妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
 
 
M−10:最終話――心の向こうに
 
 
 
 
 
「なぜ、急にそんな事を?」
「急に…思いついた訳ではないわ…」
 マリアの全裸を見ても、シンジの表情は変わらない。そこに、軽蔑や嘲りのそれは無論ないが、驚愕や欲情の色もない。
 ただ、変わった事態に直面し、それを眺めているだけに見える。
「言い方に少し問題あったかな。どうしてそう思ったの?」
 乳房を軽く揺らして起きあがったマリアに、シンジは肩から毛布を掛けた。横に腰を降ろしはしたが、躰に手は伸びない。
「もしかしたらもう、これが最後かもしれない。だから、だからあなたと…」
「……」
 闇に落ちるような沈黙――マリアがもう少し冷静であれば、シンジの『気』に気づいたかもしれない。
 いや、盲目だったわけではないし、高ぶりきっていたわけでもない。
 ただ、少し前が見えていなかったのだ。小さな、だがもっとも肝心な点が。
 すなわち、シンジにとって行動と言うのは大した事ではなく、入り用なのは理由なのだ、と言う事を。
 だからこそ、マリアを行かせず自らが赴くと決めたのだし、その為にフェンリルだって行かせたのだ。
「なぜ、最後だと思うの?」
 闇に落ちたような声のまま訊いたシンジに、
「だ、だっていくらシンジでもあんな大軍を前にして…そ、それでも私の為に…」
「つまり俺が死を覚悟で行くから、もうこれで会えるのが最後になるかもしれない、とそう言う事?だからその前に、と?」
 マリアが小さく頷く。
「そう」
 口調だけは変わらず、シンジはすっと立ち上がった。
「マリアには失望した。もう少し俺の頭の中は読めてると思ったけどね。そんなにしたければその辺に野猿でも虎でもいるからするがいい。俺はしたくないし興味もないが、獣姦プレイも悪くないらしいからな。もう二度と会う事もあるまい、元気でね」
「シ、シンジ…」
 呆然としてマリアが呟き、次の瞬間その顔がみるみる蒼白になっていく。滂沱と流れ落ちる涙にも気づかず、それどころかどうするべきかも全く分からぬマリアに、もう一瞥も向けずシンジは背を向けた。
「マスター」
 この声が無かったら、間違いなくシンジは荷物をまとめて、部屋から出ていったに違いない。
「何の用だフェンリル」
 出口にその姿を認めた妖狼に向ける視線も、無論いつもの物ではない。
 怒り、とは違う。むしろ落胆に近かったろう。数週間一緒にいて、その間に二度降魔を撃退したが、すべてシンジ一人の力である。
 別にそんな事を誇ろうなどとは思っていない。
 だが結果、マリアは自分が死を覚悟していると言った。つまり、結局シンジの事はその程度にしか見ていなかった、と言う事になる。
 シンジにとってはいたくプライドの傷付く台詞であり、更に言うならばマリアが自分をまったくと言っていい程理解していなかった、それが一番大きかったのだ。
 しかし、フェンリルの台詞は意外なものであった。
「そう、切り捨てたものでもあるまい」
「あ?」
 まだ力の差は歴然としているとは言え、それは元の姿へ戻した時の話であり、フェンリルがこの姿の時、それに伴って力は大いに抑えられる。
 キレている、と言う言葉はこの五精使いには似つかわしくないが、一応普通の人間であって聖人君子ではない。しかも、数週間とは言え希薄ではない付き合いを否定されたようなものであり、暴走の可能性は含んでいる。
 フェンリルが、果たしてこの姿のまま、よく抗しうるかどうか。
 だが、フェンリルに取っては気にもならないのか、
「求めすぎだ、とそう言っている」
 台詞と共に美女の姿を取った――更に力を制限されるその姿へと。
 マリアは事態に付いていけず、と言うより思考が麻痺したままらしく、ぼんやりと見ているだけだ。
「マスターの周囲にいる者が全て、マスターを理解できるわけではない。そしてまた、理解できるわけでもない。私は言った筈よ――私はいつも側にいる、と」
 女性のような言葉遣い、それはフェンリルが初めて口にしたものであった。
 シンジはそれに気づいているのかどうか、
「その通りだ」
 と頷いた。
「俺から一つ訊いておこう。お前は俺に、この程度の連中を相手に死を覚悟しなければならないような、そんな程度の力しか見ていなかったの――」
 言葉は途中で遮られた。
 フェンリルがシンジを抱いたのだ。
 自分より長身のシンジを軽々と抱き寄せ、
「そんな事を言っているのではないわ。確かに、マスターのレベルで見れば遊び相手でも、凡人に取ってみればそれこそ死地にも見える。だいたい無謀を承知で突っ込むなどと口にする娘に、マスターを冷静に分析する余裕があるとでも?」
「で?」
 シンジの口調に変化はない。
 それが変わったのは、
「抱くがいい。せっかくこの娘が身を差し出すと言っているのだ、好きに遊んでおくが良かろう」
 と言うフェンリルの言葉を聞いた時であった。
「ナヌ?」
「もう一度言うか?」
「…いい」
 わずかに息を吐き出してから、シンジはマリアを見た。依然として放心状態のマリアには、二人の会話など聞こえてはいまい。
「ふう…ん?」
 何を思ったのか、フェンリルはマリアの所へ歩いていったのだ。
 次の瞬間、シンジの目が見開かれた――マリアの頭部に、フェンリルの指がすっとのめり込んだのだ。殺す気ならあり得ない事もないが、指が入った時にも、そしてすぐ抜かれた時にも血は一滴も出なかった。
「細工はしておいた。これで良かろう」
「細工?」
「少し、記憶をいじっておいた。マスターに拒絶された後では、この娘もやりにくかろう」
「ふうん…って、どう弄ったんだ?」
「秘密だ」
「秘密?こらちょっと待――」
 捕まえようとした途端、フェンリルの姿はシンジの中に消えており、そこから引っ張り出す術をシンジは持っていなかった。
「余計な事を」
 ぼやいたシンジだが、その口調はさっきよりもだいぶ和らいでいる。
 しかし、一体フェンリルが何をしたのかとマリアに近づいた途端、マリアの目が開いた。
「あ」
 何となく気まずいシンジだが、次の瞬間いきなり抱き付かれて仰天する事になった。
「マリア?」
「も、もう…いきなり行っちゃうんだから」
「…は?」
「あんな…すごいキスするなんて…」
 心なしか、目が潤んでるように見えるマリアを見て、何となくシンジは改造の予想がついた。
(あいつ)
 しかし問題が解決した訳ではない。
 マリアの横に腰を降ろすと、
「言っとくけど、俺はこんな下らない事に命なんか賭す気はない。間違えるな」
「そうね…」
 こつ、とマリアがシンジの肩に頭を寄せた。
「確かにシンジにとっては、何でもない事かもしれない。でも私にはそう見えてしまったの、ごめんなさい…」
(ほら私の言った通りだ)
 誰かがどこかで笑ったような気がして、シンジはぶるぶると頭を振った。
「シンジ?」
 不安そうな表情で顔を覗き込んできたマリアに、
「いや、何でもないよ」
 シンジは軽く首を振った。
「そう、良かった。私の事、嫌いになったのかと思っちゃった」
「別にそんな事はないけど」
「本当に?」
「ん」
「じゃ、続き…」
 んっ、とマリアが目を閉じて唇を近づけてくる。
 目元は染まり、やつれた陰は無論見あたらないが、シンジの脳裏に出会った時のマリアの姿が浮かんだ。
 服はあちこち破れ、その箇所以上の傷を負い、心身共に限界まで疲れ切っていたマリアの姿。
 また事態は変わらなかったにせよ、自分も肯定したのだと唇を噛んで自分を責めるマリアの姿も。
 そして危険なワインが元で着る事になった水着――と言うよりアダルトグッズだが、淫らな快感に目覚めたらしいマリアの姿も。
 これが普通の出会いであったら、マリアはあんな物など絶対に着ようとはしなかったに違いない。反応しないシンジに不満があるにせよ、最後は白い尻をむしろ見せるように水を切っていたマリアに、シンジは気づいていたのだ。
 ただ、とある妖美な院長のおかげで妙な耐久力が付いてしまい、普通の青少年が見せるような反応は決してなかったのだが。
 そして今、一糸まとわぬ姿のまま、快感への予感からか頬をうっすらと染め、自分の唇を待つマリアがすぐ横にいる。
「……」
 シンジの視線は宙に固定されていたが、やがてその手がマリアの肩に伸び、ゆっくりと押し倒していった。
 
 
「んん、んふっ、んんううっ」
 軽く舌を入れただけで、すぐにマリアは舌を絡めてきた。楽しむ、と言うよりは貪るように吸い付いてくる。
 キスに夢中のマリアは無論全裸だが、シンジはまだ全部脱いでいない。元からパジャマだったが、今は上だけ脱いでいる。
 が、本当はあまり脱ぎたくないのだ。両手で乳首を責めた時に、背中に爪を立てられた事は無論忘れていない。
 とは言え、ある院長とのプレイではないから、下半身だけ脱がせて楽しむ状況ではないと、とりあえず上は脱いだのだ。
 ちゅぽっ、と音がして吸い付き合った唇が、細い糸を引いて離れる。
「マリアって結構えっち?」
 柔らかく抱き寄せて耳元で囁くと、
「シ、シンジにだけ、なんだから…」
 真っ赤になって囁き返したが、こっちは囁く意志と言うより単に声量が出なかったものらしい。
「ね、ねえシンジ」
「何?」
「おっぱい、その…ぎゅってして」
 元からほぼ露出しているみたいな胸だが、僅かに覆っている部分をきゅっと引っ張ると、みるみる乳首はしこりだし、マリアはかすれたような声で喘いだが、それを思い出したらしい。
「いいよ。淫乱なマリアにはお仕置きしてあげる」
「はい…」
 全裸のマリアを膝の上に抱きかかえ、望み通りシンジは胸に手を伸ばした。まだ指一本伸ばしていないにもかかわらず、既に乳房全体は熱く火照り、乳首は未熟なチェリーくらいの大きさに勃起している。
「はあ、ああっ」
 シンジが軽く掌で包んだだけで、マリアは切なげに喘ぎ、身を反らせた。
『ちゅぷっ、くちゅっ』
 シンジの肩の辺りにマリアの顔があり、シンジが唇を寄せるとマリアは自分から唇を合わせてきた。
 舌は自由にさせながら、シンジの手がマリアの乳房を揉む。指が蠢く。
 高まる動悸をダイレクトに伝える胸を弄んでいるシンジだが、胸の形に変化が――サイズに異変が起きた事には気づかなかった。
「ぷあっ、はふうっ、ふうっ」
 胸の快感にキスどころではなくなったか、マリアが顔を離して大きく息を吐いた。
「ふあっ、あうっ、うンっ」
 わずかに身を震わせながら悶えるマリアだが、無論終章ではない。
 生死の狭間に身を置いていただけあって、境遇が変わっても鍛錬は欠かさなかったと見え、たぷたぷと揺れる乳も決して脂肪の塊のみには終わっていない。
 鍛えられ方は十分であったろう――快感以外には。
 おまけに、わざとシンジが乳首を避けている事にマリアは気づいた。
「シ、シンジ、おねがい…い、いじわるしないでぇ」
「何の事?」
 こんな時、決して普通の声量で訊くものではない。雰囲気より何より、自分が冷めてしまうからだ。
「ち、乳首…も、もっといじってっ」
 喘いだまま、叫ぶように言ったマリアに、
「いいよ」
 耳朶にふうっと息を掛けて囁くと、
「うあっ、や、やあっ」
(ん?)
 快感の最中にあるマリアだが、シンジはまだ溺れていない。そのシンジが急に引き戻されたのは、膝上に妙な感触を知ったからだ。
 こぷっと溢れだした愛液が、淫唇の決壊を破って溢れだしたらしい。マリアは今、シンジの膝の上であった。
(脱いでないから…何か気持ちワルいんだけど)
 ぴくっとシンジの眉が動き、それと同時に指も動いた。勃起している乳首を挟み、きゅうっとねじったのである。
「あふうっ、あっ、ふあーっ」
 ぼす、と一瞬だけマリアの躰が跳ねた。
(痛っ)
 当然ながら、乗せているシンジにはダイレクトに来る。一瞬顔をしかめたが口には出さず、
「少しイった?」
 こくっ。
 胸を大きく上下させて小さく頷いたマリアに、
「じゃ、次はこっち」
 左手は乳房に残したまま、片手が股間へと滑り落ちていく。無論、途中であちこちを空爆しながら降りていくのは忘れない。
 脇腹のラインをたどられ、まだ余韻の残るマリアが喘ぐ。しかしそれも、決して拒む声ではなく待っているそれだ――シンジの指が辿り着くのを。
 だがシンジの指は向きを変えた。脇腹のラインが切れた所から、後ろに回ったのである。
「ふえ〜?」
 寝ぼけたような濡れた声は、明らかに期待はずれから来るものであったろう。
「あそこに欲しい?」
 訊いた途端、
「痛っ!」
 手首が掴んで引っ張られた。しかも力任せである。
 怒ったのかと思ったが、どうやら違うらしい。快感に力加減が曖昧になっているようだ。
「おまんこも…ちゃんといじってぇ…」
 舌足らずな声は、自分でも何を言っているのか理解していまい。
(復讐するは我にあり)
 自動的に復讐モードに移行し、シンジの右手が動いた。これだけ愛液が溢れだしていれば、クリトリスも乳首同様顔は出している筈だ。
「脚開いて」
 言われるままマリアが股を広げる。正面からはあられもない姿が展開しているが、シンジからは見えない。
 さすがにいきなり触れるのは躊躇われ、軽く太股に手を当てるとびっしょりと濡れている。愛液の付いた掌をぬるっと滑らせた途端突起が触れた。
「ひあっ、はふうんっ」
 乳首に触れた時より反応は大きい。マリアの耳朶に軽く歯を当てながら、今度は左手が南下した。
 淫唇の周りを軽く指で突きながら、その間右手はクリトリスを指の付け根で挟みゆっくりとこする。
「はあっ、ああっ、イイのぉっ」
 左手の指の微妙なリズムに反応するように、マリアの秘所は愛液をあふれ出させていく――決して枯れる事のない泉のように。
 それに伴ってシンジの足もだいぶ濡れてきているが、そっちはもう気にしない事にした。下から突き上げても勿論脱げないし、今そっちを気にするとトランス状態みたいなマリアに何をされるか分からない。
 文字通り溢れてびしょ濡れ状態の秘所に、もう頃合いは良しとシンジの指が微妙に曲がる。
 そのまま淫唇の奥へ、まずは一本から挿入しようとしたその瞬間。
(マスター止せ)
 フェンリルの声に、指は寸前で止まった。
(…何考えてる)
(よく考えたのだが、マスターも私もこの小娘の事は知らない。だとすれば、もし性病など持っていては一大事だ。そう考えて思考と記憶を走査したのだが)
(だが?)
 シンジの表情が変わったのは、何でもなかったと言うオチではないと気付いた為だ。
 そして予想通り、
(この娘、暴発する)
 それがフェンリルの答えであり、
(どういう事?)
(これだ)
 次の瞬間、映像がシンジの脳裏でフラッシュバックした。
 シンジは見たのだ――マリアの足の間に男がゆっくり入ろうとした途端、その男が吹っ飛ばされたのを。マリアの表情からして、強姦ではあるまい。二人とも同意の上だとしたら何故――。
(マスター、処女膜の知識は)
(…どういう?)
(膜と名はあるが、完全にふさがっている代物ではない、と言う事だ)
(それ位なら知ってる。完全に詰まってるといろんな物が出せないでしょ)
 なんでこんな所でそんな談義をと思った途端、
「んはうっ、んんっ、ああっ」
 淫唇の内側をかるく引っかかれたマリアが甲高く喘いだ。
(その通りだ。が、この娘は違う)
(詰まってるってこと?)
(隙間がない、と言う事だ。元から痛みを伴う喪失だが、これでは激痛どころではない。おそらく戦闘本能が防衛に目覚めてしまうのだろうが、本人は無意識だ)
(処女膜を守るクワッサリーか…しゃれになんないな)
(まだある。さっきの記憶だが、どうやらこの娘も合意だったらしい)
(見りゃ分かる)
(合意同士だと思ったのにいざとなったら拒まれ、それどころか殴り飛ばされた。男の悲しみはいかばかりか)
 何故か冷やかすような口調に、シンジは嫌な予感がした。
(まさか)
(そのまさかだ。この娘を庇って死んでいったのではなく、むしろ死地をわざわざ選んだようだな。さ、どうする?)
(どうもしない。続きだ続き)
(ほう)
(鋼鉄の処女でも、穴はもう一つある)
(開拓精神旺盛だな、マスター)
「余計なお世話だ」
 初めて口に出したシンジに、マリアがとろんとした眼を向けた次の瞬間、
「はあん、あっ、ああーっ!」
 びくびくっとマリアの尻が跳ねた。前の穴は諦めたシンジが、言葉通り尻を狙ったのである。濡れ具合で、おそらくアヌスまでも濡れていると踏んだシンジであり、読み通り一瞬拒んだ入り口も、ぬぷっと指を受け入れた。
「あっ、あひいっ、ら、らめシンジっ、そこやあっ」
 腰をくねらせて逃れようとするマリアに、
「じゃ、もう終わり?」
 わざと意地悪な口調で訊くと、
「や、止めちゃやだぁ」
 舌足らずな声で訴えた。
「了解」
 頷いたこの少年が取った行動は、指増やしであった。
 二本の指が肛門から侵入し、入り口付近で関節を曲げ、辺りを荒らし回る。
「ひぎううっ!や、焼けちゃう、お尻が焼けちゃううっ!」
 に、とシンジが笑った。
 尻に指を突っ込んだままそっとマリアを前に倒し、床に手をつかせる。四つんばいになったマリアの股間からは愛液が滴り落ち、床に染みを作った。
 左手の指はクリトリスを挟んで微妙な加減で挟んだり引っ張ったりしながら、右手は無論アヌスの中を責め立てる。
 三本までは入れる気がしないが、マリアにはそれでも刺激が強すぎるようで、
「はあっ、やだ駄目ぇっ、イイッ!」
 相反する喘ぎと共に身を震わせている。
 そして数分後。
「やっ、ああっ私もう、いいっ、イクうっ、すごくイッちゃうっ!!」
 下肢ががくっと引きつったような動きをするのと、膣口から液が迸ってシンジの手を濡らすのとが同時であった。
 一瞬失禁かと思ったが、違ったらしい。
 後ろの処女喪失で達してしまったマリアを見て、シンジの復讐プロセスも満足――はしなかったらしい。
「後ろの穴でイクような娘(こ)にはお仕置き」
 もう四つんばいすら力が入らぬようなマリアのアヌスで、指をきにゅっと動かした。
「ふやあっ?も、もうらめ、許してえっ」
 決して粘膜を傷つけるような動きではないが、前の処女を断念した事で、シンジが満足する事は消えてしまったわけであり、
「やだよン」
 マリアの愛液でたっぷりと濡れた指をマリアの口に入れ、
「えっちにしゃぶって見せたら許してあげる」
「んむっ、んっ、んんーっ」
 藻掻いたマリアだが、その間だけシンジの指が止まっている事を知って、やむなく舌を使い出したものの、やはり自分の愛液と分かっているし、酸の味に耐えられず吐きだしてしまった。
「出したね?今吐きだしたね?」
「だ、だってこんなのやぁ、ひあうっ!?」
「約束は守るから」
「ち、ちがっ、そんな約束要らな、あひいっ」
 今度は抉るような動きに変わり、直腸に感じる熱すぎるそれは、やがてマリアの中に新たな快感の炎を起こしていく。
 妖しい饗宴は、まだまだ終わりそうに無かった。
 
 
「マスター、満足した?」
「うん、それなりに」
「それは何よりだ」
「そんな事より、俺が命じた通りにしておいただろうな」
「無論だ。丸一日は目覚めない」
「それでいい」
「本当に…いいのね」
「分かり切った事を聞くな」
 膣口と乳房、そして何よりアヌスを徹底的に責められたマリアは、小さく達する事十数回、本格的にも十回近く達しており、ようやくシンジに解放された時には、文字通り息も絶え絶えになっていた。
 それでも表情には女の幸せの色が満ちており、苦痛の色は微塵もなかった。
 今、シンジはフェンリルの背にあり、フェンリルは目下ある地点を目指して疾駆中である。すなわち、降魔が大集合していると言う地を。
 しかし、シンジはフェンリルになぜそんな事を命じたのだろうか。
「昨晩は出なかったが、あの娘時々もう一つの顔が出ていた」
「それは私も分かっている」
「多分もっと調教すれば、マリアは従順な娘へと変わるかもしれない。そして性の歓びで美しくなる娘にね」
「だがそれは危険を孕み――いや、示している」
「うん…」
 シンジは頷いた。
「多分クワッサリーとしてのそれは、マリアの本能なんだろう。危地に陥った時ならともかく、おそらくは人格が変わる事を拒否する部分だ。俺がもう、普通の生活には戻れないのと同じように」
 息も切らさず駆けているフェンリルは、黙って聞いている。
「確かにマリアは変われるかもしれない。でもそこに待っているのは…」
「人格の分裂だ」
 フェンリルは短く断言し、シンジの沈黙は肯定でもあった。
 マリアと戯れている間、シンジは時折その表情が変化するのに気付いていた。そして今の感情とは相反するようなそれが、無意識の内に出ているらしい事にも。
「明日をも知れぬ中で身についたそれは…多分もう一人のマリアになっているんだ。多重人格と言う事じゃなくて」
 普通に考えれば、降魔の大軍に挑むなど命知らずだし、第一役目としては後方に伝える事が最優先なのだ。
 にもかかわらず戦いの道を選んだマリアは、おそらく自分でも気づかない内にもう一つの部分が左右していたのだろう。
 そう読んだシンジの選択は、マリアを置いていく事であった。無論、マリアが自分に好意を持っている事は知っているし、黙って置いていけば悲しむ事も分かっている。
 とは言え自分とフェンリル、二人が出した答えが一致している以上、連れて行く事は出来なかったのだ。
 性格の変貌が人格分裂に直結する、そうと知りつつどうして連れていけようか。
 唇を噛んで宙を見上げたシンジを、
「マスター」
 フェンリルが呼んだ。
「何?」
「今回はマスターに譲る。好きなだけ刈り取られるといい」
「…そうするか」
 人間の感情になど縁遠い存在のフェンリルではあったが、主の心中一つ分からぬ程無能でもなかったのだ。
 
 
 
 
 
「なるほど、これは楽しそうだ」
 疾駆したフェンリルが着いた先の草原は、確かに辺り一面が降魔の群れで埋め尽くされていた。
 脇侍よりも、その上の銀角が多数を占めており、それを見たシンジの双眸にある種の色が浮かんできた。
 すっきりできる、と言う予測からであったろうが、幾分欲情にも似ていたのは仕方あるまい。そしてそれが、マリアとの痴情の時には少しも見られなかったものであったとしても、だ。
「ん?」
 シンジに気付いたのか、真ん中を割るようにして一人の男が出てきた。
「お前だな、私の部下達を次々に葬ってくれたのは。何者だ」
「人に訊く前に自分の名前を以下略」
「以下略?」
 男――葵叉丹の表情が一瞬険しくなったが、
「葵叉丹、世界を我が手に収める存在だと覚えておくがいい」
「こんな奥地で日本語を話す妄想癖に出会うとは思わなかったが。まあいい、冥土のみやげに碇シンジの名前を持っていくんだな。で、その青い叉丹が何をしている」
「…青ではない、葵だ。決まっているだろうが、世界を我が手に入れるのだ」
「それはもう聞いた。だから何で世界なんか欲しくなったんだ」
「復讐だ――我らの力を侮った者達へのな」
 吐き捨てるように言うとさらに続けて、
「降魔戦争の折、強大な降魔へ対抗する為、たった四人で対降魔部隊が配備された。だがその人数でも、決して降魔に引けなど取るものではなかったのだ――過大ではなく、普通の支援さえあればな。だが奴らは我々を異端視扱いし、あまつさえ配備する兵器の研究すら却下した。その挙げ句、一人の仲間が命と引き替えに降魔を封じたのだ。その時以来、帝都は私に取って守るものではなく、征服の為の足がかりとなったのだ。尤も、お前のような下賤の者には決して理解できまいがな。帝都でも、いや世界中でも不要な人間は死んでいく。お前が一足先に行って待っているがいい」
「世界征服、か。分からないでもないな」
「何?」
 思いも寄らぬ言葉に葵叉丹の表情が動く。
 だが、
「でもない、が。帝都を落とすなどと言ってるのが、いやそれより俺より先に世界を征服しようというのが怪しからん。世界は俺に制服される事に決まってるんだ。自意識過剰も病の一つ、このドクターシンジが治してやる」
「殺れ」
 シンジの言葉にさっと腕が上がり、一斉に降魔の群れがこちらに向かってきた。
 この大軍が作られた物である事を既にシンジは知っている。
「昨日の敵は今日の武器、か。かつての精鋭も、矜持すら地に落ちたと見える」
 ゆっくりとエクスカリバーが光り出す。手にピタリと合う事が分かっているそれを軽く引っ提げたシンジを背に、フェンリルもまた地を蹴った。
 
 
 まるで無人の野を行くがごとく――。
 まさにそう形容するのが相応しいシンジの暴れっぷりであったが、そこには悲壮感も危機感もない。
 当たるを幸いなぎ倒していくが、シンジの精(ジン)が材料なだけあって、刃こぼれする様子は全くない。
 フェンリルの体内から出た伝説の剣を操るは五精使い――最強にして最凶とも言える組み合わせを背にするのは神狼フェンリルであり、その前に降魔達は次々と斬られ、その姿を消していった。
 あるものは首を切り飛ばされ、またあるものはほぼ二つに斬り下げられた。戦闘が始まってほぼ三時間あまりにして、圧倒的な虐殺――と呼べるかは不明だが――は終焉を迎えていた。
「フェンリル左へ突っ込んで」
 視界の先に何かを見つけたらしく、シンジが告げた。
 その先に映るのは大ボス――葵叉丹であり、
「碇シンジ見参。大言壮語はあの世でするがいい」
「ぬうっ、若造が!」
 と言っても不意打ちではない。見る見る数を減らしていく味方に、抜刀して手を震わせていたのだ。
「ん?」
 持っている刀に気付き、
「それどっかの銘刀か?」
「光刀無形だ」
「荒唐無稽?お前と一緒だな。ついでだから、仲良くあの世に持っていくがいい」
「小癪なっ」
 気合い一閃、霊刀がシンジを襲う。
「ぐあああっ!」
 悲鳴と共に舞い上がったのは、葵叉丹の腕であった。
「面白い芸みたいだが、俺には通じない。もう一度あの世で出直す事だ」
 上がった手が降りれば、葵叉丹は一刀両断にされていただろう。
 だがそれが降りる前に、ボスの危機を見て一斉に降魔達がこっちへ向かってきた。
「しようがない、あっちが先だ」
 くるりと向きを変え、たちまち一隊を片づけたシンジが振り返ると、
「いない?」
 腕だけ残し、葵叉丹の姿は無かったのだ。
「地下に潜ったか転送したか――あいつの仕業か」
 シンジの視界に少年の姿が映る。刹那だ。
「こらそこのガキ」
「誰がガキだっ」
 振り向いた途端、その身体を不可視の流れが捕らえた。
「爆汽」
 吹っ飛んだ刹那だが、その顔を見た途端シンジは手加減した事を後悔した――体中に溢れる邪悪な気に満ちた顔を。
 一応子供だと思い、手加減はしていたのである。
 しかし、次の瞬間その身体は溶け込むように消え、
「あ、逃げられたぞ」
 シンジが周囲を見回すと、後はもう脇侍や銀角の残骸を残すのみとなっており、
「しようがないからこっちで憂さ晴らし」
 ぶうん、と振られた剣が妖しく光った。
 
 
 シンジは知らなかったが、フェンリルが向かった先は四川省ではなく、雲南省の西北部であった。
 フェンリルに騎乗したシンジは、そこの草原に降魔の大軍をたった一人で壊滅させ、第二の降魔大戦を阻んだのだが、その顔は決して明るいものではなかった。
 とは言え、考えた末の決断であり、何時までも悩むようなシンジでもない。銀角の大軍を壊滅させた数日後にはもう、フェンリルの背に乗りミャンマーへと向かっていた。
「少し大仏破壊――じゃなかった見物でもしてくる」
 と言う事らしい。
 
 
 一方残されたマリアは――。
 目覚めたマリアは、
「マリアの魂の座は、俺と共にはない。元気でね」
 と、冷たいと言えばこれ以上ない簡素なメモに、半狂乱になって街へ飛び出した。
 だが無論見つかる筈がなく、生気を失ってホテルへ戻ったマリアを受付の娘が呼び止めた。
 彼女がマリアに渡した箱の中に入っていたのは、ワルサ――P38の最終モデルと言われる大型自動拳銃P88と、実弾二百発であった。
 路線変更したP99に比べるとだいぶ大きいが、元から使っていたマグナムも小型ではなかったから、極端な違和感はない。
 しかもそれだけではなく、手の切れるような100元札が三百枚入っていた。
 無論、一銭も持っていないマリアのためにシンジが用意したのだ。
 部屋に入る前からもう、涙は溢れていたが、一番の原因は一葉の写真にあった。
 いったい何時撮ったのか、そこには壊滅していく降魔の群れが映っていたのだ――そして、踏み荒らされた事を別にすれば、文字通り無人の野となった草原が。
 シンジは無事に違いない、そう思った途端に涙は止まらなくなり、マリアは声を上げて泣いた。
「絶対に…絶対に許さないんだから…シンジの、シンジの馬鹿…ばかばかばか…」
 だが驚愕はそれだけには留まらなかった。
 その一時間後、魔道省長官南郷さつきから、直に電話が掛かってきたのだ。
「迷惑を掛けたね」
 さつきはそれだけ言って、
「傷を癒してからゆっくり帰っておいで」
 とそう告げた。
 シンジの事は知らないが、留守番にこの部屋の電話番号と、
「ここに間抜けな婆さんが送った連中の唯一の生き残りがいる。さっさと電話しろ」
 と入っていたのだ。
 口調もさる事ながら、この電話番号を知っているのは数名といないのだ。すぐに受話器を手にして連絡を取ったさつきは、マリアの声に涙があるのをすぐに見抜き、最強の切り札が絡んだ事を知った。
 ただ、さつきはその事を誰にも告げなかった――そう、碇フユノにさえも。
 一ヶ月経ってから帰国したマリアだが、見た者が愕然とするほど窶れ――そして美しさを増していた。
 催眠治療で事情を聞き出したシビウが長期療養の診断を下し、急遽用意された客船でマリアが旅に出されたのは、帰国後数週間経ってからであった。
 
 
 そしてその一年後。
 シンジに送られた銃はマリアの手元を離れる事無く、一年前自分を置いてさっさと行ってしまった五精使いに出くわした時、乱射される事になるのである。
 
 
 
 
 
(了)


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