妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第百二十六話:妖華混浴物語――桜モザイクと墨だらけの怪
 
 
 
 
 
「物事には代償が憑き物です――あ、違った付き物です。自分に言い聞かせて抑えられないから君の所へ夜ばいに来たのでしょう。それですっきりしたのなら、いいじゃないですか」
「それはそうだけど…」
 シンジが黒瓜堂の主人相手にぶつぶつぼやくのは、これが初めてではない。友人ではないのだが、ここが安全なのだ。
 あんな事があったこんな事があったと、普通なら友人にぶつけて終わりの内容でも、碇シンジの名前上そうは行かない。
 例えば道でキケンな連中に絡まれた時、黒瓜堂の主人なら、
「安全地帯を歩かないからだ。自業自得だな」
 で済むのだが、メイドさん達に聞かれようものなら、たちまち問いつめられて記憶を漁られ、絡んだ相手はシンジに撃退された上、ICUで無意識の中猛省する事になる。
 この店に電話してぼやく時は、フェンリルも外させている。シンジに何かあった時はメイド達とは比較にならぬ程、危険な相棒なのだ。
 今日もミサトの事をちらっと話したら、
「それで、実姉の処女もらったんですか?」
「俺は後ろしか触ってないってのっ」
 あっさりと聞き出されてしまった。
「後ろねえ」
 なんか嫌な響きで口にしてから、
「別にいいんじゃないですか?」
 とんでもない事を言い出したのだ。
「いやアヌスだけなんだけど、でもやっぱり新妻がいきなりアナルせがんだりすると、夫婦生活どうかなーとか、色々あるし…」
 煮え切らないシンジに、
「じゃ、ケーキで決めたらどうです」
「ケーキ?」
「ウェディングケーキを用意するのは君だな」
「は、はあ」
 この男がこんな口調になる時、ほぼ十割に近い確率で何か企んでいる――善し悪しは別として。
 それを知っているだけに、何を言い出す気かと一瞬構えたシンジだが、
「式の直前に、さほどちょっかいを出さなかったら大型にする。もし出してきたらホームパーティサイズにする」
「ちょっと待った」
「何か」
「さほどって言わなかった?」
「言った」
「どういう事?いくら姉貴でも、もう何もして来ないと思うけど」
「それはあり得ん。絶対に何かしてくる」
「ぜ、絶対?」
「絶対だ。もし何もしなかったら、向こう一年間うちの店の店員を、君のボディガードに貸す。ガード対象より遙かに優秀だ」
 根拠は不明だが、絶対の自信があるらしい。
「それで、さほどってどの辺?」
「疼くから栓してくれない、などと口にしないレベルだ」
「んー、分かった取りあえず二つ用意しとく」
「結構だ。それから」
「え?」
「ローションと後始末の用意を――」
 途中で切れた。
 シンジが切ったのだが、
「姉さんが何もしなかったら、店に地対地ミサイル撃ち込んでやる。絶対だ」
 と、姉を全面信用する台詞だったが、
「でも…キ、キスくらいにしておこうかな」
 弱気な台詞にトーンダウンした。現実を直視したらしい。
 結果、キスだけで終わった事により、運び込まれたケーキは大型の方になったのだ。
 
 
 
 
 
「ま、怪我しなかったから良かったけどね」
 立場は逆転し、シンジの前には蒼白な顔のさくらがいた。
 胸を押しつけて迫るさくらに、
「さくらのおっぱいが柔らかいのは分かったから。ちょっと入り口見てきてくれる?」
 シンジが首だけ後ろに向けて頼んだのだ。
「入り口?」
「入り口。逃げたりしないから」
「逃げたらお部屋まで追いかけますからね」
 びしっとシンジを指差したさくらだが、入り口で見たのは黒こげになった自分のバスタオルであった。
「…っ!?」
 思わず息をのんだ裸の乙女に、
「さくらが全裸で来てたら、こうなってた」
「あ、あたしそんな事…」
 最初からシンジがいる事を知っていたから、さすがに全裸では来るまい。顔から血の気が引いたさくらに後ろからバスタオルを掛けて、
「アイリスが来るなら瞬間移動で来る。正面から来たら追い返されるのは分かってるからね。瞬間的にぶつかる程度なら、瘤ができて終わりになる展開だけど、普通に触ると結構なショックが流れるの。さくらの色白がこんがりにならなくて良かった」
 バスタオル自体が真っ黒に焦げたのは、シンジが言ったとおり軽く触ったからではない。きつめに巻いていなかった事で、身体から落ちたそれがまともに結界へぶつかったのだ。
 だから、正確に言えば本来は触れた部分だけで済むはずだが、現状を目にしてさくらには結構なショックだったようで、これならもう懲りたはずだ。
 と、思ったのだが、
「裸のままだと風邪ひくから、部屋に帰って暖めた方がいい。それから――」
 立て札はちゃんと修理してもらうからね、と言おうとしたが、
「いいです。ここで入った方が暖まりますから。それに碇さんだって、いいって言ったじゃないですか」
「い、言いましたけど」
 あっさり遮られた。
 それはそれ、として切り替わったようだ。
「じゃ、今行きましょそれ行きましょすぐ行きましょ」
「あ、ちょっとこら待てってば」
 この小娘のどこにそんな力が、と思われる程さくらの押しは強力で、シンジはあっという間に湯船の中に追い返された。
「まったくもう、強引なんだから」
「何か言いました?」
「ううん、何にも…ってちょっと待てさくら」
「はい?」
 背中から聞こえてくる声は、成分に笑みを80%近く含んでおり、
「…バスタオルは?」
「あ、やだ取れちゃいました。しようがないですよね」
 感触も元に戻ってる。シンジの方は、自分のを剥いだわけではないからバスタオル越しだが、どうあっても全裸を通すらしい。
 が、シンジの表情がわずかに動いた。
(?)
 さくらは中腰の姿勢で身体を押しつけてきたが、胸の感触が妙だと気づいたのだ。胸の感触はまだしも、乳首が当たる感触なら分かる。
「何か変な――」
 振り向いたシンジの目に、自分の乳房を持ち上げているさくらが映った。
「これ、治してくれますよね」
 さくらの桜――シンジがさくらの乳首に貼り付けた桜の花弁が、湯に浸かったにもかかわらず、まったく取れる事無く貼り付いていたのだ。
「取れないの?」
「簡単に取れるなら、お湯に入った時に取れてます」
「それもそうでした」
 じゃ、取るかと手を伸ばしたのはいいが、貼り付き先は生の乳首であり、指先が触れた途端、
「ん…ふうっ!」
 愛撫に洩れる声をずっと抑えていたと、どう聞いてもその吐息であり、ぴくっと手を離したシンジに、
「碇さん、責任取ってくれますよね?」
 ろくでもない事を囁いた――うっすらと上気した女の顔で。
「責任?このマセガキがー!」
 しかしシンジにはまったく通じず、湯の中に頭から押し込まれようとした時、シンジの携帯が鳴った。
 
 
 
 
 
 加持ミサトは変わっている――碇ミサトの時から。
 無類の酒好きでなおかつ強いのだが、強いと言うより支配している感すらある。これだけ飲んで腹部や太股、或いは腕のぷくぷく化には繋がらず、大半が胸に回り一部がお尻というそれだけでも驚異だが、一番の妙は吐息にある。
 シンジに迫る時は殆ど酒臭いのだが、その他の時は酒瓶を持っていようが、酒の匂いすらしないのだ。
 酒に弱い弟に比べて、その辺は格段に優秀である。
 酒は飲んでも飲まれるな――これは太古からの鉄則であり、話していて酒の匂いがするような相手はその時点で評価が大体固まってしまうからだ。
 弟からのそれは別として。
 黒瓜堂で飲んでいたミサトだが、ワイン二本を空けた時点でダウンした。量としてはかなり珍しいが、この姉弟に関してここだけは別なのだ。
 そう、この店限定だがシンジが酔わないのだ。他であれば、匂いだけでもダウンするシンジだが、ここでは酔わない。その反動でもないだろうが、ミサトはここに来ると弱くなる。
 飲んでる物は一緒なのだが、オーナー以下変わった店員達の影響を受けているのかもしれない。
「誰かいる」
 オーナーが風鈴を鳴らすと、さっき祐子と呼ばれた娘が顔を見せた。
「ミサトさんがダウンした。毛布持ってきてくれる」
「分かりました」
 すぐに戻ってきたが、
「お迎えが来たようです」
「迎え?」
「すみませんご迷惑おかけして。すぐに連れて帰りますから」
 そこに顔を見せたのは瞳であった。
「お久しぶりですな。お姉さんと妹さんはお元気ですか」
「ええ。特に妹の方は中途半端にピンピンしてます」
「それは何よりで。それで、本邸の方から至急テイクアウトの命令が出たんですか?」
「いえ、御前様は至急とは。ただ、黒瓜堂さんにお邪魔してる筈だからと」
「それなら、少し飲んで行かれたらどうです?折角用意したのに、ごっそり残して寝ちゃった人妻さんのせいで、余ってますから。雇用主へは私から連絡しておきます。それなら構わないでしょう」
「えーと…分かりました、シンジ様の許可が出たら頂きます」
 電話機を持ち上げ、何故かダイヤル式のそれを重たげに回す。本当に重そうだ。
 相手はすぐに出た。
「誰だ」
「は?…あの、シンジです」
 シンジだと分かっているから瞳の表情が強張ったが、
「何だ君か」
「何だって、電話してきてそれは無いでしょ。何の用件なのさ」
「今どこに」
「お風呂」
「誰と?」
「勿論ひと――もぐっ」
 口を塞がれたらしいが、
「あたしと一緒ってなんで言わないんですかっ」
 向こう側でさくらの声が聞こえてきた。
「太陽の下で住人と混浴とは優雅な事だ。結界はどうしたね」
「まあその、ちょっとした事情で。俺の現在位置を聞きに電話したの」
「そんなものに興味はない」
「……」
「昨日の主役二人がうちに来ている。一人はダウン、一人はこれから飲む所だ。後はよろしく」
「ちょっと待って」
「何か?」
「あの…ぼやいたり暴れたりする可能性あるけど、抑えないでやってくれない。代金は払うから」
「余計な事を気にせず、住人の肢体で楽しんでる事だ。ではこれで」
 受話器を置き、
「快諾してくれたようです。さ、どうぞ」
(快諾って…)
 何か違うような気もしたが、嘘を言う相手ではないと勧められるまま腰を下ろした。
 戻ってきた祐子が置いたグラスに主人がワインを満たしたが、
「『!?』」
 次の瞬間、揃ってぎょっとした表情を見せた。
 にゅう、と腕が伸びたのはダウンしたと思われていたミサトだったのだ。
「あたしを仲間外れにしてこんなワイン飲もうなんて、ぜーったいにさせないんだからね〜。さ、注いで注いで」
 酒の香りにつられて復活したらしい。かつて酒の匂いに誘われて不覚を取り、体の中に仕舞っておいた天叢雲を押収された八岐大蛇もびっくりである。
「別にそんな事はしませんよ。たまには酒に逃げるのも一つの手です。さ、お二人ともどうぞ」
 
 
 ぽかっ。
「なんか俺に怨みでもあんのかお前ってやつはよぅ!」
「べ、別に怨みはないですけど、碇さんがあたしの存在隠すから」
 スパン!
「いったーい!何するんですかもう」
「そう言う事言うと、愛人の存在隠す妻子持ちに見えるだろ」
「え?あ、そう言えばそうですね。やだ碇さん、あたしって愛人…な、なんでもないです」
 チキ、とシンジの後ろで鎌を研ぐ死神の姿が目に入り、さくらは慌てて取り消した。
 フェンリルではない。
 はふー、と息を吐き出してから、
「まあいい。それよりこれ…困ったね」
 普通に考えて、糊など使っていないのに花びらが貼り付くとは思えない。大体、シンジが載せたのは乾いてるさくらの乳首だし、花びらだって濡れてはいなかったのだ。
「もう…碇さん、なんでこんな事するんですか」
「その台詞、そっくりそのままお返ししていい?」
「あ、駄目です。じゃああの…貼った事はいいですから、早く取ってくれません」
「どうしようかな〜」
「え!?」
「だってさくら、触っただけなのに喘ぐし。えっちだから」
「あ、あれはその…」
 途中まで言いかけたが、俯いてしまった。
「どうしたの?」
「碇さん…あ、あたしなんかじゃ何ともないですよね…」
「何とも?」
「あたしは胸だって小さいし、あ、あそこだって…碇さん見たんでしょう」
「全裸で倒れてたしねえ」
「いいんです。どうせあたしは魅力なんて無いって分かってますから。ご免なさい部屋に帰り――は、放して下さい」
「やだ」
 言うが早いか、シンジはいきなりさくらを湯の中に引っ張り込んだ。抵抗するまもなく頭から沈んださくらを、十秒経ってから引き上げた。
「ご、ごほっ…な、何するんですかっ」
「目、覚めた?」
「…え?」
「住人全員の健康状態は把握している。間抜けな老婆のせいで、無かった二人の分も今はある。勿論さくらのもね。さくらに淫毛がないのは知らなかったけど、さくらの身体に異常はない。つまり正常なの」
「そ、それが何なんですか」
「乳がでかいと何になる?人目を引く?セックスアピールになる?そんなのは見てくれだけでしょ。巨乳なら恋人も思うままで結婚も絶対出来る、貧乳なら彼氏も出来ないし社会的に肩身が狭いとか決まってるの?」
「べ、別にそんなつもりはないですけど…」
 ただ、さくらの表情は幾分戻った。これが他の男なら、気休めになるかならないか程度だが、気にしていないような事を口にしたのは想い人なのだから。
「大きければ大きいで色々あるって、前にも言ったでしょ」
「じゃ、なんで全然反応しないんですか」
「して欲しいの?」
「そ、そう言う意味じゃ…」
「それと、さくらの年でまだ生えてこないのは遅いけど、下の方は困らないよ」
「どうして」
「ビキニラインって知ってるでしょ」
「知ってます。ビキニ岩礁沿いの――あたっ」
 スパン!
「ビキニラインはこっち!」
「や、やだ碇さん、あんっ」
 指でつうっとなぞってから、
「分かった?」
「わ、分かりました」
「生えてるとまたこっちの手入れとか、脱毛とか色々大変でしょ。何よりも、今の時代はもう淫毛での性器保護が要らないから、何もない方が一番蒸れないじゃない」
「そ、そう言う役目があったんですか?」
「…なんだと思ってたのさ」
「なんかあの、性徴が来ると自動的に生えてくるのが大人の証拠なのかなって…」
 そんなプレッシャーを掛けられては、淫毛の方も生えづらかろう。
「全然違います。さ、もういいでしょお風呂から出――いたっ」
「あたしのおっぱいどうしてくれるんですか。こんな変なモザイク入っちゃって」
 珍しくシンジが一撃を浴び、
「忘れてた。さくら、ちょっと縁に座ってくれる」
「は、はい…」
 言われるまま上がって、シンジの前に腰を下ろしたが、バスタオルは身につけていない。バスタオルは小さくたたんで太股の上にあるものの、どうして面積が狭いのかは分からない。
 乳首を指で軽く挟まれると、さくらは熱い吐息をもらした。構わず指の先で花びらに触れたが…取れない。
 あり得ない現象なのだが、なぜか取れないのだ。
「さくらの桜がまずかったかなあ」
「あたしが何ですか?」
「ううん、何でもない」
 しかし、娘の乳首に花弁など貼ったのも初めてだが、取れないのも初めてで、
「さくら、悪いけどちょっと我慢してね」
「い、碇さんと一緒なら」
「……」
「す、すみません言ってみたかったんですっ」
「はいはい。分かったからじっとしていてちょうだい」
 痛いのは分かっているが、乳房をおさえ、指に力を入れて一気に引っ張った。
「痛っ!」
 一応取れたが相当痛かったらしく、さくらの顔は歪んでいる。
「碇さん痛い…」
 目にうっすらと涙まで浮かんでいるさくらに、
「大丈夫、もう取れたから」
(絶対桜に呪われたな)
 思った事は口にせず、
「さくら、ここ座って」
 自分の膝の上を指した。
 なお、シンジは首から下をぐるっとバスタオルで覆ったままで、半裸にすらなっていない。一方さくらは、まったく隠そうとしておらず、隠す気もないらしい。
 ただ、羞恥とか恥じらいと言うのは相手があって成立するものであり、目の前にいる男が、それこそ脱ごうが乳を触ろうが反応しないと来ては、必ずしもさくらに羞恥心がないとは言い切れまい。
「あ、あの本当にいいんですか?」
「いいよ」
 今度はなぜか恥ずかしげに、シンジの膝の上に座ったさくらの身体へ、シンジはそっと手を回した。
「花弁が貼り付くなんて、普通ではあり得ないんだけど。でもよく我慢したね」
「は、花弁が付いたままじゃ変だと思って…んんっ」
 不意に唇がふさがれた。重なった唇から、シンジの体温が伝わってくるような気がする。
 一瞬身体を固くしたが、すぐに身体から力は抜けた。
 だが、唇が離れるまで舌は入り込んでこない。
「碇さん…」
 ぽうっと、シンジを見上げたさくらだが、慌てて身を捻ろうとした。シンジの唇が次なる襲撃箇所を目指していたのだ――自分の乳房を。
 シンジの膝の上にいるから、臍から上は湯の上に出ている。身を離そうとした刹那、敏感になった乳首に唇が触れた。
「ふうっ…んんっ」
 上体を後ろに反らしたが、背中はシンジであり、逃げ場がない。
 だが、今度もシンジは一度軽く触れただけで、さっさと引き上げてしまった。
「い、碇さん…」
 潤みきった目で見上げてみたが、
「唇で触れるのは痛くない、と。これなら大丈夫かな」
 返ってきたのは、あまりに期待外れの呟きであり、
「だ、駄目あたしまだずきずきしてますっ」
 こんな中途半端は嫌だと、つい大きな声を出したのだが、
「だと思った」
「え?」
「唇なら一緒だから、自分でしてみて」
「自分で…じっ、自分でなんて出来ませんよっ」
「出来る。下乳舐めたりはできないけど、乳首くらいなら十分だから。さ、早く早く」
「そ、そんな…」
 痛くなくなるまで吸ってあげるから、とそこまでの展開はさすがに予想していなかったが、まさか自分でする事になるとは思っていなかった。
「あたしそんな事――」
 そんな事するならもう帰る、そう言いかけたが、
「さくらが感じる所、見ててあげるから」
 ぞくりとするような声の囁きに、その喉がごくっと鳴った。
 見られながらする、その光景が脳裏に妖しく浮かび上がったのだ。それは、非常に鮮明なものであった。
「ちゃ、ちゃんと見ていてくれる?」
 頷いたシンジに、さくらの心は決まった。数回深呼吸してから、ゆっくりと乳房に顔を近づける。
 小さい小さいと言うが、上からなで下ろした時、乳首しか引っかからない程度に小さい訳ではない。無論マユミには及ばないが、ちゃんと形として持ち上がる位の大きさはあるのだ。
 赤い舌がそっと自分の乳首に触れた。
 気持ちよくない。
 これなら指でいじった方が、まだましである。
 だが、
(これって碇さんと…)
 シンジの唇が触れたところだと言う思いと、背後から時折首筋に吹きかけられる吐息がさくらを高めていく。
「い、碇さんあたしもう…」
 やがてさくらが切なげに顔を上げた時、唾液で濡れた乳首は、行為に技術不要論を裏付けるかのように、ぷくっと硬く尖っていた。
「もう大丈夫?」
 こくんと頷いたさくらに、
「今度は舌ね」
「下ってまさ…あっ」
 いきなりさくらを抱き上げると、岩場の上に寝かせその口許へ顔を寄せていく。
「こ、今度はちゃんと…」
 シンジの首が縦に振られるのを見て、さくらはきゅっと目を閉じた。
 勿論、小さく唇を開くのは忘れない――シンジの舌を、そして唇を受け入れられるように。
 再度唇が重なった時、今度はさくらの方から舌が侵入してきた。
『舌違い』だったらしい。
 侵入したのはいいが、あっさり絡め取られて好きなように嬲られる。
 ひくついている秘所からは止めどなく愛液があふれ出し、快感が胸ではなく背中を通って上ってくる。
(あ、いく…)
 脳内で快感が弾ける寸前、さくらの躰は全身でそれを感じ取っていた。達した事は幾度かあるが、やはり処女なだけに絶頂と言う程にはいかなかった。
 ここまで冷静で、そしてここまで熱く感じたのはこれが初めてであった。次の瞬間さくらの下肢がぴくっと跳ね、股間からは線状の液体が迸る。絡めている舌が一瞬強張ってから弛緩したのを知り、シンジは唇を放した。
「碇さんあたし…初めてイッちゃった…」
「初めて?」
「ううん、あのね…あ、イクんだなって寸前で分かったんです…」
 うふっと笑うと、
「きっと、碇さんが優しいから…いっぱい」
 ちらっと、さくらの視線は一瞬だけシンジの股間に向いた。バスタオルには何の変化もない。
(でもいいの。いつかはきっと…)
 優しい、にはこっちの意味も含まれていたらしい。
 きゅっとシンジの首に腕を巻き付け、
「もう一回キス…ね、いいでしょう」
「いいよ」
 達した後の余韻に覆われている肢体が、またゆっくりと火照りだしてくる。今度は唇は重ならず、さくらが顔から首筋にたくさんキスをもらった後、唇は離れた。
「もういいでしょ」
「はい」
 幸せそうな女の顔で頷いたさくらだったが、
「じゃ、次は俺様の番だな」
 シンジがにやあと笑った時、何故かさくらは背中に寒い物が流れた。
 
 
 その晩の事。
「ねえ、シンジ」
「何?」
「あたし達綺麗よね」
「一応ね…って普通それ自分で言う?」
「いいのよ比喩なんだから。で、そこの汚いのは何なのよ」
「習字」
 この場合きれいとは、美貌ではなく衛生の事だったらしい。確かにそれは、あまり綺麗とは言えなかった。
 そう、皆が普通に食卓に集う中、一人だけ顔中墨で真っ黒にしているさくらの姿は。
「『習字?』」
 数人の娘が首を傾げたが、当の真っ黒娘は妙に幸せそうな顔に見えた。
「ったくこの馬鹿立て札壊しよってからに。きっちり責任は取ってもらうぞ」
「はーい」
 快感の余韻が消えぬまま快諾したさくらは、習字の経験もあるし何程の事やあると思っていたのだが、
「違う」「下手、やり直し」「ジャングルで今まで育ってきたの?」
 シンジの基準は非常に厳しく、実に半日を立て札に費やしたのである。結果、真っ黒な顔のままで夕食の席に現れたのだ。
「ま、あんたのする事に口出しする気はないけどさ、さくらも一応年頃なんだから、あまり顔とか真っ黒にさせるのはどうかと思うわよ」
「いいのよアスカ」
「え?」
「だって、気持ちよかったもの」
 いきなりクラスター爆弾を投下したが、
「墨まみれで快感?」
「さくらって、そう言う趣味あったんだ…」
「まったく、庶民の考える事は理解できませんわ」
 不発に終わった。
 ただ、本人は周囲一帯を破壊する気は無かったらしく、夕食が終わって出ていく時、目が合ったシンジに、ちらっと色っぽい流し目を向けた。
 また一つ、レベルアップしたらしかった。
 
 
 
 
 
(つづく)

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