妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第百三十三話:初体験の緊縛で重症の者と軽症の者
 
 
 
 
 
 渡された書類に射抜くような視線を向けてから、葵叉丹は軽く頷いた。
 ここ暫くは大人しくしていた彼らだが、無論帝都を諦めたわけではない。
「これで半分は揃ったな」
「うん。完全秘密だから効率は悪かったけど、エネルギーを確保したから量産体制に入れるよ」
 対等な口を利いているのは刹那だ。
 雲南の地でシンジに討たれかけたが、間一髪難を逃れて帝都へやって来た。
 出てこなかったのは二人で一人前になる相棒の羅刹と共に、生産に回されていたからだ。
 二人の会話からすると、どうやら軌道に乗ったらしい。
 ただ、完全ではないようだ。
「それで、取りあえず一度攻め込んでみるの?」
「そこまでの余裕はない。我らがしばらく動かなかったから、碇シンジも油断するに違いない。元々あやつはこんな帝都にいつまでも居られる性格ではないからな。近いうちにどこぞへ出かける可能性は高い。その時を見計らって攻勢に出るのだ」
「了解」
 刹那は頷いた。
 みみっちい作戦ではあるが、力量の差を考えると仕方のない作戦だ。
 ただ、シンジの性格を見抜いている辺りは流石である。敵と自分の力量も知らないのは、大将たる資格はないのだ。
 そして――シンジが居なければ恐るるに足りずと見切っている事もまた。
 
 
 
「馬鹿って言った?ねえ、馬鹿って言わなかった?」
「!?」
 無論渾身の力ではない。
 だが、まさか二本指で受け止められるとは。
 霊刀を軽々と受け止めそのまま手前に引くと、さくらの身体は柳のように引き寄せられた。
「他の子達はもう少し掛かるが、ここではちと難がある。場所を変えようか」
 ひょいとさくらを肩に担ぎ、片手には霊刀をぶら下げてそのまま歩き出した。
 着いた先はさくらの部屋であり、そのままベッドの上にぽいと放り出す。
「さてと、もう少しで斬られる所だった。命の危険とこっちも痛い」
 心臓に手を当てて、
「怖い思いもしたし、お礼しないとねえ」
「そ、そんな碇さんあたし別に…」
「別に?斬る気はなかった?」
 こくこく。
「そっかそれなら――」
 相手がシンジと言う事もあり、おまけに手には霊刀を持っている。さすがのさくらも身の危険をヒシヒシと感じており、ふうむと考え込んだシンジに一瞬ほっとしかけたのだ。
「ま、仕方ないかな。さくら、ちょっと立って」
「え?あ、はい」
 言われるままさくらが立った途端、
「…っ!?」
 悲鳴が口を割る前に、シンジの手が一閃していた。
 碇さんは刀を使えない筈――さくらの基本知識はその筈だったが、シンジの手が一閃した次の瞬間、さくらの衣服はきれいに断たれて床に落ちた。
「う、うそ…」
 乳房と股間を隠す事も忘れて呆然と立ち竦んださくらに、
「じゃあしようがないねえって許す――わけないでしょ!いい霊刀ってのは、持ってる人間の力次第で変化する。例えば、俺なんか霊力など全くないけど、精(ジン)だけでも操ってくれる――こんな風に。知ってた?」
 ふるふると首を振ったさくらに、
「自分の相棒の事位はもう少し知っておくものだ。さて、いい格好になった事だし、少し実験してみようか」
 いい格好という言葉にやっと自分の姿に気が付く――全裸の上にすべて晒したまま。
 きゃっと悲鳴を上げてしゃがみ込もうとして――出来なかった。
 シンジの霊刀がぴたりと切っ先を向けていたのである。
 殺気はないがさくらは微動だに出来なくなり、その肢体を冷たく見ながら、
「さくらにも生理はある筈だ。道具は何を使ってる」
「ナ、ナプキンを…」
「じゃ、穴は不要だ」
 衛生用品になど興味がない筈のシンジの言葉――その意味に気づいていたら、さくらは窓から飛び降りていたかも知れない。
 多少怪我はするかもしれないが、なに下は芝生だし、少々の打撲で済むに違いない。
「普通の女なら処女膜があるが、老廃物の流出とか諸般の事情で、多少の穴は開いている。だから完全に塞がっては居ない」
「そ、そうなんですか」
「そう。そこでこの霊刀の出番になる」
「…え?」
 やっと嫌な予感が押し寄せてきた。
「優れた霊刀は使い手の腕ではなく、意志の通りに動いてくれるらしい。真宮寺家に伝わるこの霊刀、五精使いの意志をどれ位読んでくれるか試してみよう」
「な、何をするんですか…」
「処女膜拡張」
 シンジは事も無げに言った。
「しょっ、処女膜っ!?何するんですかっ」
「言ったとおりだ。詳しく言えば、膣にこれを突っ込んで開いてる部分を拡張する。一種の外科手術みたいなモンだ」
 手術も何も、さくらの秘所はまったく問題など無いし、それ以前にそんな事をしたらシンジの前に全部さらけ出す事になるではないか。
 漸く事態に気づいたさくらがぶるぶるっと首を振ったが、
「却下」
 シンジは即座に退けた。
「い、碇さんそんな…じょ、冗談でしょう」
「生まれてこの方冗談で生きてきたが、極めて稀に本気(マジ)だ。で、今はその極めて珍しい時だ。斬りかかられたお礼だ、この位はしなくては釣り合わない。さ、自分から横たわるかそれとも無理矢理がいい?」
 シンジの目に欲情の色がなく、それでいて手にした霊刀が同調するかのように妖しい光を帯びているのを見て、さくらの顔から血の気が引いていく。
「ちょっ、ちょっとやだ止めて下さい。ね、ね、碇さんお願いですから」
「自分からまな板に載る気は無いみたいね。しようがない、強制執行と行こう」
 何をどうしたらこんな事になるのか、霊刀がさくらの脚を襲ったが、鋭い痛みはなく簡単にころりと転がされた。
「あうっ」
 図らずもM字に開脚してしまい、そこも色薄い大淫唇の奥がぱっくりと見えている。
「いい格好だ。さ、そのままじっとしててね」
(碇さん本気だ…)
 そう知った時、さくらの目にじわっと涙が浮かんでいた。さくらには、シンジの台詞は理解出来ておらず、自分は処女でなくなるのだとばかり思っていた。
 それも、想い人の手によるとは言え愛撫ではなく、こんな無機質な金属を突っ込まれてしまうのだ。
「俺も初めてだし、失敗したら諦めて」
(ひどい何て事を…)
 処女と非処女の違いなど別にない。処女だから偉いわけでも遅れているわけでもないし、非処女だから大人だったり淫乱だったりもしない。
 でも、普通は喪失に痛みを伴う事はさくらも知っているし、性行為で無くす事も知っていた。
 処女を捧げる云々は別として、初めては好きな人と迎えたいとごく普通の事を思っていたのに、一割叶って九割は最悪の形で外れようとしていた。
「じゃ、いくよ〜」
 緊張と欲望の欠片もない声と一緒にシンジの手が上がった。
 間違いなく、シンジは刀を突っ込んでくるだろう。
 この時さくらに浮かんだのは、怖いとか痛みへの恐怖とかいうよりも、こんな形で処女を失いたくないと言う思いであった。
 霊刀の霊気を肌に感じた瞬間、
「やだっ、止めて碇さんっ!ちゃんと…ちゃんとしたいからこんなのはいやあっ!!」
 さくらは叫んでいた。
 さすがに碇さんと、などと口走りはしなかったが、とにかく刀は完全無毛地帯の一歩手前で止まった。
「そこで言うならしようがない、止めとこう」
「え?」
「止めて欲しいんでしょ」
「い、碇さん…」
 この反応からして、どうみても本気ではなかったと知れるのに、
「あ、あたし最初はその…」
「なに?」
「す、好きな人の腕の中でって決めてたから…それで…い、碇さんあの…!?」
「ほほ〜」
「え!?」
「随分と余裕じゃないのさくらちゃん」
「は、はい?」
「まあいい。で、誰と最初にしたいわけ」
「な、内緒ですぅ…」
 既に一度全裸を見られており、キスもクリアしている。ただし、いきなり無毛発覚という大ハードルをクリアするとは思わなかったが。
 とまれ、普通なら彼氏彼女の関係になってからするような事を経験済みなので、見られていると言う事自体で消え入るような羞恥はなかった。
 一応起きあがってはいたのだが、内緒だというその姿は、目許はしっとりと濡れたように潤んでおり、身体も軽く朱を掃いたように赤い。
 何よりも、もじもじと身をくねらせており妖しさ大爆発である。
「少し嬲ってから解放しようかと思ったが気が変わった。縛の刑だ」
「ば、縛?」
 にゅう、とシンジの手が取り出したのは荒縄であった。
 一体どこに仕舞ってあったのか。
「さくら」
「え?」
「下着は裂いちゃったし、そのままじゃ乳も揺れるし股間もひんやりするでしょ。覆ってあげる」
「あ、ありがとうございます…って、その縄は何ですか」
「首から縛って乳を回り、背中で手を束縛して交互に股間まで行く。乳も固定されるし股間も覆われる――亀甲縛りって知ってるか?しばらく振りだから練習しとかないと」
 しばらく振りと言うのが誰にやったのか、そして誰にやる練習なのかに気づく余裕もなく、
「い、いやああっ」
 一難去ってまた一難、さくらは悲鳴を上げたが、シンジはニマッと笑って近づいてくる。
(ん?)
 さっきシンジは自分の裸体を見ても表情は変わっていなかった。
 だが今、シンジの前にはまぎれも危険な光が浮かんでいるではないか。
 さくらがその事に気づいたのは、手際よく掛けられた縄が、自分の身体をきゅっと締め付け始めた時であった。
「別に痛くはない。それと乳への刺激を調整出来るんだが、結構イイ刺激になる。強めにしとく?」
 思わず頷いてしまったのは、反射的なものであったろう。
 室内にすすり泣くような、だが間違いなく欲情の色を帯びた女の声が室内で上がったのは、それからまもなくの事である。
 
 
「ん…」
 次に目覚めたのはマリアであった。
(そう言えばシンジに一服盛られて…シンジー!)
 辺りを見ると皆ダウンしている。
 絶対にとっちめてやると起きあがると、不思議と悪酔いしたような感触はない。
 部屋を出たマリアだが、さくらが居ない事には気が付かなかった。そのままシンジの部屋に向かう。
 シンジの性格を知っているだけあって、さすがにいきなり開けるような事はしなかったが、ドアノブにぴたりと貼り付き、数秒耳を押し当ててからいないわと口にした辺りはこの娘もただ者ではない。
 上かしら、と呟いて向かったのは屋上であった。
 ここで時を過ごす作りにはなっていないから、階段から鉄の蓋をよいしょと押し上げて顔を出すと、やはり下手人はいた。
 多分自分の接近には気づかれているに違いない。
 本人は寝ていても風が囁き、空気が耳打ちする男だ。
 近づくと、果たしてこちらを見ようともせずに、
「左だ」
 と一言だけ言った。
「相変わらず強引ね」
「強引星の下に生まれた」
 そんな星はないわ、と突っ込むのも面倒で、マリアは黙ってシンジの横に腰を下ろした。
「マリアだけか」
「私だけよ」
「そ」
 それきり会話は途絶えた。
 既に街は夜の顔になりかけており、夕暮れの街を人が慌ただしく行き来している。
「マリア」
 声を掛けるどころか、視線すら向けなかったシンジが呼んだのは、十分ほど経ってからであった。
「なに?」
 不意にマリアの身体が硬直した。
 シンジが殺気を放った訳でもドスの利いた声で呼んだのでもない。
 ただ、身体が何かを感知したのだ。
 第六感、と言うヤツかもしれない。
「一度しか言わない。素手の相手に二度と銃を向けるな。お前の命取りになる」
 シンジにしてみれば、誇張でも何でもない言葉であった。
 如何なる理由であれ、もしもマリアがもう一度黒瓜堂の主人に銃を向けたとしたなら――跡形も残らぬ姿と化すのは間違いなく、そしてシンジにそれを防ぐ術はなかった。
「シンジ…ごめんなさい」
「……」
 マリアが謝ったのはそれの是非よりも、シンジが単に事態の傍観者ではなかったと気が付いたせいだ。
 何があったかは無論分からない。
 ただ、シンジが自分の事で動いたのは分かったのだ。
 それも、決して楽ではない方法で。
 シンジは何も言わなかったが、そっとマリアが頭を寄せた途端すっと後ろに身を引いた。
(!?)
 慌てて身体を支えようとしたが、不意に頭が抑えられた。
 妙な手順ながら膝枕に移行した、と気づくには数秒を要した。
「そのまま」
「うん…」
 小さく頷いたマリアの頭からは、シンジをとっちめに来た事はもう完全に消失している。
「シンジ…」
「ん?」
 マリアがシンジを呼んだのはさっきより感覚が長く、もう街は夜の色に染まった頃であった。
「どうして私達を?」
 眠らせたのかという事であったが、それは“とっちめ”には程遠い口調であった。
 そしてシンジの答えも、
「幼稚園児は日中に昼寝する。だからだ」
「……魔界?」
「どのみち帰ったら半死状態でダウンだが、少しでもましな方が良かろう」
「それだけ?」
「それだけ。もう起きる?」
「も、もう少し…」
 思わず言ってしまってから、
「そ、その…」
 ごにょごにょと言いかけたら上から抑えられた。
 黙って横になってろと言う事らしい。
(あ、ありがとう…)
 こんな時、何か言われるとかなり薄く聞こえる事をシンジが知っているかどうか。ただ、何も言われなかった事で却ってマリアの方がほっとした。
 今日の帝都の夜に月はない。
 煌めく星の光を二人とも黙ったまま見上げ、その後小一時間の間、文字通り会話はまったく無かったのだ。
 この二人の場合、これはこれでいいのだが、マリアは少々微妙であった。
(匂いがする…)
 もう一度頭を乗せ直した時、ふっと匂いを嗅ぎ取った。
 そしてそれは、女の性の匂いであった――自らもまたよく知っているものであり、シンジが余所に行って誰かを抱いてきた気はしない。
 それに何よりも。
(さくらが時々付ける香水…)
 子を危険から守る時、母性本能というのは超人的な力を発揮する事が多々あり、そしてその持ち主である女性は嗅覚に極めて優れている。
 マリアが気づいたのは、女の本能故であったろうか。
 ただそれも一瞬の事で、匂いはすぐに消えた。息を吸い込んでみてもまったく匂いはない。
(気のせい、かしらね…)
 気のせいではなかっとしても、自分には関わりの無い話だと言い聞かせ、マリアは目を閉じた。
 結構眠った筈だが、いつの間にかまたマリアは寝込んでしまい、目覚めた時には身体に何かが掛かっていた。
「おはよう」
「お、おはよう…これシンジの服でしょ。冷えなかった?」
「寝冷えの方が重症でね。さっき訊いたら、まだ誰も起きてなかったようだ。でももう起きてくるだろ。さ、起きよ」
「え、ええ」
 完全に身体を預けて眠ってしまったが、身体を動かされれば起きる。シンジは自分が寝入ってから少しも動くことなく、途中で自分のシャツだけ脱いで掛けてくれたのだ。
 ようだ、と言う伝聞系だが、フェンリルではあるまい、とマリアは思った。
 根拠はないが多分間違いない事も。
 おそらく風だろう。
 二人が揃って下へ降りていくと、ちょうど住人達が眠そうな目をこすりながら起き出してきたところであった。
「シンジ、一人足りないけれど」
「誰よ」
「だ、誰って…」
 さくらがいない事位、シンジにも分かっているはずだ。一人だけ起きてトイレに行った可能性もあるが、シンジの反応にやはり何かあった事を知った。
(何をしてたのかしら)
 小さく首を振った時、
「すみれ」
 不意にシンジが呼んだ。
「な、何ですの」
 こっちはまだシンジに突き放されてると思ってるから、声が硬い。
「集合時間に来ないヤツが一人居る。呼んできて」
「来ないヤツ?」
 見回すとさくらの姿がない事に気づいた。
「さくらさんですの」
「すみれの目にはアスカや織姫が偽者に映ってると見える」
「そ、そう言う訳じゃ…い、行ってきますわ」
 余計な事を聞いたと知り、すみれは早足で出ていった。
 がしかし。
 十分経っても戻ってこない。
「レイ」
「なあに?」
「GO」
「ホイっス〜」
 出ていったレイはやがて二人を伴って戻ってきたが、どうみても妙な姿であった。
 レイとすみれは顔を赤くしていたし、すれみとさくらの顔にはおかしな痕が付いている。
 どこか引っ掻き傷にも似ていたが、シンジは気にした様子もなく、
「さてと、これで全員揃ったね。出かけるから十分後に玄関前に。お洒落などする馬鹿はいないと思うが念のため」
 それだけ告げると身を翻した。
 
 
 翌未明までの事は、もう書く必要もあるまい。
 明け方、鈴の音色のような声でシンジを起こしたのは人形娘であり、モリガンに魔界へ呼び出され、“荷物”を渡されたのだと告げた。
「姫を使役するとはあの魔女め火炙りにしてやる。肉は食用だ」
 と怪気炎を上げたシンジに、
「碇さまに食されるのでは、モリガンさんが大喜びされますわ。お止め下さい」
 やんわりと制してから、
「やはり、ご自分で送ってこられるのは気乗りされなかったようです」
 そう言って引き渡したのは、無論住人の娘達である。
 いずれも精根尽き果てて気を失っていたが、数十分と魔界に居られなかった事をシンジは見抜いていた。
 元よりそのくらいの計算である。
 全員の部屋に不法侵入してそれぞれを配達した後、シンジがもう一度向かった先はすみれの部屋であった。
 ノックもせずに開けたが、奇妙な事に、起きてる筈はないからという風情ではなかった。
 そして。
「き、きっと…来て下さると思ってましたわ」
 息も絶え絶えな声ではあったが、なんとか身を起こしたのはすみれである。
「やはり待ってたね。多分そうだと思った」
 シンジの方も驚いた様子はない。
「あんなのを…計画的でしたのね…」
 苦しげに、それでもうっすらと笑ったすみれの白い身体を月光が映し出す――待っていた神崎すみれは一糸まとわぬ全裸であった。
 
 
 
 
 
 
(つづく)

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