ナショナリズムの考察

産経新聞 H13年6月30日より
ハロランのアジア目撃
自国を愛し誇りを持つのは健全

ある時、私は韓国人と大論争をしたことがある。
日本の閣僚が靖国神社へ参拝に行った時のことだった。
何人かの閣僚が行ったし、ある種の団体なども行った。
その韓国人はそれをもって日本軍国主義のリバイバル
(復活)の証拠だと言い、私が「それはナンセンス」と
答えたことから、激論になった。
「ハロラン、君はアイリッシュ(アイルランド系)だろう。
英国がアイルランドを、日本が韓国を占領したことを
考えるべきだ」
「君こそ歴史を知るべきだよ。英国はアイルランドを八
百年占領したんだ。君たち韓国の場合、日本は四十年じゃ
ないか。そんなのは馬鹿げたアナロジー(類推)だ」
しかも彼は学者だった。ナショナリズムという点で
言えば、韓国人こそ大変なナショナリストだ。韓国は常に
ナシショナリズム。ナショナリズムはいつもそこにあった。
しかし私はそのことに多くのシンパシー(同情)を持っ
ていた。やはり韓国の政府高官と話した時のことだが、彼
はこう言ったものだ。
「われわれ韓国は世界最大の人口大国、中国と隣り含わ
せだ。世界最大面積の国、ロシアも隣だ。世界第二の経済
大国、日本も隣。そしてその頂点に座るアメリカ(の軍
隊)が(国内に)いる。あなたはこのことを思わねばならない」
というわけで韓国人は全員がナショナリストなのだ。
私たちはナショナリズムとウルトラナショナリズムを区
別して考えるべきだ。私の考えではナショナリズムは健全
だ。私自身、アメリカのナショナリズムを認め、私の国が
良きことをしてほしいと願う。
そう、日本人もナショナリストたる権利を持つ。
ウルトラナショナリズムとば一九三○(昭和五)年代の
日本に起きたことだ。それはだれにとっても、日本にとっ
ても隣国にとっても、良いことではなかった。
人はウルトラナショナリストになると、自国を他国より
優位と考え、それはその統治や支配の正当化へと至る。
今日、私は中国を心配している。私は、中国人が自国を愛
し、自国に誇りを持つという意味で中国人のナショナリズ
ムを心配してはいない。百五十年も外界の支配、欧米や日
本の下で苦しんだから二度と再びそうはなるまい。中国が
そのように言うのはいい。しかしもし中国がウルトラ
ナショナリスト的になり、残るアジアを支配しようとする
ならば、良くないことだ。そしてその兆候は沢山ある。
私は人民解放軍が韓国やベトナムに行軍するとか、艦船
が日本を侵攻するようなことが起きるとは思わない。
しかし中国のアンビション(野望)は、政治的、経済的、
軍事的に強くなることであり、その時、彼らはアジアに
おける主要な決定を支配しうる大きな可能性を持つ。東京
もハノイもバンコクもマニラも、アジアのどこの政府も、
北京の承認なしには主たる決定ができなくなる。
その可能性は、まだ現実のものとはなってはいない。し
かし問題は、中国が中国の外の世界をまったく理解してい
ないことだ。「中国」は文字通り国々の真ん中だ。
ベトナム人と中国について話すと面白い。中国はベトナ
ムを何干年も支配した。非常に昔のことだが、ベトナム人
は忘れていない。そして一九七九年には中越戦争があっ
た。彼らは中国人を信じていない。
中国は自分たちがベトナムでしたことを分かっていな
い。彼らばベトナムに侵攻したが、当時のベトナム軍は恐
らく、世界でもっとも経験豊富な軍隊だった。フランス、
日本、再度フランス、そしてアメリカと戦い、ベトナム人
民軍兵士は単に兵役を務めるのではなく、全人生を戦いに
ささげた。そして中国を追い返した。
中国はいま軍備を着々と強化している。軍事的側面のみ
から見た試算では、中国が台湾に侵攻するのに十分な軍事
力を形成するまでには、五−十年かかる。また中国がアメ
リカの地位に挑戦するようになるまでには、二十五−五十
年かかるだろう。
そしてこの二つのことは関連している。だからこそ私は
大いなる抑止論者だ。戦争を抑止する方法は、他国の挑戦
を許さないような十分な軍隊を持つことなのである。

《一九八四年にペンタゴン(米国防総省)取材を
終えたハロラン氏は、卒業論文とも言える軍事問
題の本を書く。その扉にはジョージ・ワシントン
初代大統領やジョン・F・ケネディ大統領ら三人
の有名な抑止論の言葉が刻まれている》
(聞き手 千野境子)

リチヤード・ハロラン氏は、
一九六○年代から七○年代にかけ、
ビジネスウィーク誌東京特派員、
ワシントン・ポスト、
ニューヨーク・タイムズ両紙の
東京支局長を務めた。七十一歳。

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