米国に日米安保への背信ないか

懸案拭えぬ対北先制攻撃の放棄

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避けたい最悪のシナリオ

イラク戦争の結果が北朝鮮情勢にはね返ることは戦前に予想されていた。

米国はアフガンとイラクでの大勝利の余勢をかって北朝鮮を

さっと叩き潰すとの見通しもあった。

私は月間『正論』平成14年12月号に小泉訪朝から以降の

「観察記」を書いた。そこで「金正日」が核開発とミサイル

輸出さえしないと約束すれば、北朝鮮の金体制を

アメリカはひょっとすると黙認するかもしれない」と述べた。

「北朝鮮が今のままであるのはアメリカには一番有利かもしれない」とも。

そしてイラク開戦は必ずあるが、

@万一、戦争がなく、アメリカがフセイン政権を容認する。

Aイラクを攻撃して大勝利し、戦後処理もスマートにやってのける。

B勝利はするが、戦争の立て直しで失敗し、米国民の多くが

責任を背負い込みたくないと考え、逃げ腰になる。

−の3通りの結果に応じた北朝鮮情勢を大胆に予測した。

金正日体制の除去にもっとも有効なのはAである。@の場合には

金正日は形だけの核査察を受け、体制は温存され、日本は巨額の

経済支援を強いられる。Bの場合は最悪で、中露韓が発言力を増し、

核疑惑をかかえた北に対し日本に資金を出させようとする。

Aのケース以外に拉致の解決はない、と。

この予測は小泉訪朝の1ヵ月後の昨年11月半ばに書いた。

その後、中西輝政氏との対談(『諸君!』3月号)でも、

おおみそかの『朝まで生テレビ!』でも、私はこの

シミュレーションをあえて公開した。イラク戦争は

今年3月20日に始まった。

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平和解決に平和は禁句

開戦に先立つ2月4日付本欄に、私は追い打ちをかけるように

「米の北朝鮮対策に誤算はないのか」と題し、

「もし北朝鮮問題で米国が責任を果たさないのであれば、

日本は不本意でもNPT(核拡散防止条約)を脱退し、

核ミサイルの開発と実戦配備を急がねば、

国民は座して死を待つ以外に手のない事態が訪れる」

「日本が核開発すれば、そのミサイルは確実に

米大陸に届く」ことを知らしめよ。

「核保有国の無責任ないし政策の失敗は」許せない、と記した。

NPTは核保有大国の優先権を認める代わりに、非保有国の

保護を義務付けている。

さもなければ修羅のごとき核拡散が始まる。

イラク開戦の43日前に私は「日米安保に背信の

匂いが漂いだした」ことを日本政府に警告したのである。

「米国政府は自ら武力行使はしないなどと、なぜ

さきにいいだしたのだろう。それは相手(北朝鮮)を

安心させず、米国の弱さのサインとなった」

「ブッシュには、まるで軍略がない。ハルノートを

突きつけておいて、しかもそれが米の真の強さから

出ている要求ではなく、ブッシュ政権が自らの手詰まり状態、

どうしてよいか分からない当惑から出ている要求だという

弱みを北に読まれてしまっていると」。

北が逃げ切り体制に入り、イラクの混乱で発言力を増した

中露韓がそれを守り、支えようとする現状は、

以上の通り、イラク開戦前に私が予想して恐れ、

警戒していた構図そのものなのだ。

米国が6カ国協議を言い出し、中国に解決を依頼し、加えて

北の体制を保証する「文書化提案」を持ち出すに及んで、

米国の政策の危険な間違いは一段と明らかになった。

私は明日にも米国の空爆を期待してこんなことを言って

いるのではない。本当に平和的解決を図りたいなら、

米国は先に平和を口にしてはいけないのだ。

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日本の外交努力に疑問符

中国は北の核を阻止するとリップサービスはするが、

実効ある政策は何一つしない。

経済制裁、海上封鎖、安保理制裁決議など、中国は

これまですべて妨害した。重油と食糧を北に供給している

中国は金体制を生かすも潰すも自由である。

北に現状のような行動を取らせているのは中国である。

その中国に効果的な政策をやらせるには、米国は

実力行使の意思をいささかも緩めてはならない。

中国に認め難いのは北朝鮮に星条旗が立つことである。

それさえなければ、核という火遊びを北に禁じ、

米国の顔を立てることもあり得る。しかし、

ポスト金正日の朝鮮半島の全面管理を中国に

委ねることを、もし米国がすでに決定しているとしたら、

日米安保への米国の背信は二重であり、過激である。

小泉・ブッシュ会談は果たしてそこまで煮詰めたものであろうか。

日本政府は中露韓とは逆の立場に立つ国益を米国に

飲ませるべく必死の外交努力をしたであろうか。

米国の核政策の失敗は米国には致命的ではないが、

日本は国家存亡にかかわっている。

西尾幹二(にしおかんじ)

産経新聞 正論 ('03/11/29)

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