妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第百四十五話:全部覗かれてた者達
 
 
 
 
 
「面白そうな物を作ったらしいな、ドクター」
 ちらりと部屋の片隅に視線を向けた黒瓜堂の主人に、シビウは何故か一瞬顔色を変えた。ただし、後ろには祐子が付いており、大丈夫と言うように軽く頷いて見せた。
「想い人がつれないから、代わりを作ってみたのよ。浮気じゃないんだから罰は当たらないでしょう」
「あれだけつれないと、浮気しても罰は当たらんだろう。それより、材料はやはり腐乱死体か?」
「そうよ。この街ならいくらでも手に入るし、これ以上の材料はないわ」
 婉然と笑ってからすらりと伸びた脚を組み替えた。
 一応餌となる妖気は抑えてあるが、用心しなければ。目の前のウニ男はもう作動中なのだから。
「腐乱死体が材料か。あの少年が聞いたら多分笑うな。ところで降魔共の動きは今どうなってる」
 違う。
 明らかに違う。
 平素、店で客を出迎える時の黒瓜堂とは別人と言ってもいい。だいたい、この男がドクトルシビウを前に対等のような態度を取るとは思えない。
 しかしシビウの方も、別にそれが気に障っている様子もない。
「私のダミーを見られたのよ。シンジが空港で見張られていたそうだから、これでご注進に及んだ者は大恥ね。もしもの時は、シンジから頼まれているんでしょう」
 相手が男と分かっているから妬心は抑えられるのだ。自分は医者だというのに、シンジは戦闘時の手当すら頼まなかったのである。
「一応はな」
 黒瓜堂は頷いたが、頷き方も普段とは少し違う。
「数日前に面白いものを見つけてな。これでうちが動かんでも――」
 不意にその身体が前に傾いた。
 倒れ込む寸前にすっと祐子が支え、
「ドクター、この部屋の妖気は強すぎますわ。この位で抑えておかないと」
「ありがとう。フル充電されてしまったら私でも敵わないわ。でもどうして急に?」
「フランスに行っている知り合いから絵画が送られてきました。開封と覚醒にはちょっと力を要したもので」
「シンジから?」
 シビウの眉がぴくっと動いた時、
「ええ、シンジ君からですよ」
 軽く首を振ったその姿は、もういつもの物に戻っている。
「どうやら、巴里で鬼退治をする気になったようですな。ではドクター、帰ってからお世話があるので私はこれで」
 すっと一礼してから祐子を伴って出ていく。
 その後ろ姿を見送ってから、シビウはふうと一つ息を吐き出した。
「普段なら普通の凡人だけど…あの腕にだけは勝てないわね――ガレーン・ヌーレンブルクの手によるものにだけは」
 シビウの口から出たのは、人形娘を造った老魔道士の名前であった。無論、人形娘はシビウの言葉を聞いても理解は出来ない。
 だが黒瓜堂と老魔道士の間にどう関係があるのか。そしてシビウでも勝てない、とは一体どういう事なのか。
 
 
 店に戻った黒瓜堂の主人は、地下室へと降りた。
「気分はどうですか?」
 ベッドに腰を掛けていた少女に声を掛けると、少女は顔を上げた。
「悪くないわ」
 室内には凄まじいほどの妖気が充満しており、常人ならば決して保たないと思われる境遇だが、少女に取ってはちょうど良いらしい。
「店から妖気を出すと面倒なので、地下室になりました。狭苦しいですが、ご容赦下さい」
 いいのよ、と少女は首を振った。
「シンジが信頼してると言ったのだもの、あなたに任せるわ。それよりシンジは…」
「大丈夫」
 黒瓜堂の主人は頷いた。
「かつて、降魔数千の大群を従魔と二人で壊滅させた少年です。酔っぱらいながらでも不覚は取りませんよ。それよりも、私の店で絵画化…本当に良いのですか」
 ベッドに座っている少女は、この店に着いた時点では絵画であり、それを戻すのには大量の妖気を必要とした。主人が触発されたのはそのせいだが、シンジはその絵画をこの店で保管してくれと送ってきたのだ。
「ええ…私のような化け物でも人を愛せるとシンジは教えてくれた。もう、何も思い残す事はないわ」
 絵画には題名がついており、その名をサリュと言った。
 分かりました、と黒瓜堂の主人は頷いてから、
「君を絵画にしたままのような少年なら、私は最初から付き合いは断っている。何者であろうとも、身体を重ねた娘をそんな姿で放置する程度なら、とっくに自分の力で自滅している」
「かっ、身体って…シ、シンジに聞いたのっ?」
「いや。君からシンジの匂いがする」
「うそっ!?」
「嘘です。それ位の予想はつきますよ。この国は一応平和でね。少しおやすみなさい」
 身を翻した脚が止まり、
「これ、シンジ君のセーターです。良かったらどうぞ」
 ふわっと受け取ると顔を押し当て、忽ちその顔が歪んだ。
「シンジの…シンジの匂いがする…」
 涙声を後ろ手に、主人はドアを閉めた。
「黒ちゃん、あの子ドゥーするのよーう。ウチに置いとくの?」
「女神館の小娘はうちには来ない。たまにシンジを拉致して来れば済む話だ」
「本体をウチで飼ったらドゥー?でもってあっちには偽者を置いとくのよ」
「止めときます」
 主人は首を振った。
「面倒見るのが大変です。君が見ますか?」
「ジョーダンじゃなーいわよーう!」
 
 
 黒瓜堂に届いた絵画は、まさしくシンジと濃密な時を過ごしたサリュ本人であった。
 約束した最後の日、八時間ぶっ通しでセックス漬けという、尋常では考えられない時間を過ごした二人だが、妙な事に疲労はあまり無かった。やはり性質上、お互いがお互いを高め合っていたものらしい。
 騎乗位で思い切り突き上げてくる肉竿から熱い放出を受けたサリュは、勿体ないというようにこぷっと溢れてくる精液を指でおさえた。
 無論、最初から妊娠などしないのは分かり切っている。出来る存在なら、シンジとここまでの関係にはならなかったろう。
 バスタオルを身体に巻き付けて出てきたサリュが、横になっていたシンジの隣に寝そべった。
 サリュは何も言わず、またあえてシンジの方も見なかった。
 約束は今日まで――何か言ったら泣いてしまいそうな気がしたのだ。
 沈黙を破ったのはシンジであった。
「やっぱりお前は信用出来ない」
「?」
「放っておいたらいざという時裏切りそうだからな」
「分かってるわ…あなたに討たれるなら本望だもの」
「絵に封印して日本に送ってくれる。旦那の所なら会いに行くのも遠くないし」
「え?」
「…今のはしゃれか?」
「ち、違うわそんなつもりじゃっ、ひゃんっ」
 たちまちバスタオルをはぎ取られ、もう全部見られ、すべて知られてしまった体中を快感ポイントだけ選んでくすぐられる。
「ゆ、ゆるして、ああんっ、そ、そんなつもりじゃなか…ふひゃぁっ!?」
 十分程経ってやっと離された時、ちゃんと拭いてきた筈の股間はびっしょりになっていたが気を遣う余裕はなく、
「シンジ…さっき何て言ったの…」
「絵に封印して航空便で日本に送るって言ったんだ。こっちまで顔見に来るのは面倒くさい」
 サリュの両目にわき上がった涙がたちまち大粒となり、両手を拡げてシンジに飛びついた。
 結果、黒瓜堂に航空便で絵画が送られ、干し若布状態となったそれを戻すのに大量の妖気を必要とし、黒瓜堂の主人が変貌することになったのだ。
 
 
 
 
 
「さーて行くかな」
 ぐるぐると腕を回してから、シンジはオーク巨樹の前に立った。
 賛否両論あるだろうが、サリュを日本へ送ったのは物好きや、会うのが遠くなるとかそんな事ではない。
 今、シンジは絶好調だ。身体の調子から来る物だが、今なら万単位の降魔を相手にしても楽に勝てそうな気さえする。
 と言う事はつまり、サリュが完全にブースターの役目となっていた、と言う事でありそれはそのままサリュの生存価値を意味している。
 シンジの調子を上げられるという事は、このオーク巨樹を強大化させる事も出来るのだ。サリュの言うパリシィの怨念がサリュによって増幅された時、この樹がどれほど強大になるのか見当も付かない。
 更に、サリュが役に立たなくなった時、意志を持つこの樹自体がサリュを抹殺する事も十分にあり得る。だからこそ、絵画に封じたサリュには厳重すぎるほどの結界を張ったのだし、何も言わずやってくれそうな黒瓜堂へ直送したのだ。
 女神館は論外だし、シビウもこんな時は信頼度が下がる。完全な絵画に変えてしまってから、最初からこうするつもりだったのでしょう?などと言いかねない。
「さてと、どうする?反応しなければこのまま切り落とす。生命反応を絶たれれば、いかにお前でも荒らしは出来まい。俺を招き入れるなら行ってやる。どちらにするか、好きな方を選ぶがいい」
 腰に手を当てて脅迫した瞬間、その姿は消えていた。
 敵はどうやら内部での抹殺を選んだらしい。どさっとシンジが放り出されたのは、巨大な空間であった。
 周囲を見ると、乾期のアマゾンに似ている。憎悪という栄養が無い為、まだ完全には力を取り戻せない状態なのだ。
 これで完璧なら、おそらくこの内部は人など歩けぬ状態になるのだろう。呪力を帯びた草木が絡み合い、またその相乗効果でオーク巨樹が力を増す。ここの内部が完全復活してこの巨樹の力が満ちた時には、巴里花組では間違いなく歯が立たない。
 死屍累々の結果のみが待っていよう。
「取り合えず奥行けばいいのかな」
「そうなるな」
 すっと横に姿を現したのはフェンリルであった。シンジがサリュとホテルでヒッキー状態になって以来、一度も姿を見せていない。
「怒ってないの」
 ふふ、とフェンリルは妖しく笑った。
「魔界の娘やシビウを抱いている時など、見てもつまらない。マスターはさして萌えていないからな。だがあれだけ乱れたマスターは初めて見たよ」
「…見てたんかい」
「知っての通り、私の本来は女の姿ではない。これは姉から貰ったものだ。だから、人間の言葉で言えば処女という事になる」
「……」
 何故か嫌な予感がした。
「二人の熱いセックスで、体位や責め方はだいたい分かった。機会は一度しかないからな。十分活用させてもらうとしよう」
 セックス、の単語に力を入れた従魔に、このままここの養分にしてやろうかと思ったが、
「…機会は一度って何さ」
「力の暴発を防ぐ自信すらない未熟者だからな。一度位しかおさえる自信がない」
「ふーん」
「一度限りなら、全身全霊で愛してもらいたいのものだ」
「ここ焼け野原にしてから、三日間くらい籠もってみる?」
 珍しい主の言葉に、フェンリルは一瞬未開の食物を口にしたような顔をしたが、すぐに首を振った。
「残念だが止めておこう。感じやすいマンコでは抑制が利かなくなる――そうでしょうマスター?」
「くーっ!」
 遠慮するどころか、全部聞いていやがったらしいと気が付いたが、それでもシンジが怒らないのは純粋な好奇心が強いと知っているからだ。これがシビウやモリガンなら全身を――無論淫毛含む――ウェルダンにしてこんがりだが、フェンリルの場合前身というか本体を知っているだけにそうも行かない。
 欲求を大いに抑えている事は、シンジが一番知っているのだ。
「じゃ、あれだ…イカない程度にローターとか突っ込むってのは…いだだだ!」
 繊手の一撃ながら、結構なダメージを受けてのけぞったものの転ばなかった。フェンリルはすっと手を伸ばしておさえたのだ。
「マスター」
「分かっている」
 二人を囲むようにして四方から現れたのは、植物人間であった。ただし、医療ミスやその他で植物状態になってしまった人ではない。
 大きなヒトデをすっぽりかぶったような人間だが、手の先は蔓になっており、当たったら結構痛そうだ。
 その数、ざっと三十。
「おいこら」
「はい」
「何でこれしかいないんだ。お前が妙な遠慮するから敵も遠慮しただろうが。さっさと中入ってろ」
「…そうするわ」
 すっと姿を消しかけたが、
「一つ言い忘れた」
「あ?」
「ここへは亞空間を通して飛ばされた。一見すると広大な空間だが、天井はさほど高くない。火だの風だの、好き放題に使ってると崩れ落ちてくるぞ」
「な、何ですと?」
 シンジはミサトより優秀だが、単純な戦闘力と言う事になれば、若干ミサトの方が強いのだ。
 そう、シンジは単純な肉弾戦が得意ではない。更に言えば、銃の腕はマリアの方が上になってしまった。
 五精抜きを強いられた場合、結構苦戦するのだ。
 それでも、こんな所であんな蔓に後ろの処女を奪われるわけにはいかない。
「風裂」
 手加減して放った烈風が数体を切り裂いたが、
「再生…した?」
 あっという間にくっつき、じわじわと迫ってくる。
「キャーッ!?」
 
 
「オーナー、ちょっといいですか」
「ん?」
 オカマ道の刺繍が入ったコートの手入れをしていた主人が顔を上げたが、手は止まらない。
「フランスから送られてきたあの娘なんですが…」
「どうかした?」
「あの娘危険ですよ」
 豹太の言葉にやっと手が止まり、
「女神館に送れば楽しめそうだが、綾小路葉子並みに危険だ。今のシンジなら、あの娘とドイツの城に引き籠もりかねん」
「オーナー、その危険じゃなくて。あの娘さんの生命力は、連動してるんですよ」
「シンジと?」
「違います」
 豹太は首を振った。
「さっき脳波に精神走査(サイコスキャン)を掛けたんですが、かなり負の波動が強いんです。確かあの娘さん、元が精神体だったとか」
「そうだ…ん」
 不意に黒瓜堂の表情が動いた。豹太の言わんとする所を察したのだ。
「シンジは退治に行った。敵にすればあの娘は裏切り者…殺るか」
「その可能性はあり、いえかなり高いでしょう。もしそうなったら…」
「構いません」
 黒瓜堂はコーヒーに手を伸ばした。
「今までウチを内部から破壊出来た者はいないのだ。見せてもらおうではないか――巴里の妖樹ごときがウチに何が出来るのかを」
「はい」
 絶対の自信を見せた雇用主に、豹太はすっと一礼した。主人の言うとおり、未だかつてこの店に傷を付けられた者はいないのだ――外からであれ内からであれ。
 もしもの時は、ひたひたと仕返しに行けば済む話である。
 
 
「あー、もうひどい目に遭ったよう」
 結局五十体を始末してから、シンジは引き揚げてきた。全力を出せない分は、あちこち破れた服に表れている。
 本来ならまとめて吹っ飛ばす敵も、崩れる世界に気を遣ってネチネチと倒さねばならない。シンジにとっては、最も不得手な戦い方である。
 もう少し歩けば着いた場所に出る。見送ってくれる訳はないから、方陣を描いて自分で出るつもりであった。
 と、その足が止まった。
 こちらに近づいてくる人間を認めたのだ。
(……)
 靴音を鳴らしてやって来たそいつは、シンジの前ですっと止まった。
「獅子男のレオンが何の用だ」
「ほう、我が名を知っていたか。オーク巨樹の危機に来てみれば、こんなジャップの小僧だとは――!?」
 言い終わらぬ内にレオンは、悲鳴も上げずにぶっ倒れた。
 先に本体が倒れてから、ゆっくりと仲間が後を追う――綺麗な切断面を見せて絶たれた両足が。
「ライオンキングかぶれのコスプレマニアに不覚を取るなど、巴里の者達にはきつく言っておかねばならんな。お前の首を手土産にして」
「ふ、ふざけるな下衆が…き、貴様如きに、ぐはああっ」
 縦に。
 そして横に。
 レオンの胸に紅の十字架が描かれる。無論、シンジが指一本で切り裂いたのだ。
「威勢だけはいいようだ。良く回る舌には触れないから、あの世へ行ってわめくがいいだ…?」
 ピン、とシンジの髪が一本だけ立った。何かを感知したらしい。
 そして次の瞬間、ざわっと動いた何かに飛び退くのと、レオンの姿が消えるのとが同時であった。
「…何じゃこら」
「私の蒸気獣だ」
 声から痛みが消えているのに気が付いた。
「私に傷を付けた報いは受けてもらうぞ――ロイヤル・ラージュ!」
「妖力の凝縮か」
 太い光の筋となって飛んできたそれを、シンジは軽く飛んでかわした。シンジにとっては、当たらなければどうという事も無い代物だ。
「まだまだぁ!」
 二撃、三撃と飛来する光の砲撃を避けたシンジだが、その表情が微妙に動いた。
 二撃を避けた時、それは床に当たって跳ね返ったのだ。それがそのまま天井に吸い込まれていき…何も起きない。
「…また騙したな。やっぱり抱く代わりにキュウリ突っ込んでやる」
 ろくでもない事を呟いた途端、
「ロイヤル・ラージュ!」
 襲ってきたひときわ太い光は、シンジに避けるスペースを与えなかった。既に拡散の様相を見せており、避ければ分裂して襲い、一束だけ受けてやり過ごそうと言うのも通らなそうだ。触れた瞬間、自動的に収束するのだろう。
 シンジは避けなかった。避ける代わりに手で受けたのだ。
 必殺の一撃があっさり掌に吸い込まれるのを、レオンは呆然として眺めた。全力を籠めた一撃は、シンジの読み通り意志を持たせたものであり、当たれば大ダメージだし、避ければ機体が襲う筈だったのだ。
 だが吸い込まれた。
 避けもせず受けることもなく、至極平然と。
「天井が心配だったが、どうやら問題なさそうだ」
 少しだけ眉が寄り、
「従魔に騙された間抜けな五精使いだが、ストレスが溜まってるらしい。機体に戻れば復元する肢体らしいが、機体ごと裂かれればどうなる見てくれる」
 くるっと手が返り、掌がこちらを向いた。
 本能が危険を絶叫し、無意識のうちに飛び退こうとする寸前、
「お返ししておこう。サリュの柔らかな肢体のおかげで利子も付けられる」
 まともに食らった方が幸せだったかも知れない。
 恐怖という本能に支配され、わずかに横へ倒れ込んだ瞬間だった為、胴体は右半分を大きく抉っていたのだ。
 ぽっかりと穴が開いたそこから、鮮血が滴り落ちる。さすがに機体ごと穴を穿たれては再生出来ないのか、レオンも四肢をぴくぴくと震わせるのみだ。
「反対側にも穴が要るな――風牙」
 そっくり同じ穴をもう一つ作り、更に上下へも二つの穴を作った。機体は穴だらけになり、青を基調とした機体も鮮血で朱に染まる。既に瀕死のそれを見ても、シンジの表情に変化はない。
 こんなのに敗退した、とシンジは言ったが、巴里花組が脆弱過ぎる訳ではない。選んだのはミサトとフユノだし、それなりの実力も持っている。
 ただ、シンジの戦闘能力が高すぎるのだ。天井が本物と分かれば遠慮は要らないし、何より自分で言った通りサリュとセックス三昧の日を過ごしたせいで、調子も絶好調と来ている。
 こんなのは相手にした時点で負けであり、プライドも見栄もかなぐり捨てて、さっさと逃げるのが賢明なのだ。
 ふわりと地に降りたシンジは、つかつかとレオンの機体に近づいた。まったく用心などしていない。
 おもむろに中を覗き込み、
「うん、おくたばりだ」
 全身を朱に染めて息絶えているレオンを見て、ふむと頷いた。
「そうだ、姉貴にこれ送っとかないと」
 冷たい風を帯びた手が一閃し、中からよいしょと生首を引っ張り出した。
「さーて、帰ったら疲れ治しにサリュと沢山…あん?」
 言いかけてから、もういないのに気が付いた。
「って事は俺一人で淋しく寝るんだ…猛然と腹立ってきたぞ」
 剣呑な目つきで周囲を見回してから、
「八つ当たりしてやる。全部皆殺しだ」
 正義でも何でもないのに、こんな事で八つ当たりされては、された方はたまったものではない。
 生首を片手に、ふらりと歩き出した。
 だがシンジは知らない。
 レオンが最後に呪詛を呟いた事を。
 そしてそれが、「裏切り者には死を…」であり、それは死に行く者の負け惜しみではなかったことを。
 何が待っているのか、この時点ではさすがのシンジも知る由は無かったのだ。
 
 
 その二日後、シャノワール劇場で隊員達の霊力調教を行っていたミサトの元へ、一つの箱が届いた。
「ミサトさん宛ですよう」
 ふらふらしながらエリカが箱を担いできた。
「そんなに重いの?」
「ええ、なんか…すっごく重いんです。きっとケーキとかおやつがたくさん入ってるんです」
「それはアンタの頭の中だけ。ま、無きにしもあらずね。取りあえず一旦休憩しましょう。大神君、開けて」
「あ、はいっ」
 シンジは住人達を魔界へ送り込む方法を取ったが、ミサトは擬似体の霊圧を強制的に上げる手段を取った。これだと必然的に霊力は上がるが、上がらないと身体が激痛に苛まれる事になる。
 とは言えミサトのずば抜けた能力は目にしているし、一郎相手だと何かと突っかかるロベリアも、
「霊力レベルがあと三つ上がったらちゃんと抱いたげる」
「ほ、本当に?」
「あ?」
「い、いえ何でも…や、やってみる」
 文句一つ言わずに耐えている。レズっ気があると言うよりは、現実的なのだ。
 人妻になってもまだ、一郎はミサトに憧れているし、優柔不断とは別の次元で自分達の誰かを選びそうにない。
 共有状態は依然として続いており、3Pや4Pも珍しくない。そうなると身体を持て余してしまう事にあり、一郎の方もどうしたって分散気味になる。
 それに対して、ミサトの方は上手いのだ。ブラコンであってもレズではないが、同じ女同士だけあってツボは知り尽くしており、一郎の十の愛撫よりミサトの二の愛撫の方がキク事も多い。
 だから、現実的なロベリアはミサトの方がいいのだ。
 一郎が箱を開けた時、ミサトの表情が動いた。
 中に入っていたのは、白布に包まれた白木の箱だったのだ。
(まさか…)
「大神開けるの待て」
 ミサトから飛んだ鋭い声に、一郎は慌てて手を止めた。
「入っているのは箱だけ?」
「ええ箱と…あれ、メモが入っています」
 言い終わらぬ内にメモはひったくられていた。
「巴里のボンクラーズ共へ」
 達筆で書かれたそれに、みるみるミサトの顔が歪んでくる。
「『ミ、ミサトさんっ!?』」
 ミサトの涙――初めて見るそれに、隊員達は血相を変えて駆け寄ったが、ミサトは手で制した。
「いいのよ、送り主分かったから」
 ミサトの声が泣き笑いと気付いたグリシーヌが、
「ミサト殿、これはもしかして…」
「シンちゃんよ。それとアンタ達は見ない方がいいわ」
「『え?』」
「お子様には刺激が強すぎるのよ」
「だ、大丈夫ですっ。えっちな下着なら私達…あうっ」
 スパン!
「それ以上言ったら首刎ねるわよ」
「す、すみませんっ」
 殺気すら帯びたミサトの表情に、エリカは慌てて謝った。
「シンちゃんがそんなの送ってくれるなら、あたしは結婚なんてしてないわよ。じゃ、開けるからね」
 箱を結わえていた紐を解いて蓋を開けた途端、娘達から小さな悲鳴が上がった。
 それでも小さくて済んだのは、
「だから言ったじゃないの。馬鹿ねえ」
 とミサトに言われたくなかったからだ。
 箱の中に入っていたのはミサトの予想通り、洗い清められたレオンの生首であった。
 
 
 
 
 
(つづく)

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