妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第百五話:結婚するって本当ですか(前編)
 
 
 
 
 
 じゅるっ。
 欲情を隠し切れぬ表情で、一葉の写真を見つめるミサトを、黒瓜堂の主人は眺めていた。
 シンジの要請に応じ、アクアライン上に違法改造車両を展開して、警官隊を葬ったこの男だが、国内で政治力があるわけではない。
 そう、アスカ達が後を追って来た時、一切の痕跡が無かったのは、無論フユノの手回しのお陰である。
 尤も、シンジ絡みだから別に恩は感じてないし、フユノの方も当然のようにしてのけたのだ。
 勿論ミサトも、愛車のフェラーリに法定速度プラス百キロを加算して吹っ飛ばして来たのだが、着いた時にはもうシンジ達は帰っており、待っていたのは黒瓜堂からの呼び出しであった。
「まさか、あたしに恩売ろうってんじゃないわよね」
 そんなはずはないし、大体ミサトに恩など売っても仕方ないのだが、相手が相手だけにそんな発想にもなるらしい。
 そう、黒瓜堂の主人は、見た目はシンジよりも背が高い――頭の先からつま先までを含めれば、だ。
 髪が長いのだ。
 しかも…逆立てているのである。
 五十センチ近い髪は、長さとしてはシンジと一緒だが、シンジは綺麗に伸ばしているのに対し、こっちはピンピンと立てている。
 従って、差し引けばシンジよりも背は無論低いのが、ミサトもシンジも逆立っている髪以外見た事がない。
 まっとうな用件であってくれと願いながら店に着くと、プラモデルの部品にヤスリを掛けている主人が出迎えた。
 まともそうだ、と思ったのも束の間、主人が出してきたのはミサトの理性を吹っ飛ばす代物であった。
 そこに示されたのは一葉の写真であった。
 ただし――映っているのはメイド服姿のシンジである。
 
 
 炎上する車を消火した為、シンジも紅蘭は濡れ鼠になってしまった。
 そのシンジの携帯に連絡が入り、
「追っ手は始末した、これでいいな。私は眠いからさっさと失礼する」
「うん助かった。で…あの、悪いんだけど」
「何か?」
「服、ちょっと濡れてるんだ」
「ホテルに部屋を用意しておいた。そこへ行くといい」
「お財布無いんだ」
「料金は要らない。いずれ、小石をダイヤの金額で買ってもらう」
「じゃ、お言葉に甘えて」
 告げられたホテルに向かい、紅蘭を肩に担いで入ったシンジだが、フロントでは何も言われなかった。
 徹底したプライバシーへの不干渉でも叩き込まれているようだが、
「俺の事なんて伝えたんだろ」
 シンジとしてはそっちが気になった。しかも、実はかなり怪しげな内容で告げられていたのだが、そこまでは知らなかった。
 最上階の部屋に通されると、既に着替えまでも二人分用意してあった。一体どこでサイズを知ったのか不思議に思ったが、とりあえず袖を通す。
「……ん?」
 着るまで気付かなかったのは、一世一代の不覚だったかもしれない。
 いや、良く見慣れた服だったからと言うのもある――黒瓜堂の主人がこっそり用意したのは、メイド服だったのである。
「上はこれで良しと。後はスカートを…ナンだと?」
 ワンピース型なら気付いた筈だが、蝶ネクタイみたいなリボンのせいでそれにも気付かず、着替え中のメイドみたいな自分の格好に気付いた途端、シンジの顔が奇妙な色に染まった。
「しまったー!」
 慌てて脱ごうとした途端、光ったのは紛れもなくフラッシュであった。
「!?」
 咄嗟に掌がそっちを向いたが、寸前で止まった。
 写真を撮られたのは分かっており、しかもせっかく手に入れたブツをむざむざ逃す下手人ではない事位、シンジも知っているのだ。
 アスカ達が着いた時、シンジが地団駄踏んでいた理由はそこにあったのである。
 
 
「こ、これシンちゃんよね、ほ、本物よねっ」
 危険な目つきで迫ってくるミサトから、黒瓜堂の主人はひらっと写真を取り上げた。
「間違いなく本物です。あなたの家にはメイドさんがうじゃうじゃいる。見慣れた物ならさして違和感もない――最初は間違えると思ったのが正解でした」
「シンちゃんのメイド姿〜イイわあ」
 下はズボンだし、上だってリボン付きのブラウスを着てるだけだが、ミサトの脳内では完璧なメイド服で、おまけにかしこまってる姿にでも見えているのかも知れない。
 不意に真顔になり、
「で?」
 真顔と言うより鬼気迫る表情で身を乗り出したミサトに、
「ハンマープライスは一声で」
「三千」
 答えには秒と掛からなかった。
「売った」
「買った」
 がしっ。
 かくして、碇シンジ大不覚の写真は、もっとも危険な相手に渡ったのである。
 
 
 
 
 
 都内に入ったシンジは、途中で車を止めさせた。
 別に、アクアラインのSAで吹っ飛ばされたからぐれたわけではない。
「かすみ、止めて」
「はい」
(かすみ〜?)
 何故か呼び捨ての呼称にピクッと反応した娘達はいたが、呼ぶ方も呼ばれた方も至極当たり前みたいで、何の感情も見られなかったから突っ込むのは止めた。
 車を止めさせたシンジは、
「俺は降りる」
「どっか行くの?」
「君らが」
「どこに?」
「シビウ病院。見物に、じゃなかった見舞いに行って来い」
「誰のですか?」
 スパン!
「痛っ、何するんですかもう」
「ですかもうじゃないだろ。桐島カンナの見物に行って来いっつーの」
「あ、ああそう言えばいないんでしたよね。カンナさん、シビウ病院なんですか?」
「…一応ね」
 すっかり忘れられているカンナに、内心微かに同情したシンジだが、
「マリア何してる」
「え?」
「お前も降りるんだよ。ボヤボヤしない」
「わ、私も?」
「さっさと降りる」
「『……』」
 皆の視線をよそに無理矢理降ろし、車が走り去るのを待ってから、シンジは思い切り伸びをした。
「あー、楽しかった――八割ね」
「二割は不足?」
「変な写真撮られた。だからウチにメイドさん置くのは反対だったんだ」
「…話が見えないんだけど」
「紅蘭を担いで入ったホテルに着替えが置いてあってな。いつも見慣れてるモンだからつい着てしまったが、メイド服だった」
「…メイド服ってあの、ひらひらしてる服?お手伝いさんを人権無視の呼称で呼んだものね」
「海外では普通じゃない」
「日本では普通じゃないわ。少なくともその呼称は、封建時代の名残よ」
「それ、うちのお婆の前で言っといて」
「…何ですって?」
「この者達はすべてお前の為にある、好きに使うがよい――そう言ったのは祖母だし、男を置かなくなったのもヤツだ。もっとも、俺がほとんど居ないから確かに男は要らないけどね。あの二人の世話だけすればいいんだし」
「……シンジは反対なの?」
「さあねえ」
 曖昧なシンジに、マリアはちらりと視線を向けたが、
「俺はメイドさんとか、置かない方がいいと思うんだけど」
 以前シンジが口にした時、
「私達がお側にいては、お目汚しですか?」
 訊ねた葉子の表情に死の色を見て取って以来、二度と口にしない事にしているのだ。
 シンジが邪魔だと言っていれば、間違いなく姿を消していたであろう――この世からもまた。
「ま、いずれにせよ上だけで気付いたのは幸運だった――三割程度」
「三割?」
「イロイロあってねえ」
 さすがのシンジも、自分が写真を撮られたとまでは言えなかった。確証はないし、第一そんな事を言ったら何と冷やかされるか分からないのだ。
「それよりシンジ」
「ん?」
「いつから“かすみ”になったの?若干名が気にしてたわよ」
「霞?黒瓜堂の旦那の食べ物なんて良く知ってたな」
 マリアは何も言わず、黙って手を伸ばすとシンジの腕をきゅっとつねった。
「いったーい!何すんのさもう」
「多分天然、と言うのは今までに分かってるわ。でもね、もう少し話の流れを読んでちょうだい。何をどうしたら食べ物の話になるの」
「じゃあ、人間?ああ、かすみって藤井かすみね。最初から言えっての」
「…シンジ、私の拳銃は弾倉に弾は満たしてあるし、初弾は送り込んである事を忘れな――あう」
「このシンジ様にツッコミ入れるとは、偉くなったもんよのうマリア」
「ちょ、ちょっとどこ触って、あんっ」
 ボケとツッコミの間髪入れぬ見事なタイミングだが、シンジの腕はあっという間にコートの中へと侵入した。
「マリアって予想通りの反応してくれるか――どしたの?」
「ライター持ってる?」
「一応ジッポならあるけど」
「どこかに鏡面加工は?」
「裏蓋にしてある。俺は吸わないけど、いいから持ってけって黒瓜堂に行った時貰ったんだ」
「後ろを振り向かないで蓋を開けて」
「ん」
 何でとも訊かず、音もなく蓋を開けたシンジがわずかに眼を細め…そのまま全身一気に硬直した。
(げ!?)
 走り去った筈の車がそこには止まっており、乗っている娘達が、じーっとこっちに視線を向けていたのである。
 無表情だが、視線に含まれる物はかなり殺気に近い。
「いつから」
「私も今気付いたけれど…多分最初からね」
「それで?」
「それでって…撒くのね。次の角を曲がってしまえば裏から抜けられるわ」
「了解。二、一、スタート」
 同時に足を速めた二人がすっと角を曲がったのは、無論車中からも確認できている。
「あ、逃げたっ」
「あたし達に気付いたんだわっ」
「でもどうやって?」
「どうせ風なんか使って知った――のよ、多分」
 発見されて逃走する不審船のごとく逃げた二人だが、何で気付かれたのかは一分の疑問が残る。
 しかし、そんな事より妙に仲の良さそうな二人を、このまま逃がしてもいいと考えるのは、少なくとも当事者である娘達の中には一人もいなかった。
「かすみさん」
「はい?」
「あの二人追って下さいな。このままホテルにでも直行などされたら、それこそ見過ごす――何ですの」
「すみれさん今…」「ホテルとか言わなかった?」
 シンジとホテルに行った事があり、しかも前人未踏の自慰経験をしたすみれだから、ついホテルの単語が出てきたのだが、今までのすみれなら決してあり得なかったろう。
「わ、わたくしだって何時までも子供じゃありませんわよ。それともわたくしが、男と女は手を繋ぐ事すらふしだらとか、そんな事ばかり言ってるとお思いですの?」
「べ、別にそんな事は言ってないけど」
「そんな事より、あの二人追っかけなくていいの?」
(碇君また毒牙に掛けたんだ)
 聞かれたら、双方から袋だたきに遭いそうな事を考えたレイだが、既に思考はイベントモードに移っている。あの二人に何があったかは知らないが、ここで黙って見ている手はない。
「そ、そうよあの二人追っかけないと」
「あ、あの〜」
「え?」
「この車じゃ狭い路地を走るのは無理です。追うならご自分で行かれた方が早いかと思います」
 申しわけなさそうにかすみが言った。
 確かに、全員を詰め込めるこの車では狭い路地をちょこまかと追っかけるのには、無理がある。
「いいわ、歩いて追いかけるから。すみれ、あんたも行くんでしょ」
「行くに決まってますわよ」
 がしかし。
 ひらっと飛び降りた途端、すみれは自分の姿に気付いた。
 いつもの和服だが、胸元が綺麗に開いている上に、脚だってすたすた歩いたら太股まで見える。
(い、碇さんに見られるなら構わないけれど…)
 ぽっと浮かんだ考えが、誰にも気付かれなかったのは幸いであったろう。とまれ、舞台上ならまだしも、こんな所で不特定多数になど見られたくない。
 脳内会議は秒と経たずに結論が出た。
「わ、わたくしは遠慮しておきますわ。その代わりアスカ、ぜーったいに見失うんじゃありませんことよ」
「ちょ、ちょっとなんであたしに強制するのよあんたは」
「わたくしが行かれないのだから、あなたが行くのが当然でしょう」
 きゅっ。
「『はうっ』」
 揉めかけた二人だが、次の瞬間きゅっと首が引っ張られた。
「さ・っ・さ・と行きますよっ!」
 無論引っ張ったのはさくらであり、
「ア、アイリスも行く〜」
「ボクも行くよっ」
 と、四名からなる追跡部隊が結成されたが、余計な事に時間を食っていたせいで、二人が一層遠くへずらかったのは想像に難くない。
「レニはいいの?」
 四人を見送ってからマユミが訊いたが、
「僕はいい。シンジの後をつけるほど物好きじゃないから」
「物好きってどういう事?」
 運転席から訊いたかすみに、
「シンジがこんな所で降りた理由は、まず二つに一つだ。一つは単にマリアと散歩したかったから。そしてもう一つは本邸に用があるから。可能性を考えれば後者だし、それも単なるご機嫌伺いには見えないよ」
「他に何かあるの?」
「マユミ、シンジはマリアとカンナの事を知っていたの」
「いいえ。レニもそれは知っているでしょう」
「知ってる。御前様の命令だよね。シンジの性格なら、黙っていてくれたお陰でマリアに会えたありがとう、とは絶対に言わない」
「『?』」
 一瞬かすみとマユミが顔を見合わせ、次の瞬間同時に表情が変わった。
「ちょっと待ってそれじゃ御前様の命をっ!?」
 特にかすみは一度、それを目の当たりにしているだけに、今にも降りて駆け出さんばかりであったが、
「シンジがその気なら、かすみが百人いたって邪魔は出来ないよ。それに、多分殺す気まではない筈だから」
 くい、とかすみの袖を引っ張ったレニが、物騒な事をさらりと言ってのけた。
「た、多分?」
「…おそらく」
「おそらく?」
「僕の勘」
「ぼ、僕の勘ってそんな…」
 しかし、もしもシンジがその気になれば、止められない云々より、余計な手出しをした場合フユノの逆鱗に触れる事になる。
 かすみに取ってはその方が怖い。
 後ろ髪を引かれる思いで座り直したかすみに、
「それより、碇さんは病院へ行くようにとおっしゃったでしょう。かすみさん、病院へ向けてくださいな」
「え、ええ」
 一人、冷静に窓の外を見ていたすみれの言葉に、車はゆっくりと動き出した。
(わたくし達は多分…碇さんの事をほとんど分かっていないのでしょうね。分かっているのはきっと…)
 浮かんだ名前を、すみれは無理矢理嚥下した。
 
 
「で、どこ行ったのよあの二人は」
「さっきここの角を確かに曲がったんだけどなあ…」
 辺りを見回しながらレイが、
「やっぱりいない。アスカのせいだからね」
「なっ、なんであたしなのよ」
「アスカがすみれと喧嘩なんかするから悪いんだもん。おにいちゃんとマリア二人でどこか行っちゃったじゃない」
「ち、違うわよ。あれはすみれがあたしに偉そうに命令なんかするから――あんた達も聞いてたでしょ」
「『知らないもん』」
「むっか〜」
「こんな所で揉めてる場合じゃないでしょ。それより碇さん探さないと」
 冷静なさくらだが、既に二人の姿はなく、それにこんな町中で帯刀してるさくらの方が見ようによってはアブナい。
「まったく二人してどこへしけ込ん…そうだ、いい手があった」
「何かあったんですか?」
「弟大本命の姉がいたでしょ。アレを使うのよ」
「姉って、ミサトさん?」
「そ、ミサト。弟が女と消えたとあれば、絶対に全力で探し出すわ。あたしってあったまいいい〜」
 別に悪くはないだろうが、満点の答えでもない。ミサトの性癖を考えれば、シンジを探し出してそのままラブホテルに拉致していく可能性の方が高く、そうでないにせよすんなり返してくれる可能性はかなり低いと言わなければならない。
 が。
「…だめだこりゃ」
 携帯から耳を離したアスカが通話を切った。
「ミサトおねえちゃん出ないの?」
「…キレてる」
「『キ、キレてる?』」
「なんかさあ、こう喜々として叫んでんのよ。小判包んだブラジャーでも道で拾ったのかしら」
 今日だけ――そう、今日今時点でこれが聞かれたら、多分ミサトは許すだろう。
 無論この時ミサトは、弟の中途半端にアブナい写真を見て、エクスタシーの最中だったのだ。
 写真を手に持って眺めてるだけで、快感十分だったらしい。
「しようがない、諦めるか」
「ちょ、ちょっとレイあんた何言い出すのよっ」
「ボクはアスカ達とは違う意味で興味あったんだけど…なんか嫌な予感がするんだよね」
「嫌な予感?」
 昔からレイの予感は良く当たる――ただし、悪い方にばかり。
「なんかねえ…二人っきりの時間を楽しむ為にマリアちゃんを連れ出したんじゃないような気がするんだけど」
「『……』」
 そう言われるとかなり怪しくはあるが、一概にデートのお楽しみとも断じきれない所はある。
 マリアはともかく、もう片方の連れは碇シンジなのだから。
「で、レイはどうするってのよ」
「とりあえず諦めて、素直に病院へ行ってカンナちゃん見物してくる。もし帰ってきてから顔が赤かったり、どっかにマーク付いてたらとっちめればいいんだから」
「レ、レイちゃんマークって何っ」
「キスマーク」
「そ、そんなの碇さんに限って――!」
 碇君に限ってあり得るんだよね、と言おうとしたが、さくらの表情を見て止めた。
「相手がマリアちゃんならほぼ無いよ。ほらアイリスも行こ」
「ねえレイ…」
「何?アイリス」
「おにいちゃん…本当に大丈夫?」
「大丈夫だよアイリス。あの二人に攻撃しようなんて言うのは、そのまませっせと墓穴掘ってるようなモンだから」
「う、うん…」
 
 
 こうして諦めた娘達だったが、実は結構正解であった。
「シンジ、本当にやるの?」
「やるったらやる。もう火器も手配してあるんだから」
 本邸の前に着いたちょうどその時、一トントラックが滑り込んできた。運送会社のそれに見えるが会社名は書かれておらず、その代わりに真っ黒な瓜がでかでかと描かれており、
「これ…ロゴマーク?」
 怪訝な表情で訊いたマリアに、
「正真正銘のロゴマーク。これで所属主は一発で分かる」
 確かに、分かる者にはすぐ分かるに違いない。
「碇さんですか?ブツ持ってきました」
 顔を見せた運転手に、
「そう俺。全部下ろしてくれる」
「はいただ今」
 木箱を三つ下ろしてからトラックは去っていった。木箱の蓋を開けた途端、二人の表情は両極に分かれた。
 びっしり入った銃器に顔色を変えたのがマリアで、にやあと嬉しそうに笑ったのがシンジである。
 機関銃を小脇に抱え、
「頼もう!」
「た、たのもうって?」
「討ち入りぶち壊しに来ましたよろしくって感じ。やっぱり挨拶はしてお――!?」
 不意にシンジの顔が引きつるのと、その首に腕が回るのとが同時であった。
「いい度胸だなあ、少年?」
「か、薫子…お、おかえり」
「あたしに銃器の携帯を禁じて置いて、自分は本邸の真ん前でMG34構えて、今からフランス侵攻作戦でもしようってかい?」
「ち、違うんだ薫子これはそのっ、いだだだ!!」
 かつてドイツ軍で制式採用された機関銃だが、少なくともこの薫子にだけはばれてはならなかったらしい。あっという間に、それこそ抵抗する暇もなくシンジは間接を極められ、悲鳴を上げた。
 身体のあちこちが鳴る位責められてから、やっとシンジは解放された。
「で、若様この武器どうするんですか?」
 気の済んだらしい薫子の表情は、もういつもの物に戻っている。
「え、えーとその、薫子にあげる」
「じゃ、貰っておきます。部屋に飾ればゴミにはならないでしょう」
「そうそう、それでいい。ところで他の連中はどうした?」
「まだ向こうです。とりあえず、私だけ先にブツを持って帰国してきました」
「ん、ご苦労さん」
 頷いたシンジに、
「式場の方はすぐにでも用意できますが、どうされますか」
「瞳の方は問題ないんだけどウチの姉貴がね。素直に結婚するって言ってくれればいいんだけど」
「そこは私の管轄内じゃありません。なんでしたらまた解き放しますが」
「それは駄目。お前じゃないと捕まえるのは大変だから」
「若様がその気にならないと、でしょう。お会いになりますか?」
「うん。二人揃ってるかい?」
「水揚げしたばかりで生き生きしてますよ。今持ってきます」
 歩き出した後ろ姿に、マリアは呆然とするばかりであった。と言うよりも、事態がさっぱり飲み込めなかったのである。
「あ、あのシンジ…」
「何?」
「は、話がその…」
「桐島はともかく、お前の事内緒にしてたからお礼参りに来たんだが、薫子に見つかったのは失敗だった」
「あのメイドさん?」
「そう。何せ元が傭兵だったのを、俺が武器没収して無理矢理メイドにしたもんだから火器には過剰反応するんだ」
「…無理矢理?何をしたの」
「内緒」
「無理矢理押し倒しでもしたの?私の時みたいに」
「あっ、何それ。別にマリアの時は無理矢理じゃないぞ。だいたいマリアだって――」
 言いかけたが、
「なんでもない、ごめん」
(……)
 マリアの表情が刹那険しくなったのは、記憶がシンジに無理矢理犯された、あるいは未遂だったと勝手に変化したからではない。
 シンジに身を任せたのが自分からだった事は、無論マリアとて覚えているのだ。
 二人の間に気まずい沈黙が漂いかけた時、
「連れてきました」
 それを察したのか振り払うように、薫子が大きな声を掛けた。
 両脇をメイド達に固められたまま連れてこられたリョウジと俊夫に、
「久しぶり〜」
 よう、とシンジは軽く手を上げた。
 
 
 
 
 
(つづく)

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