川苔山  足毛岩の上方から見た川苔山

 奥多摩にあるこの山は眺めるというよりは歩く山である。アプローチが比較的手軽なのに比べてコースがいろいろ選定でき、山頂からの眺めも良いとくれば、リピーターが増えないわけがない。私はまだ三度しか行ったことがないが、また何度か行くことになると思う。


 最初にこの山に登ったのは1987年の元旦だった。初めての夜間登山で、NHKの「行く年来る年」を見てから車に乗って奥多摩の鳩ノ巣に行き、邪魔にならないところに車を停めて鳩ノ巣駅裏の集落を抜け植林帯の中を通る道に入った。この道はかつて本仁田山に行くのに使ったので、途中までは勝手がわかっている。その先も似たようなものだろう、奥多摩だし人がおおぜい入っているから道はしっかりしているだろうと考えていた。
 幸い、この思惑は当たって足を踏み外したり道に迷ったりすることはなかった。途中の開けたところから東京方面の夜景が見えた。色とりどりの無数の明かりが闇夜の遥か彼方の底で音もなく揺らめいていた。それまでヘッドランプの明かり以外は真っ暗な世界が続いたので、文字通り光明を見いだして安心したが、あれだけ光が溢れているのに自分のところには全く音が伝わってこないため、自分だけ人間の生活空間から切り離されている気分にもなった。無線の切れた宇宙飛行士がロケットの窓から地球を眺めたら、これと似た感情をもっと強烈に感じるのかもしれない。
 途中で夜が明けてしまい、山頂で初日の出とはいかなかった。着いた山頂からの眺めは広く、山々の輪郭は冬の朝の澄んだ空気のおかげではっきりとしていた。やや暗めの日原の谷と、同じような小さなコブを三つ並べる三ツドッケ、端正でかわいい三角形の蕎麦粒山が印象に残った。
 山頂ではテントが一張りあったが、中でお雑煮でも作っていたのか、外には人がいなかった。景色はよいがかなり寒かったので、早々に退散することにし往路を戻った。鳩ノ巣で仮眠して家に戻った。


 この山には川苔谷から登って赤杭尾根を下るコースも歩いたが、鳩ノ巣から往復よりこちらの方が変化があって楽しい。川苔谷では百尋ノ滝以外にも見応えのある滝がいくつかあって、林道歩きがやや長いとはいえ苦にならない(流域が変わって放棄された滝壺の脇の岩壁を新たに落ちている滝というのもある)。下りの赤杭尾根も、植林もあるが、大岳山が望めたり棒ノ折山方面の眺めが開けたりする雑木林の稜線で、かなり気分良く歩くことができた。
1998/12/13

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