妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第百八十一話:日常、或いは謝罪と賠償を要求される日
 
 
 
 
 
 人間が最もストレスの溜まるケースは何か。
 決まっている、本来の自分と違った性癖を強いられる事だ。
 リツコは本来M、所謂受けの方なのだが、彼女の立場はそれを許さない。責め、とまでは行かないにせよ東京学園を双肩に任された身であり、また有能なリツコだからこそここで働く者達はみなリツコを頼ってくる。
 そんな者達の前で、頼りになるのかならないのか分からない柔な受け身の姿勢を見せる訳にはいかないのだ。
 だからストレスも溜まる。
 おまけにそんな姿を見せる相手もいないと来ている――ただ一人を除いては。
 搗いたばかりの餅のように、リツコの乳房が掌に吸い付いてくる。
 膝の上にリツコを乗せ、その肩に顔を乗せた姿勢で胸ばかり弄ってから、もう三十分近くになる。
 強めに揉まれた乳房は粘土細工みたいに次々と形を変えているが、その先端はさっきからもう変わっていない。
 ぷっくりとかたく尖ったままだ。
 ふとシンジが姿勢を変えた。
 抱き上げて体面座位の姿勢に変えてから、両方の乳を下から持ち上げて、
「自分で吸って」
 リツコの耳元で囁く。言われるまま、淫らな音を立てて自分の乳首を吸い上げるそこへシンジの舌が加わった。自分のを自分で吸ってもちっとも感じないが、シンジの舌が加わると妙に倒錯的な気分になる。
 シンジと舌を絡ませながら自分の乳首を吸うのは、リツコのお気に入りの一つだ。
 かり、と乳首へやや強めに歯を立てられてリツコの上半身が仰け反った。
「前と後ろどっちがいい?」
 シンジが訊いた。
 上と下じゃなくて前と後ろ、と訊く。自分から決める事はしない。
 積極性がない、とも言うが一番の理由は他にある。
 美貌の才媛の口から、淫らな言葉を言わせたいからだ。実は繋がっている時より、そっちの方が楽しいという事は内緒である。
「お、お尻に…」
 例え、一万回口にしたって――盗聴器など絶対に存在しない室内で二人きりだとしてもだ――慣れる事はないだろう。
 羞恥と期待で顔を赤らめているリツコに、聞こえないよと促した。
「お尻に…わ、私のお尻にちょうだい。ちゃんと…ちゃんともう綺麗にしてあるわ…」
「入れられたくて自分で綺麗にした?」
 リツコの首がかくんと頷く。
「そ、そうよ…だから早く…いっぱいして…」
 常に冷静沈着の表情を崩さぬリツコが、アナルへ入れてとせがんでいる姿など誰が想像出来るだろう。
「じゃ、ちゃんと自分で開いておねだりして」
「は、はい…」
 降りたリツコが、蹌踉めく足を踏みしめながら前屈の姿勢で、肉付きのいいお尻を左右に開く。
「お、お願い早く…」
 愛液がアヌスまで滴ってはいるが、入り口はまだほぐれていない。
 淫唇を指で軽く挟んでから、一気に突き入れた。全部は入っていない。
「かはっ、あぁっ」
 待っていたとはいえ、いつもこの瞬間は息が止まりそうになる。壁に手をついたリツコの全身から力が抜けていくところを抱き上げた。
「入れた瞬間っていつもふにゃふにゃになるよね」
「き、気のせいねっ」
 腰を下ろした姿勢だと、嫌でも根本まで受け入れる事になる。その体勢でリツコの尻を抱えてぐりぐりと動かしてから、
「本当に?」
 泣き黒子を指でなぞりながら訊く。
 返ってきたのは、
「い、意地悪…」
 と言う蚊の啜り泣くような声であった。
 
 
 
 
  
 厳つい人相の警官がやってきて窓を叩く。開ける義務はないのだが、まだ慣れていないアスカが素直に開けると、
「どこかへお急ぎですか?」
「ま、まあ…」
「この道ねえ、80キロ制限なんですよ。ちょっとスピード出てましたね」
 そう言って見せられたのは105の数字が印字された紙であった。
「切符切りますので、免許証を持ってちょっと来てもらえますか」
「はい…」
 相手が居丈高ならアスカも反発したかもしれないが、こう言われてしまうと返す術がない。無論、その方が落としやすいという警察のやり方なのだが、速度の計測方法自体にいくらでも問題がある事を知らないと、抗うのはまず無理がある。
 覆面パトカーにはもう一人乗っており、運転手一人が連れ込まれると二対一になり、これもまた心理的圧迫を狙った方法である。同乗者がいたとしても同席は必ず拒否したがるのだ。
 免許証の記載事項をおきまりの台詞で確認され、慣れた手つきですらすらと反則切符へ記入していく。
(シンジごめん…)
 まさかこんな事になるとは夢にも思わず、涙が出そうになるのを懸命に堪えていたアスカだが、ふと携帯が鳴った。
「あ、あの出てもいいですか」
「いいですよ」
 あっさり応じた警官だが、それが意味するところを本能が察していれば、決して許さなかったろう。いや、それ以前に即刻釈放して退散したに違いない。
「今どこにいるね?」
 相手は黒瓜堂の主人であった。
「あ、あのすみません…ちょ、ちょっと今…つ、捕まっちゃってて…」
「捕まった、と?」
 シンジならば、あーあと肩をすくめたろう。
 が、アスカはシンジではない。
「ご、ごめんなさい」
 謝ったアスカに、
「シンジ君がヒキコモリになってましてね」
 黒瓜堂は妙な事を言い出した。
「え?」
「一人で来させるのは危ないんで、うちのモンを迎えに行かせました。現在位置は把握してますから、ちょっと待ってなさい」
「すみません」
 電話を切ってから、居場所を訊かれた事を思い出した。
(あれ?)
 内心で首を傾げた直後、
「はい、じゃあこの内容で間違いな――」
 不意に言葉が止まる。
 三人の耳朶を打ったのは、平日の昼間には実に似つかわしくない爆発音であった。
 ここは帝都ではなく、内戦が続く中東の火薬庫でもないのだ。
「な!?」
 原因は分からない。
 だが犯人は明確であった。上下車線を分ける分離帯が爆破され、下り車線を走っていた軽ワゴン車が二台上り車線へ移動してきたのである。
 無論、覆面もサイレンは乗せているから存在を知らない訳はあるまい。
 激怒した警官がドアを蹴破らんばかりの勢いで外に出ようとした時――向こうからやってきた。
 パトカーの前後を塞ぐようにして車が停まった時、アスカは何となくその予想がついていた。
 降りてきたのはレビアと娘が二人、ルリとグウィンであり、きりりと引き絞った弓は警官の心臓に向けられている。
「おはようアスカ」
「お、おはようございますレビアさん」
「オーナーがさっさと連れてこいって言ってたから、探しに来たのよ。こっちは処分しておくから、さ、行きましょう」
 警官の存在など微塵も意に介していないのは明らかだ。
「で、でも…」
「バイトとはいえ、黒瓜堂(うち)の店員に手を出した以上、命と引き替えの覚悟は出来ているはずよ。グウィン、片づけて」
「はい」
 頷いたグウィンは、既にいつでも放てる体勢になっている。
「ちょ、ちょっと待って下さいっ!」
 二人の警官の命運が、『殉職』に定まっているのは間違いない。それが分かっているだけに、アスカは必死になって止めた。
 
 
「ほう、そんな事がありましたか」
「ありました。オーナー、どうしてこんな子を入れる気になっ…いえその…う、うちには余り向かないんじゃないかと…」
「私が決めた事です」
「すみません…」
 黒瓜堂の本業は『暗殺と危険物の販売』にある。その意味では、確かにグウィンは正しい。帝都の命運を背負っているとはいえ、本質は普通の乙女達である花組とは根本的に違うのだ。
 がしかし、主人が本業を手伝う為にアスカを雇った訳ではない。
 必要なのは、あくまでも風呂を掃除するアルバイトなのだ。
「銃器の扱いを覚えさせる気はありませんよ。グウィン、つまんない事言ってないで、コーヒーでも入れてきて」
「はーい」
 そこへルリと一緒にアスカが入ってきた。
「すみません、遅くなりました」
「シンジ君と連絡が付かなくてね、一応迎えに出しておいて正解でした。じゃ、今日から早速働いてもら…ああそうだ、一つ忘れてました。アスカ・ラングレー」
「はい?」
「いきなり色々と驚いたかと思いますが、気は変わっていませんか?」
「……」
 すぐには答えなかったが、表情を見る限り決めかねている様子はない。
「よろしくお願いします」
 数秒経ってから、ぺこりと頭を下げた。
(と言う訳だが)
 黒瓜堂がちらりとルリを見た。
(一応は)
「いいでしょう。じゃ、働いてもらいますが、この間も言ったとおりお風呂掃除が仕事なので、他のメンバーとは関係ないし、多分会う事も殆ど無いはずです。今いる面子だけ紹介しておきましょう。彼女がホシノ・ルリ、電脳の武闘姫です」
「よろしくお願いします」
「よろしく。綾波レイさんは元気にしていますか」
「レイを知ってるんですか」
「……」
「ごめんなさい、元気にしてます」
「そうですか」
 それだけ言うと、ルリはさっさと身を翻して出て行った。
(しまった…)
 働けると言う事と受け入れられる事には、何の相関性もない。先に訊かれたのは自分なのだ。
「あの黒瓜堂さんすみません…」
「彼女はお喋り大好きっ娘(こ)じゃないのでね。ま、ほっとけば直りますよ」
 そこへ、
「オーナー持ってきました」
 グウィンがコーヒーを運んできた。
「ルリ、何かあったんですか?出かけちゃいましたよ」
「レジストリにちょっと問題があってね。大した事じゃありません。彼女はグウィン、グウィン・フッドです」
「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしくお願いします」
「グウィンよ。ここはあなたが常識を構築している場所とは少し違うわ。その事は忘れないでね」
「すみません…」
「で、オーナー?」
「よろしく」
「分かりました。さ、行きましょう」
「あ、はい」
 アスカがグウィンに連れられて出て行った後、祐子が顔を見せた。
「あの子大丈夫ですか?」
「シンジ君がボンクラでなければね」
「え?」
「危険だと思ったら、うちには寄越しませんよ――私は五精使いの勘が鈍ったとは思っていません」
 アスカの資質ではなくシンジサイドで考える、そんな発想もあるらしい。
 
 
 
 
 
「休校?」
 ぞろぞろと学校まで歩いていった娘達を待っていたのは、臨時休校の告知であった。
 無論、そんな話は初耳で何も聞かされていない。とはいえ、休みの学校で勉強するほど物好きでもないから、首を傾げながらぞろぞろと帰っていった。
 その帰り道、
「ねえ織姫」
「何?」
 さくらに呼ばれて織姫が振り向いた。
「時間出来たし、この間のお店に行ってみない?」
 シンジに渡された怪しげな物を怪しげな店へ買いに行ったのだが、雰囲気に飲まれてそのまま帰ってきてしまったのだ。
 未成年に見えるからと言って、条例通り律儀に年齢確認するような店はないが、女二人が連れ立って行けば普通はレズカップルと見るだろう。
 公演までもう少し間はあるし、すみれの情熱は上がる一方だから、そろそろ何とかしないとえらい目に遭いそうだと再決心したのである。
「グッドアイディーア」
 
 
 
「やっぱり変な防衛はしていたみたいだけど…諸説あって確変中だな」
 都庁の地下にある図書室で、関係ありそうな書籍を山と抱えて、片っ端から漁っていたシンジは、明らかにダミーが含まれていそうな本に囲まれて首を捻っていた。
 どれも、一応理屈は合っているように見えるのだが、前後を調べると辻褄が合わなかったりして、明らかに隠蔽工作と見て取れる物もある。
「そこまで一体何を隠したかったのか…」
「国の首都の、それも霊的防衛となれば隠したいのは当然ね」
 ふわっとシンジの首に腕が巻き付いた。
「理事長さん学校は?」
「お休みにしたわ」
 リツコは事も無げに言った。
「休みって…何で?」
「だってその…」
 リツコの美貌がうっすらと赤くなり、
「膣(まえ)にも後ろ(アヌス)にもまだ…は、入っている感じがするのよ」
「で?」
「しょ、職員会議の時に私が達したりしたら困るでしょうっ」
 やや早口で言ったリツコに、シンジは少し首を傾げた。
 想像したのである。
「そ、想像しないでっ」
 巻き付いた腕にきゅっと力が加わった。
「はいはい。それで何しにきたの?」
 訊いた途端腕が離れた。
「…傷ついたわ」
(スイッチ入っちゃった)
 滅多に無い事だが、ごく稀にある――『甘えスイッチ』が入るのだ。
 妖しい色香を帯びた視線でシンジを見つめ、
「折角お手伝いに来たのに邪険にされてとても傷ついたわ。謝罪と賠償を要求します」
 謝罪はともかくどうして賠償まで、と考えるのは普通の思考である。が、それではリツコと付き合うのは未来永劫無理だ。
「ごめんね」
 あっさり降参したシンジが、リツコを引き寄せて耳元で囁いてから指を伸ばしてのど元をくすぐる。
 数分で機嫌は直ったらしい。
「今度言ったら私の実験台になってもらうわよ」
「はーい」
「それでどこまで分かったのかしら」
「ダミーに引っかかってます」
 いつもの表情に戻ったリツコを見ながら、時々シンジは思うのだ――お尻からしっぽを生やし、ネコ耳をつけたらひどく似合うのではないか、と。
「何を考えているの」
 ばれたらしい。
「ううん、何でもない。ただ――」
「ただ?」
「休校の原因知ったら保護者どもが暴動起こすんじゃないかなって」
「そ、そんな事はないわ。保護者にそんな事させるほど私は甘くないのは知っているでしょう」
「威張る事じゃありません」
 頬を指でつっつくと、柔らかい感触が返ってきた。シンジと二人きりの時、リツコはあまりファンデーションの類を使わない。手抜きと言うより、それだけ自信があるのだろう。
「それで?」
「意図を持った物と、そうでない物とがあるのよ。霊的防衛というのは、文字通り霊的な障害から守る物だけど、それは東アジア文化圏特有の発想で、欧米人にそういう考え方はないわ。東京が空襲であれだけの被害を被ったにもかかわらず、結界とやらがダメージを抑えたと真剣に考えた連中がいるのよ。ここが江戸だった時、希代の怪僧天海が施した結界の資料は、一部を除いて殆ど残っていないわ。残ったのも、大方は改竄してすぐには分からないようになっているの。これが原因ね」
「じゃ、解読する必要があるってこと?」
「別に」
「え?」
「私がもう解読したから」
「いつ!?」
 度肝を抜かれたような顔をしたシンジを見て、リツコは満足した表情を見せたが、めっとシンジを睨んだ。
「いっぱい達して、余韻が抜けないままふらふらとやってきた訳じゃないのよ」
「うん」
 絶対そうだと思ったのだが、それは言わなかった。
 リツコを裸にして所持品検査をしたわけではないのだ――無意識にされ、然る後に強制連行される可能性もある。
「結論から言うと、現在地をすべて特定するのは無理ね。今ではもうマンションの下になったりしている所もあるし、平将門の首塚みたいに、周囲に祟りをもたらすからと保存されてるわけでもない。私が見た所、御前様が霊的結界を守らせようとしているとは思えないんだけど」
「あのばーさんは何を見てる?」
「これは私の想像なんだけど…」
 ちょっと躊躇ってから、
「中心地だった江戸城の負をすべて集めた物――穢奴城に関係ある気がするのよ」
「…どういう字?」
 リツコの細い指がすらすらと字を書いていく。
 十秒間それを眺めてから、小さな声でうげ、と呟いた。そこに秘められた物が、何となく想像ついたのだ。
 
 
 
「掃除自体はそんなに面倒じゃないわ。さっさとやれば二時間で終わるはずよ。でも実際には倍以上かかるけどね」
 風呂掃除当番になったアスカが案内された浴場は、確かに凝った作りではあったが、グウィンが言うように何時間もかかるとは思えなかった。
「何かあるんですか?」
「普通の風呂掃除でわざわざ外部の子を頼んだりはしな――」
 言いかけてから、
「うちのオーナーならあり得るわね。シンちゃんの依頼だし」
(シンちゃんって…シンジよね)
 気にはなったが、訊いてみる勇気はなかった。
「たいした事じゃないんだけどね、お湯を魔界から引いているのよ」
「ま、魔界!?」
「その反応だと、行った事あるの?」
「え、ええ修行用で行った事はあります」
「何分保った?」
 どうだった、ではなく何分かと訊いた。力量は最初から見抜いていたらしい。
「数歩は歩いた記憶があるんですけどそれ以降は…」
「数歩じゃちょっときついわね。シンちゃんの事好きなんでしょ?」
 いきなり訊かれて一瞬狼狽えたアスカだが、赤くなりながらも頷いた。
「魔界へ行ってうろうろ出来て、オーナーから宅配を頼まれるようになったら、シンちゃんもあなたの事を見てくれるわ。頑張りなさい」
「は、はい」
 グウィンがシンジを嫌っていないのは分かったが、どういう感情を持っているのかは読めなかった。ただ自分を見る目に敵意はないから、そう言う関係ではないらしいとアスカは少しだけ安堵していた。
 シンジが女(ひと)を見る時どこで判断するのか、もう十分に分かっている彼女たちなのだ。
 将来はいざ知らず、目下の現状ではグウィンの方が『いい女』過ぎる。
「説明書読めば子細も分かるはずよ。何カ所かもろい場所があるから、そこだけ気を付けて」
「分かりました」
 グウィンの言う何カ所か、とはそのうち一カ所でも壊れれば浴場が全壊し、しかもその修理には凄まじい金額がかかるのだが、そこまでは言わなかった。
 親切とは少し違う。
 そう――彼女はなぜか、主人がアスカのミスを予測範囲内としているような気がしたのだ。
 そしてそれは、正しい選択であった。
 
 
 
「で、結局その連中はどうなったの?」
「なんかねえ、一足早いお中元とか言ってたんだけど…」
 以前県警がメンツに賭けて黒瓜堂を包囲し、文字通りの屍山血河を築いた事はシンジも知っている。その結果、第一級危険地帯として、決して手を出さなくなった事も。
 アスカがいたから仕方なく始末するのは止めたのだろう。お中元と言う事は、簀巻きにでもして送りつけた可能性が高い。
「ルリとグウィンが戻ってるとは知らなかった…多分お土産要求されるな」
「お土産?」
「そ、あんたのせいで」
「ちょ、ちょっと何であたしのせいなのよ」
「分からない?」
「分かるわけな――」
 一撃をくわえようとして気が付いた――自分が雇用された先は黒瓜堂だったのだ。
「ストレス…ってこと?」
「そーゆーこ…痛!?」
 不意にきゅっとつねられた。
「すみれ何すんのさ」
「その方達は碇さんの彼女ですの?」
「そんな事でつねるんじゃありません。彼女じゃなくて、すみれよりいい女なだけ…アーウチ!」
 普段なら言わないのだけれど、いきなりつねられた事でつい脊髄反射してしまったのだ。単純計算で七倍増の力で太股をつねられ、シンジが悲鳴をあげたところへ、
「まあまあ、そんなに怒らなくてもいいでしょう。碇さんだって、つい言っちゃっただけで別に悪気はなかったんだし」
 口を挟んだのはさくらだが、自分から乱入してくるのは珍しい。
 まして相手はすみれである、案の定キッと睨まれ、
「いい女なんて縁のないあなたには関係ない事でしょう。黙ってなさいな」
「…すみません」
 普段なら喧嘩になりかねない流れだが、さくらはあっさりと謝った。
 勝手に出てきて撃退されただけに見えるさくらが、ちらっとシンジを見る。
(ハハーン)
 小さなウインク一つでさくらのメッセージを読み取ったシンジが、
「すみれ」
「何ですの」
「ちょっと言い過ぎた。でもさくらを空爆するもんじゃありません」
「だってさくらが…」
 言いかけたが、シンジの視線の前に沈静化を余儀なくされた。
「さくらと織姫、後かたづけやっておいて」
「『はーい』」
 妙に元気な返事が返ってきたが、当事者達には分かっている。
「それとすみれ、三十分後に部屋まで来て。話があるの」
「え、ええ…」
(あれ?)
 一瞬反応しかけた娘達もいた。
 しかし、誰にも呼び止められる事無くシンジは出て行った。
 普段シンジは、わざわざ皆の前で自室に呼んだりはしない。シンジにしては珍しい行動だ、と言うよりも、別の事が気になったのだ。
 アスカは別として、どうしてさくらも織姫も何も言わないのか?
 何よりも――出て行くシンジのお尻には、黒く、そして三つ又の尻尾が生えてはいなかったか!?
 
 
 
  
 
(つづく)

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