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【溶け込む劇場群】
富山駅前を出発してから一時間半後、ようやく道幅が広くなり、集落のある所までたどり着いた。ここまで来れば、開催地までもう少しだ。しかし、時間の方も残りわずかとなっている。
最初の公演は2pm、青年団の「東京ノート」である。1995年に岸田國士戯曲賞を受賞した名作と名高い作品で、青年団主催者であり「東京ノート」の作者である平田オリザの名を世に知らしめた。
道の左側の方に誘導の人が見えてきた。手前の駐車場で車を止め、500mほど歩いてから橋を渡り、百瀬川の向こう岸に行く。百瀬川は浅瀬だが流れが速くやや冷たそうだ。が、緑のせいもあって今は表情をゆるめている。
巨大な合掌造りの建物が幾つも見える。それとは別に、コンクリートでできた野外劇場と、四角や八角形をした屋根の尖った建物と、ロッジが見える。その中で一番奇異に見える建物は合掌造り、一番落ちつかなくさせる色が新緑なのだから、おかしな話だ。
開演15分前になると「整理番号順に並んで下さーい」という声に導かれ、なんとなく列が出来る。総勢で150人程だろうか。その中にはスタッフもいるのだろうが、誰が関係者で誰がそうでないのかを見極めるのは難しい。年齢は20-30代が中心、女性の方が多い。時々個性的な人がいて、どこかの役者さんかな、という雰囲気を醸し出している。県の人はよくわかる。背広を着ているからだ。
複数の公演が同時に別の劇場で行われることはない。また、2pmの公演を最後まで観ると4pmの別の劇団の公演に間に合わない、といったトラブルもない。つまりは、演じる者も観客の一人になれる仕掛けである。
最初の公演は、利賀山房で行われた。合掌家屋を移築し改造した部分と、近代的な増築部分とに分かれ、それぞれが闇と明を表している。一旦建物のなかに入ってしまった方が違和感のない作品だ。
4pmからはSCOTの「或る一節」。谷崎潤一郎の小説を、陽炎立ちのぼる気迫のこもった二人の役者の語りで表現した。こちらの会場は利賀スタジオ。天井の高い八角形の小づくりな劇場で、収容人数も150人と最も小さい。狭さにつまる息が上に向かってはかれる。どことなく教会めいたところがある。
「或る一節」は小1時間程で終了したため、ロッジ風のレストランでコーヒーを飲んで時間をつぶす。
6pm。
いよいよ、ク・ナウカの登場だ。
舞台となるのは、1994年完成した新利賀山房。間口十六間半、奥行き七間半という大規模な合掌造りで、収容人数は400人にもなる。横に長い劇場で、客席からも近い分、どういう風に「みせる」のかが面白いところだ。
演目は、「桜姫東文章」。
【桜姫東文章】
5/8-15には、東京・目白の和敬塾にて上演される演目であり、既に5/11と5/15のチケットは確保されている。それほど「桜姫」が好きなのかと問われれば、答えは一つ、否、である。
元々歌舞伎の演目である「桜姫」は、見せ場の多さに重点を置かれているだけに、物語はやや破綻気味だ。美しい姫君の恋と仇討ちに波立った数奇な運命は、確かに話としては面白いが、それで何かを考えさせられるということはない。
つまり、純然たるエンターテイメントなのだ。
だから、何故半月もの間に3回も観るのだと問われれば、それは華をみるためと答えるしかない。登場人物達の魅力こそが、この芝居の見所となる。
実際、黒を基調とした舞台に、仰々しいセットはない。そんなものはいらない。語りと表現者がぴたりとあっているならば。ク・ナウカの最大の特徴は、人間浄瑠璃とでもいうべき、語りと動きの二人一役という点だ。二人が一人を演じることで、個々の人物それぞれに奥行きを持たせている。
声と動き、どちらにも贔屓の役者がいる。
声は阿部、動きは美加里。
その両方が今回も主役の二人を演じている。これでもう私の期待が裏切られるはずはない。しかも演目は見せ場が目白押しの「桜姫」。思う存分魅せてくれるに違いない。
インドネシア風の衣装を身にまとい、動作で表情を表現する役者達。時折織りまぜる歌舞伎の技法。朗々と響きわたる声。そして……
私の目は、美加里・高田恵篤・大高浩一の三人に釘付けだった。
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