宇佐神宮関係神話(神宮及びその周辺の遺跡を理解するための神話)

1 天地の始まり
 高天原(たかまがはら)という天上の世界に、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)・高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)・神産巣日神(カムムスヒノカミ)の3柱があらわれ、万物を作り始めました。
続いて宇摩志阿斯詞備比古遅神(ウマシアシカビヒコヂノカミ)・天之常立神(アメノトコタチノカミ)があらわれました。以上5柱は天地を創造する基礎を作りました。

 続いて地上に、國之常立神(クニノトコタチノカミ)を始めとした神代七代(かみよななよ)と呼ばれる神々が誕生します。そのしんがりに伊邪那岐神(イザナギノカミ)と伊邪那美神(イザナミノカミ)の男女2神があらわれ、天神(あまつかみ)からの命を受け国土と神を生み出します。まず淤能碁呂島(オノゴロジマ=淡路島の北東にある「絵島」)を作り、宮殿を建てた。天神から命を受けたことにより、2神は「神」から「命(みこと)」称されるようになりました。

2 国生み神話

 イザナギが「汝が身は如何か成れる。」と尋ねると、イザナミは「吾が身は、成り成りて成り合はざる處一處あり。」と答えた。イザナギは「我が身は、成り成りて、成り餘れる處一處あり。故、この吾が身の成り餘れる處をもちて、汝が身の成り合はざる處にさし塞ぎて、國土を生み成さむと以為(おも)ふ。」と提案し、イザナミは承諾する。最初はイザナミが求愛したが、水蛭子((紀)蛭児=3年たっても足が立たず、蛭のような子=ひるこ)が生まれた。天つ神に相談したところ、女性が先に愛を告白したから悪かったのだそうだ。やり直して生まれたのが、「淡道之穂之狭別島(あわじのほのさわけのしま)つまり「淡路島」である。その後次々と島を生み、日本列島が出来ました。筑紫島(つくしのしま)も生まれました。筑紫島は、一つの身体に四つの顔を持っており、筑紫国を白日別(しらひわけ):豊国を豊日別(とよひわけ):肥国を建日向日豊久士比泥別(たけひむかひとよくじひねわけ):熊曾国を建日別(たけひわけ)といいました。最初に生まれた8つの島を大八島國と言いました。
 古事記に書いてある、なにか意味深で大変面白い話しですね。方法を知らなかったので鳥の仕草を見て学んだそうです。(-_-;)

 日本書紀: 一書曰。陰神先唱曰。美哉。善少男。時以陰神先言故、為不祥。更復改巡。則陽神先唱曰。美哉。善少女。遂将合交、而不知其術。時有鶺鴒飛来揺其首尾。二神見而学之。即得交道。

3 黄泉の国神話
 続いて石の神や海の神、宇佐神宮亀山神社の祭神である「大山積神=大山祇神=大山津見神」など多くの神々を生みましたが、火の神を生んだときに「女性の大切な部分」を火傷し、それが元で亡くなります。イザナギは怒って自分の子の「火の神」を斬り殺してしまいます。イザナギは妻を慕って、行ってはならない「黄泉の国(よみのくに=死者の国)」に行きます。蛆のたかった姿を見られたイザナミは激怒しイザナギを追っかけたが、ようやく逃げ帰ることができました。

4 天照大御神の誕生
 イザナギは身に付いた黄泉の国の穢れを祓うため禊(みそぎ= 心身の罪や穢れを水で清める儀式)をしました。禊ぎを済ませ清浄の身となったイザナギが左目を洗うと「天照大御神(アマテラスオオミノカミ=(紀)天照大神)」が、右目から「月読命(ツクヨミノミコト=(紀)月夜見尊)」が、鼻から「建速須佐之男命(タケハヤススサノオノミコト=(紀)素戔鳴尊」が生まれました。
 しかしこれらの神は、男女の「まぐわい」から生まれたものではありません。井上宏生氏によると、古事記は天皇支配の正当性を記録するための書であり、天皇の祖ともいうべき神の中の神のアマテラスを「まぐわい」から生まれたとの話しにしたら、天皇の神性や権威が保たれないと考えたのではないかと推測しています。

5 三女神の誕生
 その後、天上界を治める太陽のような存在のアマテラス(女神)と、地上界を治める粗暴なスサノオ(男神)が対立します。
 スサノオは自分の正当性を証明するため「宇気比(うけい)」という誓約の儀式を行います。まず、姉神のアマテラスが弟神のスサノオの剣をかみ砕いて、多紀理毘売命(=タキリビメノミコト=(紀)田心姫)、市寸島比売命(イチキシマヒメノミコト=(紀)市杵嶋姫)、田寸津比売命(タキツヒメノミコト(紀)湍津姫)の三女神を生みました。アマテラスの球から5柱の男神が生まれスサノオに邪心がないことが証明された。
 この剣から生まれた三女神が、宇佐島の大元山に天降ったと伝えられています。この「三女神」色々な処に降臨し、また読み方も違います。神話であり、また当時多くの国があったのですから当然ともいえます。
 宇佐神宮二之御殿の祭神 比売大神(ヒメオオカミ) 御名 三女神=多岐津姫命(タキツヒメノミコト)・市杵嶋姫命(イチキシマヒメノミコト)・多岐理姫命(タキリヒメノミコト)

6 天の岩屋戸
 しかし宇気比に勝ったスサノオは、アマテラスの耕作する田の畦を切ったり、神聖な神殿にクソをまき散らしたり、乱行は収まりません。恐れをなしたアマテラスは「天の岩屋戸」に籠もってしまいました。そのため天上界も葦原中國もすべて闇に閉ざされてしまいます。 そこで困った八百万の神々は、岩戸の前で宴会を開き、アマテラスが何事かとのぞいたとき、力を合わせて岩戸をあけました。それで世の中に光が満ちました。(岩戸神楽の始まりです)
そしてスサノオは高天原を追放されました。

7 出雲神話

 地上に降りたスサノオは、出雲の国で身体は一つで頭と尾が八つに分かれている「八俣遠呂智(八岐大蛇=やまたのおろち)」を酒に酔わせて退治し、櫛名田比売を助け結婚します。このとき八俣遠呂智の尾の中から出てきたのが「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)=草薙の剣」であり、アマテラスに献上されますが、後に入水した安徳天皇ととも失われたと伝えられています(熱田神宮説、宮中安置説等の異説も当然のようにあります)。 また、この二人の間に設けた六代目の子孫が、大穴牟遅神=大国主命です。その後毛皮を剥がれた因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)の話しへとつながっていきます。
 
8 天孫降臨神話
 高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)と天照大御神(天照大神)は、大国主命の国譲りを受けて、孫である日子番能邇邇芸命(ヒコホノニニギノミコト)を地上を治めるために降臨させることにした。ニニギは「三種の神器」を携え筑紫の日向の高千穂に天降りました。
 ニニギは木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)と結婚し、火照命(ホデリノミコト=海佐知毘子=海幸彦)、火遠理命(ホオリノミコト=山佐知毘子=山幸彦)などの子供を生みました。

9 神武天皇の東征神話
 邇邇芸命の子孫である神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコノミコト=神武天皇)は、大和平定を目指して日向を出発した。一行は豊の国の宇沙(大分県宇佐市)で、土人(くにびと=土着の民)の宇沙都比古(ウサツヒコ=菟狭津彦)、宇沙都比売(ウサツヒメ=菟狭津媛)の兄弟の御饗を受けた。また、宇沙都比売は藤原氏の遠祖、天種子命の妻となったと記されています。神話と言えども具体的な記述となっています。宇沙都比古の流れをくむ「宇佐氏」と「藤原氏」が近親の間柄であったことが、八幡神が中央に進出するきっかけになったとの説もあります。「古事記」「日本書紀」を作った当時の指導者が、大和朝廷の誕生に宇佐の地を絡めさせ、利用したかった真意は?? 当時「宇佐の地」が、朝廷にとって無視できない存在であったことが想像されます。

10 足一騰宮(一柱騰宮)
 御饗を受けた場所は「足一騰宮(あしひとつあがりのみや=一柱騰宮)」となっていますが、場所等定かではありません。(神話ですので当然のことと言われれば当然で(-_-;))
 滞在日数は約1ヶ月、宮の作り方は、本居宣長によると「宮の一方は宇佐川の岸に片かけて構へ、一方は流れの中に、大きなる柱を唯一たてるなり。」と、また、景色の良いところに建てたであろうと解説している。
 
 @宇佐市拝田説
 A宇佐市宇佐説
 B宇佐市安心院町妻垣説
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11 八幡神が最初に示現した場所 

 @「八幡宇佐宮御託宣集」によれば、欽明天皇29年(568)、筑紫豊前の国宇佐郡菱形池近くの小倉山の麓に、鍛冶の翁がいた。体が1つで頭が8つもあり、5人見に行けば3人は死に、10人見に行くと5人は死んだ。(八幡神は荒ぶる神であった)
 大神比義(おおがのひぎ)が行ってみると金色の鷹がいた。あなたはどなたの変身ですかと問うと金色の鳩となって飛び来て袂(たもと)にとまった。これは神様が姿を変えたもので、何か伝えたいのではなかろうかと、3年間五穀をたち精進した。すると同天皇32年(571)、3歳の小児が竹の葉の上に現れ仰せられた。「辛国の城に、始て八流の幡と天降って、吾は日本の神と成れり。」「吾は釈迦菩薩の化身で一切衆生を救わんと念ずるため現れた。われは日本人皇第15代誉田天皇広幡八幡麿(応神天皇)である。わが名は護国霊験威力神道自在王菩薩であり、国々に神道として垂迹す。」と唱えたと言われています。
 垂迹=民衆を救うために仏・菩薩が、仮に神として姿を現すこと。神仏習合の始まり。
 鷹から変わった金色の鳩が、宇佐神宮の「抽選番号付き鳩笛」のルーツなのかなあ?子供の頃よく遊んだけど。

A 「宇佐八幡宮弥勒寺建立縁起」によれば、八幡神は欽明天皇の時代に宇佐の馬城峯(宇佐神宮の元宮のある御許山)に降り立ったとあります。

B なぜ八幡神が「応神天皇」なのか? 八幡神と比売大神の関係は? 比売大神は地元の3人の姫神が一体化した神様? 神功皇后がなんで後の世になって祭られたたの? 等について学会でも色々な意見がありますが、何となく分かりづらい神様でもあります。
 どこの神社でも真ん中に主たる神が祭られますが、宇佐神宮は「二之御殿」が真中にあり、比売大神が祭られています。

12 転居好きな八幡神

 馬城峯→乙梼ミ→酒井泉社→瀬社(郡瀬社)→鷹居社→小山田社→小倉山
                    (  鷹 居 瀬 社  )
 小倉山→伊予国宇和嶺→大尾山→小倉山

 日本の神様は、本来ある決まった場所に鎮座することが普通でした。それぞれの家の井戸に「水の神様」が宿られているように、火の神様、山の神様、川の神様といったように決まった場所に宿っていたのです。
 しかし、八幡神は自分自身が宿る場所を転々とするだけでなく、御分霊となって日本国中を移動しました。

13 僧法蓮の活躍
 
  続日本紀(しょくにほんぎ)によれば、朝廷は、大宝3年(703)医術によって人々の苦しみを救い大きな功績が合ったとして、豊前国の野40町を与えた。また、養老5年(721)には、善行に報いるため、法蓮とその一族に 宇佐君(うさのきみ) の姓を与えた。
 その他「八幡宇佐宮御託宣集」によれば、法蓮は虚空蔵寺(焼酎いいちこの本社の近所にありました)を建立し、また、日足弥勒禅院(宇佐宮弥勒寺の前身)の初代別当となったとあります。
 法蓮が実在の人物として宇佐・国東の初期仏教文化に深く関わったことが分かり、たくさんの法蓮伝説が残っています。

参考資料
 日本の歴史1巻神話から歴史へ 井上 光貞 中央公論新社
 日本神話の神々 井上宏生 祥伝社
 宇佐郡史論 小野 精一 宇佐市役所
 宇佐の歴史 宇佐市史刊行会