フエ温泉フェスティバル



 古都フエに行ってきた。少し暇な時間ができたこと、またちょうどそのとき「フェスティバル・フエ(FESTIVAL HUE 2004)」という催しがフエで行われていると聞いたので、以前断念したフエ行きを再挑戦したのだ。再び同じハノイ駅でフエの行きの寝台列車の切符を購入しようとすると、「3階だけどいいか」と聞かれた。寝床が3階かぁ、ちょっと高くて落ちそうなのは怖いが、仕方がない。せっかくイベントがある時期に行けるのだから我慢しよう。

 しかし、実際に寝台車に乗り込んで驚いた。

Σ(;゚Д゚) せ、せまい・・・メチャクチャ狭い・・・

 通常2階までのところが3階なのだから、狭いとは言っても通常の3分の2ぐらいだろ、と思っていたら大間違いだった。1階・2階はそれなりの広さで腰から上を起きあがることができる。しかし、あとで無理矢理付けた(としか思えない)3階は横になって寝るだけの空間しか残されていない。ベトナム人はおおむね痩せ形だからまだいいだろうが、私は相撲の取れない力士というか、歌の下手なオペラ歌手というか、まぁそんな体型なので、きつくてたまらん。服を脱ぐことすらままならん。カバンもゴソゴソできん。まるで奴隷船、いや棺桶に入っている吸血鬼じゃないか。ここで初めて、「3階だけどいいか」と聞かれた訳がわかったが、すべては後の祭りである。とにかく寝ることしかできないので、寝る。

 何か初っぱなから愚痴ばかりでは偏屈親父みたいで嫌なので、翌朝フエに到着する前に同室のベトナム人たちと心温まる交流があったことも報告しておく。お互い名前や住所など自己紹介している場で、おっさんの一人が「わしは歌手のシューブラックの家の近くに住んでいる」と自慢したげオーラを出しまくっていた。悪いけど全然知らん名だ。ならばこちらも対抗して「近くに住んでいるぐらい、なんだ。俺なんか岡江久美子と苗字が同じだぞ」と自慢したかったが、ベトナム人が岡江久美子なんて知るわけないのであった。


 で、フエである。「鉄道交通安全」の件は少なくとも今回は大丈夫で、無事にフエに着いた。が、フエは大都市でもないくせに有名な観光地なので、物価が高い。ハノイだったらセオム(バイクタクシー)やシクロ(人力車)で近距離なら5千ドン(約40円)で済むところを、1万ドンもかかる。それもさんざん値切ってそれである。言い値だと3ドルとか5万ドンとかふざけたことをぬかす。相場を知らない外国人が言われるまま払っているので、運転手たちがつけあがっているのだ。馬鹿馬鹿しいのでタクシーに乗ってホテルに行く。メーターを見ると初乗り運賃が6千ドンだ。おお!タクシーの方がセオムやシクロより安いとはどういうこっちゃねん。幸いにもメーターが上がらないうちにホテルに到着したので、1万ドン札を後ろの席から出す。釣り銭をもらうためにそのまま手を出したままにしていると、運転手も手を出して来て「オオー、サンキュー!!」と言って握手してきた。なめとんのか。私が怒気のはらんだ声で「ボンギンドン(4千ドン)!」というと、運転手はしぶしぶ釣り銭を出してきた。


 「フェスティバル・フエ」はベトナム各地および外国の芸人たちが唄や踊りやらサーカスやらの出し物を見せてくれる。それが王宮内のあちこちで1週間以上にも渡っておこなわれるのだが、上演時間は夜のみである。そこで昼間の間は会場の下見も兼ねて王宮を観光することにした。阮朝の王宮はユネスコの世界遺産にも登録されており、フエ観光の目玉だとされているが、私はそれほどのものとは思っていなかった。上野の西郷さんだと思っていたのだ。と言っても全然意味がわからないだろうから一応解説しておくと、上野に寄った折りについでに西郷さんの銅像を拝んでみるのはアリだが、わざわざ西郷さんの銅像を見るためだけに上野まで行くことはないよなぁ、とまぁその程度のものでしかないと思っていたのだ。世界遺産の何が「その程度のもの」なのか。王宮っつっても、しょせん北京の紫禁城の猿まねだろ?以前中国で本物を見たし、今更その劣化コピーを見てもしょうがないよなぁ、と思っていたのだ。だが、実際にフエの王宮をこの眼で見て、自らの不明を大いに恥じた。確かに中華風味が濃厚に漂ってはいるものの、ベトナム独自の物があったのだ。

 ただし、その「独自」なものというのが、


宮殿の屋根に着いているフグのような変な魚だったり、


(もしかして龍のつもりなのかもしれないが・・・(^。^;))、

 


あるいは装飾ごてごての柱だったり、


 
 と、全般的に厳かな宮殿というより遊園地的な楽しさに満ちていた。ベトナム人の感覚はよくわからん。

 
 王宮内で会場を探すが会場案内のタテカンもなくどこかわからない。ちょうど首から札を下げている男性が近くにいたので、「フェスティバル・フエのスタッフか?」と聞くと「そうだ。」と答えたので、入場券を見せて「この出し物の会場はどこだ?」と聞くと、その初老の男性は困惑した表情をうかべた。その悲しみに満ちた眼はこう私に訴えかけているのだった。

「ああ、何ということだ。こんな形で出会わなければ、君と友達になれたかも知れないのに」

 おっさん何の仕事しとんじゃ、あほんだらぁが!


 で結局会場の正確な場所がわかないまま、夜を迎えた。王宮の敷地内に入ると人が集まっていく方角が見えてきたので、なんとか会場にたどり着いた。肝心の「フェスティバル・フエ」は確かにそれなりに面白かったのだが、残念ながら公演中に雨が降ってきた。さて、どうするか。私のカバンの中には、雨合羽と傘がある。しかしいま私は前から2番目の席に座っている。ここで私が傘を差せば後ろの席の人たちが舞台を見る邪魔になるだろう。ただでさえ汗くさい私がベトナム人サイズの雨合羽というものは大変苦しいが、しょうがない。周りの人に迷惑をかけるようなことだけは慎むべきだ。で私が苦労してキツイ雨合羽を着終わってほっとしていると、最前列のおばはんが堂々と傘を差していた。ふざけてる。全然前が見えへんやんけ。ベトナム人的にはこういうのはありなんかいな、と思っていると、後ろの方からおっさんが「カサ差すんじゃねーよ、舞台が見えねーだろうが!!」と叫んでいたが、おばはんはいっこうに気にせず公演を堪能していた。つ、強い・・・・。常日頃からベトナム人のパワーにひるみがちだった私だが、この時はさらにおばはんパワーが加速されて、完全にノックアウトされてしまった。


ちなみにこれがフエで買った雨合羽の袋に入っていた商品札。

お姉さんの顔が真剣!



 王宮以外のフエの見所として近郊の歴代皇帝の陵墓やベトナム戦争の激戦地跡がある。2日目はそこを訪ねるツアーに参加するという選択肢もあったが、なんというか疲れて何も積極的に動く気がしなくなっていた。そんな折り私はさる情報筋からフエ近郊に温泉があるという話を聞いた。そういえば、しばらく温泉には入っていなかったなぁ、ベトナムで生活しているここしばらくはモチロン温泉なんて想像もしていなかった。温泉はいい。ゆっくりお湯につかって夢心地、疲れた体と心、そしてちょっとばかし芽生えた望郷の念をいやしてくれる。善は急げだ、私は早速セオムに乗って温泉に出かけた。市内から20分くらいバイクで走り、門をくぐり受付で温泉に入りたい旨を告げると、従業員が案内してくれた。おお、これが温泉か・・・・





( ゚д゚) ?ポカーソ

(つд⊂)ゴシゴシ

(;゚д゚) ??

(つд⊂)ゴシゴシ
  _, ._
(;゚ Д゚) ……プール?!


 私は温泉につかってのんびりしに来たのであって、プールに泳ぎに来たのではない。従業員にそうはっきり言うと、このプールが温泉だと言い張る。そんな馬鹿な。一応確認のためにプールの水をみてみると確かに生温かい。そして変な臭いがする。もしかしてこれが温泉のつもりか?こんなもんに誰が入りに来るんだ、だいたい客は私一人しかいないし、従業員の誰も英語が話せない。しばらくしているとベトナム人の客がひとりやって来た。そうかベトナム人の温泉好きが客として来るんだ。

・・・・ち、ちょっと待て、ということはベトナム人は、この変な臭いのする温水プールを日本人が大好きな温泉だと理解しているのか?

 いや、違う。断じて違う。これは我が愛しの温泉ではない。たとえお湯の成分が日本のものとまったく同じでも、どんな効用があったってダメだ。温泉というものはね、周りが岩場に囲まれて湯がわき出ているところなんだ。・・・・・いや別にそうと決まったものではなくて、木でつくった湯船でもいいんだ。え!?どうせつくりものだったらコンクリート製のプールでも同じだろうって?いや違う、全然違う。そこのところを君たちはまったくわかっていない。温泉という物は湯それ自体というよりは、自然との一体感を味わうものなんだ。え!?自然だったら、このプールの周りにだって木が生えているかいいだろうって?な・・・・・何を言う!こんなわざとらしいのは決して自然ではない。日本での「自然」はたとえ人工の物であっても、それはあくまで本物らしく見せるために最大限の努力をはらったもので、・・・・・といっても勘違いしないでほしいが、本物らしく見せた「自然」は決して馬鹿な客をだますためのパチモンではない。ベトナムにあふれてる著作権無視のコピー製品なんかと一緒にしてもらっては困る・・・・それはまぁ偽物は偽物なんだけど、あえて客の側も知っててそれに乗せられるというか、だまされているうちが花というか、・・・・えーと、えーと、まぁなんといおうか、・・・・・・・ わかるかなぁ〜!! わかんねぇだろうなぁ〜!!




 プールサイドに置いてあるパチモンの盆栽もどきを見ていると、ふと以前入った草津温泉のことを思い出した。冬の草津は昼はスキー、夜は温泉の2毛作で楽しめた。そういえばスキーもベトナムでは決してできないものだよなぁ・・・・・・。
 望郷の念をいやすどころか、かえって祖国への郷愁を強くしたフエの温泉であった。


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