妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第百三十七話:Best Breasts
 
 
 
 
 わずかに眉を引きつらせて入ってきた美女に、黒瓜堂の主人は軽く手を挙げた。
「お帰りレビア」
「戻りました」
「折角の休暇を邪魔して済まなかった。少し焼けたかな」
「一晩中籠もってましたから、十分焼けてますよ」
「一晩中?」
「決まってるでしょう」
 切れ長の眉がもう一段上がった。
「左の部屋ではキディ、右の部屋では香津美が盛りのついた雌猫みたいに毎晩毎晩、腰振って喘いでいるのに寝ていられるわけないでしょう」
「ごもっともで。ところで、ヒューイの方に送っておいたデータの解析は?」
「二分で終わったわ。あの程度の結界なら、外し方も簡単よ。あの結界は五精使いの坊やのものでしょう。破壊する気になったの?」
「破壊してどうする。ただ、明後日迎えに行く時、結界をすり抜けて驚かせておかないとならん」
「どうして」
「ボン・クレーを運転手にして連れて行く。驚かせるのが一層じゃつまらない。最低二層は必要だ」
「お金じゃ動かないのに変な所で燃えるのね。これでよく経営が傾かないものだわ」
「店主は平凡だが店員には恵まれたからな。私みたいな店員しかいなければ、とっくの昔に店は潰れてる」
「分かってるじゃない」
「……」
「冗談よ。ボン・クレーが運転なら自動運転が必要ね、デューイを車に搭載する?」
「任せる」
 シンジの背後にひっそりと立って度肝を抜いた主人だが、無論結界を独力で破ったわけでも、結界に同化する能力を身につけたわけでもない。
 ちゃんと仕掛けがあったのだ。
 結界の成分を数分と経たずに解いたのはレビア・マーベリック、あらゆる電子機器に自分を電子変換して入り込める特技を持つが、解析範囲には結界も入っていたらしい。
 無論、黒瓜堂には過ぎたる人物だが、元々は紐育を本拠として妖魔を始末する対妖魔特殊警察“AMP”で能力を遺憾なく発揮していたのを、区切りがついた所で黒瓜堂の主人が引き抜いたのだ。
 冷静沈着が人の形を取ったような彼女の上司達二人に、それぞれ一本のネガを渡した所数秒で交渉は成立したのだが、そんな恥蜜――ならぬ秘密の厳守と引き替えに引き抜かれた事など、本人はまったく知らない。
 当事者三人の間で、永遠の秘密とされたのだ。
 なお、決して不可能と思われた秘密を入手したのは、他人の姿をコピーする事に掛けては右に出る者のいない最強で最凶のオカマであった。
 とまれ、レビアから借りた電子頭脳を車に搭載して自動操縦を成し遂げ、結界への侵入共々シンジの度肝を抜く事には成功したのだ。
 シンジを空港で下ろした後、
「ボン・クレー、来栖川邸まで送っていこう」
「いいの?黒ちゃん」
「いいの。友人を一人で帰らせると天罰が当たりそうだし。たまにはいいでしょう」
 この男がこんな事を言うのは珍しい。
 元より、そんなに人付き合いを好む方ではない。だからこそ、個性派揃いの店員達をそれなりに束ねているのだが、ともあれ自分からこんな事を言うなど明日は雪の可能性すらある。
 四月に入ってから雪など降られては困るが、妙に楽しそうな主人の姿に何も言わず、ソファに深々と長身を沈めた。
 
 
 
 
 
 大声で怒鳴ったわけではないが、殺気だった気配を感知してマユミがやって来た。
 声は聞こえなかったが、全裸のまま気色ばんでいる娘達を見て、朧気に事情を察したマユミは四人を浴場に押し込み、自分もそのまま服を脱いだ。
 あまり気乗りはしなかったが、自分かマリアが居ないと収められないと判断したのに加え、マリアは絶対に入らないと分かっていたからだ。
 一通り話を聞いたマユミは内心で大きなため息をついてから、
「…そう言う事ね。でも、どうしてさくらが碇さんと一緒に入浴を?一緒に入りましょうって言って応じる碇さんじゃないでしょう」
「そ、それはその…」
(余計な事突っ込むんだから)
 マユミが来なかったら、シンジと入ってその時に見られたのだと、微妙に脚色の入った効果絶大な話でとどめを刺そうと思っていたのだ。シンジに全裸を見られたと言うのを聞いただけでキている娘達は、そんな事を突っ込むほど余裕はあるまいと、さくらはこの状況でも冷静に判断していたのである。
 しかし邪魔が入った。
「もし碇さんが、さくらだけに最初から混浴の誘いに応じたのなら、すみれさん達だってもう諦めるわ。そうでしょう?」
 最初はかーっと血が上った娘達も、マユミが来た事で落ち着きを取り戻していた。
 確かに、これがキスとかならまだしも、普通の状態でシンジがさくらを全裸にして淫毛判断をするなどという事はあり得ない。
 シンジがそんなに単純なら、どうして自分達がこんなに悩んだりするものか。
「そ、そうですわね。碇さんが本当にさくらさんの誘いに乗ったのなら、わたくし達もすっぱり諦めますわよ。そうでしょうアスカ?」
「あ、あたし?」
 急に振られても困る。
 と言うより、一番納得していないのはアスカなのだ。
 ただここで騒ぐのはどうかと、
「べ、別にあたしもいいわよ。シンジがそんな俗物なら諦めつくってものよ」
「私もいいでーす。だって、さくらさんなんかの誘いに乗るわけないもの」
 この中で、単に胸だけ見るとマユミが一番だが、それでも織姫の方がさくらより大きい。それが判明しているだけに胸を突き出すようにして、腰に手を当てた織姫の口調は少し挑発的である。
「と言う事よさくら。さ、本当の所はどうなの」
(むうっ)
 絶対今度呪ってやるんだからと決意しても、この場はもうしようがないと諦め、
「あ、あたしがその…い、碇さんの立てた看板にぶつかって気絶しちゃって…で、でもいいじゃない碇さんが言ったの本当なんだからっ」
 ちょっと逆ギレを起こしたさくらに、
「悪いなんて言ってないわよ。でもなんであんたが看板にぶつかるとそうなるのよ」
 重ねて聞いたのはアスカだが、これも少しほっとしたと口調に表れている。他の二人も同様で、やはり口ではああ言ったものの不安はあったらしい。
 万が一シンジが最初から入っていれば、序盤でレースが決まってしまうのだ。
「なんか碇さんお風呂場に結界張ってて、あたしが身体に巻いてたバスタオルが黒こげになってたから…」
「『く、黒こげっ!?』」
 シンジなら可能性はある、と言うより十分すぎる程あり得るわけで、もしかしたらそれが我が身になっていたかも知れないと、娘達の顔は一気に青ざめた。
 平然としているのは、喉元を過ぎた熱さになっているさくらだけだ。
「あたしは初めてだったから、あたし用じゃないと思うんだけど…でも、みんなだってそれなりに碇さんと何かあったんでしょ。それとも、もしかして私だ・け?」
 ピクッ。
 すり替えに見えない事もないが、明らかに挑戦である。
「あ、あなただけの筈がないでしょう。わたくしだってちゃんと――」
「ちゃんと?」
「そ、その…な、仲は良好ですわよ」
 祖父を喪った帰途ホテルを選択し、何らかの術を掛けられて意識が飛ぶほどの自慰に耽った――ただしシンジは反応無し――とは、神崎すみれの名を冠する娘にとって口が裂けても言えない事であった。
 一方織姫の方は、これもキスまでは済んでいるが――押しつけたせいでえらい目に遭った事は忘れる事にした――さくらのと比べると、張り合うには少々控え目である。
 そんな二人を余所に、やはり一人納得いかないのは無論アスカだ。仔細はよく分からないが、さくらがシンジに全裸を見られたのは事実らしいし、すみれと織姫も何やらあったらしい。
 がしかし。
 自分はない。そう、何もないのだ。
 デートはしたけれど、半日だけの不完全燃焼だったし、ましてキスだの裸だの、自分にはまったく無関係であった。
 無論、他の娘達もそうだと思っていたわけで、それが蓋を開けてみれば自分だけ取り残されている――ような気がした。
「ふーん、あんた達随分と進んでるんだ。大人しそうな顔して、やる事はやってるんじゃない、不潔よ信じらんない」
 がしかし。
 返ってきたのは揃いも揃って冷ややかな視線であった。
「な、なによ」
「アスカ、あなた何か勘違いしてるんじゃありませんこと」
「どういう意味よ」
「そのまんまでーす」
 横から織姫が口を挟んだ。
「好きな人が自分にまったく興味がないなら、少しでも振り向いてもらえるようにするのは当然でしょう。それもしないで待ってるだけなんて、アスカは大間抜けでーす」
「な、何ですって、あたしの何処が間抜けなのよっ」
 確かに一方通行状態とは言え、恋敵が居る中では少々控え目すぎたかもしれないが、だからと言って間抜け呼ばわりされる筋合いはない。
 アスカの眉がピッと上がったのを見て、
「二人とも裸で喧嘩しないで。織姫さんも言い過ぎよ、それにアスカもおさえて」
 まあまあと宥めてから、
「大間抜けは言い過ぎだけど、アスカもそこまで言う事無いわ。碇さんが、黙って待っていたら魅力に気づいて振り向くタイプかどうか、アスカにだって分かっているでしょう?」
「それはそうだけど…」
「それに、碇さんは誰かと付き合ってはいないし、まして結婚もしていないんだから、さくら達が攻撃(アタック)するのは自由でしょう。もっとも今の碇さんは難攻不落に近い、さくらそうでしょ?」
「そ、そんな事ないもん。それは…少しは固いかもしれないけど、きっとあたしが陥落させてみせるんだから」
「それはわたくしだと言ったでしょう。あなたのような小娘には夢のまた夢ですわよ」
「あたしはすみれさんと違って、実家(おうち)のお金を自分のみたいに言わないから、碇さんの受けはいいんですよーだ」
 べーっとさくらが舌を出す。
 最近はすっかりすみれと対等に張り合うようになって来たが、これはすみれに取っては痛い所であった。
 実家が大富豪で、しかも使える金額はほぼ無制限のシンジだが、自分の為に使っているのなど、ほとんど見た事がない。普段の服からしたって、量は持っているが質はその辺りの衣料品店で売っているようなものばかりで、
「服の役目が果たせればそれでいいでしょ」
 と本人の意識からして、すみれとはまるで違う。
 別に恥じ入ったわけじゃない。ただ、想い人と思考があまりに違いすぎてはいけないと、これも恋の為だと、少しばかり自分を“恋する乙女”に進化させていたその矢先であり、すみれもムカッと来たところに、
「じゃ、いいわけね!」
 二人の睨み合いを断ち切るかのようにアスカが声を張り上げた。
「シンジがあたしの魅力にあっさり陥落したって、恨みっこ無しだからね」
(あたしの魅力〜?)
 四人の頭に?マークが浮かんだ。
 さくらとすみれは口にしない。
 だが口にするのがいた。
「魅力って、容貌は私達と別に変わらなくて肢体も普通、何より四分の一が半分に勝てるって言うの?」
 笑みに毒気はない。
 だからこそ余計癇に障る。
 ざぶっと全身から湯を滴らせてアスカが立ち上がった。
「どっこが変わらないっていうのよ。あんたの目、ビー玉でも入ってるんじゃないの。半分位で威張ってるんじゃないわよ」
 ふん、と腰に手を当てて胸を張ったアスカに、さくらとすみれは何となく嫌な予感がした。秘かに停戦し、かさかさと隅の方へ移動し終わらない内に、織姫が立ち上がったのだ。
「その程度の身体で自慢するなんて大したものでーす。魅せる身体っていうのはこう言うのでーす」
 今度は織姫が腰に手を当ててアスカの前に立った。
(すみれさん、どう思います)
(どうって…わたくしにはあまり変わらないように見えるけれど)
(ですよねえ)
 二人とも、一瞬ちらっと自分の身体に目をやってから、ひそひそと囁き合ったが、ほとんどくっつかんばかりの距離で対峙している二人には、相手の身体がよく見える。
 無論立ち上がっているから、漆黒とブルネットの淫毛はむき出しだし、女だけだから隠す要はそんなにないとは言え、湯に濡れて股間にしっとりと貼り付いている様は結構淫靡である。
「だいたいあんた、ちょっと分数が減ったからっていい気になってるんじゃないわよ。あんたの変な語尾のしゃべり方じゃ、一緒に歩く男が迷惑よ」
「迷惑?ふふん、あなたこそ人前でも男を怒るような性格は、さっさと矯正しないと男がみんな逃げるわよ。それに私のは碇さんに治して貰ったからもう大丈夫でーす…あ」
 シンジが言ったとおり、前に比べればだいぶ直っては来たが、まだ完全とは行かないらしい。
 それにしてもこの二人にとっては、ハーフとクォーターではその価値に天と地ほどの差があるらし。
 ここぞとばかりにアスカが、
「ま、せいぜいその程度よね。頑張って語尾でも伸ばしてるといいわ」
「そうするでーす。でも一緒に歩いてどっちが気持ちいいかは、碇さんがよーく知ってるです」
「気持ちいい?」
「おっぱいの大きい方が、腕を組んだ時いいに決まってるでしょう」
「じょ、冗談じゃないわよ、あんたあたしと変わらないじゃ…!?」
 むにっ。
 織姫がいきなり胸を寄せたのだ。乳房と乳房が重なり、不意を突かれたアスカの胸が一瞬押された。
「ほーら、私の方が大きいでしょう。所詮は四分の一でーす」
「何言ってるの…よっ」
 むにゅっ。
 今度はアスカが押しつけ、織姫の乳房が押し返された。
 こうなるともう、後には引けない。
 お互い立ったままむにゅむにゅと押し付け合い、前に進み出るものだから平たく潰れ始めた。乳首同士が擦れ合い、押されて身悶える乳肉が行き場を探して左右に溢れる。
 二人とも決して巨乳ではないが、アイリスほどに小さくもないのだ。
「ほ、ほらアタシの方が沢山潰れてるじゃないのよ。質量がある証拠ね」
「た、単に潰れてるだけでしょっ」
 埒が空かないと見たか、織姫がアスカの腰に手を回して引き寄せた。
「あうっ」
 乳房だけの押し合いに手の力が加わり、アスカの乳房は一気に形を変えた。
「腕を使うなんてずるいわよっ」
 アスカも手を伸ばして織姫を抱き寄せる。
「あくっ」
 今度は織姫が小さく喘いだ。
 当然の事ながら、医者に間違って切断でもされていない限り、乳房に乳首は付いている。この二人は健全であり、そして今は妙な意地の張り合いで乳房を押しつけ合っている最中だ。
(あ、あんなに絡み合って…し、信じられませんわ)
 この場に居るのは五人で、乳バトル中は二人で傍観者は三人だが、その目線は少々異なっていた。
 マユミはむにむにと潰し合う乳房に顔を真っ赤にしていたし、すみれの方はもっと下に目線が行っていた。
 色の異なる二人の淫毛が湯で肌から離れ、おまけにぴったりとくっついた体勢の為、絡み合っているように見えたのだ。
 これも顔を赤くしているのだが、
「(乳首同士ってあんなにくっつけ合ったら…)」
 冷静に観察しているのは意外にもさくらであった。がっぷり四つで抱き合い、胸を潰し合っている二人の表情が、微妙ながら変化してきているのに気づいたのだ。
「ねえすみれさんあれって…すみれさん?」
 顔を赤くして見入っているその横腹を突いた途端、
「ひゃうっ!?」
「ど、どうしたんですか」
「な、なんなんですのっ」
 怒られた。
「い、いえあの…そ、そろそろ止めた方がと…」
「そ、そう言う事はマユミさんにおっしゃな。どうしてわたくしに言うんですの」
 小声だから当事者に聞こえる事はないのだが、
「もしかしてすみれさん、織姫さん達見てて…ぶっ」
 言い終わらぬ内にすみれがさくらを湯の中に突っ込んだのだ。
「ぷはっ…な、何するんですかっ」
「何じゃないでしょ。あなたのような淫乱と一緒しないでく…あっ」
 今度はさくらがすみれを湯に押し込み、上がってきたすみれと無言のまま肉弾戦を始めた。男(シンジ)がいないから、丸い尻が見えようが白い足が太股まで湯面に上がってこようが構わない。
 ばしゃばしゃと飛沫を上げて取っ組み合いを始めた二人に、アスカと織姫の動きも止まった。
「ちょ、ちょっと二人とも…」
 どうして二人が喧嘩するのかと怪訝な顔になった途端、二人の目が合った。
「『!』」
 どちらからともなく視線を逸らし、
「も、もう終わりにしよ…」
「ええ…なんか変な感じだし…」
 まだほんの少し顔は赤いが、それでも一応停戦して二人を止めに入った。
「ちょっと二人ともなにやってんのよ。マユミもぼーっとしていないでっ」
「え?あ、ああそうねっ」
 自分が絡み合う乳房から視線を逸らせぬうちに、乳相撲は終了して違うところで局地戦が始まってしまった。
 何とか二人を引き離し、
「まったくもうさくら達まで何やってるのよ。すみれさんどうしたんですか」
「別に…何でもありませんわよ」
 すみれの反応にマユミがため息をつく、とここまでは良かったが、
「アスカもよ。大体、乳房が大きいとかそんな事で選ぶ人なら最初から…え?」
 キッ!
「あ…あのちょっと?どうしたの?」
 四対、計八つの瞳から一斉に殺気が飛んできた。
「そう言えばマユミって」
「シンジに胸揉んでもらったのよねえ」
「そう言えば、随分大きな胸ですこと」
「一人だけいい気になってるでーす」
(ちょ、ちょっと待ってっ)
「わ、私は揉んでもらったんじゃないし、第一あれは合意なんかじゃないってみんなも知ってるでしょ」
「その割には態度大きいわよね」
「自分だけおっぱい大きいからって」
「さ、さくらまで何言い出すのよ。さくらだって最近は大きくなってきたでしょ」
「それは少しは大きく…って、違うでしょマユミの方がよほど大きいじゃない」
 局地停戦しかけたが、味方からの砲撃に合い徹底抗戦となったようだ。
「ねーえすみれ」
「なんですのアスカ」
「ここはやはり、乳は揉めば大きくなると言う話もあるし、揉み方を実演させてもらわなきゃね」
「そ、そうですわよね。マユミさん一人だけこんなに大きいなんて不公平ですわ」
「大賛成でーす」
 危険度MAX。
 マユミの本能がレッドゾーン突入を繰り返し警告し、マユミがざぶっと立ち上がった途端、
「どこへ行くのかしら?」
「もっとゆっくりしていって下さいな」
 違う。この二人はこんなに息の合った行動は取れないはずだ。いつからこんな連係プレイが取れるようになった?
 寸分違わぬ呼吸でマユミの両肩を押さえつけ、
「じゃ、私から」
 織姫の手が伸びてもにゅっと揉んだ。
 きゅっと唇を噛んで声は出なかったが、
「やわらかーい。まるでお餅みたい」
 聞かせる為と分かってはいたが、顔がすうっと赤くなり、そこへアスカの手が下から包み込むように揉んでくると、もう唇は小さく開いて声が漏れてしまった。
「アスカお願い乳首は止めて…」
「大丈夫ですわよ、一番敏感な所ですもの、優しく扱って差し上げますわ」
「や、止めてぇ…はうんっ」
「そうそう、大きくても感度はいいみたいだし、たっぷり揉みしだいてあげるからね〜」
 三人がかりで岩場に持ち上げられると、忽ち八本の手が二つの乳房に殺到し、マユミの肌はみるみる内に赤く染まっていった。
 
 
 そして十分後。
 三回位は完全にいったマユミを寝かせ、四人はもう一度風呂に入っていた。傍目には逆上せただけにしか見えないはずだ。
 そう、タオルで覆われたしこりきった乳首と、愛液で貼り付いた淫毛が見られなければ、だ。
 しかし下手人達の方にはそんな余韻もなく、何食べたらあんなに大きくなるのか、とか大きいと感度悪いって言うのは嘘ねとか、本人が聞いたら斬りかかって来そうな話に興じている。
 話題が尽きたのか、ふっと会話が途切れた。
 青く澄み切った空を見上げながら、
「アスカ、別にわたくし達はあなただけをのけ者にしようなんて、まったく考えていなくてよ。ただ、わたくし達の方が少しだけ、危機感が強いだけですわ」
「危機感?」
「碇さんは管理人だけど、降魔が滅んだらもう引き留める理由はない。そうなった時、じゃあ元気でねってそのまま行ってしまいそうな気がするのよ」
「好きな人の記憶に残らない女なんて、絶対にご免でーす。アスカも、もう少し危機管理した方がいいですよ」
「危機管理ねえ…」
 実家の資産では無論すみれが群を抜いているが、シンジがそっちにまったく関心が無い上に全員足しても足下にも及ばないから、その心配はない。
 そう考えると、現状は横一線なのだ。
(じゃ、猛攻撃掛けないと損じゃないの)
 単純な事にやっと気が付いた。
「そゆ事なら、あたしも遠慮無くやらせてもらうわ。あたしがゲットしても恨みっこはなしよ」
「分かってますわよ。恋愛の勝負は本人の器量と時の運、そうではなくて?」
「いい事言うじゃない。それはそうとアンタ達」
「え?」
「何処まで行ったのよ」
 さくら達がちらっと顔を見合わせ、
「『内緒〜』」
 同時に答えが返ってきたから、これはもう自分だけ上がって五十度近くまで風呂の温度を沸騰させてやろうかと思ったのだが、
「だけどもし全員討ち死にしたらどうするの〜」
 失神していると思ってたマユミが余計な口を挟んできた。
 キッ!
 止せばいいのに、余計なツッコミを入れた途端、またまた殺気が集まった。
「三回イッただけじゃ、足りなかったみたいねえ」
「やはりここは一つ」
「徹底的にイッてもらわないと。もう失神する位まで」
「『…え?』」
「な、何ですかその反応は。みんなだってそう思ってたんでしょっ」
「それはそうなんだけどさ、さくらがそんな事言うなんて思ってなかったし。まあいいわ、さっさとこの巨乳娘やっちゃいましょ」
「『了解』」
 ブラのサイズが三つばかり違う同居人を発見し、娘達の間で奇妙な連帯感が生まれた浴場から、熱い喘ぎとか細い悲鳴の混ざったような音声が聞こえてきたのは、それからまもなくの事であった。
 
 
 結局、娘達は学校に間に合ったものの、快感で完全に脱力したマユミは欠席した。姉のマナが知ったら刀を引っ提げて襲来しかねない醜態だったが、幸い帝都にはいない。
 勿論、アイリスとレニのキスマークは消えなかったが、騒ぎにならなかったのはマリアが見つけたからだ。
 あのロリコン管理人が!と思ったかどうかは知らないが、
「シンジは触れ回っていいとは言わない筈よ。絆創膏はちゃんと貼っておきなさい」
 と有無を言わさず命じ、おまけに絆創膏にはプーさんの模様が入っていた。これでは誰も、まずキスマークだとは思うまい。
 ただ、全員を送り出した後、アイリス達のマークが付いていたのと同じ箇所を、そっと指でなぞったのは誰も知らない。
 なお、マユミの事は風呂で逆上せたので数時間安静と、四人組が実に上手く口裏を合わせた為、マリアはまったく疑いもせずそのままにしておいた。
 
 
 その日の夕方、ぐったりと疲れ果てたシンジは真宮寺若菜と対面していた。
 娘がお世話になっておりますと、三つ指突いて深々と頭を下げた若菜だが、
「いえ、大変にもって良くできた娘さんで私も助かった感じです」
 シンジの方が意味不明なのは、突如発生した濃霧で仙台空港への到着が三時間遅れた上に、シンジを出迎えたのは真宮寺家に仕える老僕にあった。
 別に美女の巨乳に出会いたかった訳ではない。問題は送迎手段だ。
 疲労度が半数近いシンジが身体を沈めたのは――身体を乗せたと言った方が正解かも知れない――十五万キロ以上を走破してきた小型軽貨物であり、当然リクライニングなどない。
 シートのクッションもスプリングが直接背に当たる感じだし、最悪なのは実家までの時間であった。
 真宮寺家まで二時間半、信じられないような車で信じがたい道を走行し、やっと着いた時にはもう、尻尾を生やしてフォークを持った悪魔が十匹ほど視界の中でマンボを踊っていた。
 呪われてるのかと、免許の所持を聞いたが首を振ったのを見て諦めた。
 大方、これ以外の車は触れるのも嫌がるタイプなのだろう。
 風呂の大きかったのが唯一の救いであった。湯を逆流させ、即席のジェットバスもどきを作って体中に当てる。
 少し身体の解れたシンジは、気になっていた事を訊いた。
「空港に出迎えてもらったけど、私が来る事は誰から?」
「黒瓜堂さんからFAXで。本当はタクシーで起こし頂くつもりだったのですけれど、権爺にあの車で行くようにと指定されたので…あの、ご迷惑ではなかったですか」
「ううん、とんでもない。丈夫な護衛を付けてくれたのでしょう」
(絶対店に放火してやる!)
 呪詛は胸の内にしまい込み、
「旦那は…あ、いや黒瓜堂のオーナーは前からのお知り合いで?」
「降魔戦争の時にお会いしましたから」
「え!?」
「夫の一馬では、降魔を壊滅させる事は出来なかったのです」
 ファーストインパクト。
「そ、それって…じゃ、黒瓜堂の旦那が?」
 まさかと思ったら、
「いいえ、あの方はただ送迎されただけですわ?」
「送迎?」
「ええ、あなたの…」
 何かを言いかけて途中で止めた。
「そ、それより最近は電子メールも出来て随分と便利になりました。電子メールならすぐに着きますから、少し言いにくい事でも伝えやすいようです。もっとも」
 くすっと笑って、
「最近少しアダルトな傾向が出てきましたのよ」
 キツネにつままれたような表情でシンジは、はあと頷いた。
 訳が分からない。
「前は二週間に一度位だったのが、最近頻度が上がったんです。どのメールにも全部最近碇さんがって書いてあるんですよ」
(…なんですと)
 やっと点と線が繋がった。
「それって…もしかして私の事?」
「ええ、勿論」
 若菜はくすくすと笑った。
「お話しするとさくらに悪いから、直接ご覧になられますか?」
 そっちはもっと悪じゃないかと思ったが、取りあえず頷いた。
 ノート型の端末は既に電源が入っており、メーラーも立ち上がっている。どうやら、最初から見せる気だったようだ。
 パスワードを打ち込みながら、
「あの、見ても怒らないで下さいね」
「似顔絵とか付いてるんですか」
「いいえ。ただ、最近一人で耽る事が増えたようで、それも対象は特定の方みたいなんです」
 訊きながら、何となく嫌な予感がした。
 だが、訊く前は確かに分かってはいなかったのだ。
「何をそんなに熱心に打ち込んでいるんです?剣ならもう一人の娘と鍛錬に励んでいるのは知っていますけど」
「あらやだ、励むじゃなくて耽るですわ」
「耽る…」
 鸚鵡返しに呟いたシンジに、
「一人遊び、要するに自慰の事です。あの子ったら最近すっかり進んできちゃって」
 ヤってる娘…真宮寺さくら。夜のおかず…碇シンジ。内容…実母に筒抜け。ピンと来た。
 何故か恥ずかしそうに笑った若菜だが、シンジの顔は自分の秘密でもないのに火を噴いていた。
 セカンドインパクト。
 秒と経たずに点火はしたが、
「いやああああああっ!!!」
 青年の悲鳴は部屋中に轟く事はなく、何とか唇を噛んで踏みとどまった。
 
 
 
 
 
(つづく)

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