秘境駅
付近に人家もほとんどなく、乗降客も限りなく少ない駅が日本のそこここの山中などに点在する。ものによっては駅に通じる車道も人間の踏み跡すらもない駅まである。先日、こういう駅ばかり集めた『秘境駅へ行こう!』という文庫本が出たと新聞の書評に載っていた。「秘境」の「駅」?なんというミスマッチ。しかし鉄道関係の旅行記にしては「全線踏破」ものとか「廃線跡歩き」ものに感じてしまう束縛感がなく、自由度の大きな「旅」の匂いがしたので、さっそく入手すべく大きな本屋に向かったのだった。
この本の著者は、あるときたまたま夜中に人里から遠く離れた無人駅にひとり降り立って、「野生の香り」を感じた、と書かれている。オフロードバイクで全国を走り回り、林道の脇にテントを立てて寝たときと同じ感覚が甦ってきたと。駅にもこんな魅力がある、それから「秘境駅」を巡ってもう四年になるらしい。
自分は山に行く方がいいし鉄道マニアでもないのでこれらの駅だけを目指すことはないだろうけど、それでもこの本で紹介されているいくつかの駅はかなり魅力的だ。紹介されているなかでも、山田線にある浅岸駅・大志田駅(岩手県)や飯田線の小和田駅(静岡県)での夜の静けさには惹かれる。著者はよく「駅寝」と称して秘境駅の待合室で夜を明かすようだが、ほとんど山の避難小屋で寝るのと同じ感覚のようで、違いと言えば、夜は一定時刻まで電灯がともり、水場は蛇口付きの水道、そして朝になるとお迎えの列車が来るということだろう。なにせ昼でさえろくに人が来ないのだから夜になれば誰も来ない。本線なら夜行の特急が通り過ぎる場合もあるが、ローカル線だとたまに保線車が来るくらいで、自然に囲まれた中での深閑とした闇夜が楽しめるようだ。


まだこれほど車が普及していなかった昔には、日本中の駅がそれなりに賑わいを見せていたと思うが、風の日になると土埃が巻き上がっていた道路が舗装されて雨の日になっても水たまりができなくなり、一家に一台どころか二台三台と車が普及するようになって、都市部以外では人々の足が駅から遠のき、ホームの人影も徐々に減り、待合室の会話の声も少なくなっていったのだろう。
それでも大概の駅には今でも乗り降りする人がいるが、「一日の利用客が毎日二名(!)」だとか、臨時駅扱いとはいえ一年を通して列車が停まらない(つまり年間のお客が0!)とかいうものがあると聞かされると、ただただ恐れ入るしかない。もちろんみな無人駅である。
こういう駅はなくすのにも費用がかかるそうだ。だがそれ以前に、緊急時の価値があり、加えてその地域の歴史を語る上でなくせないものだと思う。中には碓氷峠近辺の鉄道設備同様に「近代産業遺跡」として積極的に残すにふさわしいものも多いようだ。単なる郷愁からではなく、歴史教材として活用する余地を残しておければ、と思えるのだった。
2001/8/17 記

秘境駅へ行こう!』ですが、その後かなり人気が出たようで、続編の『もっと秘境駅へ行こう!』に加えてD VDまで出ているようです。画像では夜の駅の森閑とした様子が映し出されているのでしょうか。いちど見てみたいものです。
2005/10/22 追記

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