妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第百五十八話:外面如菩薩内面如夜叉女
 
 
 
 
 
「鬼が出た、と?」
 報告を訊いた木喰の眉がかちっと上がった。
 碇シンジは帝都になく、圧倒的に有利な兵力を残してきたのに、帰ってきたのはミロクだけであった。
 銀角は壊滅し、おまけにミロクも捕らえられたという。
 死を以て償うしかない大罪の筈だが、ミロクの口から出たのは鬼女という言葉であった。そんなものがこの帝都にいるなど、聞いた事もない。
「口から出任せを言っているのではあるまいな」
「葵叉丹様、お待ちを」
 すっと押し留めた水狐が、
「ミロク、その女は何者なの」
「分からない。ただ、碇シンジへの香典返しだとか言っていた。新しく入った者でない事は確かだよ」
「……」
 数秒考えてから、
「葵叉丹様、ミロクが出任せを言っているのではありますまい。おそらくは、あの碇シンジめの残した切り札でしょう。鬼が相手なら、例え銀角と言えども勝ち目はありません」
「ではまた、鬼に邪魔させるというのか」
 いえ、と水狐は首を振った。
「これは私の推測ですが、その女はもう帝都におりますまい。何の香典かは知りませんが、その恩を返した事でもう用は無いのでしょう。それよりも、ここは搦め手から攻めるのです」
「搦め手だと?」
「はい。先ほど、碇シンジが網に掛かりました」
「何!?」
 思わず大きな声をあげた葵叉丹に、
「日本へ戻ってきたようです。出雲の地にあると、配下から伝えて参りました」
「何だ、捕らえたわけではないのだな」
(葵叉丹様…)
 絶対に肛虐だと内心で固く決意してから、
「申し訳ありません、言葉が過ぎました」
 外面如菩薩内面如夜叉――楚々として謝ると、
「い、いや動向が分かっただけでも十分だ。それで、奴をどうすると」
 男なんてこんなモン、と水狐が思ったかどうかはしらない。
 表情は変わらぬまま、
「調べましたところ、あ奴がかの地に立ち寄ったのは、どうやら女が目的のようです」
「女?」
「かつて、碇シンジの家で働いていた娘で、今は母親の体調が悪く実家に戻っております」
「どういう事だ?」
 帝都にはシビウ病院がある。
 この街に住みながらその名を知らない者はなく、その優秀さと標榜科目の多さはつとに知れ渡っている。
 わざわざ他の病院になど移動する必要はあるまい。来院する患者は、決して拒まれることがない病院なのだ。
 無論、例外がある事をこの場に居る者は誰も知らない。
「仔細は分かりませんでしたが、おそらく医療施設を好まないのでしょう。老人の中には、えてしてそのような者が多いのです。それと一つ、面白い事が分かりました。その母親は、娘が碇シンジの元へ行く事をあまり好まないようなのです」
「ほう」
 葵叉丹の表情が動く。
 水狐の言わんとしている所を察知したのだ。
 ただし、口は開かない。ここでオチを引き取るようでは、決して女を手懐ける事は出来ないと相場が決まっている。
「私が向こうへ乗り込みます。母親の洗脳は私にお任せを」
「ふむ」
 普通なら看病疲れの娘だが、シンジを嫌っていない限り意味はない。それよりは母親を操り、力を与えてシンジを襲わせた方が得策である。
 問題は、水狐がそれを上手くやってのけるかどうか、と言う事なのだが、とりあえず他に思いつかない。
 刹那の方が適任だが、直接的な戦闘力は羅刹と組まないと出ないから、ここは水狐で良かろうと判断した。
「いいだろう。水狐、お前に任せる。ただし」
「ただし?」
「何と言っても相手は碇シンジだ。その娘に執着せず、まとめて滅ぼす可能性もある。決して無理はするな――それと、鬼女が出たらさっさと引き揚げてこい。分かったな」
「仰せの通りに」
 頷いた水狐は、ミロクがぎゅっと唇を噛んだのに気付いた。
(嫌味じゃなくて、単に信じていないのでしょうね)
 この中では、葵叉丹は一番現実的であり、おそらく鬼というものの実在など信じていないのだろう。
 だから逆に、油断して負けたと言った方がすんなり納得した可能性が高い。
 ミロクも可哀想にね、と内心で呟いた時、いつの間にか独占したいという気が薄れてきているのに気が付いた。
 無論、飽きたのではない。
 ただ知ってしまったのだ――想い人を嬲る悦びと、そして女が男を責める快感を。
 男と女と男、と書いて嬲ると読むのだが、女と男と女、と書いて快感と読む字もまたあるらしかった。
 
 
 
 
 
「さ、どうぞ」
「は、はいっ」
 目覚めた乙女達の前にいたのは、フランスから戻ってきたレビア・マーベリックであった。
 彼女達も、AMPの事はよく知っている。
 その一人が目の前におり、しかもグラスにワインを注いで勧めてくれているとあっては、緊張するのも無理はなかったろう。
 おまけにこのレビア、見た目も美人だしスタイルもいい。それでも気取った所は全然無いし、あくまでも客人として扱ってくれるから、杯を重ねる内にいつしか娘達もうち解けていった。
「あの、AMPの皆さんって今は何をしておられるんですか?」
「色々あるわ。巫女だったり人妻だったり、国防省で働いていたりね」
 くすっと笑ってから、
「それとか、黒瓜堂で働いているのもいるわ」
「レビアさんは、どうしてここで働いておられるんですの?」
「オーナーに引き抜かれたのよ。オーナーとうちの隊長は古い知り合いだったから、裏で怪しい取引があったみたい」
「あ、怪しい取引?」
「そう。何だったらオーナーに訊いてみる?」
 娘達は慌てて首を振った。
「いえ、いえそこまでは」
「そう?折角だから訊いてみようと思ったのに」
「え?」
「私も興味あったけど、怖くて訊けなかったのよ」
(それって!?)
 やっぱり黒瓜堂の関係者だと――特に根拠はないのだが――思った娘達に、
「ところで、あなた達の想い人だけど」
「碇さんですか?」
「ええ。オーナーが携帯預かってたでしょ。連絡は取れてるの?」
「いえ…碇さんからも連絡はないですし、こっちからも連絡先は分からないから。でも引っ越したわけじゃないから、いいんです」
「どういう事?」
「その…」
 ちらっと顔を見合わせてから、
「ふ、服を借りたりしてるから。ほら、シンジって身長高いからすっぽり入るんです」
 とアスカ。
 ふうん、と僅かに首を傾げたレビアが、
「貸してあげるって言って発ったの?」
「いえ、で、でもあの黒瓜堂さんから電話があったんです。碇さんが寝室を使ってもいいって言ったって。それでその、ちょっとついでに服も借りちゃったりして」
「罠だと思うけど」
「『罠!?』」
 レビアの口から出たのは、想像もつかない言葉であった。
 一斉に声を上げた娘達に、
「顧客のデータ把握に性格調査は外せないし、もちろんあなた達の想い人のデータもあるわ。でもそれを見る限り、留守中に自分の部屋を開放するような性格ではないと思うけど」
「で、でも黒瓜堂さんが…」
 どんな性格として見られているのか、と言う根本的な部分に疑問を持つ余裕はなかった。
「居場所が分からない上に連絡もつかない。作ってもらっていた料理もなくなって、接点が全部なくなってしまった。と、そうなるとあなた達が持たないと踏んだんでしょうね」
「く、黒瓜堂さんが?」
 レビアは頷いた。
「彼はうちに取って、大切なお客様なのよ。あなた達との生活が日常の一部になっている以上、オーナーがそれを考慮するのは当然だわ。だから、寝室を貸した事は間違いなく自分で話を付けるでしょうね。でも服までは…どうかしら」
 無論、それは本心ではない。
 と言うよりも、むしろシンジの平静を保つ為だとレビアは知っている。
 何の為に?
 勿論、依頼されたりあるいは実験で作った新薬の実験台にする為だ。そしてそれが、本人に内緒なのは言うまでもない。身体の頑丈さは折り紙付きだから、後は精神面を不安定にしない事だけが求められる。
 黒瓜堂がさくら達を気にしたと言う事は、シンジが戻った直後に新薬を試す気に違いないと、レビアは読んでいた。
 ただし、それは間違ってもこの場では口に出来ないことだ。
 そしてそれを匂わせるほど、レビアは愚かでも単純でもなかった。
「でもいいわ、私からオーナーに頼んであげる。あなた達の事気に入ったから。オーナーから言ってもらえれば大丈夫よ。そうでなかったら」
「『な、なかったら?』」
「ベリーベリーウェルダン」
「ウェルダン!?」
「そ、ウェルダン。それとも、笑って許してもらう自信はある?」
 ふるふると首を振る。
 
「あ?俺の服勝手に持ってってランジェリーにしてたあ?」
「ち、違うんです碇さん、ほら碇さんが居なかったからちょっと代わりにって言うかその…」
「あ、そうなの」
「そうなんです」
「なんだ、それならそうと…劫火!」
 
 こうなるのは目に見えている。
「す、すみませんお願いします」
「お安いご用よ。ところで、代わりと言ってはなんだけど、一つ教えて欲しい事があるのよ」
「私達にですか?」
「オーナーがあなた達を連れてきたのは、訳ありだからでしょ。で、あなた達があの子の何処を好きになったか知りたいのよ」
「あ、あの子って…」
「碇シンジ、あなた達の想い人よ。ささ、遠慮せずに話してご覧なさい」
 実を言えば子供は子供同士、程度にしか見ていないのだが、そんな事は口にしない。
「これだけの娘達に思われるなんて、冥利に尽きるわよね。それで、やっぱり優しいから?それとも他の理由かしら?」
「そ、それはその…」
 途端に顔を赤くしてもにゃもにゃ言ってる娘達に、
(本当は会わせてあげたいけど…ごめんなさいね)
 レビアは口に出さずに呟いた。
 
 
「おお、黒瓜堂殿。呼び出して申し訳ない」
「いや、それよりシンジの容態は?」
 さすがにドアを蹴破りはしなかったが、ギャロップで入ってきた黒瓜堂に、疾風は片手を挙げた。
「肉体的な疲労と、それを上回る精神的な疲労が蓄積してるらしい。病気の類ではないようだ」
「それならいいんですが」
 娘達に黒瓜堂謹製の酒を飲ませ、写真でも撮ってシンジに売りつけようかと、ろくでもない事を考えていた主人の所に飛び込んできたのは、シンジが倒れたという緊急連絡であった。
 盗撮どころではなく、とりもなおさずヘリを飛ばしてきたのだ。何せ飛行機は営業時間外だし、車だと時速二百キロでも時間が掛かる。
 職業柄、その筋の知り合いには事欠かないから、ヘリを飛ばしてもらったのだ。
 妖樹を倒した時、最後の一矢で妙な菌を移されでもしたかと心配したのだが、とりあえずその可能性は無いという。
 黒瓜堂は、フェンリルが妬いてぐれた事を知らない。
「こんな時にフェンリルは一体どこへ…」
 呟いた時、
「拗ねちゃった」
 ベッドの上から声がした。
「シンジ君、もう大丈夫なのか」
「うん何とか」
 首を数度回してから起きあがり、
「旦那、わざわざ来てくれたの?」
「オーク巨樹の菌でも移ったかと気になってね、知り合いに運んでもらったんです」
「そう…ありがとう」
(随分と疲労の色が濃くなってる)
 見た目はそんなに変わらないのだが、シンジをよく知る黒瓜堂から見れば、疲労の色は歴然であり、しかもそれは自分と別れてから急激にその色が濃くなっている。
 巴里で最後に見た時は、ここまでひどくなかったのだ。
 ただ、多少疲れているかなという程度である。
 ふとシンジが思い出したように、
「あ、そうだ疾風」
「どうした?」
「さっき着いてなかった。あやねとかすみを途中で落としたでしょ、怪我してなかったかい」
「相変わらず君は優しいな。大丈夫だ、ちょっとミディアムになってるだけで、後は大したことないさ。今はもう家に戻ってるよ」
「そうか、ならいいんだ…あつ」
 起こした上半身がぐらりとよろめき、自分で支えた所をすっと黒瓜堂が押した。
「旦那?」
「少しお休みなさい、君には休息が必要です。大丈夫、帝都の方の降魔は撃退しましたから。詳細は君の帰りを待っている娘達からお聞きなさい」
「分かった」
 す、と黒瓜堂が瞼に触れた数秒後、シンジは静かに寝息を立てていた。
「黒瓜堂殿、また腕が上がったな」
「違う」
「え?」
「私の方は変わっていません。それに、普段なら絶対に掛かるわけがない。相当疲労が溜まっていたのでしょう。身体よりもむしろ、精神的なものが大きいはずだ」
「失恋とか言っていたが、何かあったのか?」
「だから失恋だが」
「いやそうじゃなくて…その何というか、シンジ君が誰かに惚れるというのが想像できないんだ。シビウ病院の院長も、恋仲ではないと黒瓜堂殿が言っていただろう」
「ええ。ただ今回は、単なる失恋とは訳が違う。挫折を知らないシンジに取っては、一番のショックでしょう。私みたいな凡人はこう言う時楽だが、天才ってのはダメージが大きいんですよ」
「そうか…」
「ところで君の恋人達は?」
「シンジ君を襲って、いつも通り返り討ちにあってミディアムになった。屋敷の者に運ばせたよ」
「そうですか。まあ、さすがにこの状況では襲撃しようとも思わないでしょう」
 ただし。
 元々シンジは、疾風達に取っては恩人なのだ。
 それが敵視されるようになったのは、本人の所行故ではなく讒言のせいであり、その犯人については言うまでもあるまい。
 疾風はそれを知っているが、
「ばらしたら手足を付け替えますよ」
 と事もあろうに脅迫してきて、しかもそれが冗談では済まぬ相手と来ており、仕方なく箝口令を守っているところだ。
 シンジの顔を見ながら数秒考えていた黒瓜堂が、疾風を見た。
「疾風、私は一旦戻ります。薬を持ってきますから、悪いけれど付いていてもらえますか」
「分かった。俺がいないと、妹たちが仕返しにくるかもしれないからな」
「仕返しって?」
「ミディアムになったと言っただろう。髪も例外ではなかったのだ」
「……」
 目覚めた時、チリチリになった髪を見て赫怒する二人の姿が、黒瓜堂の脳裏に浮かんだ。
「楽しそうな光景だ。では、後はよろしく」
 黒瓜堂が出ていった後、疾風はしばらくシンジの顔を眺めていたが、
「君にここまで愛され、そしてこんなに窶れるまで想わせる女――何者なのか、是非会ってみたいものだ」
 小さく呟いた。
 
 
 カンナとマリアは、出かけた先でマリアが浴びるように飲んだものだから、カンナもそれに付き合った為帰ってすぐにダウンし、さくら達が黒瓜堂で目を覚ました時にはもう朝になっていた。
 で、残った四名が何をしていたかというと、レイはいつも通りだったがマユミは少々変わっていた。
 アイリスの部屋にいたのである――ただし、全裸で。
 さくら達が大苦戦した一方、自分達はまったく負担が無かったわけで、微妙な表情で考えている途中にいきなり拉致され、目覚めたらアイリスの部屋にいた。
 手足がベッドの柱に縛り付けられていると、気付くまでに十数秒かかったのだが、更にマユミを仰天させたのはボンテージルックで入ってきたレニと…その首に首輪と鎖を付けてそれを引っ張るアイリスであった。
「あ、あのレニその格好は…?」
「レニはアイリスの奴隷なの。アイリスがね、身体の隅々まで調教と開発しちゃったんだから」
「か、開発?」
 自分の身体は完全に拭かれておらず、髪と淫毛はまだ湿ったままである。絶望的な予感に囚われているマユミに、アイリスはにこっと笑い、
「でもね、レニはおにいちゃんのだから、あまりいじれないの。だからマユミ、私の物になってね」
 代替品、乃至は追加パーツだと気付いたが、マユミにそんな趣味はない。
「ちょ、ちょっとアイリス冗談でしょ?ね、こんな事止め…もごっ」
 抗議の言葉は途中で遮られた――口内へ侵入してきた柔らかい舌によって。
 実にそれから二時間、マユミは縛られたまま脳内が麻痺するかと思った程、徹底的に嬲られたのだ。一体どこで覚えたのか、ぼーっと溶けるようなキスを交互に浴びせられた後、全身をくすぐられた。
 それも、髪から始まって耳、首筋、乳房、背中、そして尻から大腿部へと柔らかい筆が字を書くように踊り、太股まで行った筆がふいに秘所へ触れた時、
「あれえ、マユミって変なお風呂に入ってるんだ。ほら、なんか粘っこくなって糸引いちゃってるよ」
 目の前に持ってこられた筆は、たっぷりと愛液を吸っていた。
 手錠を使った絶対的な捕縛ではないが、手首と足首を微妙に縛ってあった為逃げられず、生まれて初めて股間に顔を埋めたのが同性という、大いなる屈辱と快感を経験したマユミが解放された時、既にその全身から力は抜けていた。
 起きてすぐ、全裸の自分達とシーツに出来た染みに気付いたマユミが、取りあえずアイリスだけは斬っておこうと決意した時、不意に玄関のチャイムが鳴った。
 体を起こすと、まだ股間に舌の感触が残っているような気がする。
 怒りと何かが混ざった微妙な表情で、それでも玄関まで出てみると、立っていたのは黒瓜堂であった。
「朝からすみません――お風邪ですか?」
 頭を下げた黒瓜堂は、マユミの微妙な表情と立ち姿勢に気が付いた。
「い、いえ大丈夫です。あの、何か?」
「真宮寺さん達は、今うちの店で朝食中です」
 朝から飲んでいる筈、とは言わなかった。
「ちょっとレニ・ミルヒシュトラーセに急用があって来ました。起こしてもらえませんか」
「レニに?」
「ええ、大至急なんです」
「…分かりました」
 さくら達を誘拐してレニもコレクションに加えようとしているわけではない、とマユミの直感が告げており、マユミは頷いた。
 そして数十分後、
「あ、あの…」
 黒瓜堂が運転する車の助手席に、顔を赤くしたレニがいた。
「何です?」
「ど、どこへ」
「出雲へ」
 部屋に戻ったマユミは、破廉恥な小娘共を枕でぽかぽか叩いて、文字通りたたき起こし、
「…マユミもう一回全身くすぐられたい?」
 不機嫌そうな顔で起きたアイリスは放っておいて、
「レニ、黒瓜堂さんが玄関で待っているからすぐに行きなさい」
「黒瓜堂さんって…あのウニの人?」
「ええ、ウニの人よ」
 本人が聞いたら何というか――多分笑うだろう。
「あの、僕に何か」
 出てきたレニを眺めてから、
「急用があるので、私と来て下さい。ただし、その前にシャワーを浴びて」
「シャ、シャワー?」
 何事かと身構えたレニだが、
「君の全身からいい匂いが漂ってます」
 昨夜の残り香だと気づき、真っ赤になったレニが風呂場に駆け込んだ。
 全身をごしごしと洗って出てきたレニを横に乗せ、現在首都高を走っているのだが、何処に行くのはまだ聞いていない。
「あの、出雲へどうして僕と?」
「本当は他の娘でも良かったが、ちょっと自信がない。マリアタチバナ嬢では、私が呼んでも応じない可能性があるのでね、君を拉致してきた」
「拉致?」
 さては本性を現したかと思ったら、
「拉致だ」
 黒瓜堂は頷き、
「シンジが倒れたのでね、今からそこに向かう所です」
 それを聞いた途端レニの顔色が変わった。
「シンジが!?い、今どこにいるのっ」
「だから出雲ですよ。飛行機でも良かったんですが、装甲が施してないのでこれにしました。それにちょっと、君に話しておかなければいけない事もあったのでね。私の言う事を守ると約束出来ますか?」
「分かった、約束します」
「そう言ってくれると思ってました。だから君を選んだんですよ」
(シンジ…帰ってきてたんだ…)
 レニの目にうっすらと涙が浮かび、膝の手に置いた手をぎゅっと握りしめた。
 
 
「レニまで行っちゃった。もしかして、全員連れて行かれちゃうのかな」
 うーん、と伸びをしながらアイリスが呟いた。
 こっちはまだ風呂に入っておらず、娘達三人の濃厚な匂いの中にいる。
「拉致じゃないと思うわ。大丈夫よ――あっちはね」
「あっち…あっ」
 マユミの声がして、アイリスが振り返ろうとした途端、その手で金属質の音がした。
 見ると手錠が嵌められている。
「マ、マユミ何するの」
「何を、ですって?」
 危険な、あまりにも危険な笑みを浮かべたマユミが、
「お風呂に入っていた私を拉致して、あまつさえレニに強制してあんな事やこんな事までしておいて、何をするのですって?やっぱりアイリスには色々とお勉強が必要ね」
「わ、私にこんな事して許さないからっ」
「残念でした」
 言うなりマユミの手が伸びて、最近膨らんできた胸をむにゅっと揉んだ。
「あうっ」
 一瞬アイリスの気が逸れた刹那、その胸元にはもうクロスが揺れている。そう、能力制御用のそれを外していたのだ。
「これでもうアイリスは暴れられない。さーて、どこから書いてあげようかしら」
 その手に筆を持ったマユミが微笑んだ時、アイリスは確かに自分が起こしてはならぬ者を起こしてしまった事を知った――マユミはレニとは違っていたのだ。
「あ、やだっおっぱいだめえ…そ、そんな所いやぁ…ああーっ!」
 元々マユミは習字もこなす。
 発育途上の女体の上で踊る筆に、たちまち乳首が硬くなり、全身が色付き出すまでに殆ど時間は要らなかった。
 
 
 黒瓜堂がレニに出した条件は、二つのみである。
 一つは、シンジの姿がどうなっていても、決して理由を訊いたりしないこと。
 二つ目は、シンジと過ごせるのは二時間のみで、それが終わったら帝都に戻り、見聞きした事は決して口外しない事であった。
 条件面を考えると、さくら達ではちと心許なく、黒瓜堂は最初からレニにしようと思っていたのだ。
 マリアだと、応じない可能性が高いと読んでいたし、もしも店員の誰かを伴った場合マリアに危険が生じる可能性がある。黒瓜堂の店員達にとって、シンジはあくまでも坊やであって、それ以上ではない。
 まして、その知り合いの小娘が雇用主に銃を向けたとあって、快く許した者などいないというのが実情なのだ。
「この薬を飲んでおいて下さい」
 渡されたカプセルに、
「これは?」
「今、フェンリルがいないようなんで、多分自己回復は難しいでしょう。君に少し精気を移してもらいたいんです」
「わ、分かった」
(…何故赤くなる?)
 車は一定して200キロ超を保っており、散々カメラには写っているが、赤外線対策に抜かりはなく一度も撮影されてはいない。
 わざわざ外車を使ったのはこの為だ。
 覆面は、日本車は徹底的に追いかけるが、外車の場合は大抵見逃すからだ。尤も、武装までしているこの車は、放っておいて行かせた方が無難ではあったが。
 やがて車は病院に着いたが、走るなと特大フォントで書かれた注意書きの横を、走り出そうとするレニを数回止めなければならなかった。
 病室に入ったレニが、ばっさりと切られたシンジの髪に一瞬立ち竦んだ後、ぽろぽろと涙を流したまでは予想範囲内だったが、次の行動は黒瓜堂の想像を超えていた。
 レニがいきなり脱ぎだしたのである。
「あの、ちょっと何を?」
「さっき性器で移すって黒瓜堂さんが言ったでしょう。僕はやり方が分からないから教えて欲しい」
「ちがーう!」
 思わず大きな声をあげてしまい、シンジがびくっと動いたのを見て、これはいかんと口をおさえた。
「こ、こうじゃないの?」
「全然違います。誰もそんな事は言っておらん。精神の精に気分の気です。そっちの精気が足りないから、肌を合わせてくれと言ったんです。服を着て、シンジの隣に潜り込んで下さい。服は脱がないで結構。あとは抱き付いていればいいですから」
「う、うん…」
 顔を赤くしたレニが、もそもそと潜り込み、きゅっとシンジに抱き付くのを確認してから黒瓜堂は部屋を出た。
「まずはこれで良かろう」
 ふっと息を吐いてから、
「ん?」
 何かに気付いたように宙を見上げた。
「確かあの娘の肢体はシビウが手を入れたはず…と言う事は、あのまま見ていれば…しまったー!」
 ろくでもない表情でろくでもない事をぼやいた途端、
「お静かに願います!」
 黒瓜堂を睨んだ中年の看護婦が、ワゴンを押して中に入っていこうとするのを慌てて止めた。
 
 
 
 
 
(つづく)

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