(上)高岩山展望台から間近に仰ぐ大岳山

上養沢から大岳山周遊

晩秋の吊尾根万六尾根を歩いてしきりに大岳山を目にするうち、ひさしぶりに歩きに行きたくなった。地図を広げて辿ったことのないルートを考えると、武蔵五日市駅からバスで出る上養沢から林道御岳線をロックガーデンに出る経路や、同じく林道大岳線を経て大滝を経由し馬頭刈尾根に出るものが未踏なのに気づいた。前者を登りに、後者を下りに採れば上養沢を起終点とする滝めぐりコースにもなる。では出かけてみよう。


日も高くなった武蔵五日市駅前の停留所で待っていると、やってきたバスの車体はかつて乗ったのとは異なりマイクロバス並だった。路線途中に日帰り温泉施設ができて経由するのだが、そこへの曲がりくねった道を通らせるために小さくしたものなのかと思われる。ほぼ満員状態のまま終点近くまで走り、手前でほとんど下ろしたあと、上養沢のバス停には10時過ぎに着いた。
停留所付近には立派な屋敷が並び、数馬にありそうな重厚な屋根も見られた。杉の植林が山肌を覆う中、傍らを緩やかに流れる沢の音を道連れに初冬の冷気漂う谷間を行く。20分ほどで右へ日の出山への道を分ける。後から来た車も自転車もハイカーも分岐から先に来なかったのは皆して日の出山に登ったということなのだろう。
右手に真っ白なコンクリ壁が現れると再び日の出山への道を分ける。近世の石標があって「右みたけ山」とあり、古くからの参詣路と気づかせてくれるが、いまや出だしは惨憺たるものだ。なおも林道を行き、「山腹崩壊のため通行止め」の札が下がる先を10分で終点となった。沢沿いに見上げると葉の落ちた木々を纏う山肌がせり上がっている。御岳山奥の院あたりの山腹だろう。
林道大岳線を行く
林道大岳線を行く
ここから山道となる。林道では人影がなかったが、御岳山と七代の滝を分ける分岐あたりから嬌声が聞こえ始め、七代の滝近くになるともはや観光地状態となる。案内に導かれて広い岩場に出たものの肝心の滝は音はすれども姿は見えずで、岩陰に隠れて密かに水を落とす姿を見るには限られたポイントに移動しなければならない。撮影のために占有していると後からやってきたハイカーが順番待ちになった。そろそろどかないと。


滝を後にして急傾斜の鉄階段を連続して登って行くと天狗岩という巨岩の脇に出た。ここは御岳山からロックガーデンに続く散策路が合流するところで七代の滝同様に人の訪れが多い。天狗岩は卵を寝かせたような姿で、鎖に頼って小さな社が立つ岩上に登ることができる。ちょっとしたクライミング気分で愉しい。最高点では小振りの天狗の像があたりを睥睨していた。
七代の滝
七代の滝
天狗岩からはロックガーデンと呼ばれ、広くて平坦な歩きやすい道が続く。流れに沿って岩が点在する道のりで、親子連れや仲間連れなどがお喋りに興じながら明るい谷間をそぞろ歩きしている。流れを渡るところには大きな平石が敷かれ、手を加えたものだとしたらなかなかの工数だろう。途中に(上)高岩山への山道が左に分かれる。ほんの少し踏み込んだだけで倒木がいくつも目に入り、張り渡された蜘蛛の糸が逆光に目立つ。通る人は少ないらしい。元の散策路に戻り、ゆるゆると歩いていくとロックガーデンの事実上の終点である綾広の滝に着く。こちらも優美な滝で、右手に広がる弧を描く背の高い岩壁が長年の浸食作用を伝えている。
綾広の滝
綾広の滝
滝の左手の山腹に取り付きジグザグを切って上がっていくと御岳山から大岳山に続くコースに合流する。左へ、大岳山への道のりに入ると賑やかさがぱったりと止む。おおかたはロックガーデンを周遊するだけで御岳山に戻るらしい。


山腹を絡んで登っていくと右手に御岳山から奥の院、鍋割山と続く山肌がゆったりと広がっている。ようやく鳥の声が聞こえてきた。さえずりを背にT字路の芥場峠に出る。大岳山は右だが、上高岩山に寄ってみることにして左へ行く。平坦な道が岩場混じりのものに変わると左にロックガーデンへ下る道を分ける。札が下がっていて、この先悪路につき注意とある。少々入り込んでみたが初めのうちは悪路らしきがなく、先に見た倒木帯を予想することができない。どのあたりから悪路となるのかいつか見てみたいものだ。
かつてサルギ尾根を登って出た上高岩山展望台は相変わらず眺望がよい。正面に五日市市街地を背景に高岩山、左手に市街地から起きて日の出山、御岳山と高まる金比羅尾根。その向こうには高水三山、棒の折山、川苔山。高岩山の右手には馬頭刈尾根。広大な眺望の背後にはすぐそこに大岳山山頂部が逆光に黒く大きい。
上高岩山(大グラミノ頭)の展望台から東方を望む。
右手前は高岩山。背後は日の出山(左)と麻生山。二山の間に広がる市街地は青梅市のあたり。
 
賑やかな展望台での休憩はそこそこに切り上げて芥場峠までの途中にある尾根筋で昼食を摂り、大岳山を目指す。ところどころで樹間越しに透かし見る眺めをアクセントに相変わらず幅の広い道を行く。岩場も出るようになったころ大岳山荘付近の建物が目に入る。山荘は近年のガイドマップにあるように休業中で、かつて清涼飲料水など買い求めたものだが本日は叶わない。
山荘上にある広場には真新しそうな鳥居が立つ。先にあるのは大岳神社奥の院だ。ここから始まる急傾斜の道のりを辿り、岩場を経て傾斜が緩むころに山頂に着く。富士山側の眺めが良い。丹沢連山、大菩薩、御坂の山々、中央線沿線の山々、いちばん手前は奥多摩の浅間尾根だ。残念ながらほとんど全て逆光だが、シルエットだけでも何がどの山かはだいたい判別できる。2時過ぎだからか2時過ぎでもなのか、山頂には10人近い人がいた。
大岳山頂から南西を望む
大岳山頂から南西を望む。
藤本一美・田代博『展望の山旅』の最初に詳細な展望解説が載っている。そ
れによると富士山右手前に目立つコブは中央線沿線の権現山。その左後方で富士に迫ろうとばかりに高いのは御正体山。
権現山の手前は笹尾根。その手前は浅間尾根。その手前は御前山の湯久保尾根。波濤の如しと呼ぶに相応しい眺め。
 
休憩もそこそこに下りだしたものの、もう2時半だ。上養沢から出る本数の少ないバスに乗るにはコースタイム通りに歩かないといけない。山荘前に戻って馬頭刈尾根に続く巻き道へ入ろうとすると通行止めの札が下がっていて、途中の丸太橋が落ちているとある。これはこれは。どんな具合か見て無理そうなら御岳山からケーブルカーで下ろうと思いながら進んでみると、応急処置されたような桟道があった。もしこれが全面的に落ちていたら場所が滑りやすい急傾斜の岩盤なのでへずるのはかなり危険そうだ。ここを通過して山腹道を行くと大岳山山頂部の巻き道と馬頭刈尾根との分岐に出た。けっきょく先ほどの桟道が危険箇所だったらしい。
馬頭刈尾根
馬頭刈尾根
足下の笹の緑と雑木林が心地よい道のりを行く。右に白倉への道を分け、なおも行くとベンチが3基あり、南面が開けていて山頂で見たのとほぼ同じ眺めが広がる。標高が低くなっているので広がりは減じているが、間近な浅間尾根や戸倉三山などはこちらの方が眺望がよい。時間帯が遅いためか人の姿もなく、広々とした静けさが横溢していてゆっくりしていきたいところだ。
馬頭刈尾根から浅間尾根(中央)、万六尾根(左奥)、生藤山塊(中央やや左奥)、丹沢山塊(最後尾)。丹沢山塊左端は大山。
馬頭刈尾根の白倉分岐付近から南方を望む。
手前に黒いのは左端が沢上尾根の頭で浅間尾根の終端の一つ。
背後に高く大きいのが本体である浅間尾根(中央)。背後の生藤山塊の稜線が隠れるあたりが松生山。
写真右端に浅間嶺。浅間尾根の左端奥に万六尾根。
最奥に丹沢山塊が並ぶ。丹沢山塊左端は大山。その右に丹沢三峰が判別できる。
 
すぐ先で左に分岐する大滝・大岳鍾乳洞への道に入り下っていく。木枠を差し渡したものや石を撒いたような古い階段の跡がかつての整備努力を伝えている。とはいえ斜度が強い下りで、疲れた足腰にはやや荷が重い。大岳沢の水音が左手遙か下から聞こえてくる。流れの脇に出れば平坦にもなるかと思うが、いくら下れどもなかなか近づかないのがもどかしい。


ようやく沢の脇に出たものの傾斜はさほど緩まなかった。だが沢沿いの眺めは随分と良く、余計な砂防ダムがなくて自然の姿を維持している流域はここが馬頭刈尾根かと思わせる野趣に富んでいた。大きな岩も多く、こちらのほうがロックガーデンの名に相応しいと思えるほどだ。薄闇が狭い谷間に漂ってきてものみな全てを眠らせようとしているが、そんなことにはお構いなしに沢の流れはそこここで岩にぶつかり砕けて騒がしい音を立てている。
大岳沢を下る
大岳沢を下る

風情充分の木橋
右手の足下からスプレーを噴射するような音が聞こえてくる。滝の落ち口らしい。予想通りそこは大滝の脇で、長々と下った先から振り返ってみると、途中の岩棚に激突する水流が前方の空間に弧を描いて飛散している。幅は狭いものの滝の威力は甚大で、滝壺を囲む岩盤は滑らかなまでに垂直に切り立っている。下ってきた沢沿いのフィナーレを飾る眺めとしては上出来だ。
大滝の滝壺
大滝の滝壺
ここからしばらくでようやく林道に出る。大きな看板があり、いま下ってきたのが「関東ふれあいの道」であることを教えている。登るにせよ下るにせよなかなかハードな道のりだが、下手に整備などして野趣を損なわないようにしてもらいたいと思う。空はまだ明るいが日は夕靄にでも隠れてしまったか山の端に当たる光は見えない。谷あいはすでに薄墨色だ。


坦々と車道を下り、寂れたような釣り堀を過ぎると大岳鍾乳洞入口で、もう4時過ぎだというのにまだ観光客がいた。洞窟に入ってしまえば午も夕方も関係ないのだろう。採石場の脇を過ぎてしばらくでバス通りに出た。大岳鍾乳洞入口バス停脇にある神社は本殿が建て直されて新しいものになっていた。周囲にあるカエデの葉が真っ赤に紅葉している。写真を撮っているとバスが来た。朝乗った小さなやつだった。
日暮れ時の養沢神社前にて
日暮れ時の養沢神社前にて
2010/12/4

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