妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第百九十三話:晴れ時々曇り――所により一時魔法少女(後)
 
 
 
 
 
 シンジに吹っ飛ばされ、未だ目覚めぬ親友をカンナは複雑な表情で見つめていた。マリアがシンジをどう思っているか、カンナにもなんとなく分かっている。
 そして、マリアが黒瓜堂を敵視する理由も、ぼんやりと理解してはいた。
 だが、
「それはそれ、これはこれ…だよなあ」
 何とも言えない口調で呟いた通り、関わってよい範疇ではないのだ。確かに、黒瓜堂の主人は外見からして極めて危険だし、その思想も決して外見に反比例していない。
 但し、シンジに何かを強制しているわけではないし、何よりもフユノが排除しようとしていないのだ。以前シンジがハイジャックに巻き込まれた時、フユノが黒瓜堂にシンジを託した事をカンナは知っている。つまり、シンジの一番近くにいる者達が、かの危険人物を容認しているという事になる。
 加えて、シンジ本人との付き合いも決して浅くないようだと来ている。
 シンジとの関係を考えれば、これに敵意を向けるのはどう考えても得策ではない。
 だいたい、次回の公演でシンジに借りた資金を返せるよう、知恵を出してと娘達から頼んでいるのだ。シンジが聞いたら何というかは知らないが、いずれにしても黒瓜堂が文字通りの地雷原である事は間違いない。
 カンナが傍から見ても、ここ最近のシンジとマリアは急接近しており、妙にいい雰囲気になっていたと思ったのに、今日の一件でフラットどころか、間違いなくマイナスまで下がってしまった。
 その存在がシンジに悪影響を及ぼす、とマリアが考えるところまではカンナも一応同意できるのだが、だからと言って敵意を向ければそれが十倍に、しかもシンジから返ってくるとなれば、何をどうみても放置が一番である。
「あたいらに悪意持ってれば、舞台の事で手なんて貸さねえだろ。なーんでマリアも…わざわざ大将の前で突っかかるかねえ…」
 結果が不明ならいざ知らず、結果が分かり切っていながら虎――というより鬼の脛を蹴飛ばすような真似をするマリアの心中は、カンナには理解できなかった。
 動機が理解できる、と言う事と行為に同意する事は全然別物なのだ。
 ひとつため息をついてから、
「まさか…同族け…い、いやなんでもねーわ」
 ろくでもない事を言いかけたと気づき、慌ててぶるぶると首を振った。
 
 
 
「シンジはともかくとして黒瓜堂さんが…微妙だなあ…」
 澄み切った空を見上げながら、レニは首を傾げていた。私も一緒に行きます、と言った事でシンジはすっ飛んでいったから、アイリスとなのはが微妙な関係になっていた事には、ほぼ間違いなく気付いていまい。
 それに、アイリスとレニを指名したのは黒瓜堂である。二人をあえて一緒にして、それをレニに押しつけたのか、或いは黒瓜堂も気付かずに年齢が近い彼女達を選んだのか。
 シンジならば後者だろうが、黒瓜堂ならば八割三分四厘位の可能性で前者なのだ。
 日常で温泉がある生活にびっくりして、三百近く数えてから身体を洗いに出たなのはのお尻を見ながら、レニは考え込んでいたのだが、
「え?ア、アイリス!?」
 不意にその表情が硬直した。
 木のいすに座っているなのはに、アイリスがとことこと近づいたのだ。
(ま、まさか…)
 嫌な予感は的中した。
 アイリスが、なのはの身体に触れたのである。
「ひゃ!?」
 なのはも温泉に行った事はあるが、こんな風にいつでも入れる生活は、勿論未体験だ。朝夕に二回入ると、きっとお肌もすべすべに、と肌の下り坂を迎えた者に聞かれたら呪詛されそうな事を考えており、アイリスの事はすっかり忘れていたのだが、いきなり背中にぴとっと触られ、思わず可愛い悲鳴をあげた。
「な、何をするのっ?」
「私が洗ってあげる。洗いっこしよ」
「…え?」
 嫌がらせではなさそうだが、どうして急にそんな事を言ってきたのか。断ろうと思ったものの、最初に火傷をさせたのは自分だし、断ると気まずくなるかもしれないと、
「う、うん…」
 ちょっと考えてから頷いた。
 なお――アイリスの邪悪な表情に気付いたのはレニ一人である。
 ただ、洗うと言ったのにどうして触るのかと思ったら、アイリスの手がゆっくりとなのはの背中を這い始めた。
「あ、あのっ…」
「なに」
「その…タオルとかじゃ…ないの?」
「適当にやるならタオル。ちゃんと洗ってあげるなら手に限る、っておにいちゃんが言ってた」
「おにいちゃんって、碇シンジさん?」
「そ。それに、ちゃんとボディソープついてるよ」
「そ、それなら…」
 された事もした事もなく、しかもシンジの名前を出されては、そんな事はないと反論する事は出来なかった。
 とはいえ、
(く、くすぐったいよぅ…)
 掌が当たっているだけだが、背中を丹念に撫で回されると、むず痒いような何ともいえない感覚が湧き上がってくる。それでも、一応洗ってくれてるんだからと我慢していると、やっとアイリスの手が止まった。
 終わった、とほっとした瞬間、びくっとその身体が硬直した。
「そ、そっちはいいからっ」
 アイリスの手が今度は腹部に伸びてきて、なのはが慌ててその手をおさえようとしたが、
「だめ」
 さっきとは違い、友好の欠片も感じられない声でアイリスがはねつけ、あっという間に手は胸へと伸びてきた。わずかにふくらみかけた胸をいやらしい手つきで揉まれ、なのはの身体からすうっと力が抜けてしまう。
 本来なら痛い筈なのに、ボディソープが円滑油となって微量の快感と変わり、未体験故に数倍にも増幅されてなのはの全身を覆っていく。
「ちょ、ちょっとアイリス…ちゃん、あぁっ、だ、だめぇ…ひゃぅっ」
 アイリスは微妙な力加減でなのはの胸を揉みしだき、決して痛みを与えるような力は入れない。
 が、妖しい美少女同士が絡む図、とは裏腹にアイリスの顔には邪悪な笑みが浮かんでいる。抵抗をものともせずに揉み続け、とうとうなのはの吐息が切なげなものへと変わってきた。
「ふぁ…あぁん…だ、だめ…お、おっぱいが…もう…」
 吐息が喘ぎに変わってきたのを知り、アイリスの笑みがひときわ邪悪なものへと変わった。
 ふ、と年不相応に妖しく笑うのと、アイリスの指がなのはの乳首をきゅっと摘みあげるのがほぼ同時であったた。
「ひあ!?」
 びくんっと身を震わせたなのはの乳首を指先でくりくりと弄りながら、
「やっぱり乳首が硬くなってる。アイリスにおっぱい触られて感じちゃったの?この――」
 耳元に口を近づけ、
「変態女」
 これ以上になく悪意と軽蔑を含んだ口調で囁いた。
「……」
 その瞬間、なのはの顔色が変わった。表情から欲情の色が一瞬にして消え失せ、戦闘モードへと切り替わる。
 余計な一言で、導火線に点火してしまったのだ。
「私は…私は変態女なんかじゃないっ!」
 アイリスの手を思い切りひっぱたき、不意を突かれたアイリスが思わず手を引っ込めた瞬間、くるりと振り向いてアイリスの胸を鷲掴みにした。
「ふぎぃっ!」
 幼い乳房を鷲掴みにされ、悲鳴をあげたアイリスがなのはの手を掴んだが、怒りで復活したなのはの手は止まらない。少し力は抜いたがまだ掴んだまま、自分がされたのと同じように指先でアイリスの乳首を責め始めた。強引でぎこちない愛撫だが、それでも刺激で乳首はこりこりと尖ってくる。
 その先端をぴんっと指で弾かれ、アイリスが痛みで顔を歪めると、
「そっちこそちょっといじられただけで、こんなに乳首ぷっくりさせちゃって…さいってーの変態ねっ」
 お返しとばかりに、なのはが冷たく笑い、笑われたアイリスの中でも何かが弾けた。
「こ、こ…このっ、よくもっ!!」
 掴んでいる手をどけようとはせず、根本からの削除を選んだ――なのはの頬を叩いたのだ。
「あくっ…!!」
(あ…)
 叩かれた頬が赤くなり、これはいけないとレニが腰を浮かせた瞬間、なのはがアイリスの頬を思い切り叩き返していた。
 正体不明の石を集める為、戦いに身を投じていった少女は、我が身の痛みを無視しても争いを避ける性格ではなかったのだ。
 アイリスとなのはが、叩き合って赤くなった頬を一瞬おさえ――次の瞬間二人の少女は同時に掴みかかっていた。片手で髪を引っ張り合い、もう片方の手はまっすぐ乳房へと伸びる。髪が掴まれ、幼い乳房に爪が立てられ、アイリスの乳房もなのはの乳房にも、幾筋もの赤い爪痕があっという間に出来ていた。

「は、離してよっ」
「そっちこそっ」
 怒りと苦痛から頬を紅潮させて眼に涙を浮かべ、離してと言い合いながら、決して自分からは離さない。髪を引っ張られ、乳房に爪を立てられる痛みが、同じ事をされている苛立ちで増幅され、あまり痛くはしないようにしていた事も忘れ、二人の少女の頭の中は、素っ裸で掴み合っている相手を無茶苦茶にしてやりたい、とただそれだけで一杯になっていた。
 立ったまま掴み合い引っ張り合い、少しでも自分が有利になろうと相手の足を蹴り合うアイリスとなのは。
「おっぱいぺったんこのくせに生意気なのよっ」
「自分こそおっぱいまったいらのくせに乳首硬くしてる変態でしょっ」
 二人がこんな喧嘩になるのは、黒瓜堂にとってはともかく、シンジには絶対に想定外の筈で、思わず硬直していたレニがやっと仲裁に入ろうとしたのだが、胸がちっちゃいくせに、とお互いにけなし合う二人を見て微妙に気分が揺らいできた。外見も中身も文字通り少女同士の喧嘩で、アイリスも能力は使っていないし、放っておいてもいいような気がしてきたのだ。
(二人とも、可愛いおっぱいなのにね)
 と、内心で呟いたレニが自分の乳房をふにふにとつつく。魔女医シビウが想い人からの依頼を受けて造り上げた肢体は同い年の、いや帝都中を捜しても張り合える娘はいまい。
 匹敵するのは――人外の存在のみ。
 その人外の存在と交流があるせいで、ちっとも見向きしてくれないシンジだが、レニ自身は満足していた。誰もが羨むような肢体は、別に自慢する気はないが悪くない。
 なによりも、こんな時に妙な余裕が出来る。
(でも僕のおっぱいだけど…ほんとにきれい。大きくて形もいいし、それなのに肩も凝らないし…)
 満足げに頷いたレニの眼に、殺気立って睨み合い、髪を離して両手で乳房を掴み合うアイリスとなのはが映り――その表情が僅かに動いた。
 爪を切っていなかった事が、二人にとっては武器となり、また苦痛が増す事にもなった。痛々しく、うっすらと血の筋さえ浮かんでいる相手の胸を見れば、自分の乳房がどうなっているのか見ずとも分かる。
 爪を立て、思い切り掴む乳房への手は二本に増えた。痛みが増し、くしゃくしゃになったお互いの髪が、自分の髪もそうなっているに違いないと、一層敵愾心をかき立てる。
「うぐ…ふぬぅ…ぎぃっ」「むぐっ…くうっ…うぅっ」
 唇を噛み締め、痛みで両目から涙をぽろぽろと流しながらも絶対に離さず、両手に全身の力をこめて乳房を掴み合う少女達。もう離してとも言わず殺気立った眼でお互いを睨み付けながらぐりぐりと爪を立て、或いはひっかく。
(絶対に許さない…もっと、もっとむちゃくちゃにしてやるんだからっ)
 危険な決意と共に、少女達の目が相手の弱点を捜してその身体に視線を這わせる。
(あったっ!)
 その目に映ったのは――産毛すら生えていない無毛の股間。一番大切な箇所へ、攻撃したらどうなるかは痛めつけ合っている乳房が物語っている。
 キッと相手を睨み付け、計ったように片手を離して振り上げた。
 まだ少女とはいえ、本気になればそれなりの破壊力はある。まして、その目標が同じ少女の股間となれば、どうなるか分からない。
 が、もうそんな事を考える余裕もなく、アイリスとなのはが、お互いの股間目がけて手を振り下ろそうとした瞬間、
「『きゃああっ!?』」
 手をぷるぷるさせながら、二人の全身が硬直した。
 冷たい水が、二人の頭上から掛かったのだ。
「『…え?』」
 まだ事態を理解できず、相手の胸から手は離さぬまま二人の顔がゆっくりと動く。
「まったくそろいも揃ってばかなんだから」
 そこにいたのは手桶を持ち、もう片方の手を腰に当てて立っているレニであり、
「そんなになるまで髪引っ張り合ったりおっぱい掴んだり…そんなに痛い目に遭いたいなら僕がやってあげる」
 言うが早いか二人の手を掴み、無理矢理床に押しつけてしまった。
「ほらさっさと四つん這いになって!」
「ちょ、ちょっとレニ待…あうっ!」
 パチーン!と乾いた音がしてアイリスのお尻が赤くなる。無論、レニが叩いたのだ。
「君もだ」
「レ、レニさん…」
 優しくて胸の大きなお姉さんの姿はなく、女王様と化したレニがそこには、いた。
 裸、というのは身軽な代わりに身を守るものが何もない。それはそのまま強気や反抗心の減退に繋がり、アイリスもなのはもレニに押され、言われるまま四つん這いになり、白いお尻をレニに向けた。
 ぷるぷると震えている二人のお尻を見ながら、
「二人とも…覚悟は出来てるね」
 それは、アイリスでさえ一度も聞いた事のない声で、びくっと身体を震わせた少女達は、さっきまで掴み合っていた殺気はどこへやらきゅっと目を閉じ、その二人の後ろでレニの手がすっと上がった。
「『ひゃう!?』」
 てっきり叩かれるとばかり思っていたが、レニの指はまっすぐ少女達の秘所へと伸びてきた。割れ目に指を押し当て、指の腹で膣口から尿道口までむにむにと刺激する。
「レ、レニさん、や、止め…ふにゃあぁっ」「レニぃ、アイリスのそこ触っちゃだめぇっ」
 制止どころか続行意欲を刺激しかしない甘い喘ぎが、なのはの唇からもれる。アイリスもか弱く抗議するが、無論止まらない。
 腰を下ろしたレニが、両手でそれぞれ少女達の股間を責める。掌で股間を固定し、指の腹自体はやや強めに押しつけているものの、未熟な女性器を刺激する指使いは――あまりにも手慣れている。
 最初はノーマルに抵抗していた二人だが、三分程経ってから徐々に変化が見え始めた。最初にアイリスが、続いてなのはが、段々と身体を弛緩させていき、吐息も切なく甘えるようなものに変わり、自分でも知らぬうちにお尻を上げてきた。
 がしかし。
「『ふ、ふえぇ?』」
 唾液で濡らした指に、唾液とは違うものがついたのを知り、レニはさっさと手を離してしまった。
「は、はぁん…レ、レニぃ、止めちゃらめぇ…」「レニさん…もっとぉ…」
 とろん、と蕩けた視線で二人が見つめてくる。
「やだ」
 レニは冷たく拒絶した。
「折角温泉入ったのに、髪の毛引っ張り合ったりおっぱい掴み合って喧嘩するような子供には、適当なところで放置が一番だ」
「そ、そんなぁ…」「も、もう喧嘩しないから…お願いよぅ…」
「本当に?」
 アイリスとなのはがこくこくと頷くのを見て、
「じゃ、二人で仲直りのキスして」
「『え…ええぇーっ!?』」
「……」
 さすがに拒絶と抗議の声があがったが、レニがさっさと立ち上がろうとするのを見て、
「『ま、待ってぇっ』」
 慌てて顔を寄せ合った。ただ、ついさっきまで髪と乳房を掴み合って喧嘩していた少女同士で、爪を立てた相手の乳房の感触も掻きむしられた痛みも鮮明に残っている。
 が、数分にしか過ぎぬレニの愛撫は、ぶつけ合った殺気すら打ち消させたのか、十秒近く顔を見合わせたものの、
「ア、アイリスやりすぎちゃった…ごめんね」「ううん、元は私のせいだから…」
 そっと唇を触れ合わせ、ちっちゃな舌で相手の舌をぺろぺろと舐め合った。
「…ふん」
 その様子を少し冷たく眺めていたレニだが、
「二人とももういい」
 なのはがアイリスの唇をはむっと甘噛みしたところで止めた。
「アイリスもなのはちゃんも、そんなにえっちして欲しいの?変態だね」
 冷たい言葉すらも、今の少女達にはぞくぞくする刺激にしかならない。
「だ、だって…わ、私…か、身体が熱くてぇ…」「アイリスだって…も、もうおまんことろとろになっちゃって…レ、レニのせいなんだからねっ」
「僕の?」
「『う、ううんっ!』」
 慌てて否定した時、アイリスは確かにシンジの影を感じ取っていた。
「ま、いいや。約束だから責めてあげる。ほら、二人とももっと脚開いて、僕にまんこ見せて」
(ま、まんこって…レ、レニさん…)
 性に関しては殆ど経験値の無いなのはだが、姉の部屋で裸の女性が満載の本を見せてもらったことがある。
「おちんちんをおまんこに入れて子供が出来るのよ。でも、まんこってやらしく言うと男はそれだけで萌えるんだから、単純なものよね」
 兄と姉から、揃って性教育を受けた時の事はよく覚えている。その時は、ふうんとしか思わなかったなのはだが、こうして身近で聞くとその意味がよく分かる。レニの口から出るだけで、ただの名称は淫らな響きを帯び、なのはの身体を妖しくくすぐるのだ。
 ちらっとアイリスを見ると、もう切なげに眉を寄せ、明らかに普通とは違う吐息の洩れる唇は、なのはが見ても可愛らしく、そしていやらしい。四つん這いの姿勢から上半身をぐっと下げ、お尻を思い切り突きだして脚を開いているアイリスを見て、なのはも真似をしてみた。
(な、なのはの…ま、ま…まんこが…すーすーする)
 内心で呟いただけなのに、何故か全身が急に熱くなり、なのはの頬はかーっと赤くなった。
「レ、レニ…」「レニさん、お、お願い…」
 言われた通り、脚をくぱっと開いて小淫唇を晒している二人を見て、レニの手がもう一度上がり――何故かお尻につうっと触れた直後、
「『ふにゃあああぁんっ!!』」
 可愛さと欲情とが、微妙な割合で混ざった甲高い声が二つ、午後の浴場に木霊した。
 
 
 
「レニ…これは?」
 夕刻になって戻ってきたシンジは、全裸で寝かされていた二人を見て、さすがに少し険しい表情になった。街の案内を、とアイリスとレニに任せて帰ってきたら、二人とも明らかに爪を立て合ったと分かる傷跡が乳房についていれば、この表情もやむをえまい。
「ごめん…僕がすぐに止められなくて…」
「何がどうなっているか、分かるように説明よろしく」
「う、うん…」
 やっぱり、最初から無理にでも止めておくべきだったかと後悔したレニだが、
「別に訊くまでもないでしょうが」
 後ろから邪悪な声がして、レニは内心でほっと安堵した。
「…旦那?」
「全ての前提に君の鈍感が絡んでいる」
「ハン?」
 黒瓜堂は危険なウニ頭を揺らしながら、
「現在のところ、女神館でアイリスにライバルはいない」
 奇妙な事を言い出した。
「…はあ」
 よく分からないまま、シンジが曖昧に頷く。
「そこへ異世界からやって来た魔法少女が、君にべたべたくっついているのを見れば、超能力少女が敵愾心を燃やすのは自然な流れ。そして、他の娘がいないのを機にちょっかいなり、嫌がらせなりするのは明日太陽の昇る方角を予測するより簡単で、やたらと平和をお題目にしない少女が、引かずに受けて立つのはこれまた火を見るより以下略。理解した?」
「理解はした。が、納得できん。なのはは俺にべたべたなんて――」
「していない、と思ってるのは地球人口六十億の中で君だけです」
「……」
 言いがかりだ、と抗議しようとしたがふとある事に気付いた。すなわち――味方は誰もいないのだ、と。
 案の定、
「しかしレニ」
「はい?」
「微乳を掴み合い敵対心でいっぱいのまま相打ちになった、ようには見えないが」
「あ、あのっ…」
「ん?」
「ぼ、僕がその…ふ、二人まとめて…」
 それ以上は言えず、頬を染めて俯いたレニの頭を黒瓜堂が撫でたではないか。
「それでこそ、です」
「え?」
「二人が喧嘩するのは分かっていた。だからこそ、アイリスにレニを付けたのです。よく出来ました。さすが、魔女医の手で再生された娘だけのことはある」
「黒瓜堂さん…」
 褒められてちょっと照れているレニだが、無論到底納得できない男が一人、いる。
「…それなんてマッチポンプ?」
 理解できなかったシンジが一人、間抜けに見えるではないか。
 ぶつくさとぼやいているシンジだが、
「何をぼーっとしてるんです」
「何ですと?」
「さっさと治しておあげなさい。なんなら、私がお持ち帰りしてもよろしいが」
「…分かったよもう!治せばいいんでしょ、治せば」
「別に治せ、とは言っていない。代わりに私がおもちか――」
「やる!」
 完全に、黒瓜堂の術中にはまっている従兄を見てレニがくすっと微笑う。微笑った顔のまま、
「でも、シンジって優しいから好き」
 その頬に、ちうっと小さく口づけした。
「はいはい」
 微妙な表情のシンジが、アイリスとなのはの小さな乳房をゆっくりと撫で回していく。痛々しくはあるが、傷の程度自体は大したものではない。噛み付いたなら別だが、少女同士が爪を立て合ってもさしたる深さにはならないのだ。
 水治療を施しながら、ちらっと黒瓜堂を見た。レニと何やら話しており、こちらに意識は向いていない。
(少女も守備範囲かと思ったんだけど…)
 内心で呟いた瞬間、
「アーウチ!」
 いきなりぴょんっと飛び上がった。尻に何かが刺さったのだ。
「!?」
 慌てて触れると、ダーツが刺さっている。
「…何これ」
「なにやら不穏当な思考を感知したが。はて、誰のものだったか」
「……」
 やはり、外見だけでなく中身も人外だったらしい。
 それから三十分後、シンジが袋から取り出したものに、なのはを始め住人達も目をぱちくりさせていた。
「旦那、目録読んで」
「承知。一、ジュエルシードが二つ。一、時空管理局職員のコスプレセット一式(女物)。一、切り落とした髪束が三つ。一、時空管理局職員のダッフルコート(少年用)。以上ですな」
「『……』」
 何と言って切り出せばいいのか分からず、娘達が互いに顔を見合わせる。
 そんな雰囲気を全く読まないのは、やはりこの男であった。
「なのは嬢」
「あ、はい」
「三つにして返す、と言ったんですが二つでした。シンジ君には後でお仕置きしておきますから、勘弁してやって下さい」
「え…い、い、いいですっ!」
 なのはが慌てて手を振った。目覚めた時、黒瓜堂はそこにいなかったのだが、シンジが自分とアイリスの乳房を触っており、思わず悲鳴をあげかけた。が、痛みが消えている事に気付いて見ると、血液の流れを弄って治療されたと知り、狐につままれた表情になったなのはである。
 ともあれ癒された事は知っているし、しかもこんな短時間でジュエルシードが一つ増えたのだし、感謝こそすれ怒る気持ちは微塵もなかった。
「そうですか?ではそのように」
「あ、あの〜」
「どした、さくら?」
「この髪の束って…すっごき気になるんですけど…」
「ああそれね。フェイトテス太郎と黒坊主とインディってやつから没収してきました」
「テス太郎じゃなくてテスタロッサですよ。大体シンジ君、それじゃ彼女達が分からんでしょうに」
「分からない、と?」
 分かりません!と揃って突っ込もうとしたが、シンジの視線に遭い、かさかさと顔を逸らす。
 やれやれ、と笑った黒瓜堂が、
「向こうに着いたら、フェイト・テスタロッサとその従魔に襲われましてね。シンジ君があっさり撃退したんですが、はだ…いや生体エネルギーを半分近く削ったところで、坊やが乱入してきました。一発かまして捕まえたところ、時空管理局なるところの手先と判明したんで、五分刈りにして入れ墨でもしようかと思ったら、母親兼管理局の親玉が出てきたので、そっちから身ぐるみを剥いで参りました。正確には、フェイトと従魔のアルフから髪を、それと時空管理局のインディからは髪とコスプレセット。クロノって坊やからはダッフルコートを。久しぶりにシンジ君の艶姿…もとい成長したところが見られて、私としては満足してますよ」
(旦那…)
 ちょっと機嫌の針が上向いたかに見えるシンジだが、娘達はと言うと聞かなきゃ良かったとかなり後悔していた。殺した、と言わなかっただけましな気もするが、この二人が組んで女性から服をはぎ取る場合、いかなる方法を用いるかと考えるだけで背中が寒くなってくる。
 悪の道を邁進する親玉と、その弟子の組み合わせなのだ。
「黒瓜堂さん…」
「はい?」
「これ、全部碇シンジさんが?」
「私は今回撮影役ですから。攻撃にはまったく無関係でありますよ」
「ふえ〜」
 シンジも黒瓜堂もピンピンしており、かすり傷すら負った様子がない。それに、自分が全くと言っていい程叶わなかったフェイトと、その従魔までもをとっ捕まえたと聞かされ、尊敬の眼差しでシンジを見るなのはだが、
(大嘘つき)
 シンジの方はひっそりと黒瓜堂を呪っていた。
 だいたい、アルフを強制的に女の姿へ戻したのも、我が子の危機に駆けつけたリンディをとっ捕まえたのも黒瓜堂である。
 しかも、リンディをブラ一枚の格好にした時、妙に楽しそうであった。
 何よりも――その二人の髪を切ったり服を剥いだのも黒瓜堂本人なのだ。
「なのは嬢、どうです?君の師たるレベルとして、シンジ君は合格ですか?」
「あ、はい…おねがいしますっ」
 黒瓜堂の捏造により、戦果はすべてシンジ一人の手によるものとされた。ここまで圧倒的な力の成果を見せられては、なのはに断る理由などなにもない。
(まあ、それはそれで)
 なのはの鍛錬自体は、自分から言い出した事だ。戦果を全て自分に帰したのは気になるが、半分は違うからと断る程の事でもあるまい。
 ぴょこんと頭を下げたなのはを見たシンジは、ふとある事に気付いた。
(近いな?)
 なのはの位置が、妙にレニと近いのだ。偶然ではなく、明らかに意図的に見える。
 内心で首を傾げたシンジだが、その直後一人を除いて全員が度肝を抜かれる事になった。
「あの…レニお姉さまも一緒に…いいですか?」
「『……え?』」
 皆の口が開き――そのまま固まった。
 事態を理解しかねたのである。唯一にっと笑ったのは、無論危険なウニ頭を怪しく揺らしている男ただ一人であり、レニに至っては口が開いたまま、顔色が三色の間で行き来を繰り返している。
 それでも最初に硬直が解けたのは大したものだが、
「な、な…なのはちゃんっ、ど、どどっ、どうして僕っ!?」
 口をついて出てきたのは、導火線の台詞であった。
「だ、だって…お風呂でアイリスと一緒におし…モゴ?」
 にゅう、と手を伸ばしてなのはの口をおさえたのは黒瓜堂であった。この男は、浴場で何があったのかを既にレニから聞いており、そのまま告げられたらレニが「少女アヌスファッカー」として、一生十字架を背負う羽目になるので、さすがに寸前で制止したのだ。
「アイリスと喧嘩して、レニにまとめてお仕置きされたのは予想がつきます。が、それ以上言うと私のハートを鷲掴みにするから、止めておきなさい」
 よく分からないままなのはが頷き、やっと場の硬直が解けた。
(ところで…なんでなのはちゃんが話すと黒瓜堂さんがハートを鷲掴みにされるの?やっぱり黒瓜堂さんって…)
 危険な疑念は、形にされることなく消失した。
 
 
 
 五日後――。
 なのはの訓練自体はスムーズにいった。と言うよりも、シンジをしてさえ驚かせる程の潜在能力であり、住人達は未だに魔界で動き回れぬ中、四日目にしてほぼ動けるようになってしまったのだ。
「これ、なんてスーパーなのは?」
 一緒に行ったレニでさえ――夜、テント内で抱き枕にされ睡眠が不足気味だった事はあるが――半分程度だというのに、シンジの戦闘訓練にも耐えうるまでになっていた。
 なのはの場合、シンジ同様遠近両方の戦闘スタイルが取れるが、フェイト相手に遠距離ではまだ凌駕できないと見て、シンジは近接戦闘を教え込んだ。
「要するに、一発かまして逃げる」
「ふえ?」
 実に単純な事であった。相手の攻撃を避けつつ高速で接近し、かわせない距離で攻撃魔法を叩き込むのだ。初日はシンジに背負われていたなのはも――レニが背負う係を固辞したのだ――数日程度でその眠っていた魔力を開花させ、威力も桁違いになっていた。
 封印自体は問題ない――邪魔者を排除してから、ゆっくり片づければいいのだから。
 黒瓜堂が撮影した映像には、自分で言っていた通りに動くシンジが映っている。一気に差を詰め、一撃で地に叩き落として上から追加の攻撃を加えるそれは、手軽な一撃が重さがあり、高速移動も出来る者ならば理想の戦い方だ。
 フェイトにもとどめは刺していない。なのはの選んだ道だから、シンジが完結させる事はしなかったのだが、裏を返せばまたなのはがフェイトと戦う事を意味している。
 精を操るシンジほどには行かずとも、贔屓目抜きで、十分優勢になれると判断し、なのはが帰る事になったのはそれから二日後の事であった。
「黒瓜堂さん、ちょっといい?」
「何か?」
「もし良かったら、あの、コーヒーでも」
 門(ゲート)までなのはを送り、戻ってきた黒瓜堂をレニが待っていた。シンジはと言うと、
「潜在能力に違いがありすぎる。うちの小娘共より、なのはのクローンを生産してもらった方が、花組の能力は十倍になりそうだ」
 と、ろくでもない事を宣って、図書館にこもっている。何やら、思う所があるらしい。
 喫茶店に入った二人だが、レニはなかなか用件が切り出せずに口ごもっている。もじもじしている巨乳美少女を眺めるのも一興、とする向きもあるのだが、大凡読めていた黒瓜堂が先に口を開いた。
「なのは嬢が、あっさり帰ったので心残りですか?」
 びくっ。
 図星だったらしい。
「そ、そういう事じゃなくて…あっちの世界に帰って、一人で大丈夫かなあって…」
「と言うと?」
「シンジって、一緒にいると自分も強くなったような気がしたりするけど、本当はそうじゃない。自分の実力以上になれたと思っちゃう。だけど…それは離れてから気付く事。何よりも、絶対安心な後ろが今のなのはにはいない。一人で…ちゃんとやれるのかなって…」
「抱き付かれたり、指入れてとかせがまれる可能性はあるけれど、心配だから自分も行けば良かったって思ってます?」
「!」
 レニの顔がしゅうしゅうと赤くなり――やがて小さく頷いた。
「うん…」
「レニは優しい子ですね。ま、大丈夫ですよ。確かに一緒にはいないが、あの子を帰したのは本人の都合ではなく、シンジ君の見立てです。君の従兄は、人を見る目はしっかりしてますから、あっさり負けるようなレベルでは戻していません」
「だといいんだけど…」
 黒瓜堂はうっすらと――邪悪に――微笑った。
「あんな目に遭わされながらも、歪むことなくまっすぐに育った君がいる」
「え?」
「だから、シンジ君はレニを大事にするのですよ。そーゆー小娘には私から贈り物を。今日は私がおごるから、好きなものを何でも頼むといい。魔界に付き合って、疲れた身体には甘い物が一番です」
「黒瓜堂さん…あ、ありがと」
 ほんのりと赤くなったレニが頷き、メニューを取るとかさかさと物色し始めた。
 この店には、女性を対象としたメニューも多く、何にしようかと目移りしながら一心にメニューを見ているレニ。
 そんな少女は――
「人生は万事塞翁が馬鹿」
 などと奇妙な、と言うより間違った台詞を、目の前の危険な男が危険に呟いた事など、全く気付かないのだった。
 
 
 
 二日後の夕方、勉強を終えたレニは浴場に向かっていた。食事にはまだ間があるし、先に入っておこうと思ったのだ。
 さらさらと衣服を脱ぎ、タオルを手にしてから先客がいる事に気付いた。
「あれ、誰か入ってる」
 確か住人は皆出かけていた筈だと思ったが、外部から入りに来る者などいなから、別段気にも留めず浴場の扉を開けたて、そのまま全身が硬直する。
 ゴシゴシ…ゴシゴシ。
 一回、二回とレニが目をこすり――その手からタオルと洗面器がゆっくりと落ちていく。乾いた音を立てて、洗面器が地面に落ちた。
「な、な…なのは…なの?」
「来ちゃった」
 そこに居たのは全裸のなのはであり、明らかに飛ばされてきた風情ではない。
 そんな娘が、ご丁寧に脱衣場で服を脱ぎ、しかも湯の中で楽しそうに待っていたりするものか。
「ど、どうして?」
 やっと言葉を絞り出して訊いたレニに、極めて的確で短い言葉が返ってきた。
「黒瓜堂さんが、二つの世界を繋いでくれたの」
「や、やっぱり…」
 それ以外には考えられないのだが、
「で、でも二つの世界が接触してるとまずいって…」
「うん。だからね、接触させないで橋を架けるみたいにするんだって言ってたよ。これなら大丈夫なんだって」
「そ、そう…」
 理屈はよく分からないが、一応この世界に異変の起こるような事はするまい。ざぶ、と湯を滴らせて立ち上がったなのはが、とことことレニの元へやって来た。
「昨日、フェイトちゃんと戦ったの」
「!」
 それを聞き、レニの顔が一瞬で引き締まった。
「そ、それでっ?」
「なんか、シンジさんより全然遅いし攻撃も威力無くて、私があっさり勝っちゃって」
 黒瓜堂の言った事は正しかったらしいが、とりあえず良かったと、レニはほっと安堵した。
 が、なのはの表情が妙なのに気付いた。頬は何となく赤いし、目許は潤んでいるように見える。
「ど、どうしたの?」
「懐かれちゃった」
「…え?」
「魔法って言っても、本当に傷つける事も出来るでしょ。私は、フェイトちゃんと殺し合いとかはしたくなかったし…それに服がボロボロのフェイトちゃんを見てたらつい…」
「つ、つい?」
「同じ事したら、えっちな声出してぐったりして気絶しちゃって」
「お、同じ事っ?」
 思わず上擦った声で訊いたレニの乳房を、なのはの小さな手がぷにっと揉んだ。
「お・し・り。いっぱい弄っちゃった…レニお姉さまが教えてくれたでしょ?」
「あぅっ、あ、あれは…き、君とアイリスの喧嘩を止めるっていうか、お仕置きっていうか…」
「でも――レニの指は上手でしたか?」
「?」
「うんって言ったら、お尻はくせになるから、まあしようがないですねって、私の世界と繋いでくれたよ」
「ま、まさか…」
 誰に言ったのかなど、わざわざ訊くまでもない。
「お尻は初めてだったんだから…レニお姉さまに責任取ってもらうんだから」
 えいっと押し倒され、たわわに実った乳房をもにゅもにゅと揉まれると、レニの全身から力が抜けていく。
「ねえ、はやくぅ」
「そ、そんな事言われても…あぁっ」
 身体を摺り合わせて押しつけられる乳首は、既に硬くなっており、それがレニを妖しく刺激する。裸身を絡ませておねだりされ、赤くなった顔で困るレニの脳裏で、黒瓜堂の言動が全て繋がった。
 別れの時間などほとんど取らなかった事、二度と会う事がない筈のなのはを、全くと言っていい程気に掛けていなかった事も、全てはまた来られるようにする気だったからとすれば何らおかしくない。しかも黒瓜堂の事だから、向こうの世界へ行ってなのはを見張り、ピンチになったら闖入する気だった可能性が高い。
 シンジの見立てだから大丈夫、などとよく言えたものだ。
「く、く…黒瓜堂さんの馬鹿ーんむぅ!?」
 精一杯の恨みを込めて叫んだ唇は――少女の唇で塞がれた。
 
 
 
「餅みたいなもんだ」
「オーナー?」
 妙な事を言い出した黒瓜堂に、豹太が顔を向けた。
「美少女のお尻」
「……」
 それを聞いて、豹太は考えていた。前からロリータコンプレックスの気配はあったのだが、どうやら確定したらしい。とは言え、この男がロリコンだったところで、別にどうという事はない。
 美幼女をさらってきてアリスルームを造ったとしても、司直から目を付けられる要因が一つ増えるだけの話であって、今更困りもしない。
 問題は――今後どういう視線で眺めればいいのか、だ。
「私が美幼女を集めてきてアリス城を造ろうとしている、とか思っていないかね?」
「!」
 黒瓜堂の言葉に、ぴくっと豹太の肩が動いた。
「それはそれで一興だが、現在の予定にはない。シンジ君とこの話だ」
「…これは失礼を。異世界と繋げた娘の件でしたか」
「一時的に行き来できるよう工作するなら、さしたる問題はない。少なくとも、あの子に影響が出ることはない、とMCも判断した。裸の美少女を並べて弄ぶ、などとうらやま…もといけしからん遊びを考えたのはレニだ。女神館の娘達をまとめても、遠く及ばぬ危険な程のあの潜在能力は、或いは刺激になるかもしれん。レニにはしばらく、まとわりつかれてもらうとしよう」
「オーナーが、気に入られましたか」
 否、と黒瓜堂は首を振った。
「シンジ君の方だ。彼はあの手の、自ら志願して何かを背負う生き方には弱いからね。私が気に入ったのは、ジュエルシードの方ですよ。あれは、精製すればなかなか面白い物が出来そうだ」
「しかし、確かある物を全て集めてそれから何かに使うのでは――!」
 黒瓜堂がかざしてみせたのは、妖しく輝く石であった。
「ちょろまかしてきた」
「何時の間に…」
「円満な交渉だ」
「交渉?」
「シンジ君は知らなかったが、あのアルフという使い魔を女の姿に戻してから、この心臓を抜き出したらどうなるだろうか、とフェイト・テスタロッサに訊いた。そしたら、積極的にこれをくれたよ。シンジ君に捕らえられ、自分の身が危ない時は一つしか出さなかったのに、なかなか感心なことだ」
 要するに、脅迫してしかもシンジには告げず、ちょろまかしてきたらしい。
「この店もまだ当分は安泰、と言うことになりますな」
「そうなるな」
 
 ハッハッハ。
 
 怪しい哄笑が怪しく共鳴し、店の空気が危険に揺れた。
 
  
 
 
 
(つづく)

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