妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第百十八話:緊縛プレイin魔界
 
 
 
 
 
 ぷりぷり怒って…はいないにしても、機嫌がいい訳はない。
 シンジのお弁当に釣られて引き受けた代打だが、ろくでもない後輩達が寝返ったせいで不良どもに絡まれ、あまつさえシンジの作ったお弁当が駄目になってしまった。
 機嫌の針がレッドゾーンに行くのが普通である。
 いったいさくらにどうやって謝ったものかと、悩みに悩んでいたのだが、
「マユミありがとっ」
 いきなり抱きつかれた。
 明らかに上機嫌――というより浮かれている。
「さ、さくら?」
 にゃふふと笑って、
「碇さんに作ってもらったお昼は駄目になっちゃったけど、碇さんが助けにきてくれたのよ。それにね、色々いっぱいしてもらったの」
「な、何を?」
「内緒。あ、聞きたい?」
「…絶対に遠慮するわ」
 しかし、そう言われると聞かせたくなるのが人間というもので、
「あのねっ、碇さんにお弁当食べさせてもらったの。それもタコさんは口う――あっマユミ待ってえっ」
 口がどうこう言っていたが、聞かされても傍迷惑だとさっさと逃げ出した。
 
 
「碇さん」
「はい?」
「そこの変なのが鬱陶しいんですのよ。何とかならないんですの」
「そう言われてもねえ」
 夕食時の事である。
 もそもそ…もそもそ。
 ちょうどそんな擬音が似合いそうな感じで食べているのはカンナだ。
 普段ならとっくに数杯平らげている頃なのに、未だに一杯すら食べ終わっていない。
 おまけに、妙にぼんやりしている――実際は魂が半分離脱しかかっているのだが――と来ればすみれが噛み付きたくなるのも無理はあるまい。
 要するに鬱陶しいのだ。普段は元気が、というより生体エネルギーを持て余しているような娘が変な彫像みたいに場を占めている。
 これで悩んでいる風情ならともかく、到底それとは無縁なのだから。
 うーん、とカンナを見たシンジだが、アイリスが唇の端でにやっと年不相応に笑った事に気づいた者はいなかった――シンジを除いては。
(アイリス、やりすぎじゃない)
(だ、だっておにいちゃんだって協力したじゃない)
(魂抜けてるぞあれ)
(映像協力はおにいちゃんでしょ)
 無論の事だが、シンジはテレパスではないし、そっちの変身願望もない。
 持っているのは五精だけで十分だ。
 ただし、元々順応性は高かった上に、この娘から数度に亘って精神侵入を受けたのが逆に幸いしたか、アイリス限定で精神会話が出来るようになってきた。
 もっとも普段は精神防壁を張っているから、おにいちゃんだけずるいとアイリスに抗議されているのだが、そんな事は勿論ほかの住人達には内緒である。
 この極悪コンビが取った手段は、脅迫や恫喝ではなく、カンナの精神に直接映像を送り込む事であった。
 その結果がこれなのだが、アイリスはシンジが何を見せたのかは知らない。
(それよりおにいちゃん、カンナに何の映像見せたの)
(子供にはまだ早い)
(むー!アイリス子供じゃないもん)
(あ、違った子供じゃなかった)
(そうでしょ)
(お子様だった)
(おにいちゃんっ!)
 一人でぷうっとふくれているアイリスに、
「アイリスどうかしたの?」
 アスカが気づいたが、
「アスカには関係ないね」
 自分の方を見ようともせず、冷たく返ってきた答えにその眉がピキッと上がり、
「このガ――」
 言いかけたところでシンジがぷるぷると震えた。
「アスカちょっと待った」
 携帯をごそごそと取りだし、
「俺…」
 低い声に皆の衆目が集まったが、シンジの表情は変わらない。
「そ。わかった。それでかまわないよ、じゃあね」
 携帯を切ったシンジに、
「ミサトさんからですか?」
 さくらが訊いた。
「ううん、瞳から」
 ふふんと笑って、
「ある店にドレスを頼んだら、特別料金でドレス本体の三倍取られたらしい。だからちゃんとお金渡しておいたのに」
「ドレスって…ミサトさんの結婚式ので――いたっ」
 ぽかっ。
「勝手に話を持ってくんじゃない。来生瞳が碇ミサトと一緒に式挙げるんだっての」
「ミサトさんと一緒に?ミサトさんのお友達ですの?」
「違う。あれは俺のモン」
 ぴくっと数名の表情が動いた。
「俺の…モンとはどういう事ですの」
「君らにはまだ早いから教えない」
 ただ、住人達の表情に気づいたか、
「愛人とか肉体(からだ)の関係だけとか、そう言う事じゃないよ――こらさくら、そう思ったろ」
「べっ、別にあたしはそんな事思ってませんよっ。た、ただどんなお知り合いなのかなあってその…」
 そう言いながらも妙に表情は緩んでいる。
 元々天然性が高いだけに、表情が簡単に裏切ってしまうタイプらしい。良くも悪くも女の武器を――すなわち巧妙な嘘は使いづらいタイプだ。
 ついでに、表情の動いた他の娘達も似たようなものであった。
 殆ど変わっていないすみれにしたって、微妙な所で緩んだとシンジから見れば一目瞭然である。
「それより碇さん」
「何、織姫?」
「ドレスっていくら?」
「本体は150万。それに保管料と急仕上げでその三倍くらいかかってる」
「『ひゃ、ひゃくごじゅうっ!?』」
「そんなに驚くこと無いでしょ」
「これだからブルジョアは嫌なのよ。結婚式のドレスなんて、きょうび10万もあればレンタル出来るの知らないの」
「俺には関係ない話だ。もっとも、俺が誰かと結婚する時にはアスカに店を紹介してもらうとしよう。俺のは全部で五十万しか使わな――あづっ!?」
 不意に手が伸びてきて、シンジの脚をきゅっとつねった。
 見なくてもアスカの手だと分かっている。
 よく分からないが、気に入らなかったらしい。
「な、なんか随分質素な式ですねえ」
「俺はそんなモンに興味ないし。ただ、瞳にはね」
 シンジは本来ボディガードなど信頼していない。
 だからこそ、瞳達を抜擢したのだ。
 本来なら、シンジの一撃であの世に旅立っていてもおかしくないのである。そしてまた、瞳達もシンジの期待によく応えてきた。
 普段の黒服達とは違い、決して表に出る事はないながらも、フユノが屋敷に戻ってからは常に護衛してきた功績は、間違っても些少のものではない。
 本心を言えば、シンジが渡した費用はお礼であり、ミサトとの同時挙式だからではなかったのだ。
(本当によくやってくれた)
 内心で呟いてから、
「あ、間違えた」
「え?」
「俺は結婚なんてする気ないから。あれはほら、両性の合意だし、君らの時には市価の五分の一位で挙式できる式場を紹介し…え?」
 ずもももも。
 危険な気を漂わせて、ゆっくりと住人達が立ち上がった――若干名を除いて。
「言いたいことはそれだけですの?」
「ちょ、ちょっとすみれちゃん?」
「なーにがすみれちゃん、よ。あんたにはたっぷり人生を考える時間を上げるから」
「ど、どこで?」
「屋根の上です。蓑虫になってゆっくり考えて下さい」
「ちょっと待てさくら――あ、いやさくらは別にいいとしてブルータス、お前もか」
「僕はブルータスじゃない。それにシンジ…最近冷たいんだもん」
「ちょっ、俺の何処が冷た――ん?」
 キラッと何かがシンジの視界で光った。
「別にいい?ふーん、そう。あたしなんて別にどうでもいいんですよねえ」
「ち、違っ、それは別にそう言う意味じゃっ…ってこら」
 チキ、と鯉口を切りかけていたさくらの手が止まった。
「そこの剣道娘、こんな事して五分後にどうなるか分かってんだろな」
 乙女達に囲まれながらも凄むシンジだが、さくらとすみれの視線が合った。
(ん?)
 嫌な予感がした次の瞬間、
「じゃ、二人で合体攻撃するまでですわ。さくらさん行きますわよ」
「ええ!」
「神崎風塵流奥義!不死鳥の舞!!」「破邪剣征――桜花放神!」
「ウギャーッ!」
 ひゅるるる、と吹っ飛んだシンジがぺしょっと天井に貼り付き、十秒ほど経ってからへろへろと落ちてきた。
 心なしか、見た目の厚みも減っているような気がする。
(知らない、というのは大したものね)
 その光景を見ながら、マリアは内心で呟いた。
 先だって本家を訪れた時に感じた凄まじい殺気のことを、マリアは決して忘れていない。いや、忘れることは出来ないだろう。
 飢えて目を血走らせた者達を前にしたって、あんな気を感じた事はなかったのだ。
 無論、シンジがほんの少しでも本気を出せば、ここの娘達など足下にも遠く及ばない事は分かっている。
 ただ、それはシンジの好む姿ではないような気がする。
 実際厳密に言えば、シンジは本家に戻ったとしても指揮は十分執れるし、わざわざこんな所で小娘に攻撃されている必要も理由もない。
 シンジのポリシーだろう、マリアはそう思っている。
 勿論マゾなどではないが、苦労知らずの若様の生活などよりは、こっちにいる方が好きなように生活できるし、その方が本人も好きなのだろう、と。
 まさか結婚式でシンジを攻撃などするまいと思いながらも、とりあえず止めておこうかと口を開きかけた時、
「その辺でもういいでしょ」
 厚みの戻ったシンジがひょいと立ち上がった。
「夫婦喧嘩で刀とか長刀振り回したら、旦那に三文字半突きつけられるぞ」
「さ、三文字半?」
「きらい。」
「『き・ら・い・。ほ、本当に三文字半…』」
「それからアイリス」
「なあに?」
「それと桐島」
「あ、あたい?」
 やっとこっちの世界に戻ってきた。
「そうそう。それとブロンド」
「ブロンドさん呼ばれて…私?」
 一瞬乗ってしまった自分に内心で舌打ちし、キッと睨んでみたが、
「それ以外にいないだろ。それから山岸」
「はい?」
「式は明後日だから、明日お買い物に行きますよ」
「『お買い物?』」
「なんだかんだ言って、百人前後は来るらしい。おしゃれな服の三つくらいは着て行かないと」
「あ、あの碇さん」
「何?山岸」
「三つくらいって…お色直しでもするんですか?」
「しないの?」
 怪訝な顔で聞き返したシンジに、
「あ、あのそれは花嫁さんがするもので一参加者はそういうことは…」
「そう言えばそうだった。まあいいさ、次とその次の分まで買っておけばいいんだし」
 あくまで三つにこだわる気らしい。
 とそこへ、
「あ、あの〜シンジ?」
「んだよ」
「あ、あたし達はその、お、お供は?」
「惣流・アスカ・ラングレー。真宮寺さくら。神崎すみれ。それからレニ・ミルヒシュトラーセとソレッタ・織姫。以上の者は全員お留守番。ジャージとスニーカーで結婚式でも葬式でも出るといい。じゃ、おやす――ぎゅえっ」
 歩き出そうとしたら、きゅっと首が絞まった。
「…何かご用で」
 首に引っかかっていた長刀を取っ払って振り返ると、うるうると三対の瞳が見つめている。
「あ、あの…」
「却下だ」
「や、やり過ぎたからその…ご、ごめんね」
「論外」
「い、碇さん、別にお買い物はよろしいですからせめてご一緒に…」
「棄却。ジャージが嫌なら褌締めて出るんだな。花嫁よりよっぽど注目集められる。おやす――ふきゅ」
 一度あることは二度あるらしい。
「待ちなさい」
「何すんだ馬鹿マリア!」
「ちょっと引っ張ってみたのよ。ゴムみたいに伸びないかと思って」
「ほほーう」
(マ、マリアさん…)
 わざわざシンジを挑発しなくてもと思ったのだが、
「困るのよ――余計な事されると」
「余計?」
「あの子達が褌と言うことは半裸でしょう」
「別に全裸でも俺には関係な――うぐっ」
「花嫁でも胸は少ししか見せないのに、この子達がトップレスで歩いたら会場中の注目を集めるわ。でもそうしたら、いくらお洒落をしても私達が目立たなくなる――それは迷惑なのよ分かる?」
 絞めあげている手をもう少し強め、殆ど顔と顔がくっつきそうな距離でシンジの目を覗き込んだ。
 言葉など無くとも、
(余計な妬心煽ってないでさっさと連れて行けばいいでしょ)
(誰も煽ってないもん、やだよ。だいたい何が妬心なんだ)
(もん、じゃないでしょ。とにかく、これ以上私の手を煩わさないで)
(りょ、了解)
 目だけで会話は成立しており、その結果五秒もかからず、一方的なシンジの降伏で話はついた。
「と言うことで凶暴な脅は…い、いや理知的な話し合いの結果、君らは荷物持ちで連れて行くことに決定した。チョロチョロするんじゃないよ」
「『はーい』」
「ったく調子いいんだから」
 と、ぶつくさぼやいただけで済んだと思われたのだが。
「…何これ」
 アイリスとレニがシンジの部屋に枕持参でやってくると、札が掛かっていた。
「レニ・ミルヒシュトラーセ出入りお断り」
 と墨痕鮮やかに記されており、レニの眉がピッと上がったが、
「やっぱりおにいちゃん怒ってるんだ。レニがいじめたりするから。でもアイリスには関係ないし。じゃあねおやすみ」
 あっさり友人を見捨てると、アイリスはさっさと中に入っていった。
 仲裁しようとか言う気はまったくないらしい。
 レニの表情も変わりはしなかったが、
「…シンジのばか」
 ぽつりと呟いて踵を返した。
 アイリスが部屋に入ると、シンジはもうベッドの上にいた。
「こっちこっち」
 手招きしたシンジに、
「おにいちゃん、レニはいいの?」
「誰それ」
「え?」
「そんな子は知らないの。ほら、さっさと寝るよ」
(おにいちゃん…)
 きっと怒ってるんだと思ったが、手招きされた上にちょこんと入ると腕枕が待っており、
「アイリスおやすみ」
 おまけに、まずしてくれないキスなんか頬にされたせいでたちまち真っ赤になり、
「お、おやすみなさいっ」
 表情を隠すようにシンジの胸に顔を押しつけた。
 
 
 翌朝、なかなか出てこないシンジを待っていたのだが、最後に姿を見せたのはマリアだけであり、管理人の姿はそこにはなかった。
「シンジからカードを預かっているわ。用が入ったので出かけるから、私達だけで行くようにとの伝言よ」
「で、出かける?」
「ど、どこへっ?」
「そこまでは聞いてないわ。ただ、急用が入ったからとしか」
 それは嘘だ。
 寝室へやって来たシンジからは、無論行き先も聞いている。
 ただ、そのまま伝えると騒ぎになりそうだから言わなかったのだ。
「やっぱりすみれとさくらがシンジを攻撃するから怒ったんじゃない」
「わ、わたくしだけじゃないでしょう。あなただって置いてきぼりのリストに入っていたくせに」
「で、でも攻撃したのはあんたらじゃないの」
「すぐそうやって自分を正義の方に持っていく。アスカの悪い癖ですわよ」
「なんですってっ」
「なんですのっ」
 スパン!
「『い、いったーい…え!?』」
 ポンポンと手のウェポン――ハリセンを軽く叩いているのは信じがたい事にマリアその人であった。
「マ、マリアさんそれ…」
「シンジに預かったのよ」
 いつもと変わらぬ声で告げてから、
「効果がない場合には、もう一段変化(へんげ)もあるのよ」
 チキ、とボタンを押した途端娘達の表情がサッと変わった。
 公道で口論する娘二人に一撃を加えたハリセンから、金属の針がずらりと生え揃ったのである。
「こっちのバージョンも――要るかしら?」
 ぶるぶるぶる。
 ゆっくりと見回してから低い声で訊いたマリアに、全員が慌てて首を振った。
「そう。じゃ、買い物に行きましょうか」
「『は、はいっ』」
 娘達がぎこちなく歩き出した後にマリアが続いたが、その口元にわずかな笑みが浮かんだ事に気づいた者はいなかった。
 
 
 その頃、シンジは魔界にいた。
 女連れだったが、一人だけである。
「あ、あの碇君…」
「何」
「どうしてかえでは来なかったの?」
「あやめの方に話があったから。それに、かえでは降魔大戦の関係者じゃないし」
「関係者?」
「そ。ちょっと話がある」
「そ、そう…。で、でもあの…」
「まだなんかあるの」
「べ、別に鎖で繋がなくてもいいと思うんだけど…」
 前回の大失態があるからとはいえ、もっかあやめの腰はシンジの手と鎖で繋がれており、さながら秘所にバイブを差し込んだままコート一枚で散歩に連れ出される奴隷みたいな格好になっている。
「あそこにうねうねしてる卵入ってないだけましだ」
「う、うねうねしてる卵?」
「知らないの?」
「し、知らないわそんなの…」
「じゃ、何で顔が赤くなってる?まったく経験豊富なくせに初な振りしちゃって」
「ちっ、違うわっ」
 鎖とは言っても、長さは二メートルもなく、距離はかなり近い。
 いきなり叫ばれて一瞬耳を押さえたシンジだったが、
「初恋が忘れられなくて、他の男に抱かれる気にならない、と?」
 不意に真顔で振り返った。
「ど、どうしてそれを…」
「降魔大戦の時、政府の馬鹿共が手をこまねいていたせいで、素人集団を集める事になった。真宮寺一馬・米田一基・山崎真之介・藤枝あやめの四名だ」
「……」
 その時の生き残りが情けない、とそんな事を言い出す気ではあるまい。
「その時に山崎真之介と恋愛関係にあった…が」
「が?」
「年齢から言って、中学生と大学生の恋愛みたいなモンだぞ。ほとんど犯罪だ」
「べ、別に恋愛は個人の…」
 顔を赤くしてごにょごにょ言ってるのへ、
「今日連れ出したのは別に昔話を聞くためじゃな――斬」
 次の瞬間、あやめの目がかっと見開かれた。
 何も持っていなかった筈のシンジの手が刀を掴んだのだ。
 しかも相当重量のありそうなそれをいとも簡単に右へ薙いだ次の瞬間、獣の叫びが耳朶を打った。
「俺と鎖で繋がってるから歩けるんだ。手を繋ぐ気はないから我慢してもらおう」
 吹っ飛んだのが双頭の獣だった時点で、ぎょっとした表情になったあやめだが、シンジはそっちを見ようともせず、
「あやめは浮気とか許すタイプ?」
 全然関係なさそうな事を訊いたが答えは早かった。
「絶対に許さないわ」
「ま、あやめは浮気しそうにないから彼氏は安心だ。じゃ、ついでに訊くけど昔の――」
「え?」
「いや、なんでもないわ」
 軽く首を振り、
「あやめにゃまだ無理だ」
「そ、それどういう事」
「よく考えたら、今のあやめじゃ消化できない。食中り起こすのは目に見えてる」
「そんな途中まで言いかけて…」
「じゃ、これ外してきりきり歩けたらね」
 シンジがパキッと指を鳴らすと、鎖はあっさりと外れたが、次の瞬間あやめはへにゃへにゃと崩れ落ちた。
 鎖が外れるのと同時に、凄まじい圧力が体を覆ったのだ。シンジと繋がれていた事でガードされていた分、余計に増えたらしい。堤防の決壊が切れたようなものである。
「ほら無理だ」
 イヒッと笑って、
「ほらね。そんなんじゃいつまで経っても一人歩きできないぞ。それとも、もう投げ出してみる?」
「い、いやよ…に、逃げ出したりなんてするものですか。絶対にあきらめないわ」
「結構」
 頷くともう一度鎖を腰に繋ぎ、
「さっさと歩けー!」
「あうっ」
 ピシッと引っ張られたのだが、その手付きが到底初めてのそれには見えず、
「け、経験あるの?」
「あ?」
「だ、だから誰かをこんな風に鎖で…」
「素っ裸の上にハーフコート一枚で歩かせるのは調教のきほ――何言わせるかー!」
「ああっ」
 無論自分はちゃんと服を着ているものの、来るんじゃなかったかと早くもあやめは後悔し始めていた。
 
 
 
 
 
(つづく)

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