下尾平(?)あたりから縦走路(右奧)方面を眺める

祖母・傾縦走路(二)

天気が悪いときの単独行は、行程の内容をほとんど思えていないことが多い。雨具を着てひたすら下ばかり見て、聞くものと言えば耳元で弾ける雨滴の音ばかり、皮膚で感じるものは火照った身体に心地よい風ではなく薄ら寒い空気ばかりだからだろう。あたりを見回してみても、せいぜい10メートルか20メートルの範囲で白い霧のなかに樹木がうっすらと浮かんでいるだけで、植物に詳しくない限り変化を感じられない(そりゃ植林帯と天然林、針葉樹と広葉樹の区別くらいつくが)。


障子岳山頂で目が覚めてみると、あたり一面ガスで真っ白で何も見えない。雨も少々降っている。昨夜携帯ラジオで聞いた天気予報では天候は悪化すると言っていたが、昨日暑いくらいに天気が良かったのにこの落差は何だ。だが文句を言っていても仕方がない。気を取り直して朝食を食べ、テントを撤収する。
縦走路としては、まず障子岳を下って古祖母山を越え、さらに本谷山という大きな山を越えると傾山の手前に着くことになる。障子岳の下りはヤブっぽい道から始まった。そのあとの記憶は貧しく情けないものだ。ところどころ開けた場所もあり、「ここまで来てテントを張ってもよかったな」と思えるのだが、それ以外は狭い山道が続くだけ。着いた古祖母山の山頂も今となっては平坦で広かったような気がしているだけだ。雨の中では印象に残るような特有さが感じられなかったということなのだろう。ここは晴れていれば眺めはいいそうだ。
傾山方面への古祖母山の下りは、雨で濡れたスズタケの葉がべたべたと顔に張り付いてきて、おそろしく消耗するものだった。最初のうちは丁寧に手で払いのけていたのだが、だんだん無気力になってきて打たれるままになる。だが、ときおりやけを起こして手当たり次第に引きむしったりする。そんなことをしても何もならないのだが。ようやくササヤブが途切れ、樹林の中の下りになると、今度は急降下の連続だったりする。荷物は相変わらず、いや水分を吸っているからさらに重い。見えるものはガスに浮かぶ笹か木々だけ。歩くペースは昨日からの実績ではコースタイムの1.5倍はかかる見込みで、これでは6時間のところを少なくとも9時間かかる計算になってしまう。古祖母山を下った次は、直線距離で3km以上はある長い長い登りの本谷山を越えなくてはならない。しかも登りよりさらに長い距離の下りを経て、ようやく傾山との鞍部に着くのだ。


いつごろ縦走を諦めて途中で下ろうと決心したのかは忘れてしまった。障子岳を出発したときはまだ縦走するつもりでいたので、おそらく古祖母山を越えてからだろうと思う。障子岳から古祖母山を越えて尾平越えトンネルの上に着くまでコースタイムで3時間のところを実際には5時間くらいかかり、そこから急で細い山道をたどってトンネル前の車道に出た。稜線はガスの中だったが、ここは高曇りである。古祖母山方面を眺めやるが何も見えない。投げ出したザックの上に腰を下ろして、ようやくうっとうしい山道から解放されて安心したものの、達成感がまるでなくて虚脱していた。とにかく消耗した。今思い返しても全体として何しに行ったのかよくわからない感じだ。
おまけに、長い長い車道を歩いて人家のある尾平まで行く内に再び荷物の重さと舗装道ゆえの足の裏の痛さでまたかなり疲労がたまり、そのせいかもとから不注意なせいか、休憩の最中かなにかのときに、祖母山を下ってからの全ての写真が収まったままのカメラをなくしてしまった。そのせいでこの記録の後半は写真がない。湯布院まで戻ってきてようやく気が付いたのでその日はもう戻る時間がなく、翌日に宿のある大分から列車で最寄り駅である豊後竹田まで行ってレンタカーを借り、延々と歩いた車道まで車で行って適当なところに止めては前後を行ったり来たりし、さらに車で移動しては同じことを繰り返したが見つからず、近隣の施設や警察を尋ねてまわったものの、届けはなかった。癪なので近くの宿でインスタントカメラを買って近隣を観光して帰った。しかしカメラはともかく、フィルムはほんとうに残念なことをした。
豊後竹田と尾平の途中にあった石橋 豊後竹田と尾平の途中にある石橋のひとつ
こういう経過と結末だったので、この山行はあまり思い出したくないものだったが、関東地方を中心に発行されている「新ハイキング」という雑誌の1999年4月号を読んでいると、この縦走路を歩いたという記事が目に留まり、祖母山九合目の小屋で小屋主から大変な縦走路で体力が必要と言われ実際そのとおりだったという内容を見て、「そうなんだよな」と自分でも書きたくなってようやく筆を執った....ではない、キーボードを打ち出したのだった。
1998/5/4-5 (1999/3/19記)

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