妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第百二十一話:最初で最後のディープな不意打ち
 
 
 
 
 
 魔界の女王の使い魔――蝙蝠達が一斉に舞い戻り、主の足下に舞い降りた。
 腕を組んだまま使い魔達を見ていたモリガンが、
「いないじゃない――ロビン?」
 ゆっくりと振り向いた。
 普段は決して呼ばぬ名で自分が呼ばれた時、彼女は友人の機嫌がなぜか直っているのに気がついた。
 無論、想い人の浮気現場を発見しなかった事が原因であろう。
(単純なものね)
 内心で呟いたが、勿論口にはしない。
 モリガンとシンジとの関係は、愛人かセックスフレンドではあっても、恋人では決してない。
 大体、このモリガンからして魅力は溢れているが、それ以上に気まぐれが詰まっているような女だ。勝手気ままは似合っても、人間と恋愛など到底似合わない。
 それに、最初にシンジと会った時から好意を見せたわけではない。はっきり言えば、雌が強い雄を求めるのに似ている。
(男と女は時折ロジックじゃない。でも、あなたの場合には単純ね――これじゃ、ロジックにもならないわよ)
 内心の呟きを打ち消して、
「別に、あなたに嘘を言って混乱させるほど物好きじゃないわ。私は事実を言ったまでよ」
 いつもと変わらぬ口調で告げたが、モリガンの表情が変わってくるのを見て、
「自分で聞いてみればいいでしょう。鎖をつけた女と一緒にいたからと言って、調教していたとは限らないわ。第一、人間の女をわざわざ魔界で調教する物好きはいないわ。魔界でのそんなプレイに耐えられるのは魔界の女だけ、そうでしょう?」
 元より、モリガンの反応など読めている。自分より弱い男に興味はない、などと公言していただけにこの齢まで男を知らない――ミス・オールサンデーも、モリガンの年齢などは知らないが。それだけに単純なのだ。
 要するに、どうしていいか分からないのだ。
 男を相手にしなかったモリガンに取って、魔族の娘と遊ぶ事はあっても、常に彼女は上位であり、支配者であった。まかり間違っても、惹かれるとか自分が受け身になるとかいう事はなかったのだ。
 勿論、女同士の恋愛というのも存在するし、別に悪いものではない。
 しかし、モリガンのそれは一時の気晴らし、あるいは気まぐれに快楽を求めたに過ぎず、恋ではなく、まして愛などと言う物にはなり得ない。
 そのモリガンか惹かれた。
 単に強さだけであったにせよ、シンジのようなタイプの人間を見るのが初めてなら、モリガンが受け身に回ったのも初めてである。
 だから迷っている。
 所詮恋にも愛にもなっていないくせに、小娘のような反応を見せる。
 それが面白くて、少しからかってみたのだ。
 案の定、ころっと表情が戻った。
 単純なものね。大体、私は知らないけれど碇シンジの性格を聞いた限りでは、魔界でのプレイを人間に強いるタイプじゃないわ。大方、何らかの罰にでもしたのでしょう。あるいは――極限状態に置いたのかもしれないけど。
 ミス・オールサンデーの心など知らず、モリガンの方はどこで浮気な想い人を問いつめたものかと、既に場所の選定に取りかかっている風情であった。
 
 
 
 
 
 マユミがシンジからの連絡を受けたのと、ミサトがシンジに電話した時には数時間の差があるが、これには訳がある。
 アイリスのそれが、普通の娘なら誰でもなる初潮だと聞かされた。
 怪我でも病気でもない普通の生理現象だから、それはそれでいいのだが頭に触ったら少し熱い。
 ガチャン、と鍵を使わずにシビウ病院病室のドアをロックして初の入院患者になったアイリスだったが、
「アイリス、あまりわがまま言うもんじゃありません。今着替え持ってきてあげるから良い子にしててね」
 シンジがドアに手を掛けるとあっさり開いた。
 が、
「い、行かないでおにいちゃん…」
 妙に弱々しい声にシンジが振り向いた。
 テンションが妙だと気づいたのだ。
 うるうると見つめる瞳は放っておいて、額に触れると少し熱い。
「この位なら体液調整で治せる。今治してあげるから」
 首筋に伸ばした手がそっとおさえられた。
「アイリス?」
「おにいちゃんお願い…な、治らなくてもいいから私と一緒にいて」
「はいはい。でもその前に治してからね」
「やだっ」
 アイリスは激しく首を振り、
「治ったらおにいちゃん、着替え取って来るとか言って言っちゃうもん。やだやだ」
「……」
 これはもう、到底聞き分けないと諦め、
「分かったよ、分かりましたよもう。じゃ、アイリスが眠るまでは一緒にいてあげるからね」
 取りあえず眠るまで手でも握ってれば満足するだろうと思ったら、きゅっと引っ張られた。
 ちょうど、もうコマセがないだろうと竿を上げにかかったら、いきなり引き込まれたようなものである。
「こら」
「一緒じゃないと駄目」
 やだ、と言うかと思ったら駄目、と来た。
 この姫様、結構強情である。
 結局シンジが添い寝する羽目になったのだが、これが個室でなかったら、長髪の怪しい男が少女の床に潜り込んでいると、シビウ病院が誇る保安部隊に通報されかねない。
 アイリスがシンジにきゅっと抱きついて二時間半が経過し、シンジが体内時計で目を覚まし、アイリスの額に触れるともう熱は下がっている。
 そうっと抜け出そうとした途端、にゅうと伸びた腕がシンジを捕縛し、
「おにいちゃんどちらへ?」
 声は笑っているが、目は笑っていないと明らかな声がシンジに絡みついた。
 何とか脱出しようとするシンジと行かせまいとするアイリス。薫子から電話があったのはその最中であり、シンジがほっとした表情になったのも、ある意味では当然であった。
 電話が一方的に切れた時、シンジはミサトの取る行動が手に取るように予測できた。
 間違いなく結婚式などしないと言い出すだろう。
 普段ならともかく、キレた状態のミサト相手なら薫子と香奈、それに遥佳位は足さないと抑えられない。
 普段は単なる酒好きの巨乳美女だが、潜在能力は半端でないのだ。
 きゅっとしがみつく――と言うより抱きついてくるアイリスを引き離し、
「アイリス、悪いけどこれ以上付き合ってる暇はない」
「お、おにいちゃん…」
 確かにお腹は痛かったし、頭も何となく重かった。
 でも、受けた手当と、何よりシンジに添い寝してもらってすっかり治ったのだ。
 ただ、今日一日は安静にするように言われたから、折角結婚式に着ていこうと思って買ってもらった服も着れなくなってしまい、要するに甘えていたのがシンジに突き放され、しょんぼりと俯いてしまった。
「こら子供」
「はい…」
 今にも泣き出しそうな顔は上がらない。
「今日は医師(せんせい)に言われた通り、いい子にして寝てなさい。帰りにお花持ってきてあげるから」
「本当に?」
「ん」
「じゃあ…いい子にして待ってるから…早く帰ってきてね」
「うん」
 病室を飛び出したシンジは、すぐリダイヤルで掛けた。
「薫子です」
「代わって」
「…何よ」
 すぐにミサトが出たが、明らかに不機嫌な声になっている。
「もう式でしょ。準備できてるの」
「やめた。別にいいわよ、あんなの。お金は出すし瞳がいるんだから」
(ったくこいつはー!)
 それは口にせず、
「はーあ。このスットコドッコイ」
「何ですって!」
「ま、いいよ別に止めたければ止めても。アイリスの方はいい子で待ってるように言ったし、今からすぐとばして行こうと思ったのに。瞳に祝福のキスしとくから、姉貴はウチでバーボンでも飲んでれば?」
 言い終わらぬ内に、
「すぐドレス用意してっ」
 ミサトが小声で命じる声がして、何やら騒々しい物音がしたのをシンジの感覚は逃さなかった。
 やはり、本気で取り止める気だったらしい。
 確かに瞳も挙式だし、その気になれば何とでも理由は作り出せるミサトだ。
「い、今準備してるところよっ。あ、あたしが止めるわけないじゃない」
「結構だ。そんな事より」
「え?」
「姉貴が離婚しようと式を潰そうと関係ない。でも今回は瞳も一緒なんだ。一生に一度の思い出をぶち壊したりしたら、一生口なんか利かないぞ」
「シ、シンちゃん…」
 何か言いかけるのを待たず、
「弟が式に来ないくらいで、式止めるなんてどういう了見だまったく」
 いつもと変わらぬ中にも、ほんの少しだけ呆れたように呟いた。
 
 
「警備は要らないよ、必要ないからね。そんな事より、トップが業務をすっぽかして来ていいのかい」
「警視総監たるもの、会議くらい一言で延期させて当然だよ。そうは思わないかね」
「いい事を言うじゃないか。で、この同時刻に警視総監席に座っているあんたにそっくりなあれは誰なんだい?」
「あ、あれは別にその、なんだ…」
 自分とそっくりの影武者に、後を任せて抜け出してきた警視総監が、どう言い抜けようかと脳をフル回転させた時、
「御前様、お久しぶりです」
 一人の女が近づいてきて腰を折った。
「イザベルかい。元気そうだね」
「お陰様で…御前様?」
 フユノに深々と一礼したイザベル・ライラックは、フユノの微妙な表情に気づいた。
「お前も相変わらずいい度胸だよ。呼ばれたとは言え、シンジが帝都にいる状況でやって来るとはねえ。一郎に後は全部任せて来たんだろうね」
「おそれながら…もう五年も前の事になります。いくらなんでも覚えておられるとは、思えないのですが…」
「他の事なら放っておくさ。でもあれは、シンジにとっては大事な友人なんだ。もしもシンジに見つかったら、生きて帰れるとは思わないことだね」
「はあ」
 イザベルには、そこまでの事には思えなかった。
 言葉通り、もう何年も経っているのだし、何よりも人間の友人に絡んだ事ではないのだから。
 ただ、フユノの前だから控えたのだ。
 フユノの存在が絶対なのは、帝都だけではなく巴里に於いても変わらない。それも、財力をバックにしたそれではない所に碇家の血を引く者の本質がある。
 俗的に言えば、札束の後光など、所詮は財力であって本人の特質ではないのだ。一度財を失えば、媚びていた者達など即座に背を向けよう。
 既にイザベルの脳裏には、頼まれていた土産の事に飛んでいた。
「グラン・マ、日本に行ったら侍の衣装を一式買ってきて下さい。あ、勿論日本刀も一緒にですよう」
「相変わらず間抜けだな。そんな物を頼んだらグラン・マの身に累が及ぶではないか。私はそうだな、天皇陛下という偉い貴族の写真でもお願いしようか」
 どっともどっちだね、と内心で笑ってから、
「既に降魔が出た話は知っているが、花組が出撃して撃退したと聞いている。坊やも、あれからどれくらい成長したのかねえ」
 小さな声で口にしたが、それが誰の事を指しているのかを知れば、少なくとも本邸のメイドさん達は表情を喪ったろう。
 そして――女神館の住人達もまた。
 
 
「どないしてん?」
 申し訳ありませんと、やや青ざめた表情で出迎えた泪に、シンジは金星人でも見るような視線を向けた。
「え?あ、あの昨日は愛が…あれはすべて私の責に――あう」
 むにっ。
 もにゅ。
「女の子同士の喧嘩でしょ。たまには取っ組み合い位するさ。そんな事気にもしてないよ別に。それ以上言うと乳揉むぞ」
「シンジ様…」
 てっきり吹っ飛ばされるか、あるいは焦がされるかもしれないと覚悟していたが、シンジの反応は実に意外であった――揉むぞと言う前に既に揉まれた事を含めて。
 思わず胸をおさえた泪だったが、シンジの手は簡単にガードを抜けて侵入した。
 フロントホックをあっという間に外し、下乳から乳輪へと揉み上げてくる。
「ちょ、ちょっとそこは、そんな…あんっ」
 あらかじめ来ると分かっている、あるいは徐々に刺激が強くなってくる、こういう場合人間は結構耐えられる。
 が、不意打ちでなおかつあっという間に高まる刺激には弱い。それが性感帯なら尚更である。
 腰が砕けかかった泪の尻を支え、ついでに割れ目に沿ってなで上げて喘ぎの混ざった吐息を聞いてからやっと解放した。
「細かい事は気にしない。そんな事よりヤツは?」
 ヤツ?と聞き返しかけて、ミサトの事だと気づいた。
「ミサトさんなら、もう用意は終わってる筈です。シンジ様からお電話があってから、三分もしないで着替えたみたいですから」
(まずいわ…)
 泪は太股にぬるりとした感触を感じた。
 着物を着るから、下着の線が出ないようにと薄地にしたのが失敗だったらしい。とは言え、まさかこんな所で濡れる羽目になるとは思ってもいなかった。
 これが他の男なら簡単にいなすのだが、シンジだけは無理だ。
 彼女達がフユノのガードをするようになった際、シンジに捕縛されたのだが植物の蔓で唇から乳房から膣口から文字通りの触手責めをされて以来、シンジの指だけは駄目なのだ。
 もし普通の男なら、濡れるどころか胸に触れた時点で根本からへし折っていたろう。
 とまれ、濡れてしまったものは仕方がないと、何とかシンジに悟られぬよう祈りながら立ち上がり、
「もう着替え終わってますから、ミサトさんの所へご案内します。式は始まってますけれど、瞳の方が先ですから」
「一緒じゃなかったの」
 いいえ、と泪は首を振り、
「シンジ様からお電話があるまで、少し間がありましたので御前様が瞳を優先するようにとその…」
「まったく困ったモンだ――体質もね」
「え、ええ、でもそれだけシンジ様が来られるのを楽しみにして…体質?」
「すぐ感じちゃう体質」
「っ!?」
 次の瞬間泪は、首筋まで火を噴いたように真っ赤に染めた。
 普段は年齢以上に落ち着いた雰囲気を持っており、泪がいるだけで店の雰囲気が変わるようなところさえあるのだが、年下の青年に性感帯とは言え少し触れられただけで熱い吐息を漏らし、おまけに首筋まで染めている姿を見たら違った意味で常連が増えるかもしれない。
「先行ってるよ」
 歩き出したシンジは角を曲がってすぐ見えなくなったが、泪は後を追えなかった。
 肢体の中で、シンジに触れられた箇所がそこだけ熱く疼き出したのだ。
 理性を総動員して、それでも秘所に手が伸びなかったのは泪故である。
「どっちみち、今の時点じゃロリコンじゃないか」
 アイリスに後四年経ったら、と言われたシンジは病院を出てから呟いたのだが、そのせいで泪の成熟した肢体に触れた指にも、妙な力が入っていたのだ。
 普段なら、触れただけでここまでなる事は無い。
 無論泪は、そんな事などつゆ知らず、
「は、穿き替えなきゃ…」
 自分では普通に口にしたつもりでも、それは蚊の鳴くような声であった。
 
 
 スパン!
「い、いったーい何するのよもう」
「何がもうだ、何ならドレスごとこんがりがいい?」
「あ、それはいや。ドレスが駄目になっちゃう」
「じゃさっさと行けー!」
「ああ、大丈夫よそれなら」
「え?」
「どうせ瞳もあたしも、届けの方は済んでるんだし、今は瞳が汝は辞める時もすこぶる時も以下略ってやってるんだから」
(辞める?すこぶる?)
 発音と単語が違ってるような気もしたが、
「ならいいけど、もう駄々こねないでよ。じゃあ俺はこれで――きゅう」
「こら」
「何?」
「何じゃないわよ。このまま踵返して何処行こうってのよ」
「親族席…ふぎゅ!」
「あ・た・し・の・ド・レ・ス・は?」
 きゅっとシンジの首を絞めながら聞くミサトの目には、怪しい光がある。
「あ、ああきれいでしたうん。とても似合ってます」
「それだけ?」
 ふと気が付くと、室内にいたメイドさん達が全員いなくなっている。シンジが来てほっとした、と言うのもあるだろうが、ミサトが下がらせたらしい。
 無論、目的は一つだ。
「きれい、じゃいやなの?わざわざ宙を飛ばして来たのに」
「いや。女を褒めるのに口だけじゃ足りないわよ」
 んー、と顔を寄せてきたミサトに、
「…どの辺まで?」
 わずかにミサトの眉が寄り、
「いつからそんな無粋な事口にするようになったの。お姉さんは悲しいわよ」
「すれたんです」
 ミサトの顔を引き寄せると、左の頬に口づけした。
 小さな音がした頬にそっと触れ、
「も少し」
「ラジャ」
 右の頬にも弟の唇を受け、ミサトはうっすらと笑った。
「ん、これでいいわ。ありがとシンちゃん。もうあたしからは解放してあげるから…後は自分の選ぶ道で幸せになりなさい」
 弟を幸せに、と言うのは姉として普通だが、自分からは解放してあげると言うのは珍しかろう。
 しかも、別に要介護状態で手が掛かったりするわけではないのだ。
「そうだね。ま、半世紀くらい経ったら式でも考えるよ。ところで、拉致役は誰なの」
「シンちゃんに決まってるじゃない」
「はあ!?」
 他人が聞いたら首を傾げても、二人の間ではストレートに通りそうな単語は、式場に乱入して花嫁をさらっていく未練男ではなく花嫁の腕を取る父親役の事だ。
 無論二人には両親がいないから、誰か他の人がする事になるのだが、まさか自分をと企んでいるとは思わなかった。これでは、自分が来なかったら本当に式は取り止めていたに違いない。
「瞳の方、少し遅らせたんでしょ」
「そうよ」
「でも、もう行かないと間に合わなくなる。これ以上遅らせる訳にはいかないでしょ」
「はいはい。シンちゃんと結婚できる小娘は幸せよねえ。しっかりものの旦那さん持てて」
 小娘、と言う単語が気になったそれは聞かず、もう一つの気になった方を聞く事にした。
「ところで姉さん」
「なに?」
「メイド達下げたでしょ。最後のお別れに、とか言って妖しい事想像してなかった?」
 聞く方も聞く方だが、
「アナルに指突き立ててほしいとか?」
 答える方も答える方だ。
「まあ」
 ミサトはくすっと笑い、
「やあねえ、そっちじゃないわよ」
「そっちじゃない?」
「さすがに下半身はまずいから、おっぱいに痕つけてもらおうかなって思ってたのよ。乳首にシンちゃんの歯痕を、ね。ま、怒らせちゃったから諦めたけど」
「乳首にはあと…」
 と呟いてから、
「やっぱりかー!」
「うんやっぱり」
 即座にハリセンを取り出そうとした途端、ぐいとその腕が引っ張られた。
「ちょ、ちょっ…むっ、んむううっ」
 いきなり唇が奪われ、強引に舌が入り込んでくる。
 ミサトから強引にキスした事は幾度かあるが、舌を入れるのに成功した事はない。
 女の情念が弟の口内を丹念になぶり、舌を絡め、責め立てていく。
 一瞬シンジの手が動いたが、結局突き飛ばすことなく好きにさせておいた。たっぷり一分近く舌を絡めてから、やっとミサトは弟を解放した。
「シンちゃん…抵抗しなかったのね」
 ありがとう、とは言わなかった。
「シンちゃんが抵抗してたら、あたしきっと諦められなかった。これであたしも…踏ん切りついたわ。さ、行きましょ」
 ミサトの言葉はどこか、自分に言い聞かせるようなものであった。
 これが最後だから好きにしていいよ、それを絡め合った舌からミサトは受け取ったのだ。
 きっと、ではなく絶対に諦めなかったろう。
 刹那俯いたミサトだったが、
「ご馳走様。さ、ほらぼやぼやしないで行くわよ。私を一人でバージンロード歩かせるつもり?」
 顔を上げた時にはもう笑っていた――シンジにだけ見て取れた涙の痕をかすかに残したままで。
 最後の最後で強引なキスに出たのは、弟への一矢と言うよりも、自分の中にあった気持ちを切らせる為のものであったろうか。
 ミサトがシンジに腕を取られて式場へと姿を見せたのは、それからまもなくの事であった。
 
 
 
 
 
(つづく)

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