妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第百三十六話:家庭訪問させられる男
 
 
 
 
 
 アスカは別としても、他の三人は寝室のベッドにバイブを隠し持ってはいない。
 それに、もし持っていても使いこなすまでには行ってない筈だと、数秒の沈黙の後シンジは黙ってバイブを拾い上げた。
「会うとアイリス辺りに駄々こねられそうなんで、黙って行くつもりだったけど、どうして君らがここにいる?」
「そ、それはその…そ、そうお風呂なのよお風呂っ、そうよね」
「え、えーえお風呂ですわよ。め、珍しく揃って早起きしたので今から一緒に入浴する所でしたのよ」
 確かに、タオルとシャンプーの類は持っている。
 がしかし、
「そ。それはそれとすみれ、お前いつから吸血コウモリをペットにするようになった。今チクッときたぞ」
「そ、それは…い、碇さんが早く戻ってこられるようにと…」
「はん?」
「で、ですから歯の痕が消える前にお帰りになってくださいなって…ほ、ほらあなた達もぼんやりしてないでっ」
 無論最初から風呂が目当てではなく、シンジがひっそり発ちそうだと党内で話し合った結果であり、小道具は炙られそうになった時の逃げ道である。ともあれ、自分一人が的になりそうだと決起を促したすみれは正解だったろう。
 すみれの声にお尻を押されるように、忽ちシンジは取り押さえられた。
 普段ならさっさとかわして、全身ずぶ濡れで下着が透けてる小娘達に変えるのだが、生憎背中のバッグには怪しすぎる物が大量に入っている。取りあえずそれを逃がすのが先決だとそっと置くのが精一杯で、
「碇さんがいないここなんて、帰ってもつまらないでーす」
「は、早く帰ってきて下さいねっ」
「見合い相手なんて連れてきたら火炙りだからねっ」
 意味不明な物もあったが、結局〆て四つの歯形が首に付き、それも歯形が付く位だから蟻に噛まれた程度のものではない。
 さすがのシンジも、
「お前ら行く前にまとめて薫製にしてや――」
「シンジ、あれってバイブよねえ」
 怪気炎を上げたシンジの耳に、アスカがぼそっと囁いた。
「さくら達は雰囲気で驚いたみたいだけど、あたしってば知ってるのよねえ〜」
「お持ちなんで?」
「誰が持ってるかー!」
「アーウチ!」
「そ、それはともかく、あんたこれ何に使う気だったのよ」
「いや、それはほら…ねえ」
「何よ」
 このブルネットの小娘が何を企んでいるのかは分からないが、このままでは危険だからここは一つ口封じを、とシンジが物騒な事を考えた時、
「預けた物を勝手に落として貰っては困りますよ」
 後ろから声がして、全員が振り向くと天をも恐れぬ髪型――黒瓜堂の主人が立っていた。
「あ、あれ旦那どうしてここに」
「お迎えに来ました」
 ちらりと娘達の方を見て、
「黒瓜堂と申します。いつもシンジ君には色々とお世話してます」
 深々と頭を下げた。
(外見に似合わずまともな人なのね。あ、碇さんをお世話して…なんですって?)
 娘達が納得した後で首を傾げる中、
「あ、あの」
「何でしょう」
「今預けた物って言わなかった?」
「ええ。お化け屋敷で使うので、シンジ君に預かってもらってたんです。聞いてませんでしたか」
「『お、お化け屋敷?』」
「蒟蒻ですよ。人肌だったり冷温両極なのはありきたりですが、顔についたそれがブルブルと震えたら怖いでしょう」
 ブルブルと震える蒟蒻…違う意味で怖いかも知れない。
「さ、私は表の車で待っていますから。これ以上落とさないで下さいよ」
「ホイっス」
 黒瓜堂の主人の身長がシンジより高いと気づき、それが逆立ってる髪の分だと知った住人達がシンジを見ると、その表情は微妙に引きつっている。
「碇さんどうしたの?」
「後ろに旦那が居たの気づいてた?」
「旦那って今の人?」
「うん」
「そう言えば…いつの間にか居たわよね。あんた知らなかったの」
「ぜんっぜん、分からない。それにそんな事より!」
「な、なによう」
「…結界はどうしたのさ」
「!?」
 シンジの言葉に、初めて娘達の表情も強張った。元々この女神館の結界は、碇フユノが張ったものなのだが、その時は何かを抑えるためだと聞いていた。
 しかしこのシンジに代替わりしてから、恐ろしく強力なものになり、仕様によっては人の出入りすら封鎖してしまう程だ。
 無論シンジはそれを緩めてはいるまい。緩めていればこんな表情は見せないだろう。
「あ、あいつって敵なの…」
「多分違う」
 即答だが曖昧であった。
「ただ…この間シビウに言われたの。あそこの店員を全員足したら、俺なんかじゃ一秒持たないって」
「う、嘘…」
 嘘だ。と言うより、そこまでは言っていない。
「でもオーナーは人外なだけで強いとは言ってなかったんだけど」
「じ、人外って言うだけで十分だと思いますけど…」
「あ、それもそうだ」
 あっはっは、と笑ってから、
「ま、殺る気ならとっくに殺られてるよ。さてと、それじゃ行ってくるからね」
「行ってらっしゃい…でも…で、出来るだけ早く帰って下さいな」
「拉致か放置か決まったら帰ってくるよ。じゃ、君らもいい子にしてるんですよ」
 軽く手を挙げて歩き出したシンジに、さくら達は何も言わず手を振った。
 勿論すみれと同じ、或いはそれ以上に早く帰ってきてほしい。いや本当は行ってほしくない。
 恋人ではないにしても、行く先に女がいるというのは何となく気づいていたのだ。とは言え、ストレートな告白すらありがとうで終わる現時点では、留め立てする有効な手段もなく、歯痕を付けてそれが消える前にと言うのは、乙女達の精一杯の手段であったが、まだ見ぬ女への宣戦布告ではない。
 そこまでの余裕はまだすみれ達にはないのだ。
 だから、さくら達が何も言わなかったのは、これ以上言うと帰るのを延期するかもしれないと思ったからだし、その根底には勿論降魔退治に正義がまったく入っていないシンジの思考がある。
「しようがないわよ、帰ってくるまで待ってるし…!?」
「何ですの…!?」
 最初にアスカの視線が硬直し、怪訝な顔でその視線の先を見た他の娘達もすぐに後を追った。
 娘達の視界を、十メートルほどもありそうなリムジンが通過していったのだ。フユノが乗っているから見慣れてはいるが、フユノの方はプライベートリムジンで、こんなに長い物ではない。
「どうやってあんな長いのを…っていうか曲がる時にどうやって曲がるのよ」
「それよりアスカ、あれ御前様のお車じゃないでしょう」
「御前様のはあんなに長くないわよ」
「じゃ、誰の車ですの」
「さっきの黒瓜堂っていう人…かしら」
 一体何者でシンジとはどういう関係なのかと、娘達は互いに顔を見合わせた。
 
 
 で、そのシンジと黒瓜堂の主人は、
「あの、こんなのどこにしまってあったの?レンタル?」
「店の地下だ。ついでにいうと、一メートルの距離から重機関銃を撃ち込まれても、車体には傷一つ付けられない仕様になっている」
「うぞっ」
 黒瓜堂自体はそんなに大きくない。まして、こんな長躯のリムジンが地下にしまってあったなどとは全くの想像外であった。
「ま、まあ店は見かけに寄らないし。ところで運転手は店員さん?」
「お呼びだ」
 主人がボタンを押すと仕切が開いた。
「あのさ、マリアを置いてきた事正解だったのかなあ」
「!?」
 全身の血が逆流するとは、こういう事を言うのかも知れない。その瞬間、確かにシンジは自分の血が妙な方向に流れるのを感じ取ったのだ。
 くるりとこちらを向いたのは間違いなく自分自身であり、それがシビウの手による作品ではないと本能が告げていた。
「そ、そんな…」
 自分と瓜二つの人物こそが、先日いとも簡単に女神館に侵入し、娘達を半裸にして自分の横に並べた張本人だと気づいたが、突然の事にさすがのシンジも声が出なかった。
「シンジったらそんな顔しちゃって」
「!」
「碇さんわたくしのことお嫌いに」「なっちゃったですか〜」
 最初はアスカであり、次はすみれであった。
 そして最後は織姫である。
「も、もう止めて…」
 絞り出すような声が精一杯だったが、
「がーっはっはっは、ヒッカカッたわねい!あちしがちゅ〜してやったの憶えてるかしら」
「…よっく憶えてます」
「紹介しよう。ボン・クレー、最凶のオカマで最強のボディガードだ。来栖川重工の名前は?」
「知ってるよ。確かヘキサ――WINMXとかいうロボットを作ってる会社でしょ」
「マルチ――HM12型だ。そこの会長が君の手に掛かった神崎重工の元総帥同様ワンマンで、その孫娘がいる」
「ジャスタモーメン」
「何?」
「俺の手に掛かったんじゃないってば。どちらかと言えば自爆だよ」
「狂気が覚めた一瞬降魔の前に飛び出さなかったら?」
「あ、それは勿論処分を…あ」
「ほらやっぱり」
「むう…そ、それでその孫娘とどういう関係が」
「ワンマン故に敵も多い。しかし地位も高く護衛も厳しい祖父より、学生の身分の孫娘を狙った方が効率がいい。ボディガードを十数名付けていたのが一人に減って、大幅に経費が削減された」
「旦那が店員貸したの」
「友人を紹介した」
「ゆう…じん?」
「がーっはっは、あーちしよーう!何なら、アンタが東北行ってる間に碇シンジの手で帝都壊滅させてあげてもいいわよう」
「え、遠慮します」
「冗談よーう。がーっはっはっは」
 もう一度大笑いしたボン・クレーだが、ふとシンジはある事に気が付いた。
「あの、この車って今誰が運転してんの」
「自動運転」
「じ、自動っ!?」
 シンジの知る限り、自動運転などまだ実用化はされていない筈だ。障害物のない所を走る電車とは根本的に異なるのである。
「数日前プーケットで焼いてた店員が一人戻ってきた。彼女のコンピューターを搭載してあるから、週末の繁華街を走っても大丈夫」
「そ、そうなんだ…って今俺が何処行くって言った?」
「東北よう。決まってるじゃナイ」
「あの〜、俺出雲行きなんですけど」
「切符はもう取っておいた。はいこれ切符」
「ありがと…仙台?何で仙台なのさ」
「真宮寺家へ」
「真宮寺…」
 鸚鵡返しに呟いたシンジが、十秒ほど経ってから頷いた。
「ん、分かった。でも何しに行くの」
「…アンタ、ドゥーあってもオカマケンポー食らいたいみたいねーい!」
「まあ、オカマケンポーはこの際置いといて、もう少しご両親の事を知ってもいい頃でしょう。それとお祖母さんのことも」
「うちの?」
「ええ、うちのです」
「分かった行ってくる…あれ?」
「どうかしましたか?」
「これ…明後日の便で仙台から関空になってるんですけどもしもし?」
「別にイイじゃナイ」
「関西国際空港から、パリのシャルル・ド・ゴールへ乗り継ぎになってるじゃナイ。何じゃこれは」
 またしても伝染った。
「この間亭主に逃げられた妻が夫を連れ戻しに行ったが、今そこにいる。ついでに向こうの面々も見学してくるといい」
「今は何を?」
「絵画に興味を持つ怪人がこの間出現したが、一向に捕まらず大苦戦中。ついでにミロのヴィーナスは片乳がもぎ取られたらしい」
「火炙りだな」
「なぜ?」
「乳を揉みしだいて調教なんて俺の専門分野なのに、絶対許さん」
「乳房の半分が取れた、と言ったんですが。生身の話じゃないですよ」
「…え?そ、そうなの?」
「また聞いてませんね。で、バッグの中に調教道具を沢山持って何処へ何しに行くんですか」
「だからこれはその…あ、そうだ朝早かったから眠いの。着いたら起こしてね」
 ぎこちない寝息を立て始めたシンジをちらりと見て、
「既に心は緊縛調教に飛んでいるらしい。ところでボン・クレー、彼女達の護衛は?」
「要らないわよう。今日は共有してる男と3Pだから、一歩も家から出ないって言ってたから!」
(3Pって…来栖川家の二人?)
 見たところ、こっそり盗聴器を仕掛けるようなタイプではない――オカマだが。
 だとしたら直に聞いたのであり、相当信頼されている事になる――そう、オカマであっても。
 確かにこれほど強ければ他の護衛は要らないだろう。どこでこんなのを手に入れたのかと考えた時、不意に車内に沈黙が漂った。
 ボン・クレーも主人も単に表を見ただけなのだが、自分に視線が集まっているような気がして、シンジは眠りの世界に逃走した。
 
 
 シンジが夢の世界に逃げ込んだ頃、シンジの部屋ではアイリスとレニが目を覚ましていた。一人で寝なさいと言われたのを、無理矢理左右に潜り込んだのだ。反対が一で賛成が二だから異論の余地はない。ここは民主主義が優先される国なのだから。
 眠気が全身の八割を支配している顔で起きあがったが、
「レニ!?」「アイリス!?」
 びっくりしてお互いの首筋をまじまじと見つめたのは、相手の首筋に赤い痕を見つけたからだ。
 寝ぼけてお互いにキスしたわけではあるまい――誰が付けたのかすぐに知り、二人の顔がふにゃふにゃと緩んだところへ、その視界にメモ用紙が映った。
「いい子でね」
 元気でね、とは書いていなかった。
 何故か極太明朝で書かれたそれを見て、
「もー、おにいちゃん起こしてくれれば良かったのに」
「起こしてたら、じゃあ行ってくるからねで終わりだよ。それで良かったの?」
「え…そ、それはやだ。で、でもレニ」
「なに?」
「おにいちゃん、本当はアイリス達の事好きじゃないのかなあ…」
「どうしてそう思うの」
「だって本当だったら普通にキスしてくれたっていいのに…してくれたのは嬉しいけど寝てる時だし、そのまま行っちゃうんだもん」
「それはシンジのポリシーか何かだと思うけど、嫌いじゃないよ。嫌いだったら一緒になんて寝かせたりしないよ。そうでしょ?」
「う、うん…」
「それに…そ、その…」
 不意に赤くなって口ごもったレニを怪訝そうな顔で見た。
「レニどうしたの?」
「だ、だからその…あ、痕なんて付けないでしょっ」
 それを聞いた途端、アイリスまでつられて真っ赤になった。
 首筋まで真っ赤にしたまま、
「そ、そうだよね…キ、キスマークだもんね…」
 二人して真っ赤になったままもじもじしていたが、
「あ、あのねレニ…」
「どうしたの」
「身体疼いてきちゃった」
「は!?」
「レニは従妹なんだから血は繋がってるんだよね。キスしよっ」
 奴らが悪い。
 元々アイリスはそんなにませてもいないし、性に興味を持っていた訳でもない。そのアイリスに性を教えたのは主犯がミサトで準主犯がシンジである。
 自分の性器に手を這わせ――ついでに舌も這わせるものだと、身を以て教えたのはミサトであり、幼い割れ目のその後ろに指を差し入れてかき回したのはシンジだ。
 結果、まだ中学生にもならぬ身で、しかも処女のまま開発されてしまうと言う尋常ではない状態になり、そのアイリスが身体が疼くとレニに覆い被さったのだ。
「ちょ、ちょっとアイリス駄目だよっ」
 レニにそんな趣味はないし――自分もちょっと思い出して微妙な箇所がむずむずしたり――とそんな事はともかく、なんとか避けようとした途端、いきなり舌が入り込んできた。
「んっ!?んんうっ…」
(う、嘘…信じられない…)
 あっという間に舌が絡め取られ、ぬちゃぬちゃと絡み合った舌から痺れるような快感が伝わってくる。
 たっぷりと絡め合ってから、アイリスはくちゅっと顔を離した。
 二人の唇を繋いだ透明な糸を年不相応な指付きで拭ってから、
「私のキス上手でしょ」
「う、うん…シンジに習ったんだよね」
 それしかないと分かってはいるが、少し複雑な気持ちで訊くと、
「うーん…どっちかって言うとミサトお姉ちゃん」
「ミ、ミサトさん!?」
 思いも寄らぬ答えが返ってきた。
「お風呂でちゃんとおまんこも洗うのよとか、おまんこ弄ると気持ちいいとか、ミサトおねえちゃんに教えてもらったの」
(お、おまんこ弄るって…)
 信じられない淫語にうっすらと顔が赤くなったが、シンジではなかった事で少しだけほっとした。
 これでもしシンジがいけない授業の教師だったら…。
「ねえレニ」
 ぼんやりと考えていたのが悪かったらしい。
 呼ばれたのに気づかず、気づいたのはアイリスの手がぷにっと乳房に触れた時であった。
「ア、アイリスっ」
「レニもおっぱい大きくなったよねえ、いいなあ」
「そ、それは…」
「それに先っぽも硬くなってる」
「!!」
「レニ、アイリスのキスで濡れちゃったでしょ」
 小悪魔の笑みを浮かべたアイリスが、
「アイリスも濡れちゃったの。淋しい子同士で仲良くしよっ」
「アイリス止めてぇ…」
 伸びてきた手に弱々しく抵抗したが、それもすぐシーツの波間へと消えてしまった。
 
 
 その頃娘達は浴場にいた。
 折角お風呂の道具もあるし、一緒に入ろうと言う話になったのだが、この四人が一緒に入るのは初めてである。
 と言うより、すみれは他の住人と入る事が無かったのだ。
 連帯感の一種なのか気まぐれなのかは分からないが、これもシンジの影響の一つなのかもしれない。
 記憶がかなり曖昧ではあるが、シンジとホテルに行って痴態をさらした事も分かっている。上の口と下の口の両方から涎が止まらぬ状態であられもなく喘ぎ、激しく自慰に耽った事はぼんやりとながら憶えているのだ。
 だからこそ。
 だからこそ、もう逃がさないと決めているのだが、無論シンジは知らない。裸を見られてから責任取ってと言うのに近いかも知れないが、口にするほどすみれは厚顔無恥ではない。
 脱衣所で服を脱いだが、同じ女だからどうしても他人の身体が気になる。ちらちらとお互いの身体に視線を向けていたが、不意にそれが固定された。
「さ、さくらそれ…そ、剃っちゃったの?」
 無毛状態のさくらの下半身が露わになったのだ。
 すみれも織姫もびっくりして見つめているが、
「これ?元々ですよ。体質なんです」
「た、体質ってあなた、普通はわたくし達の年代ならもう…そ、その生えているものでしょう」
「そうでーす。私だってほらちゃーんと」
 ぽかっ。
「あんたもそんなの自慢するんじゃないの。で、でもさくらまったく無いって言うのはさすがに…」
 これでさくらが、今まで人知れず悩んできただけなら、これでキレたか泣いてしまったかしたかもしれない。
 が、今のさくらには切り札がある。
「別にいいんです。つるぺただって構わないでしょ」
「つ、つるぺたって何ですの」
「あそこに毛が生えてないことです。で、剃ってるのはパイパン。碇さんに聞いたんです」
 ヒクッ。
「『…何ですって』」
「昔と違って裸じゃないから、別に淫毛の性器保護もないし、それにない方が蒸れたりしないから衛生的だって、碇さんが言ってくれたんですよーだ」
 べーだ、とさくらが小さく舌を出す。
「『なんですってっ!!』」
 早朝で静かな筈の浴場で、不意に導火線の火が点いた。
 
 
 
 
 
(つづく)

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