妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第百十七話:烈火を翻意させる妖しい交渉
 
 
 
 
 
 東京学園では毎朝、初等部から大学部まで全職員が一同に会して打ち合わせが行われる。
 無論総理事長のリツコも出席するのだが、その日の教員室は普段と空気が異なっていた。誰も顔を上げられないのだ。
 辛うじて用件を告げると、すぐに腰を下ろして俯いてしまう。
 別に全職員が揃って失態をしでかしたわけではない。
 近寄りたくない、いや近づいてはならぬと本能が告げている程のオーラが、ある箇所から立ち上っているせいだ。
 そう、赤木リツコの席から。
 さくらの一件は、早朝リツコの元に届いたのだが、三分後にマヤは失神した。
 初めて見る先輩の姿に神経が保たなかったのだ。
「通達事項はそれで全部かしら」
 普段から高い声ではないが、一段低い声は鬼気に近い物を孕んでおり、まるで刃のように聞く者達に突き刺さってくる。
 今は春休み中だが、この学園では殆どの教師が出席している。元より街自体が剣呑な上に、今は降魔がその姿を見せているとあって、安穏と休息を貪る教師はいない。
 もっとも、年中出勤しているわけではなく交代制だから、今日出てきた教師は運が悪かったとしか言いようがない。
「では私から部活動の廃止について伝えるわ。剣道部は今日を以て廃止とします。及び昨日大会へ赴いた者達は全員退学、部長の山岸マユミは停学一ヶ月」
 その言葉を聞いた途端、さざ波のようなざわめきが走った。
 この学園は校風が自由なだけに、そう滅多な事で停学だの退学だのはない。まして、総理事長のリツコが数名の生徒ごときの進退を、直接口にするなどとは珍奇もいいところである。
 リツコがそれを口にした事で、教師達は何となく原因を知った。
 しかし理由が分からない。
 だいたい、昨日の大会で何があったのかなど、知っている者はいないのだ。
 それに、大会で惨敗したとてリツコはそんな事など歯牙にも掛けまい。
 だとしたら一体何故?
 
 
 
 
 
「い、碇さん…」
「なに?」
「あの、どうして総理事長が?」
「何となく」
「は、はあ…じゃ、じゃなくてっ!マユミが悪いわけじゃないんですからっ」
「それはさくらの理論でしょ」
「…え?」
「確かに、別に山岸に直接非があるわけじゃないよ。状況だけ言えば、裏から手を回して勝とうとした連中が悪い。でも、山岸が来ないというだけの理由で簡単に寝返り、その結果さくらが襲われた」
 ついでに俺も、とは言わなかった。
 実際の所、リツコにしてみればマユミの教育もさくらの襲撃も全く興味がない。これでシンジが絡んでいなければ、部内の事として放っておいたろう。
「怪我はなかったの」
 と開口一番名乗りもせずに聞いてきたが、
「あの程度で怪我してたら、リっちゃんの部屋に夜這いは無理だよ」
「それならいいけれど…」
 シンジの声を聞いていなかったら、マユミ諸共全部員を退学だとか言いだした可能性が高い。
 ただし、ピリピリしてるとすぐに気づいたシンジが、別に小娘は放っておいても、と言おうとしたら、
「関わった者達は全員退学にするわ。山岸マユミは一ヶ月の停学よ」
 と、それだけ言って切れてしまった。
 赤木リツコが名乗らず、そして自分から一方的に切った電話はこれが初めてである。
 相当キているらしいと、シンジもそれ以上は言わなかった。
 無論シンジが口を出せばお咎めなしも十分あり得たが、シンジはそんな事に口を出す気はなかった。
 赤木リツコ個人としてならともかく――多分に私情を挟んでいるように見えるとか言うのは別として――総理事長の決定となると碇財閥の碇シンジが口を出す事になり、それを使うのはシンジがもっとも好まないところであった。
 使う力は五精のそれであって、実家の経済力を背景にしたそれではないのだ。
「で、でも碇さん…ひゃっ!?」
 何を思ったか、不意にシンジがさくらを抱き上げ、膝の上に乗せた。
「い、碇さん何を…」
「確かにさくらはいい子だ、それに優しい。それは認めよう」
「碇さん…」
 すうっと赤くなったさくらに、
「でも、それだけじゃ世の中はやっていけない。何時でも何処でも、どんな時でもにっこり笑って事態を見ているだけじゃ、学園の総理事長なんてのは務まらないんだ。東京学園には一応理事も数名いるけど、形式上必要だから置いてるだけで、実際には総理事が全権を持ってる。碇フユノがリっちゃ――じゃなかった赤木リツコに全部を任せているのは、それだけ能力を信用してるか――え?」
 不意にさくらが動いた。
 上体を滑らせ、下からシンジを見上げたのだ。
「碇さんの言われる事は分かります。でも、それってひどいじゃないですか」
 甘えるようにシンジを見つめてくるのは策略か、それとも女の名を冠する生き物の本能が為せる技か。
 いずれにせよ、正攻法では落ちないと戦法を変えてきたらしい。
 ただ相手が悪かった。
 片方は魔界の女王と魔女医がいずれも向ける想いを隠さぬ五精使いだが、対するは百戦錬磨の魔性の女ではなく、男の愛撫すら知らぬ身の乙女なのだ。
「ひどいって?」
「だ、だってこのままだったらあたし…代わりに行ってって頼まれて、大した事出来なかった挙げ句、マユミが停学になるのを指くわえて見てた事になるんですよ。それもマユミ本人は直接何もしていないのに…な、なんですか」
「さくらの流し目みたいなのって初めて見た。結構かわいいよね」
 ぼっと首筋まで赤くなり、
「な、ななっ、何言ってるんですかっ。はっ、話逸らさな…んんっ」
 不意にシンジの顔が降りてきたと思ったら、首筋に唇が貼り付き、ちゅーっと吸われた。
 むず痒いような、だがはっきり快感と分かるそれが背筋を走り抜け、思わず小さな声で喘いださくらに、
「色仕掛け擬きの発想は悪くない。でも」
「で、でも?」
「さくらちゃんには五年早い。だいたい、そんな上目一つで俺を宗旨替えさせようなどとは言語道断。よってお・し・お・き」
 言うが早いかさくらの脇腹に手を伸ばしてくすぐった。
「ちょ、ちょっとやだ碇さ、ひゃふっ…やっ、やだっ…あんっ」
 
 
 
 
 
「別に…ドレスに一千万も掛ける気はないんだけど…」
 目の前に積まれたウェディングドレスの山を見ながら瞳が呟いた。
 同じ式場で同時に挙式と決まり、無論ミサト達の方が後なのだが、そうなるとやはり女同士お互いのドレスが気になり、止せばいいのに自分の方が似合うなどとミサトが言ったものだから、瞳も今回は一歩も引かずに視線が火花を散らしているところへ、
「瞳、忘れもん」
 ぶつかり合う女の意地など気にも留めず、シンジがふらりとやって来て分厚い封筒をテーブルの上に置いた。
「式は挙げろ後は知らないよ、じゃご主人様としては問題がある。それ、好きに使っていいよ」
 その場には瞳しかいなかったかのように、シンジが立ち去ってから封筒を開けると一千万入っており、
「ドレスに使うこと」
 と書いてあった。
 この辺り、シンジの金銭感覚はよく分からない。
 これが自分の服だったら、スーツは別として五万円でも高いと断るに違いない。
「でもいいわ。ぜーったいにミサトさんには負けないんだから」
 気炎を上げる瞳だが、
「おいおい、そんなの別にどっちでもいいじゃないか。張り合うために俺と結婚するのか?」
「俊夫は黙ってて。これは女同士の問題なのよ!」
「へいへい」
 巻き込まれて迷惑してるのは無論俊夫であり、リョウジの方も似たような状況であった。
 ただし。
 結婚式のドレスは、Tシャツを一枚買うのとは訳が違う。
 おまけにオーダーメイドのドレスを、やれ作れ今作れ大至急作れと急かした場合、当然それに見合った請求が来る。
 レンタルとか、式場の宣伝協力で安く上がる式とは根本的に違うのだと言うことに、このカップルが気づくのはもう少し後になってからであった。
 そう、同時挙式するのは単なる友人ではなく、碇財閥総帥の孫娘なのだ。
 今の業者に決まるまで、十件近く片っ端から断られた理由を、二人はまだ完全に理解してはいなかった。
 
 
 
 
 
「もーっ、碇さんひどいじゃないですか」
 ぷうっと頬をふくらませてシンジを睨み、同時に何故か腕を組んでいるのは無論さくらだ。
「ひどいって何が?」
「や、病み上がりのあたしを全身くすぐるなんてひどいでしょ。もう、大変だったんですからっ」
「感じちゃって?」
「そうですよもう脇の下とか太股まで碇さんが触るか…ち、違いますっ!」
 釣られたと気づき、むぎゅっとシンジの腕をつねる。
 シンジは別に避けようとも腕を解こうともせず、
「悪くはないよね」
 一人頷いた。
「…何がですか?」
「んー、さくらちゃんの反応。何してもマグロみたいに寝てられると、端から見たらどう見てもレイプでしょ。身悶えしてる真宮寺さくらを見られた事だし」
「!!」
 みるみるさくらの顔が紅潮してくるのに気づいたのかどうか、あっさりと腕から抜け出し、
「ちょっと山岸のとこ行って来る」
「え?」
「行かなくていいなら、別に行かないけど」
 腕を絡めたまま、今度は足でも踏んでやろうと思っていたらしいさくらの表情が固まった。
 ワンテンポ遅れて、
「じゃ、じゃあ碇さんっ」
「あまり気乗りはしないけど、さくらの濡れ姿と引き替えに」
「濡れ姿?あ、艶姿じゃないんですかっ」
 一瞬さくらをじっと見てから、シンジはその口元に顔を寄せた。
「ううん、濡れ。少し刺激を強くしたの」
 小娘みたいな口調で囁くと、
「間抜けな小娘共の追放だけで済ましとくから。じゃあね」
 軽く地を蹴ると一気に飛翔し、あっという間にその姿はさくらの視界から消えた。
 風を使ってとはいえ、シンジが飛行するのを実際に見るのは、これが初めてのさくらだったが、
「濡れって…ど、どうしてそれを…」
 首筋まで赤くして呟いた。
 どうやら…碇シンジのあらぬ誹謗中傷ではなかったようだ。
 無論シンジは直接股間や乳に触れたりはしなかったのだが、言葉の通り微妙なラインを微妙な力加減でやわやわとくすぐった為、初なさくらの肢体は素直に反応してしまったのだ。
「は、早く帰って…き、着替えなくちゃ…」
 少しだけ早口で呟くと、そのままさくらは早足で歩き出した。
 プロセス、動機にはやや問題があったが、とりあえず落ち込んでいたさくらを自分の意志で家路に就かせることには成功したらしい。
 
 
 山岸マユミ。
 成績は中の上。
 二年生の初めの時にはもう剣道部の主将であり、後輩達からは慕われ、先輩達からも可愛がられている。
 無論行状面で問題はなく、今まで教師から呼び出しを受けた例すらない。
 あるいは、三年生がとっとと引退してしまったのが悪かったのかもしれない。
 ともかく、後輩達は少し濃度の高い慕い方をしており、結果マユミは赤木リツコ直々に呼び出されるという初めての体験をしていた。
 それも、決して穏やかではない通され方であり、四枚目の扉を開けた時、ウケケケケと耳元で笑ったのは間違いなく人外の存在であり、『DANGER』と記されたステッカーがあちこちに貼られている。
 アブナイとかキケンとか言う単語には、シンジのおかげで大分慣れたマユミだが、寿命が十年近く縮んだような気にさせるには十分であり、おまけに出迎えたラスボス――ならぬリツコは氷の刃そのものであった。
「山岸マユミね」
「は、はい…」
「呼ばれた理由は分かっているわね」
「はい…」
 半分以上は分かっていないが。
 だいたい、総理事長直々に呼び出すなど、どう考えてもおかしいのだ。
 担任でも学年主任でもなく、いきなり総理事長である。
 生徒達にとっては、いわば雲の上の存在にも等しい。
「この学園の全権は碇財閥に、実質は財閥総帥にある事は分かっているわね。私は単に番をしているだけ。その総帥の孫が、レズもどきの愚かな生徒達のせいで不良達に絡まれた――単に学園内の事件で済む話ではないわ」
(あ…)
 この時になってようやくマユミは、事態が飲み込めた。
 学園の経営は実質碇フユノであり、そしてシンジはその孫――そう考えれば学園のトップが出てくるのも当然と言える。
 がしかし。
「放っておおき。大した事じゃないさ」
 報告を受けたフユノは、眉一筋動かさなかった。
 子供の喧嘩、でもないが、シンジがお説教して帰ってくるなどとは最初から思っていないし、フユノの出る幕があるとすれば、シンジが死体処理の連絡をしてきた時のみである。
 シビウも居れば妙な知り合いもある。死体の始末程度なら、シンジがまったく事欠かない事くらい祖母は百も承知であった。
 そして、そうでなければシンジの祖母などつとまりはしないのだ。
 だからリツコが処分すると言った時も、リツコの意志に任せたのである。気に入らなければシンジが出ていくはずだ。
 シンジが口を出さなければ、それは相応の処分なのだ。
 無論リツコが話をオーバーにしたのは、あくまでも自分の私情ではなく、経営者一族の身に累が及んだからという形にする為である。
 本心を言えば、
「あなたの部員がシンジ君に危害を加えたのよ。部員は全員退学・部も廃部は当然として、あなたにも責任を取って退学してもらうわ」
 位のことは言いたかったのだが、さすがにそれをストレートに出せるほど、リツコは自由な身分では無かった。
「あなたの処分を言い渡します。剣道部は本日付けを以て廃部、昨日の大会に出かけた者達は全員退部。さらにあなたについ――もぐっ!?」
 不意に口の中に何かが押し入ってきた。
 慣れた味だと知るには数秒、さらに下手人を知るには十秒近く掛かった。
 完璧な防備を破られた事でさすがのリツコも、唖然としていたのである。
「お邪魔してるよ」
 いつ来たのかとか、どうやって入ったのかなど、考える余裕もなくただリツコは頷いた。
 シンジはそのままマユミに向き直り、
「山岸」
 低い声で呼んだ。
「はい…」
「俺はお前の処分に興味はない。そんな事より総理事長と話があるんだ。処分は後から通達されるから、女神館に戻って謹慎してる事」
「は、はい」
 頷きはしたが、従っていいものか決めかねているマユミに、
「次期総帥のご命令よ、さっさと下がりなさい」
 口に入れられたウインナーを飲み込んだリツコの、冷ややかな声が飛んだ。
「し、失礼致します…」
 足が地に着いていない感じでマユミが退出した後、
「次期総帥の言い方はやめてよ。それにあまり怒ると皺が増えるよ。せっかく少ないのに」
「別に怒ってなんていないわ、これでもかなり抑えたのよ。住人を退学にしてシンジ君に怒られても困るから」
 ちらっと流し目を向けてから、
「さっきのは何だったの?」
「タコさん」
「タ、タコ?」
「そう、俺が足無しを八本足に細工したの」
「そう…」
 ゆっくりとリツコの表情が緩んでいく。
「一本だけで終わりなのかしら?」
 リツコの双瞳に色香が加わった。
 泣き黒子も妖艶な空気を醸し出す一因と化し、向けてくる視線の裏には取引の誘いがある。
 だがそれが不意に変わった。
 全く気配を感じさせずにシンジがリツコの後ろへ回り、あっという間にブラウスのボタンを三つ立て続けに外したのだ。
「黒から赤はつまらない。白い柔肌に紅の痕を残すのがおもしろい、そうでしょう?」
 こちらはリツコ以上に官能の響きを帯びた口調で囁くと、リツコの反応など待たず首筋に唇を付けた。
「んっ…あぅっ…」
 首筋を舌が這い、肌が吸い上げられる感覚にリツコが小さく喘ぐ。
 まもなく唇は離れたが、言葉とは違い痕はほとんど付いていなかった。
「キスマークを付けてもいいけど、マヤちゃんに恨まれそうだから止めとく」
「よしてよ…私にレズの趣味はないわ。あの子の想いはあなたに…んっ」
 不意にシンジが首筋に歯を立てた。
 勿論、噛みつくようなそれではなかったが、リツコの肢体はびくっと震えた。
「マヤちゃんの俺を見る目は単なる憧憬。分かってるくせに」
 するりと侵入した手が、ミサトとは違い滅多に日の目を見られないが、たっぷりボリュームのある乳房に掛かった。
「前?後ろ?」
「前よ…すぐ、外せるように…」
 触れば分かるのだが、シンジはわざわざ訊いた。バックかフロントかと訊いたのだ。
 ぷち、とあっさりホックは外れたが、シンジの手は乳房を優しく包み込んだまま動かない。
 そしてそれは勿論…優しさでも思いやりでもなかった。
「て、手を…」
「手が何か?」
「お願いよ、そんなに…じ、焦らさないで…」
「どうしようかなあ?」
「ふあっ、あふぅっ…」
 ふにふにっと、それも柔らかく下乳を揉まれ、思わずリツコは喘いだ。
 足りない。
 どうしようもなく足りないのだ。
 柔らかい愛撫など、リツコにとってはもどかしさを増幅させる以外の何物でもなく、
「わ、分かったわ…」
 分かっていた結果ではあったが、リツコの方が降参した。
「処分は全部任せるから…だから…だからお願いぎゅってしてっ。乳首も指に挟んで思いっきりいじめてっ」
 頭脳明晰にして容姿端麗な東京学園総理事長の姿はそこにはなく、ただ責められるのを切なげにせがむただの女がそこにいた。
「了解。いい子だ」
 囁いた声は、さっきとは違い完全に主従関係の主のものであり、次の瞬間右手の指はすべて乳房にのめり込み、同時に侵攻した左手の指は願望通り、乳首をかなり強くひねり上げた。
 ほとんど加虐行為に近い。
 優しい愛撫なんか要らない。
 遠慮無く揉みしだき、硬くしこった乳首だって乱暴に責められなければ、感じる訳がないじゃない。
 快楽が乳房の上で渦を巻いたような感覚に囚われ、完全に防音の施された室内でリツコは思いきり喘ぎ、腰をくねらせた。
 最後まで行くことはない、それは分かっている。
 ただ、リツコが快楽を貪る女としての顔を見せられるのは、この時以外にはないのだから。
 
 
「新学期が始まってから一週間謹慎」
 ぶらりと帰ってきたシンジは、マユミに一言そう告げた。
「そ、それだけですか?」
「剣道部は存続、昨日行かなかった娘達には関係ない事だから。それと、昨日行った連中の両親が学園に来たよ」
「な、何しに?」
「ウチの間抜けな娘を退学にしてもらいたい、と。止めなくてもいいと言ったけど、どうしてもというから」
 シンジは強要しておらず、学園からも通知は行っていない。
 だが娘達の両親が先に情報を得たのだ。
 娘達が裏切ったおかげで、誰に累が及んだのかを。
 そしてそれが、学園とどういう関係にある者なのかもまた。
 まして、良からぬ企みに抗したならまだしも、あっさりと寝返ってしまっては弁解の余地はない。
 シンジが無事に帰した事自体、珍しいのである。
「あの、総理事長には何と…」
「タコさんは一匹しかなかったし、あれはさくら用に作ったものだから」
「は、はあ」
 タコと言われてもよく分からない。
 リツコの口に押し込まれたそれをマユミは見ていないのだ。
「しようがないから、二本指でぎゅってしてきました。総理事長も快く了承してくれたよ」
 そう、パンティーから愛液が滲み出し、胸だけで四度も達してぐったりと果てた状態で首を縦に振ったのだ。
 と言うより、言葉を出すには快感に包まれすぎていたと言った方が正しい。
「ご、ご迷惑おかけしました…」
「ううん、別にいいよ。あまり言うとさくらのプライドが傷つくから」
 妙な事を言ってから、
「攻略法は上手じゃないけど、いい友人持ったよね」
「い、碇さん…」
「さてと、娘達がお腹空かして待ってるからご飯作らないと」
 歩き出したシンジを見ながら、マユミはどう感情を出していいのか、微妙な所で迷っていた。
 形としては、自分だけ助かったようなものなのだが、無論さくらは見知らぬ他人ではない。自分が同道していない、ただそれだけの理由であっさりと寝返った事を聞かされた時、マユミのきれいな眉はすっと吊り上がったのだ。
 これでもし、脅されての結果であったら、自分の退学と引き替えにしても部員達へのお咎め無しを懇願していたところなのだが。
 何を作ろうかと、宙を眺めながら食堂に入ったシンジの後ろから誰かがきゅっと抱きついた。
「なに?」
「おにいちゃん、私もお手伝いする」
(…私?)
 呼称に違和感があったが何も言わず、
「そうだね。じゃ、お皿とか出してね」
「…うん」
 どことなく不満そうな答えが返ってきた。
「どうしたの」
「大人になったのに…もう…」
 気づいてもらいたかったらしい。
「せっかくアイリスから私になったのに?」
「分かってるのに意地悪するんだから〜」
 ぷうっと愛らしく口を尖らせたアイリスに、
「それはそれでいいんだけど」
「え?」
「お尻で感じ過ぎちゃって気を失っちゃったの覚えてる?」
 ぼん、と火を噴いたように首筋まで赤くなり、
「お、お、おにいちゃんのえっち意地悪っ!」
 抱きついた姿勢のまま、シンジの腰をおもいきりつねった。
 身長差を考えると、その位が手を伸ばしやすいらしいが、密着されているシンジは逃げられる筈もなく、
「いだだだ!」
 シンジの表情で満足したのか、
「おにいちゃん」
「何?」
「お、お尻って、指でぐりぐりしても絶対大丈夫なんでしょ」
 何が大丈夫なのかよく分からないが、とりあえず頷いておく。
「多分ね」
「昨日ね、す、すごく気持ちよかったの…だから…ま、また今度してね」
 どうやら、幼いアヌスを弄られる快感に目覚めてしまったらしい。
 却下すると駄々をこねられそうなので、
「アイリスがいい子にしてたらね」
 曖昧に約束すると、
「おにいちゃん耳貸して」
 言われるまま顔を寄せると、
「約束だからねっ」
 シンジの頬で小さな音がした。約束のキスとか言っても、絶対シンジが来ないのは分かっているから、搦め手に変えたらしい。
「こらアイリ…」
 言いかけた言葉が途中で止まった。
「あー腹減った」
 伸びをしながら入ってきてカンナとばったり視線が遭ってしまったのだ。
 場所は何処であれキスはキス、と言うわけで。
「あ、あのよ大将…ま、まあ仲良くな。じゃ、じゃあ、あたいはこれで」
 後退りしてフェードアウトしようとしたが、
「ちょっと待ちナ」
 なぜか足は動いてくれない。
 束縛された、と気付く間もなく、邪悪な笑みを浮かべて近づいてくる二人組が、カンナには尻尾と角を生やした悪魔のコンビに見えた。
 
 
 
 
 
(つづく)

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