妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第百二十二話:花嫁ズと乙女同士の暗闘とブーケ簒奪の三次式
 
 
 
 
 
「御前様、大抵の事ならば、私も口出しはしません。自分の身分くらいは弁えているつもりです。ですが、あれだけは反対です。御前様も、殺人魚の事はご存じでしょう」
「ピラニアを改造した映画の話でしょ、それくらい知ってるわよ。で、あんたシンちゃんの趣味に何しようってのよ」
「処分すべきだと思います」
 次の瞬間、反射的にイザベルは上体を倒していたが、コンマ一秒遅れていたら間違いなく頬の肉は栓抜きで抉られていた。
 唸りを上げて柱に突き刺さったそれを見ながら、
「ミサトお止め」
 フユノは軽く手を挙げて制した。
「イザベルも間違った事は言ってないさ。折角命がけで言ってるんだ、いきなり殺すのは良くないね」
「……」
 ピラニアは一応、水槽で飼う事も出来る魚である。
 管理――主に衛生維持と餌が面倒なのは、奇妙な他の熱帯魚とさして変わらず、しかも肉食と思われているが時々草食もするのだ。
 しかしイメージ的に肉食と、それも人や牛でも食すと思われている上に、屋敷の周りをぐるっと囲んだ堀の中で飼われている連中は、シンジオンリーの属性なのだ。
 つまり、シンジ以外が水面に手を出しただけでも、水から跳ねて攻撃してくるのである。
 メイドさん達なら、そんな事は分かっているし、来客の中にも許可なく覗き込むような不躾な者はいない。ただ、先だって親子連れが来たのだが、間抜けな親が子供から目を離した隙に、子供が水面を覗き込み、危うく顔のパーツを失うところだったのだ。
 しかし、ミサトにしてみれば子供の監督すら出来ぬ馬鹿な親が悪いのであって、シンジには何の関係もなく、しかも処分などとはとんでもない話である。
 なによりも、ご主人様は現在海外なのだ。
 静かに殺気立っているミサトを抑えてから、
「イザベル、お前の言う事は確かに分かる。でもね、あれはシンジのお気に入りでシンジにはなついている。他の者が差し出せば攻撃される手が、シンジだったら水面に飛び跳ねてる。それに、うちのメイド達が普通に餌をやる分には何も支障はないんだよ。何よりも、忍び込んだ者が三人片足と引き替えに深く反省したのを忘れたのかい?」
 確かに最初は冗談であった。
 だが、それなら番犬ならぬ番魚にでもなるだろうよと、フユノが警報システムを停止させたのだ。
 その二日後、何を血迷ったか三人組が忍び込み、葉子の仕掛けたトラップで撃退されたのだがお帰りの途中で堀に落ちた。結果、それぞれが片足を失った時点で引き上げられ、深く深く反省したと言う事がある。
「それでもやはり…」
 死を覚悟したような表情がゆっくり上がった。
「若が帰ってこられれば、また面倒な事になります。そうなる前に処分すべきだと思います」
 それからまもなく、メキシコの遺跡を見物していたシンジが帰ってきた時、すでにイザベルはいなかった。
 ミサトはシンジが帰るまで足止めする気だったが、手足が本体と別れを告げるのを見る事もないと、フユノが巴里へ帰らせたのだ。
 案の定、
「あのアマぶっ殺す」
 話を聞いて感情も見せず冷静に口にしたのは、当時まだ中学生のシンジであり、それを止めたのはついて行ったリツコであった。
 怒れる中学生よりも、ご機嫌パワーの方が上だったらしい。
 無論道中は一緒だったのだが、ホテルの部屋まで一緒だった事はミサトも知らない。
 そして、なぜか一緒に泊まった筈の本人も。
 ほうらね、とふふんと笑ったミサトが、リツコの機嫌の訳を知らなかったのは幸いだったろう。
 いや、大いなる幸せだったに違いない。
 
 
 
 
 
 お色直し三回、なぜかシンジがそう言うから、その分だけ服は買ってあるのだが、
「止めておいた方がいいわよ」
「どうしてですの?」
「何となく、よ。私の勘ね。信じる信じないは自由だけど」
 マリアの言葉に一瞬顔を見合わせたが、結局従う事にした。
 あるいは碇家本邸から戻ってきたマリアが、大きく背中の開いたドレスを着ており、その雰囲気に飲まれたせいもあったかもしれない。
 とまれ、わざわざ買い物に行った娘達より、行かなかった娘の方が遙かに雰囲気はアダルトである。
 こんな服は持っていなかった筈だと思いはしたが、入手経路は聞けなかった。
 しかしシンジがマリアの行動を読んで用意した物で、しかもサイズは『大体抱いたのがこんな感じ』でそれが的中していた事を知るよりはましだったろう。シンジの好き嫌いと言う事ではなく、単に過去の話なのだが、マリア以外でシンジがサイズを感覚で分かる娘は一人もいないのだ。
 で、現在その娘達は顔を見合わせて、小さくため息をついていた。
 瞳が以前現役だった頃、活動はいつもレオタードであった。無論、スタイルに相当の自信がなければ着られる代物ではない。
 今はもう怪盗など要はないが、フユノを陰から護衛している事もあり、運動量はそう落ちておらずスタイルもほぼ保たれている。
 姉の泪共々、日本人離れしたスタイルの持ち主であり、それが来生瞳専用にデザインされたドレスに身を包んでいるのだ。
 永石に手を取られて現れた途端、会場内のあちこちからため息がもれた。
 住人達の中すみれだけは、
「ま、まあ綺麗な方ですわよね」
 と何とか保っていたが、ミサトが現れた瞬間それは木っ端微塵に吹っ飛んだ。
 ベールとほんの少し俯いた顔で、表情はよく見えないままミサトがシンジに腕を取られて姿を見せたのだ。
 人間には結局、もって生まれたものがつきまとう――良しにせよ悪しきにせよ。
 神がこの二人に持たせたのは、いずれ劣らぬ完成した肢体だったらしい――性格とかその辺りは別として。
 元々揃ってモデル並のスタイルだし、顔だってその辺でグラビアに載ってる娘よりよほど上だ。そんな二人が揃って特注のウェディングドレスに身を包んでいるとくれば、それ以上に光る女性が会場内にいるはずもない。
 一方シンジの場合は、交友関係に美形が揃っている為雰囲気は影響を受けているが、顔自体は影響を受けられなかった。シンジが持たされたのは、あくまでも能力止まりだったようだ。
 腕を取られている、と言うよりきゅっと腕を絡めているミサトに、
「ど、どうして碇さんがミサトさんと…」
「親族席じゃないの?」
「しかもあれ、ミサトの方が腕組んでるじゃない」
 親族席にもおらず、どこに行ったかと思ったら花嫁と腕を組んで出てきた。
 そのあからさまに怪しい光景に疑惑の目を向けたが、シンジの方はそんな事など気にした様子もなく歩いていく。なお、ドレスの尻尾を持って歩いているのはレイだ。
「レイ、お前尻尾持ち」
 と、式の直前になってシンジから命じられたのだ。
 リョウジが待っている所まで着くと、
「後よろしく」
「ああ、分かった」
「じゃね、姉貴」
 きゅっと組まれた腕をよいしょと引き離し、親族席へ戻るかと思ったら一列後ろに座った。
(ん?)
 シンジの事だから別に驚きもしないが、問題はその両脇であった。綺麗な娘が左右に座っており、シンジはその間に座ったのだ。
 しかも、右側の娘に顔を寄せて何やら囁いたではないか。
 どう見てもちょっとしたお知り合いには見えず、宣誓しているミサト達よりも、シンジの方に住人達の視線は注がれていたのだが、
「薫子、警備の方は」
「問題ありません。遥佳を総責任者にしておきました。不審な者は尋問の前に拘留するよう命じてあります。それと火器はすべて使用を許可しておきました」
 本人は全く気づいていない。
「それでいい。俺が急がせた式に騒ぎはご免だ。それと薫子」
「はい?」
「出席者の全名簿はお前がチェックしてあるね」
「あります」
「ちょっと待て」
「何か」
「何か、じゃない。何だ今の間は」
「いえ別に何も」
「ふーん」
(…しまった)
 ほんの一瞬、それも普通なら分からぬような間も、シンジにはばれたらしい。
 イザベル・ライラック、その名前が台帳にあったのだが、シンジとの事は無論薫子も知っておりフユノからも口外せぬよう言われている。それをいきなりシンジに聞かれた事で、わずかながら動揺が出てしまったのだ。そしてシンジは、それを見逃さないごく少数の中の一人であった。
「あの若…」
「何よ」
「絶対に動かないって、約束して頂けますか」
「お前に膝枕でもするの」
「いえそうではなくてその…ちょ、ちょっと若様場所考えて下さい」
「お前の場合、拷問しても口割らないし」
 そう言いながら、既にシンジの指は薫子の太股を這っている。放っておけば改心して離れていく、と言う事はあるまい。
「涙で濡れるのは父の役目だけど父はいない。代わりに濡れてみる?」
 ろくでもない事を言い出したが、シンジの場合やると言ったらやる。脅しや仮定を使わぬ若主人の事は、薫子が一番分かっている。
「わ、分かりましたお話ししますから、だ、だからそこ…んっ」
 薫子の返答を待たず、タイトスカートから忍び込んだ小指が、パンティーの上から恥丘をぷにゅっと押したのだ。手を打たねば、間違いなくパンティーをずらして中へと侵入してくるだろう。
 何とか意志の力で堪えたが、うっすらと目の下が赤くなった薫子に、
「で?」
 と促したが、女性の股間に触れた風情など微塵もない。むしろ、言わなかったらどうやって責めようかと、既に企んでいた節すらある。
「あ、あの…」
「うん?」
 シンジの声に薫子は覚悟を決めた。これが他の場所なら三十六計以上を選ぶのだが、ここでは逃げようがない。
「イザベル・ライラックの名前が出席者の中に…」
 静かにしている、とシンジは約束していない。従って、シンジがガタッと立ち上がっても怒るわけには行かず、背筋を嫌な予感が走りぬけたのだが、
「イザベル・ライラックって…だれだっけ?」
「お、覚えておられないのですか」
「多分顔のタイプだ」
「顔?」
「顔見れば思い出すタイプだ。まあいい、披露宴で見つけたらとっちめてやる」
 心底ほっとした薫子をよそに、左側にはシンジの指が薫子のスカートに潜り込むのを見てしまった比奈がいる。
 顔は前を向いたまま、
「ところで、なんでさっきから顔赤いの?」
 不思議そうな顔で訊いた。
「べ、別にっ…な、なんでもありません」
 小さな声で答えるのが精一杯だったが、後方からチクチクと視線が飛んできている事にシンジは気づいていない。
 シンジの行動に、と言うより席順に原因はあったろう。普通に並んでいる娘達だが、なぜかアスカとすみれの間が一つぽっかり空いているのだ。
 別に二人が喧嘩するから引き離した、と言う事ではなく、乙女達のお話し合いの結果らしい。無論そこは、勝手に前へ陣取ったけしからん管理人の指定席になっていた筈なのだ。
 なお、アスカの横にはマユミがおり、すみれの横にさくらがいるのはマリアの指示によるが、一応の防波堤らしい。
 当然前でもぞもぞしてる管理人に面白い筈はなく、
(何ですの式の最中にデレデレしてっ!)
(多分、お屋敷のメイドさんだと思いますけど)
(なんであんなにいちゃいちゃしてんのよっ)
 どれもシンジに聞かれたら、ウェディングケーキの材料にされそうな台詞だったが、前方ではちょうどミサトの指に指輪が嵌ったところであった。
 こうなると、乙女達の視線は男より指輪に行く。
「さっきの瞳さんもだけど、あの指輪綺麗よねえ。でも加持さんも、よくあんなお金あったわね」
「お給料の…三十ヶ月分くらいありそう」
 シンジをチクチク睨んでいた娘達も、光り輝く指輪が登場するとそっちに視線を奪われていた。
 俊男の事は知らないが、リョウジが裕福とは縁遠い事は知っている。それだけに、出てきた指輪の豪華さはやや不釣り合いだったが、俊夫と二人して南米の非合法組織に侵入した事など知るよしもない。
「でもミサトさん本当にきれい…」
 珍しくマユミがうっとりした声で呟いたが、確かに今主役となっている花嫁は、彼女達が普段知る姿とは遠くかけ離れていた。
 すなわち、能力は高いが飲むアルコールが全部乳と尻に行ったような忌むべき酒樽の姿とは。
 正確に言えば七割位はジェラシーだが。
 アルコールを吸収して太る――ただし乳房が。こんなに呪わしい事はあるまい。
 まして同性なら尚更である。
 ちょっぴり羨望の眼差しを向けていた住人達だが、次の瞬間口をぽかんと開けたままで固まった。
「『ちょ、ちょっとなにを…』」
 誓いのキスを、そう促された筈なのだが、彼女達の前に展開したのはディープキスであった。
 ミサトの舌がリョウジの唇を割って侵入し、絡め合っている様子がはっきりと見て取れる。それも、ベールがないだけに尚更だ。
 ぽうっと住人達が顔を赤くしている中、そうでもないのが三人いた。
 一人はマリアであり、その関心はディープな口づけでも豪華な指輪でもなく、むしろ会場に配されたメイド達に向いていた。
 四方に位置した彼女達が、すべて護衛の為だと気づいていたのである。
(この人達が全部本邸に…さすが、並の女では務まらないというところね)
 少し場違いに感心していた。
 そう、その本来の目的はシンジの中暴れを人海戦術で以て抑える事にあるとは、気づかなかったのだ。
 碇家本邸にいるメイドさん達が、いずれも高い戦闘能力を持っているのは、別に『戦うメイドさん』を集めたからではない。
 『人海戦術でもいいから、碇シンジを抑えるメイドさん』なのだ。
 小暴れならまだしも、中暴れになると人海戦術しか手がない。まるで、台風みたいなものである。
 がしかし。
 マリアの方は穏やかだったが、その横の方は穏やかではなかった。
 多少ませてはいても、他の娘達は何のかんの言っても初な処女である。しかし、さくらとすみれは少し違う。すみれの方は、既にシンジとホテルに入った事もあり、その時は意識を失うまでに快感の波に襲われている。
 一方さくらの方は、そこまで進んではいないが、シンジに貰ったロケットの調整で濃密なキスは経験している。
 私はもう碇さんと――ふっとそんな事が脳裏に浮かび、それがそのまま表情に出たのだが、運悪く二人は隣り合った席同士であった。
(ん?)
 横にいる女の顔に、自分と同じ優越感にも似た表情を見て取ったのだ。ピクッと二人の表情が同時に動く。
(ず、随分平然としていらっしゃるのね。まあ、さくらさんには結婚など縁も関係もない事でしょうけれど)
 先に戦端を開いたのはすみれであった。
(ご心配ありがとうございます。でも、すみれさんよりは近いですから大丈夫です。それにあたしは、あの光景が見慣れたから普通なだけです。羨ましそうにぼんやり見とれているすみれさんとは違って)
 ピクッ。
(あーら、それは良かったですわね。でもおあいにく様、妄想で経験しているあなたとは違って、わたくしは現実ですのげ・ん・じ・つ)
 ヒクッ。
(お芝居の中の現実でしょう。あれは単なるお芝居です。すみれさん大丈夫ですか?)
 家事とかそんな事はともかく、舞台に於いてさくらは遠くすみれに及ばず、すみれはいつもさくらに対して格下のように接していた。
 だがその心の隅に、さくらの潜在能力に対する思いがある事に、マリアだけはわずかに気づいていた。
 常にトップだった自分が、いつか抜かれるのではないか、と。それも努力ではなく、持って生まれた才能の娘に。
 無論舞台は、才能だけで上に行ける程甘くはない。だが、そこに天賦と言う二文字が入ると、努力や根性とのバランスが大きく狂うのも事実だ。
 何よりも、その典型的な例が彼女達の前に陣取っているではないか。
 とまれ、同じ男(ひと)を好きになったと知った時から、彼女達の関係は変わった。
 奇妙な連帯感とは異なるが、段々と立場が対等になってきたのだ。そしてそこには、さくらの能力を見抜き装身具で開花させたシンジの存在が大きい。
 大体このシンジからして、舞台には全く興味がない。従ってその興味は必然的に、舞台でのトップ女優であるすみれよりも、その内に稀なる程の霊力を持つと知ったさくらの方に行く。シンジは目下、住人達の能力開発を企画中だが、舞台の『ぶ』の字すらその口からは出てこない。
 シンジを好きになる云々よりも、欲しい物は自分で何とかする――これを地で行くシンジのスタイルは常に実家がバックにあったすみれに、少なからぬ影響を与えた。その意味では関係を変えた、と言うより普通に戻ったと言った方が正解かも知れない。神崎重工の経営にすみれも参加しているならともかく、目下の状態は親の脛なのだから。
 頬をかすかに引きつらせたまま、乙女同士の腹の探り合いは続く。
 さすがに碇フユノの孫娘の結婚式で騒ぐほど、二人とも命知らずではなかったが、視界の隅でお互いを伺いながら、その心中は相手がどこまで行ったのかと言う一点に絞られていた。
 さくらは能力抑制の為のキス、そしてすみれの方は、祖父を喪い動揺していたとは言えホテルまで行っている。
 が、二人とも自分との行為にシンジが全くと言っていい位、反応していなかったのは分かっている。特にホテルであられもない姿を晒したすみれの方が、その思いは強い。
 それだけに、相手がどこまで行ったか気になるのだ。
 その頃マリアは、感覚に針の先ほどの違和感を捉えていた。
(何かしら)
 かすかな感覚、それは彼女の右側から伝わっており、視線だけ動かしたマリアの眉がかちっと上がった。
 二人ともそんな事は全く気づかず膠着状態にあったが、今度も先に動いたのはすみれであった。
(…さくらさん)
(何ですか)
(あ、あなたも…碇さんとキスしたんですの)
(も?言っときますけど、あたしのはすみれさんと違って、何かの間違いじゃありませんから)
(な、なんですっ…)
 ムカッと来たが、何とか寸前で抑えた。こんな所で、口論などするわけにはいかないのだ。
(じゃ、じゃあお訊きしますけど、あなたはどんな状況だったのかしら?よっぽどロマンチックな状況だったのでしょうねえ)
(そっ、それは…)
 
「はいはいと。さーて、どうするかねえ。キスするのがとりあえず手っ取り早いが…そんな事は出来ないし」
 手っ取り早い方法の代役。
 
「夕べの熱いお二人に、私からの礼だ」
 おまけに、調子に乗りすぎたものだから、人が食すとは思えぬ程激辛な代物の試食係にさせられた。
 
 どう考えても、ロマンチックとか熱い口づけには程遠い。
 ただ、
(あなたも、でしょう)
(え?)
 さくらの反応を見たすみれの声は、意外にも穏やかなものであった。
(わたくしの時もそう。快感に浸っていたのはわたくしだけ。でも、わたくし達を子供扱いしているのではなくて…わたくし達が及ばないのですわ)
(快感ってすみれさん…)
 一瞬赤くなったのは、何やら思い出したせいらしいがすぐ立ち直り、
(あたしも…そう思います。口惜しいけど…碇さんは多分居る場所が違うんじゃないかって…)
(ですわね。でも、わたくしはいつかきっと、碇さんに認めさせてみせますわ――あなた達よりも先にね)
(あのう、それ無理だと思いますけど)
(無理?)
(だって、あたしの方が先ですから)
(ふん、色気の欠片もない小娘に何ができるって言うんですの)
(ちょっとくらいおっぱいが大きくてきれいでも、高慢で高飛車な人よりましだと思いますけど)
(何ですってっ!)
(なんですか!)
 さくらもだいぶ成長した。と言うより、すみれ相手に張り合えるようになったのだ。
 で、結局こうなるらしい。
 一触即発状態になった二人だが、次の瞬間口を割って出かかった悲鳴を何とかギリギリで堪えた。
 太股を針が直撃したのである。
 キッと視線が揃って横を睨むと、下手人のアスカがいる。だが、これは平然として二人の視線を受け止めるとヒッチハイクの指つきで左を指した。
(あう)
 結婚式の会場で、ラブウォーズなど展開する方も悪いが、針を飛ばすのも尋常ではない。殺気すら籠もった視線がアスカに向いたが、アスカの指を追った途端それはふにゃふにゃと萎んだ。
 そこにはゆっくりとハリセンをしごいているマリアの姿があり、ハリセンは既に第二段階の姿へと変化を遂げている。
 それを見た二人に言葉は不要――即座に和平条約を結ぶと、慌てて姿勢を正し前に向き直った。
 その十五分後、既に式場の前は獲物を狙う目に変わった娘達が、今や遅しと待ちかまえていた。
 無論狙いは言うまでもなく、宙を舞うブーケだ。
 披露宴は、ブーケ争奪戦の後になる。
 瞳の方は、指輪が嵌ったら泣いてしまったし、ミサトの方は公衆の面前で堂々とディープキスを展開してみせた。
 タイプは異なるし、片方はやや問題が無きにしもあらずだが、少なくともブーケを取った者が不幸の固まりのような結婚をするとは思えまい。
 同時挙式だったので、ブーケも二つある。
 元々今回は式自体が急だった上に、三十人近くはミサトがおっぱいを飲んでいた頃から知ってるフユノの知己だし、更に男の数を引くとそんなにハンターの数は多くない。
 勿論住人達も、カンナとマリア以外はレアアイテムを獲得するべく陣取っている。
 男共は、巻き込まれぬようさっさと脇に避難しており、その中を花嫁二人が現れた。
 自分に自分にと、黄色い声が飛ぶ中で、最初に宙を舞ったのは瞳のブーケであった。ひらひらと花弁を散らしながら飛来してくるそれへ一斉に手が伸びる――かと思われた瞬間。
 にゅう。
 文字通りそんな感じで伸びてきた手が、争奪の寸前横からあっさりとさらってしまったのだ。
「『え?』」
 一瞬事態の飲み込めなかった娘達の顔が、漸く横を向く。
 と、そこには、
「きゃっ、取っちゃった。これで次のお婿さんはあ・た・し?」
 なぜか嬉しそうに身体をくねらせている碇シンジがいる。
 見る見る内に娘達の眉が吊り上がり、
「碇さん何やってるんですかっ!!」「シンジどういうつもりよっ!」
 さすがに詰め寄らんとした住人達だが、シンジは一転して真顔になり、
「知り合いが入院しててね。お花をお土産に持ってくるって言っといたの。というわけでこれはもらってくから。じゃっ」
 一瞬虚を突かれた娘達を見て、
「あ、そうだ姉さんの投げちゃって。ほら、早く」
「え?あ、ああそうね」
 アイリスに持っていく気だと、入院した事を聞いているミサトは気づいたが、何で自分のじゃないんだと少し頬をふくらませた。それでも、自分はもう卒業したんだからと言い聞かせ、
「じゃ、行くわよ」
 ゆっくりと手が上がり、ミサトのブーケも瞳のブーケに続き宙に舞った。
 我を取り戻した乙女達の真ん中にそれは着地し、たちまち十数本の手が伸びて奪い合いを始める。
 さっさと抜け出していたシンジは、後方にそれをちらっと見て、
「あの分だと怪我人が…四人くらいかな。巻き込まれないで良かった。さて、あのませガキはちゃんと大人しくしてるかしら」
 本人に聞かれたら、一時間くらい宙に逆さづりの刑に処されそうな事を口にすると、スーツ姿のまま一気に地を蹴った。
 
 
  
 
 
(つづく)

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