妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第百四十三話:双子が真似してるみたいにそっくりです
 
 
 
 
 
「しかしアンタ達さあ、もう少し霊力制御上手になれないの?あれじゃ、いつまで経っても被害甚大じゃない」
 バスティーユ牢獄跡に逃げ込んだ怪人レオン。グリシーヌの取り巻きの一人に化け、グリシーヌを拉致せんと企んだのだが、別人だと見破られて本性を現したのだ。
 が、いかんせんミサトがシンジの足下にも及ばぬ能力と表しただけあって、半分居眠りしながら片づける能力を持った者は一人もなく、かつての悪名高い牢獄跡に追い込んだはいいが、光武の大きさが邪魔をして逃げられてしまった。光武を降りても何とかなるほど、各人の戦闘能力は高くない。
 高くないにもかかわらず降りたら、今度は罠にはまった。結果、ミサトが殿になって逃がしたのである。
「最小限の犠牲で最大限の成果を。これは作戦行動に於ける鉄則よ。もう少し生身での戦闘力を上げないとね」
 言ってる事はまともである――場所も何とか。
 ただし、行動は違った。足でロベリアを捕まえ、その胸をむにむにと揉みしだいているのだ。一応処女ではないが、破瓜の激痛に男を縛り上げた女であり、普通のセックスによる快楽の上達は皆無と言っていい。
 シンジに身を任せアヌスを抉られたのも一度きりの筈だが、どこで覚えたのか、強情とか仮面等の単語がぴったり来るロベリアが、抗う事も出来ず口を半開きにし全身を赤く染めて身悶えしている。
 エリカを始め、コクリコと北大路花火は顔を赤くして見入っているし、グリシーヌは不潔だとか言いながらも、視線は外せない。
 と、不意にミサトの手が外れた。
 軽く乳首を摘まれればイっていた、自分で分かっているだけに、寸止めされてしまったロベリアは、少し虚ろな中に僅かの不満を混ぜた表情でミサトを見上げた。
「あたしの気が済んだからもういいわ」
「そ、そんな…」
「イかせてもらえる、と思った?」
「え?」
「駄目よ。あの戦績じゃ、まだあたしの手で最後まではしてあげない。あたしが巴里にいる間に上達したらね、してあげるわ。おっぱい揉まれながら乳首摘まれるのって、すっごい気持ちいいのよ」
 娘達の顔が揃って一気に赤くなる。
 一郎相手に結構進んではいるし、無論オナニーだって知っている。
 でも違うのだ。
 一郎が塞がっていて女同士でする事もあるけれど、ミサトに身体を責められるのには遠く及ばない。
 遠赤外線を使ったみたいに、体の中から快感がわき上がってくる感覚は、自慰ではおろか、一郎や他の隊員を相手にした時でも得られない。
 ただ奇妙な事に、まだ誰もミサトの肢体を楽しんだ事はないのだ。この中ではエリカの胸が一番大きいのだが、それをあっさりと上回る乳房と、酒に因る脂肪をすべて胸と尻に押しやったかの如く引き締まった腰は、膝の上に乗せられて責められると手を伸ばしたくはなるのだが、数秒と持たないので止めたのだ。
 グリシーヌとロベリアがこの愚を犯し、十五秒でいかされた事がある。
「あたしを責めようなんて、三十六億とんで八年早いのよ」
 計算の根拠は不明だが、そう言ってふふんと笑ったミサトに、休む間もなく五回連続で責められ、二人とも最後には失神してしまった。それ以来、受けの身分から出てみようとするチャレンジャーは一人も居ない。
 文字通り蛇の生殺し状態のロベリアを見て、
「一人でやって見せてよ…って、さすがにシンちゃんみたいな事は言えないし、エリカと花火こっち来なさい」
「『はい』」
 糸に引かれるマリオネットの如くやって来た二人の股間は、いずれもびっしょりと濡れているのはとっくに分かっている。
「放っとくとロベリアが欲求不満で色情狂になりそうだから、あんた達手伝ってあげなさい。花火はおっぱいでエリカはキスね」
「分かりました」「はいですぅ」
「ちょ、ちょっと待てあたしは別にそんなこ…んむうっ、んんっ」
「もう、ロベリアさんたらこんなに硬くしちゃって…はしたないですわ」
(お前に言われたくないわっ)
 だが叫びは舌ごとエリカに絡め取られ、二人の舌がぬちぬちと絡み合う。
「み、淫らな事をっ。か、身体は愛する人と重ねるものだろうが…はうっ!?コ、コクリコっ!?」
「グリシーヌうるさいよ。グリシーヌだって、ここをこーんなにしちゃってるくせに。いっつもそうやって本心隠すんだもん、お仕置きだよねミサトお姉ちゃん」
 軽く親指を立てたまま、くるりと下に向けた。
 やっちゃえ、と言う事らしい。
「りょーかい」
 ビシッと敬礼したコクリコだが、サーカスで猛獣を相手にしてきただけあって、指と足でしっかり急所を押さえており逃がさない。
 グリシーヌの股間に顔を突っ込むと、金色の淫毛ごと愛液を吸い上げていく。
 無論、わざと音を立てるのは忘れない。
「コ、コクリコ止め…はあっ、ああ…んくっ」
 その側では、舌と乳房を同時に責められたロベリアが達し掛けており、責め役の二人も我慢出来なくなったのか、相手の股間に置いた指を勢いよく動かし合っている。
 ブルーメール家の地下に造られた大浴場が、欲情と蒸気で満たされるのはミサトが来た時のみなのだ。
 肌を晒して重ね合ったりするのは、まずグリシーヌが嫌がるしロベリアも絡まない。
 帝都花組の娘達も、シンジが管理人として来てから、想いを隠すのは結構損するという事や、したい時には言わないと損すること、更にはキスだけでいく事があるのも知った。
 彼らに出会ってから性的に伸びていく、その辺はやはり実の姉弟であり、血は争えないものと見える。
 華やかな舞台を作り上げる娘達が、こんなあられもない姿で絡み合っているのを映像化したら、1本単価10万フランでも売れそうだが、
「シンちゃん…またしてくれないかな…今度はちゃんと直腸まで抉って、さ…」
 とんでもない事を呟いてから、きゃっと赤くなった。
 が、愛する弟がどこでどんな目に遭ったのかを知れば、空軍の戦闘機を乗っ取ってでも飛んで帰ると言いだしたに違いない。
 
 
 ハイジャック事件が片づいた事を知ったが、女神館で祈るような思いで待っていた娘達が喜んだのは、黒瓜堂からの連絡があってからだ。
 無論、ニュースで凄惨な現場は映されていない。それと、マスコミ関係者に甚大な犠牲が出た事で、被害者へのインタビューも殆ど無かったのだ。
 シンジは元々、そんな事は嫌う方だし、現場からさっさと抜け出していた。つまり、シンジが無事なのか行方不明なのか、映像で確認する事は出来なかったのだ。
 空港まで送ってきました、ただその一言だけを残して向こうから切れてしまったが、受けたマユミは受話器を置くと、
「碇さんはもう、次の目的地に向かって発ったそうよ」
「え?」
「そ、それって…無事だったって事っ?」
「そうでしょうね」
 その強さには絶対の信頼を置いても、身動き出来ないと聞かされては不安が募る。まして、数名に取っては想い人なのだ。
 マリアはほっとした表情で肩の力を抜いたし、他の娘達は抱き合って喜び、中にはアイリスみたいに感極まったか泣き出してしまった娘もいたが、それを一気に変えたのは空手娘の一言であった。
「でよ…なんで大将は戻ってこねえんだ?」
「え?」
「だってよ、別に急ぐ訳じゃないんだろ。あたいだったら、一旦戻ってきて無事だって伝えるなーと思って…あれ?」
 ピキッ。
「そう言えば…」「どうして碇さんは」「わたくし達に何も言わないで…」「行っちゃったんですか」
 見事な連携で、分担には微塵の隙もないが、
(カンナ余計な事をっ)
 マリアが肘でつつこうとした時にはもう、
「マユミさん、碇さんは次に何処へ行かれたんですの」
「え?いえ、ただもう発ったってそれだけで」
「本当に〜?」
「アスカ、あなた私を疑ってるの?」
「『決まってるじゃない』」
 声は三つ重なった。
「あまり言いたくないけど、マユミってたまに裏で暗躍するんだもん。この間もシンジとどこか行って甘いもの大量にゲットして来たし」
「いわゆる気違いに刃物というやつでーす」
「…なんですって」
 さすがにマユミの眉が上がった。いくら50%イタリア人でも、言って良い事と悪い事がある。
「織姫さん、いくら何でも言いすぎですわよ。せめて、何とかに刃物ってオブラートに言わな…痛っ!?」
 スパン!
「マ、マリアさん…」
「すみれも悪のりし過ぎよ。それと織姫」
「な、何ですか」
「日本語ではね、剣士に向かって気違いに刃物というのは最大級の侮辱なの。二度と言っては駄目よ」
「はーい」
「マユミも機嫌直して。さっきの電話では、発ったとだけ言って切れたのでしょう」
「いいえ」
「え?」
「ただ、空港まで送ってきたとそれだけ…」
「そう。多分その位でしょう。興味がないと言うよりは、あまり会いたくないのよ。多分だけどね」
「マリアさん、それどういう事ですの」
「詳しい状況は分からないけれど、精を使えない状態で束縛されていたというのは、相当きつい状況だったと思うの。それに…」
 一瞬言いよどんだが、
「いやー、封じられて参っちゃったわ。ちょっと寝るから起こさないでね――帰ってきてそう言える程シンジのプライドは低くないのよ」
「『……』」
 確かにそうかもしれない。彼女達の知る限り、シンジが不覚を取った事など一度もないのだ。
 束の間沈黙が漂った後、
「さ、分かったらもうマユミに無理な事言わないの。それと、今回シンジからは無制限で任されたからそのつもりでね」
「何を…う、ううん何でもない」
 チキ、と飛び出した金属製の針を妖しい手つきでなで回しているマリアに、アスカは慌てて首を振った。
「アイリスはいい子だから別に関係ないけど…」
「どうしたの?」
「マリアって、おにいちゃんの真似が一番上手いんだよねえ」
「なっ、何を言い出すの急にっ。そ、そんな訳ないでしょうっ」
「『そっくりだと思うけど』」
 支配下を宣告された娘達が逆襲に転じた。
「そ、そんな事無いわよ、あなた達の気のせいよ」
「ふーん。じゃ、マリアちゃんが全然似てないと思う人は手を挙げて」
 勝手にレイが多数決を取ると…1人も居ない。
「マユミあなたまで」
「マリアさんには感謝してます。でも、感情を抜きにすれば」
「分かったわよ、似てるって言いたいんでしょ」
 いいえ、とマユミは首を振った。
「双子が真似してるみたいにそっくりです」
 かあっとマリアが首筋まで真っ赤になり、
「も、もう知らないわ、おやすみっ」
 ぱたぱたとマリアが出ていった後、
「あ、逃げた」
「おめえらさ、あまりからかわない方がいいと思うぜ。ま、あたいも手は挙げなかったけどよ、開き直ったら困るだろ」
「開き直るって?」
「そんなに似てるのはお似合いって言う事でしょ。いいわ、シンジが帰ってきたら本当にお似合いになってあげるから…いや、そんな言い方じゃないにしても墓穴を掘ったりしたら…お、おいどうしたんだよおめえら」
 無論、カンナとて本気で言ったわけではないが、何人かに取っては衝撃が強すぎたらしく、激闘の末真っ白に燃え尽きて、リング上で息を引き取ったとあるボクサーよろしく真っ白になって硬直している。
「やべえ、こいつらジョーになってやがる。おい葉子、じゃなかったレイ起こすの手伝え。マユミ、おめえもだよ」
「私にグローブくれてそのまま燃え尽きてもいいのに…いた」
 ぽかっ。
「馬鹿言ってないでさっさと手伝えっての。おめえの乳と度量は同じ位でかいんだろ」
「…分かった、手伝うわ」
 乳と度量が比例するというのは、一般的にはよく分からないが巨乳同士の間では通じるものがあるらしい。
 カンナは身長に比して乳も大きいが、一方のマユミは背と比べてはっきりした巨乳である。
 がしかし。
(ふんだ、自分達は大きいからってさ)
 極端な貧乳ではないのだが、生い立ちも絡んで少々膨らみの進行が遅れている。
 勿論、誤差が予想範囲内を超えているのは言うまでもないが、それでも人為的な作為を加えようとしないのは、綾波レイの綾波レイたる所以である。
 レイを研究所から浚って来た時、フユノはこう言った。
「お前がどう生まれてどのように扱われたか、儂には関係ない事じゃ。だがお前の生活環境を変えた以上、責任は取らねばならぬ。お前には普通に暮らしてもらう。そう、普通にな」
 結果、どこが普通なのかと目を剥くような境遇に変わり、事実レイは物質面で一度も不自由を感じた事はない。
 一般人と変わらぬ金銭境遇なのは、自分で抑えているからだ。その気になれば、すみれ以上の生活が出来る位の金銭はもう持っている。
 この辺り、フユノとシンジは似ている。
 レイが売り飛ばされた研究所を消滅させ、関係者を一人残らず惨殺させたが、それはそこにいる少年少女の為ではなく、自分にとって気に入らなかったからだ。
 関係ない娘の生活を変えた以上責任は取らねばならぬ、それがフユノの思想だが、シンジも似たような発想の持ち主だ。
 もっとも、保護して人並みの生活をさせる等と考えるような性格の持ち主なら、今女神館にいる娘はその半分も集まってはいなかったろう。
(膨らませようとは思ってないけどさ…やっぱりあの二人見るとへこむよね)
 内心で呟いたが、すぐに首を振った。
 素材で勝負していい女になる、それが自分であり、綾波レイという娘なのだから。
 ただし、いい女になって誰をゲットするかは現在未定である。
 
 
「あ、あのみんなは?」
 分かってはいたが訊いた。
 或いは、心のどこかに認めたくないと言うのも少しはあったかもしれない。
「たっぷり弄り合って、全員イっちゃったからメルとシーに運ばせてきたわ」
 予想した答えが返ってきたが、メル・レゾンとシー・カプリスは、劇場の事務や経理を担当する役目であっても、愛液を吹きだしてイッた隊員達を運ぶ係ではない。
 きっとまた、二人しておねだりに来るなと思った一郎に、
「嫉妬?」
「え゛!?」
 黒瞳に見つめられて、思わず狼狽えた。
「…そ、そうかも知れません」
 いつもこうだ。
 ミサトのあの目に見つめられると、嘘が吐けなくなる。
 年上のお姉さまの視線、そう言えば聞こえはいいが、一郎の軍人としての本能は違うと告げていた。
 むしろ――妖蛇に魅入られた青蛙のそれに近い、と。
「自分の前では…ロベリアやグリシーヌ君は、女同士で絡むのは嫌がります。例え、どんなに体を持て余していても。でも…」
「あんたが下手だからよ」
「へ、下手っ?」
「そう、下手。女相手に何考えてるのよ。結局あんたは、誰も傷つけたくないとか思って、全員を相手にしてるじゃない。意中の相手がいないからいいけれど、もし出来たらどうするのよ」
「そ、それは…」
「ま、あたしには関係ないけどね。とにかく、あんたが気遣いなんてしてる内は、ロベリアもグリシーヌも絡みなんか見せないわよ。あたしがあの子達と遊んでるのはね、満足させる為でもご褒美の為でもない、あたしがしたいからよ。相手を優先して考える男の前で全部さらけ出す女なんて、それこそ気持ち悪いわよ。全部さらけ出して乱れる姿見たいなら、まずあんたが変わってみせる事ね」
 えらい言われようだが、
「あのそれって…帝都の皆さんの事ですか」
「ア?」
「い、いえ別にっ」
「シンちゃんがあんな小娘共に興味持つとでも?寝ぼけた事言ってると五体バラバラにして吹っ飛ばすわよ」
(やっぱりまだ…)
 治ってないと思ったか未練と思ったかは不明だが、取りあえずぶるぶると首を振ってから、
「す、すみませんっ」
 慌てて謝った。
 ミサトが想いを隠そうともしない相手が、弟だという事は分かった――それも、義弟とかではなく実弟だと言う事が。
 その実力はまだ未見だが、ミサトの方は折り紙が数枚付いている。
 過日、ウサギ親父シゾーから守られたのに加え、先日の戦闘はもっと顕著であった。ミサトが居てくれなかったら、グリシーヌとコクリコ、並びに一郎は雁首揃えて討ち死に確実であった。魔法陣に乗っかってしまい、三人とも身動きが取れなくなってしまったのだ。
 そこへ飛来した必殺の一撃を片手だけで振り飛ばし、
「あーあ、これじゃシンちゃんに面通りはさせられないわねえ」
 さらっと敵愾心と言う名の導火線に爆薬を足してから、
「ほら、さっさと下がって下がって。アンタ達邪魔よ」
 花組隊員達を撤退させ、
「じゃ、あたしも帰るわね。撃ちたかったら後ろから撃ってもいいわよ」
 と事も無げに言ってのけてから、悠々と帰ってきた。
 勿論、敵の方もこの女が原因でシゾーが討たれた事は知っており、いずれ引っ捕らえて犯し尽くしてやると歯噛みしていたのだが、ミサトにとってはどうでも良い事であった。
 一郎には大層な事を言ったが、ミサトとて最初から全員をものにした訳ではない。
 ただ、各個撃破は容易い事であり、ミサトの命じるまま濡れた目で浴場に現れ、初めてお互いの事を知ったのだ。
 グリシーヌなどは、顔を真っ赤にして足音高く出ていこうとしたし、他の者も似たような反応だったが、それを止めたのは、
「ま、帰りたきゃ帰ってもいいわよ。その代わり、二度とあたしに裸なんて見せるんじゃないわよん?」
 と言う、甘美にして邪悪な脅迫であった。
 その結果、半刻も経たぬ内に花組の娘達は皆失神寸前まで追いやられ、その傍らでは入り交じった愛液でねっとりと粘つく指を舌につけてから、まっず〜いとぼやく女の姿があった。にもかかわらず、一郎との関係が相変わらず続いているのは、ミサトにレズとしての気がないせいだ。
 少しでも本職の気があれば、今頃巴里花組はどうなっていたか分からない。
 今、ミサトの前には花組全員の資料と…空になったワインの瓶が数本転がっている。
 ミサトらしいと言えばらしいのだが、傍目には花組の育成に心を砕く姿に見えない事もない。
 がしかし、
「シンちゃん…あたしの事調教してくれないかなあ…さくら達なんかじゃなくて。どーせ今頃シンクロ率上がったらキスとか、羨ましいご褒美出してるのよね〜」
 隊員達が聞いたら目を剥きそうな台詞を口にしたが、その愛しい実弟が数時間前、ハイジャックされた飛行機の中で妖縛の憂き目に遭っていた事は知らない。
 まして、身動きすら取れず、精を抑制して眠りについていた事などは。
 そして現在こっちへ向かっている事も、露ほどにも知らないのだった。
 なお、ミサトが情報を知らないのは巴里花組の娘達と、浴場で全裸のまま遊んでいる時間が長かったせいであり、ニュースはその間にあっさりと終わってしまったのだ。
 無論、日本からは厳重な箝口令により、一切の情報は止められている。
 はふ〜と洩らしたため息が、春の風に吸い込まれていった。
 
 
 巴里に着いたシンジは、少々ご機嫌斜めで町中を徘徊していた。
 散策ではなく徘徊だ。
 まるでテロでも発生したばかりのような厳重なチェックに遭い、それが最近よく出る怪人のせいだとタクシーの運転手から聞いたのだ。
 更に、陸軍が怪人三人を相手に二個大隊を失ったと聞き、ミサト達がこの地で暗躍している理由を知った。
 しかし、そんな事より機内で熟睡出来なかったのが大きく、疲労は頂点にほど近くなっている。さすがのシンジも、ハイジャックされて人質の憂き目に遭った直後に、もう一度飛行機に乗って熟睡する度胸は無かった。
 要するに、日本からここへ来るまでぼんやりしたまま、ずっと起きていたのだ。
 寝不足と疲労とジェットラグでピリピリしながら徘徊しているのは、無論ろくでもない輩が絡んでくるのを待っているからだ。
 こんな時、シンジの長髪は結構役に立つ。
 肩を窄めて俯き加減で歩いていると、七割近い確率で獲物が飛び込んでくる。タチは少々悪いが、自分から因縁をつける事は絶対にしない。
 わざと肩をぶつけられた上に絡まれるか、乃至は数人で囲まれるまで大人しく待っているのだ。
 と、ふとシンジの足が一本の大樹の前で止まった。
「これは…?」
 まったく根拠はない。
 だが何かがシンジの神経に触れたのだ。
「今のうちに伐採しとくかな」
 異国の地でとんでもない言葉を口にした途端、
「それは困ります」
 声は後方――空中から聞こえた。
 シンジは動かない。
「最初から分かっていたようね。私を誘い出す為に?」
「誰だあんた」
「あら、失礼」
 声はころころと笑った。
「我が名はサリュ、太古の昔からこの地を見守る者です。この巨樹の下には…あっ」
 叫んだ時にはもう、その手は捉えられて引き寄せられていた。
 ピエロのような姿をした娘を冷ややかに眺め、
「この街には物理攻撃の効かぬ怪人が出ると聞いた。お前の関係者か?」
 百戦錬磨のドンファンではないが、その指が這う肢体の持ち主は魔女医であり、魔界の女王である。
 どうやって自分が実体化させられたのかなど考える余裕もなく、
「か、関係者ではないわ…」
 か細い声には、既に僅かながら喘ぎが混ざっている。
 右手で軽々と抱き寄せたシンジは、左手をその背中に這わせたのだ。
「今すぐの敵ではなさそうだな。だが知っている事も多そうだ。話してくれる?」
 訊ねたシンジの表情は、既に不機嫌さは消えているが巴里を思う者でもない。
 そう、自分の下で豊かな肢体を染めて悶える魔女医を見る時と同じ視線であった。
 小さく頷いたサリュだが、
「では、床の中でゆっくりと聞くとしよう。巴里の夜はまだ長い」
 男のくせに、ぞくりとするような声で囁いたシンジの反応を、女の勘で待っていなかったとは言えない。
 恋人どころか、今会っていきなり捕縛するような異邦人にもかかわらず、すでにサリュの全身は官能で彩られていた。
 黒瓜堂の主人が、ブライトンホテルに予約を取ってくれていた。既にシンジは、花組の資金がシャトーブリアン家から出ている事と、その両親が異形の力を持った娘をどう扱ったか知っている事も承知しており、その資金で動く巴里花組にはいきなり会わせない方がいいだろうと踏んだのだ。
 そしてそれは、今のシンジに取っては大正解であったろう。
 いくらシンジでも横抱きでピエロを連れては帰れず、
「歩けるか?」
 訊くと、さっきよりは幾分はっきりした口調で頷き、ふわっと腕から抜け出た。
 くるりと一回転すると、それは一人の少女の形を取った。
「いかが?」
 スカートの端をそっと摘んで持ち上げたが、
「それが本来の姿?」
「え?」
 しかし、シンジの表情に造った所はない。
(面識はないのかしら。でもいいわ、戻ると却って逆効果かも知れない)
 この姿は自分が取る女の姿ではない。シンジを試したのだ。
 が、失敗した。
 それでも一石にはなるだろうと、サリュはその姿のままシンジの腕を取った。
「さ、行きましょ」
 見上げた視線はもう、濡れた女の物になっている。
 二人の姿をミサトが見たら、仰天するに違いない。
 或いは赫怒か。
 シンジと艶めかしく腕を組んでいるのは彼女がよく知る娘――エリカ・フォンティーヌその人だったのだから。
 
 
 
 
 
(つづく)

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