妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第百八十三話:女王に相応しいクリーム?
 
 
 
 
 
「すみれの動きを見張るの?それでシンジに連絡を?」
「うん」
 あっさり頷いた従兄に訊くまでもなく、何を考えているかは大体想像がつく。そもそも、どうして館内にいる住人の動向など連絡しなければならないのか。
「何をするの?」
「夜の勉強を。イロイロと」
「ふーん」
 レニにじっと見られると、シンジはほんの少し視線を逸らした。自分を小間使いにしようとする従兄の顔を見ながら考える。
 結論はすぐに出た。
「いいよ」
 レニは頷いた。
「その代わり!」
 ビッとシンジに指を突きつけ、
「今年の僕の誕生日…期待してるからね」
「年末でしょ。欲しい物あるの?」
「欲しい物は…別にないけど」
(あら?)
 欲しい物がないのに、何を期待するというのか。四十五度、器用に傾けられたシンジの耳元にレニが顔を寄せた。
 その顔は少し赤い。
「も、もらって欲しいのがあるの…わ、忘れちゃ駄目だよっ」
 これで分かれば、シンジの能力もぐっと上昇するというものだが、世の中そう簡単には行かない。
 だが今夜はハハーンがいた。しかもまともである。
「そ、それじゃっ」
 走り出そうとした所へ、にゅうと手が伸びて捕縛した。
「シ、シンジ?」
「レニのはイブだよね?でもイブは駄目、予定が入ってる」
「え…よ、予定が!?」
 まだ梅雨入りすらしていないこの時期に、シンジはもうクリスマスの予定が入っているという。
 一体誰が相手なのかと、不安が表情に出たレニだが、
「年末は色々忙しいから、その前にね」
 返ってきたのは全く想定外の言葉であった。
「ほ、本当にっ?」
「本当にって…ネタで言ったの?」
「ち、違うよっ」
 慌ててぶるぶると首を振り、
「その…シンジがいいって言ってくれると思わなかったから…あぅ」
 言葉は途中で途切れた。シンジがきゅっと抱きしめたのだ。
「レニもいい女になったしね。従兄(こんなの)で良ければ」
「シンジでなきゃ…やだ」
 先般アイリスが突撃した事を知ったとはいえ、レニとしてはかなり飛び出した科白であり、服越しながらシンジにもレニの鼓動が伝わってくる。
「分かってますよ、レニ」
 囁いたシンジが、レニの胸に軽く触れた。乳房と言うより俎とでも言った方が正しかったそこは、シビウの手により完全に姿を変え、指を曲げた状態ですっぽり収まる大きさになっている。
「なんかどきどき言ってる」
「う、うん…はぅんっ!」
 折角良い雰囲気になりかけたところだったのに、無粋な従兄が乳首をきゅっと押したのだ。無論、ノーブラでうろつくような娘ではないが、予期せぬ所への刺激は予想外の効果だったようで、瞬時に首筋まで赤く染めたレニが、
「じゃ、じゃあすみれ見てくるからっ」
 ぱたぱたと走り出す。
「あ…」
 胸がすぽっと抜けたから、妙な格好のまま手が固まっているシンジの背後には、フェンリルの姿があった。
 妖狼のままだ。
 戻ってきたのである。
「にげられちゃった」
 呟いたシンジに、あんな約束をして良いのかと言いかけたのだが、
「で…頂くって何をどこまで?」
 はてと首を傾げた次の瞬間、強烈な一撃がその後頭部を直撃した。
「アーウチ!?」
 
 
 
 
 
「い、碇さんそれ…」「な、なんですか…」
「見てのとおり三角木馬。こうやって乗るんです」
 立ち竦んだ二人の眼前には、三角木馬に載せられたすみれの肢体がある。こちらに尻を向けているから、ぱっくりと開いた秘所が丸見えになっている。
「で、本当は縛った格好でのっけて、ここからあんな事やこんな事を」
 至近距離ではないが、囁くようなシンジの声に揃って赤くなる。二人の様子に、どうやら知らないようだと方針転換し、
「すみれ下ろすから、そこの毛布取ってくれる」
 さくらがひいた薄い毛布の上に横たえた。
 仰向けの状態でほんの少し脚を開くと、淫毛に覆われた秘所がいやでも眼に飛び込んでくる。
「自分のはこうやって見る事無いでしょ?」
「あ、当たり前でしょっ」「い、碇さんのえっち」
(……)
 予想外の答えだった場合は、自分で股間を見られるような特別柔軟体操のレクチャーを、とか言おうかと思ったが止めた。
 すみれの秘所は、淫毛は生えそろっているが小陰唇もはみ出してはおらず、形は綺麗に整っている。
 十秒後、二人が大きく息を吐き出した。初めて見る秘所の、それも他人のとあって息を忘れていたらしい。
「あ、あの碇さん…」
 さくらが遠慮がちに呼んだ。
「なに?」
「す、すみれ寝てるんですよね?」
「ぐっすり寝てます。どこから見ても大丈夫だから」
 シンジの表情はいつもと変わらない。不感症ではないから、反応しない訳ではないのだが、とある院長に極上の肢体という物をいつも見せられている上に、そこまでの感情は持っていないから傍目には無関心に見える。
 勿論、弄る事自体は喜々としてやっている事に間違いはない。
 そんなシンジに観察許可を貰った二人だが、織姫とさくらはまだ処女だし、性器などまじまじと見た事はないから、シンジに言われると当時にしゃがみこんで、食い入るように股間に見入っている。
 この状態ですみれが起きたら、どんな表情をして第一声は何になるだろうか。
「これが女の人のあそこ…」
 織姫の方は、服の上からながら、ちらちらと自分の股間を見ている。大きな差はないから、やはり気になるらしい。一方さくらはと言うと、じっと見つめているのは生え揃っている淫毛であった。
 さくらの場合は淫毛がない。無論シンジの趣味に合わせて剃った――訳ではなく、基からないのだ。生理はあるが、性徴の訪問が微妙にずれでもしたのだろう。
「碇さんこれって…い、淫毛なんですよね」
「そうとも言う」
(ふわあ…ここに毛が生えて…)
 まるで、銭湯で初めて大人の身体を見た少女のように、妙な事に感心したさくらが、そうっと淫毛に手を伸ばした。
「こらっ」
 大きな声ではなかったが、おそるおそる指先を伸ばしたまさにその瞬間であり、
「ひゃぃっ!?」
 奇妙な声を上げて、器用にぴょんと跳び上がった。
「なな、なんですかっ!」
「何ですかって…抜いちゃだめよ?」
「そんな事しませんっ」
 赤い顔で抗議するさくらに、
「そう?じゃ、何しようとしてたの」
「な、何って言うかその、ちょ、ちょっと触ってみようかなって…」
「気になる?」
「す、少し」
「ふーん」
 股間の前にかがみ込んだシンジが、二本の指で陰唇を左右にぱっくりと開く。
「『あっ!?』」
 思わず声を上げた二人の前に、ピンク色の肌がさらけ出された。
「ほらこれ」
「え?」
「余分な所には生えてない。毛質も剛毛じゃなくて繊毛でしょ。ふわふわしてる感じ」
(む〜)
 言うまでもなく、この手の話を異性とした事など無い。それでも、褒めるかそれに近い物だという事は分かる。
 内心で、ぷうっと頬をふくらませかけた時、
「性格もこれくらいだと良いんだけどね――どしたの?」
「『ううん、何でもないの』」
 揃って首を振ったその表情は、無論元に戻っている。
「碇さん、これからどうするんですか?」
「さっき、君らがこの部屋に来る前に何て言った?」
「『えーと?』」
 ちょこんと首を傾げた二人が、かーっと赤くなった。
 思い出したらしい。
(ぬ、濡れたお、おまんこをって…)
 シンジの耳元に口を寄せ、蚊の鳴くような声で囁いた。
「そ」
 自分達にも付いているものだが、自分達のものではなさそうだ。寝ているすみれに何をするというのか。
 次の瞬間、彼女たちの口から、あっと声が上がったのはシンジの行動が予測を遙かに超えていたからだ。せいぜいくすぐるとか、その辺だろうと思っていた。
 だがシンジが取った行動は、まったく違っていた――指で左右に開き、そこへ顔を近づけたのだ。
 理由はどうあれ、シンジが他の女の秘所を舐める姿など見たくはない。一瞬顔色が変わったが、シンジの唇から出たのは舌ではなく吐息であった。
 首筋にされたらたまらないような甘い吐息が、はふぅっと秘所に吹きかけられる。
「…ンッ」
(!?)
 寝ているはずだ。第一、すみれがこんな格好を自分達に眺められて、我慢出来るはずがない。
 だが動いた。秘所にシンジの吐息が当たった瞬間、小さくだが確かにすみれは身悶えしたのだ。
「ね、寝てます…よね?」
 すみれ以上に、びくっと反応した二人を見て、シンジがうっすらと笑う。
「大丈夫。それはもうきっちり寝てる。感じる事に本人の意識は関係ないからね」
 分かったような分からないような顔で二人が見つめる中、すみれに変化が表れたのは十数秒後の事であった。つう、と透明な液が一筋秘所から流れ出したのだ。
「『!』」
「初めて見るものじゃないでしょ。女の子の普通な反応だし」
 確かにその通りだが、自分のと他人のとではまったく違う。目許を染めて見入っている二人に、もしも今すみれが起きたら、赫怒よりも仰天するに違いない。
「さてと、すみれを起こすからその辺に隠れててくれる。呼んだら来てね」
「は、はい」
 普通に見れば、全裸に剥いた上吐息で濡らさせてあまつさえその痴態を見学させるなど、ろくでもない所行以外の何物でもない。ただし、それは他から見た発想であって当事者からは少し違う。
 荒っぽい扱い方でもないし、何よりもシンジ自身がすみれを欲望対象として扱っていないのだ――その事の是非は別として。可愛がってはいないが、自分が絶対されたくない事でもないから、分かっていてもどこか複雑な思いが残る。
「それで…この後どうするの?」
 訊ねた織姫に、
「何って、君らに買ってきてもらった道具を使――」
 言いかけて止まった。何やら気づいたらしい。
「織姫のおかげで思い出しました。やっぱり君ら手伝ってちょうだい」
「なに?」
「お風呂に運んでいくの。ここだと後始末が面倒だからね。さくらちゃん」
「はい?」
「風呂場に行ってこの札掛けてきて。でもって、それを壊して入ってくる娘(こ)がいないように見張ってて」
 シンジがさくらに渡したのは、木の札であった。『碇シンジ入浴中につき』と筆で書いてある。
「は、はい…」
 受け取ったさくらが少し赤くなったのは、無論先だっての事を覚えているからだ。入浴中と書いてある札を破壊して侵入した結果、乳首に貼られた花弁が取れなくなった事があり、勿論シンジも覚えている。
(むぅ)
 何やら怪しい秘め事に違いないと、ピンと来た織姫だったが、ここで突っ込むのは得策ではないと黙っていた。
「じゃ、先に行ってますね」
「ん。それからシャツで来てね」
「シャツ、ですか?」
「そ。お風呂場だしね。中は厚着でも裸でもいいから。見ているだけならいいけど」
 一瞬小首を傾げたが、これもすぐにシンジの意図を読んだようで、ぱたぱたと走っていった。
「じゃ、織姫はすみれ運ぶの手伝って。負ぶってもいいけど、出来るだけ姿勢変えない方が起きないだろうから」
 姿勢はあまり関係ないのだが、さっきから怪しまれているのは分かっているし、あえて織姫に頼んだのだ。
「いいよ。でもその前に」
「何?」
 ん、と小さく唇が突き出された。キス、とは言っていない。とは言え目も閉じている事だし、雰囲気を読まずに悪戯すると向こう一年くらい呪われる可能性がある。
 顔を寄せ、はむっと軽く甘噛みしてから顔を離す。
 どんな顔をするかと思ったら、唇に指を当てて微笑った。
「碇さんのえっち」
 満足したらしい。これでお上手とか言われたら、裸に剥いて逆さ吊りにする所だ。
 即席の担架を作り、すみれを載せてブランケットを掛ける。半分いったような顔で眠っているすみれは、まったく起きる気配がない。表情からして、妖しい夢でも見ているのだろう。
「行くよ」
「はい」
 同時に持ち上げ、そいやそいやと担いでいく。
 幸い、館内では誰にも会わずに済んだ。
 
 
 
「ここは…」
 すみれが目覚めた時、最初に視界に入ったのは星空であった。状況が把握できないまま、軽く首を振る。
(確かわたくしは碇さんのお部屋で…)
 胸を見せたところまで思い出し、かーっと赤くなったすみれが跳ね起きる。
「おはよう」
 シンジの声にこくんと頷きはしたが、まだ状況が分からない。当然であろう。
「あの、碇さん…わたくしはどうしてここに?」
「俺が運んだから。アイリスの念動力で飛ばしてもらったわけじゃないよ」
「そ、そうではなくてさっきはお部屋に…」
「濡れたから運んできたの」
「濡れ…!?」
 意味を理解した瞬間、すみれの顔が火を噴いた。ジュースをこぼして服が濡れたからなどではないと、女の直感で気付いたのだ。
「ど、どれくらい?」
 どれくらいか、と言うのも微妙な質問だが、シンジは二本指で小さく隙間を作り、
「少し。すみれちゃん感度いいから」
「そ、そんな事は…」
 そう言いながらも、赤らんでいる表情は微量に変化した。プラスの方向に針が振れたようだ。
 ブランケットを巻き付けたすみれが、湯に入っているシンジの元へカサカサとやってきた。
「碇さんあの…」
「飲んで」
 言いかけたすみれの前に、小さなグラスが突きつけられた。水に見えるが、ただの水ではあるまい。この場所には不似合いだ。
 そんなに量も多くないしと、口を付けて一気に飲み干す。中は日本酒であった。
 よく冷えた少し辛目の液体が食道を滑り落ちていく。
「ん、おいし。純米酒ですわね」
「多分ね」
 すみれが法的に飲める年齢かどうかは別として、シンジは酒に全くと言っていいほど興味がない。吟醸だろうが純米だろうが、言われても分からないのだ。グラスは空になったが、まだ下に置かないすみれをみて、
「もう一杯飲む?」
「頂きますわ」
 一気を推奨した訳ではないが、結局四杯立て続けに飲み干し、違う意味で首筋まで染めたすみれが、つぅっとシンジに身を寄せた。なお、シンジの格好はいつもと変わらない。
 性別は男の筈だが、首から下はバスタオルで完全にガードされている。
「なに?」
「ううん、何でもありませんわ」
「そ」
 湯の中でシンジに身体を預けているすみれは、観察されている事など無論知らない。
(碇さんにあんなにくっついて!)(私がしたいのに!)
 裸で簀巻きにされた上、クール便で適当な住所に送られたくはないので我慢して見ているが、終わったら絶対倍にしてシンジに甘えるのだと、固く決意している。
 五分ほど、二人は動かなかった。と言うより、すみれが切り出せなかったと言った方が正解だろう。
「あの…碇さん」
「ん?」
「この後はその…なにを?」
 ちょっと上目遣いで訊ねたすみれの目は、ふにゃっと蕩けているが、シンジが何かしたのではない。
 おそらく自分でなりきったのだろう。舞台で役になりきるそれを、意図的にではなく自然にやってのけたのだ。ただすみれに取っての不幸は、妖しく濡れた視線を向けた相手が、おそらくその手の物が効かないランキングで、上から五指以内に入る相手だった事であり、自らのレベルも女として認めさせるには少しく早い事だったろう。
「次?次はとりあえず除毛クリームを。効き目を試した事は無かったから」
 と、それを聞いたすみれは、何を思ったかうふふっと笑った。
「…すみれちゃん?」
「だって、碇さんがわたくしの事をよくお分かりなんですもの」
 これはもう、シビウ病院の精神内科辺りに強制入院措置が必要かと思ったシンジの口が、次の瞬間ぽかんと開いた。
 すみれはこう言ったのだ。
「女王クリームなんて、わたくしに相応しいですわね」
 と。
(……はん?)
 シンジが事態を把握するまでに数秒かかった。
「こらっ」
 ぽかっ。
「いた!?も、もうなんですの」
「なんですのじゃない。誰がそんな事を言っとるか」
「だって今女王のって」
「除毛だ除毛。除去の除に毛髪の毛と書いて除毛だ」
 あら?と小首を傾げたすみれだが、合点がいったようにもう一度笑った。
「構いませんわよそれで。わたくし、知ってるんですのよ」
「何を?」
 訊かなきゃ良かった、と後悔したのは訊いてからである。
「碇さん、さくらとアイリスがお好きなんでしょう?」
「?」
 言葉は理解出来るが内容が分からない。どこからアイリスとさくらが出てくるのか。
 意味が分からないシンジがグラスのジュースを一口飲む。
「その…生えてない方がお好きでしょ?」
(よしっ)(……ム?)
 隠れてみている二人にも、勿論会話の内容は聞こえている。
「!?」
 次の瞬間、シンジは口に含んだばかりのジュースを八割方吹き出していた。正面には無論すみれの顔がある。
「な…な…」
 言葉にならないシンジを余所目に、すみれはタオルを取って顔を拭った。口元は外してある。
「碇さんの味ですわね」
 赤い舌で舐め取り、婉然と笑った顔はひどく妖艶なものであった。
「ちがーう!確かに衛生的だとは言ったが、趣味だとは言っとらん!」
 共通点は――即ち生えていない事。しかもさくらは完全に天然である。
 やっとの事で立ち直ったシンジが、手を振り上げて力説する。シンジにしては珍しい行動だが、潜んでいる二人の事が脳裏にあったのかどうか。
「あら、じゃあどうして用意されたんですの?」
「だから試用だってば。この除毛クリームってのは、塗って三十秒後に軽く擦るだけで根元から抜けるけど、肌への悪影響は全く無いらしいんだ。だからこの辺の――」
 ひょいとすみれの手首を持った。
 シンジの意図を知ったすみれの顔が赤くなる。その色はさっきまでとは明らかに意味が違う。
「駄目ッ!!」
 さくら達にはシンジの意図が読めておらず、思わずびくっと肩を震わせた程の声であった。
「まだ何も言ってないけど」
「わ、分かりますわ…い、碇さんのことですもの」
 普通なら良いカードだが、ここの管理人に効くとは限らない。
「そう」
 と、面白くも何ともない反応が返ってきた。
(あ、あら?)
 外したかしらと思ったが、表情には出さず、
「う、腕などではなくて…い、碇さんの手でその…き、綺麗にして下さいな」
「ほほう」
 シンジの双眸にちょっと邪悪な光が宿った。
「身体を洗ってと言うなら洗ってあげる。出て横になって」
「え?そ、その綺麗ではなくてその…」
「なに?」
 女の勘は、男のそれよりざっと十倍程鋭いとされる。男は嘘が下手で、女の嘘涙を見抜けないのはその辺りに原因があるとも言われている。
 今度は普通に顔を赤くしたすみれがシンジをじっと見た。
 いつもと変わらない。
「何か」
(あぅ…)
 多分釣りだと思う。口惜しいけれど、シンジ以外の男には素肌に触れさせた事もないすみれとは違い、シンジは女の扱いに慣れている――とすみれは思っている。何れにしても、はっきりしているのはシンジから動いてはくれないという事だ。
 キュ、と唇を噛んだすみれが、
「わ、わたくしのあそこの毛を…碇さんに…剃って欲しいの」
「却下」
「な!?」
 すみれが愕然とした表情になる。精一杯の勇気もあっさりと却下されたのだ。
 シンジは少し口調を緩め、
「腕じゃないのは分かった。でもどこか聞いていない。後になってからこんな所じゃないと損害賠償起こされても困るでしょ」
「あ、あくまでもわたくしに言わせようと…」
「口にも出来ぬ望みなど叶いはしないと、教えてもらわなかった?」
 主と従の関係は完全に入れ替わった。シンジの目に欲情の色は微塵もなく、傲然とすみれを見下ろしている。
 言いたくないと言えば強制はしないだろう。俺はカエル、とさっさと歩き出すに違いない。折角ここまで来たのに、疼く我が身を一人抱きしめるなど余りにも惨め過ぎるではないか。
 すう、と息を吸い込んだすみれが一瞬目を閉じ、ゆっくりと見開いた。
「わ、わたくしの…お、おまんこを碇さんの手で綺麗にして下さいなっ」
(い、言った…言いましたわよ碇さん…)
(…いかん、釣れすぎた)
 思わぬ釣果に、内心で驚いているのはシンジである。そこまで直接的に言わせようとは思っていなかったのだ。と言うより、よくて性器とか股間とかその程度だろうと思っていたのである。
 が、思わぬ科白が出てきた。
 見ると、目許にはうっすら涙さえ浮かんでいる。女であれば誰でも持っている物とは言え、令嬢として何一つ不自由なく育ってきたすみれにとっては、大いに屈辱であったろう――無論、自ら快楽と引き替えに選んだ事だが。
「良くできました」
 にこりと笑ったシンジが、すみれの目許をぺろりと舐めた。
「い、碇さん…」
 すみれの全身からほっと力が抜ける。微妙な泣き笑いの顔になったすみれだが、その表情は次の瞬間一転した。
 シンジがパキッと指を鳴らすと同時に、わらわらと人影が現れたのだ。
「さ、さくらと織姫っ!?」
 全部見られていた!?
 かーっと体中の血が逆流するような感覚に囚われたが、それでも叫びたくなる感情をギリギリの所で抑えた。本能が歯止めを掛けたのだ。
「ど、どういう事ですの」
「ここまでは釣れなかったね」
 うっすらと笑ったシンジに、すれみが当然と言った表情で応じた。
「当然でしょう。わたくしを怒らせてお仕置きしようなんて、そうは行かないんですからね。で?碇さんは何を企んでおられましたの?」
「べつに。ただ、この間見物した舞台練習で、すみれが溜まってるみたいだったから抜いてもらおうと思ってね。織姫とさくらに色々買ってきてもらったの。ま、すみれちゃんが嫌だと言うならしないけれど」
「冗談でしょう。折角碇さんがその気になったのに、今を逃したら次は百年後ですわ。そこの覗き魔のお二人にも、特別に見せて差し上げますわ」
(ムカッ)
 怯むかと思ったら開き直ってきた。とはいえ、主客は自分達ではない。シンジに喘がされる顔をゆっくり見物してやるんだからと、内心で怪しい炎を燃やした二人に、
「ちょっとあなた達、その格好で来る気ですの?」
「『え?』」
 すみれはブランケットを羽織った格好で、織姫とさくらはパンティとブラの下着姿である。シャツはもう脱いできた。一番の重武装は言うまでもなく、首から下をバスタオルでがっちり固めているシンジだ。
「わたくしの裸だけ見ようなんて、虫が良いんじゃありませんの?もっとも――」
 ばさっとブランケットを落とし、一糸まとわぬ全裸を晒したすみれが、
「碇さんの前で、わたくしと裸を競おうなんて到底出来ないのは分かりますけれど」
 ほーほっほっほ、と笑ったすみれを見て、シンジが呟いた。
(馬鹿ばっかし)
 と。
 織姫はともかく、もう一人はさくらなのだ。そう、天然物である。
「そうですねえ…」
 つかつかとやってきたさくらが、最初にパンティを脱いだ。
 次いでブラを外し、
「碇さん、天然って可愛いですよねえ?」
 きゅっとシンジに抱き付き、二人の眉がピクッと上がる。
「ど、どさくさに紛れて何やってるんですのっ!」
「あら、お互い裸って言ったのはすみれでしょ。どれ位あたしに近づけるか、ゆーっくりと見ていてあげますからね」
「何ですって〜」
 宙でパチパチと火花が散る。もう一人はどうしたかと見ると、二人のバトルに毒気を抜かれたようで、シンジと目が合うと肩をすくめて笑って見せた。
(碇さんも色々と大変デスね〜)
 
 
 
 
 
(つづく)

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