通しで歩きたかったが、半分としてもいずれも十分に個性を発揮しており、興味尽きない山行だった。
最初に泊まった有井館は奥秩父に通った山屋には古くから親しい宿で、遅くなっても暖かく登山客を迎えてくれる(夜九時に来た登山者に「ビールか酒でも飲みますか?」なんて普通の宿が言うだろうか?)。二代目おばあちゃんもその娘さんも笑顔がすてきでよそよそしさがない。宿帳に記された過去の宿泊者の思いを読んでいると、周りに物静かで穏やかな人達に囲まれているようで、心落ち着くものがある。食事は質素だが、お腹一杯になる。今回は登らない瑞牆山に登りに来るときはまたこの宿に泊まろうと思う。
有井館から林道を上って行き着いた瑞牆山荘から富士見小屋前までは人だらけだったが、殆どは瑞牆山に登るらしく、金峰山に登る道に入ると人がめっきり経る。瑞牆山は金峰山頂上直下から全貌を眼下に望めるが、小川山の一支稜がちょっと盛り上がっただけといった感じだ。


金峰山を越えて朝日岳から国師岳を経て甲武信岳までの山道はこれぞ奥秩父と思われる針葉樹の密林である。展望もなく、中に入ればまっすぐ歩くことはおろか前進を遮られることしばしであろう樹木の密生が縦走路の両脇に続く。林床には晩秋とはいえ緑を失わない苔や石楠花があるものの、一日中続く白っぽい幹の密集にはやや飽きる。だが山から下りて時がたつにつれて、このぎっしりと詰まった樹林の道が金峰山の尾根道の明るさや、国師岳や北奥仙丈岳の山頂からの闊達な眺めと同じくらいに懐かしく感じるようになった。登山道沿いの木々は陽光に幹を照らされて明るく見えるものの、森は容易にその奧を見せない。口数の少ない年長者に未知の話を期待するような態度であの稜線を思い出すのだ。
金峰山頂から五丈岩を見下ろす
金峰山頂から五丈岩を見下ろす
そうは言うものの、首都圏に近くてこの時期そんなに雪がないためか、特に縦走する人達の半数は私より若い(と思われる)人達であった。こういっては何だが奥秩父は中高年の山域、と思っていたものの、縦走路は逆に若者の山域だったわけだ。金峰山も富士見平からの道はかなり静かだが、大弛峠側は林道がかなり舗装されたせいで駐車している車も人も多く奥多摩なみの賑やかさだ。
今回歩いた西半部は東半部より変化があって面白いと思うが、静けさという点では東半部の方が勝る。深田久弥の日本百名山に選ばれている金峰山や甲武信岳周辺はかなり賑やかだが、賑やかさにもいろいろある。甲武信岳山頂には「祝○○さん百名山完登」 とかの横断幕が張られていたが、私は百名山完登には大して価値を認めていないので狭い山頂でははっきり言って迷惑なだけだった。
小屋の賑やかさでは、大弛小屋は3人で蒲団二枚、甲武信小屋は4人で二枚だった。甲武信小屋では初めて頭と足を互い違いにして寝た(私のまわりだけだが)。この日は150人入ったそうで、要するに満員だった。だがどちらの小屋も応対と食事はすこぶるよい。大弛小屋では夕食に一升瓶ものとはいえワインが供されたし、甲武信小屋の夕食は山小屋定番のカレーだったが、ぶつ切りの肉が幾つも入っていておいしかった。
大弛小屋に泊まったときはサッカーの1998年ワールドカップ最終予選・日韓戦があった日で、2-0での日本代表の勝利が伝えられると老若男女とりまぜて小屋中が喜び、その点ではとてもよい雰囲気だった。甲武信小屋には一歳児を連れた若い夫婦が来ていたが、おとなしい子供で夜泣きもなかったし、小学生の女の子を連れたお父さんもいた。(私「木の枝や葉っぱを集めて何にするの?」女の子「学校の宿題で、これで何か作るものを考えておいてって言われてるの」)
金峰山から朝日岳、国師岳、北奧千丈岳
金峰山から朝日岳、国師岳、北奧千丈岳
さすがに2000メートルを越す稜線は寒く、終始北風が吹きまくる寒い日々だった。特に最終日の破風山では山道を覆う岩に霜がついて滑りやすく、ごうごうと鳴る風の音と相まって心から早くこの山を下りたいと思わせた。冬枯れの木々には小ぶりながらエビの尻尾ができ、日が昇って融けだしたところに強風であおられて道筋にばらばらと音を立てて落ちてくる。「初冬の山ってこんなに心細いものだったか」と思ったものだ。
しかしその西高東低の冬型気圧配置のおかげで行程のほとんどが好天に恵まれた。最終日こそ下界は雲海の下で、ガスが鞍部を越えていくこともあったが、概ね天気はよかった。特に国師・北奥仙丈に登った11月2日(日)の朝は素晴らしい晴天で、前国師および北奥仙丈からの眺めは関東の主だった山と南北アルプス、上信越国境の山を総なめにした感があった。金峰山からの眺めは奥秩父随一だそうだが、これらの山からの眺めも素晴らしい。日光連山が見えるのは驚きだったし、八ヶ岳や南アルプスが大きいのは当然としても、特に印象深いのは苗場山が白い雪のテーブルクロスをかけたように見えたことである。あの平頂は間違えようがない。木曽御岳、浅間連峰、谷川連峰なども見えて、言うことなしだった。
ミズシ近辺より甲武信岳と木賊山
ミズシ近辺より甲武信岳と木賊山
1997/10/31〜11/3

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