雑記帳


父、富士に登りしこと
両親と私、私の連れが住む家に母の姉が訪れて来た。茶飲み話に、昨年、連れ合いの方が富士山に登ったことが話題になる。かなりいいお歳なので一堂驚く。山頂はかなりの混雑だったとか。「そうなんだ、すごく混んでるんだよ」と、私の父が語り出す。
今から40年くらい前の夏、若かりし私の父は、職場の長から「富士山に登りに行こう」と話があって、何人かと一緒に登りに行ったという。山頂に着いたら乾杯したいものだと思ったが、缶ビールなどと言うものがなかった時代なので、みな下から瓶ビールを一人一本背負って歩くことにした。
五合目の小屋に雑魚寝して、深夜に小屋を発ち、八合目あたりで金剛杖に焼き印を押してもらって日の出ごろ山頂へ。山頂直下は一列で登って来たものの、火口のへりに出たとたん溢れんばかりの人だかりで、父は仲間たちとはぐれてしまった。狭い山頂ならすぐ見つかりそうなものだが、「富士の火口は大きいんだ」。まだあたりは薄暗いし、薄手の上着しか着ていないので寒くてしようがない。山頂では見つかる気配もないし、下山したら御殿場の駅に集合することが決まっていたので、とにかく背負ってきたビールを飲んで下山することにした。
そこで何も考えずに栓を抜いたのだが、そこは気圧の低い富士の山頂、ビールがシャンパンのように吹き出すこと吹き出すこと、一人ビールかけ状態になってしまった。幸いあたりにだれもいないところで栓を抜いたから良かったものの、人混みの中だったら怒号が渦巻いたことだろう。落ち着いたところで瓶を見てみたら中味は半分に減っていたそうな。父は仕方なく残ったビールを飲んで下山したという。
「せっかく持って上がったのに残念だったね」とは聞き手みなの感想。でも高い酒でなくてよかったかも。高い酒なら後ろ髪引かれてなかなか下山できず、風邪の一つもひいたかもしれない。それにしても、今の時代からすると一人はぐれたのに栓抜きを持っていたのは不思議に思える。本人も「そう言えば、持っていたんだなぁ。飲んだんだから」。はぐれた他の人はと言うと、やはりみな山頂で飲んで下りたそうだ。アウトドアで栓抜きが必携だった時代の話。
1999/1/20記

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