妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第九十二話:卒業式と剥ぎ取りの関係
 
 
 
 
 
「ミサト様、シンジ様にお届け物がございますが、お持ちになりますか」
 白ワインを一本、ミサトが朝食代わりに空けたところへ、メイドの一人が箱を運んできた。
 東山夏美、年は今年で二十七だから年齢はミサトと二つしか変わらないが、童顔のせいでメイド服を脱いで一緒に歩くと、必ず妹に間違えられる。おまけにミサトといい勝負の巨乳だから、童顔と巨乳の組み合わせで危険な視線を集める事もしばしばある。
 ただし彼女に手を出すのは、それこそ血を求めて騒ぐ真剣に、素手で触れるようなものであり、ミサトが止せばいいのにわざわざ夏美を連れて電車に乗った時、二人が降りた後には不埒な輩八人が、手首からへし折られて車内に残された。
 痴漢の撃退は、大声を上げるだけではないのだ。
 その夏美が持ってきた箱の差出人は、黒瓜堂となっており、
「黒瓜堂?」
 ミサトが首を傾げた時、ミサトの携帯が鳴った。
「はい、あたしよ」
「お久しぶり。荷物が今着いたと思うが」
「あんた、まさか監視カメラでも付けてるんじゃないでしょうね」
 そう言いながらも、これの送り主がそんな事をしないのは分かっている。
「で、何送ってきたのよ…学生服?」
「確か今日、弟は卒業式だったはずだ」
「で?」
 妙にボタンの多いそれを見ながら、ミサトの表情は妙に歪んでいる。送り主の発想が分かったのだ。
「以上だ」
 常人からすれば奇妙きわまる話だが、電話が切れた途端、
「あんちくしょー!」
 ばさっと壁に放り投げた途端、
「ミサト様、いかがなさいましたっ」
 夏美が飛び込んできた。どうやら、物騒な物でも送ってきたと思ったらしい。
「すぐ発送元への処分を−あう」
「あんた達が手ぇ出せる相手じゃないわよ。別に物騒な物じゃないわ。ただ…あたしにとってはムカつくだけよ」
「は、はあ」
 素材からしていい値段しそうなそれは、確かに立派な物だからシンジにとっては悪いものではない。
 ただし。
 卒業式とボタン、その単語が特別な意味を持っていなければ、の話であり、弟が本命と言う危険な女に取っては到底気にくわない代物であったろう。
 
 
 
 
 
 例えば、見てきた映画を語らせた時、おそらくはどんなに言葉を尽くしても完全に伝える事は出来まい。感動や衝撃、そう言ったものはその度合いが大きければ大きいほど言い表せないものだからだ。
 裏を返せば、言い尽くせるなら所詮はその程度と言う事である。
 が、それを伝えるにもっともいい方法がある。
 そう、記憶を見せる事だ。もしも思考に残った記憶をそのまま伝える事が出来れば、自分もその場に居合わせたような感触を受けるに違いない。
 ただそれには大きな欠点がある。無論、言うまでもなく鮮明に記憶を読みとる事であり、これを映像化できるのはとある病院の院長しかない。
 どんなに鮮明な夢であっても、覚めてから一時間もすればもうきれいさっぱり忘れている事が多く、実際の光景にしたって細部まで取り出すのは簡単ではない。
 何よりも、余計な物を取り出されかねないから、普通は被験者の許可を得る事自体からして難しいのだ。
 ところで、映像化という事は至難だとすれば、記憶の読みとりはそれ以外では不可能なのだろうか。
 答えは否、だ。
 もう一つ、思考を読めればいいのだ。記憶は曖昧であっても強いものなら残っているし、いわゆるエスパーならそれをしてのける。
 そしてここ−女神館にはその該当者が一人いた。
「おにいちゃん、これどおゆうことかなあ?」
 アンテナみたいに金髪が数本立ったアイリスに、さしものアスカやすみれも顔から血の気が退いた。
 かつての大暴走を思い出したのである。しかもその大暴走の時だって、こんな風に髪の毛が逆立ってはいなかったのだ。
 シンジとキスした−その記憶は二人の思考に強烈に焼きついており、しかもがら空きの思考からそれを読みとるのは、アイリスに取ってはいともたやすい事であった。
 織姫の方は不意打ちみたいだし、頬にしただけみたいだからいいとして、シンジの身体に手を回して抱き合っているさくらの姿は、アイリスの力を−危険な物を目覚めさせようとするのに十分であった。
「おにいちゃんは…アイリスのおにいちゃんなのに…」
 ちら、とマユミがさくらを見た。アイリスが暴走すれば、その力がシンジに行く事はなく、標的はさくらと織姫になる筈だ。
 何があったかは知らないが、この状態なら二人が大けがするのは間違いなく、それだけはなんとしても阻止しなければならないと、マユミは二人を引っ張り出す距離を測っていた。
 がしかし。
(アイリスが怒る…おにいちゃんに怒られる…やだよ…)
 至極分かり易い理論だが、自分に納得させるのはなかなか大変なのだ。
 二十秒近く、室内に危険な沈黙が流れたが、不意にシンジの身体がぴくっと揺れた。
 いや、シンジだからこれで済んだのであり、一般人なら卒倒しかねない。
(…おにいちゃん)
 妙に陰気な声がそのまま脳に語りかけてきたのである。
 無論アイリスの精神感応−テレパスの仕業だが、
(…な、何)
 応じるには数秒掛かった。
(本当は全員に見せてもいいけど、面倒だからしないであげる。でも、今日おにいちゃんの隣で寝るのアイリスだからね)
 別に他の娘が寝るわけもないが、
(あとレニもだよ)
 一瞬間が空いたのは、やはり意識してるせいだろうか。
(……)
 痛いお仕置きは至極簡単な話であり、まして脳内に直接ハッキングされたようなものだから理由は十分だ。
 だがシンジの手が動く事はなかった。
(やだって言ったら?)
(アスカとすみれに、二人の考えてる事流しちゃうもん。どうなるかなあ〜)
(むう…分かった、その条件飲もう)
(うんっ)
 アイリスが急に笑顔になったから、何事かと皆がそっちを見たが、
(ただし、俺にハッキングしてくるのはこれが最初で最後だ)
(ご、ごめんなさい…)
 くるくる変わる表情に、呆気にとられたところへ、
「なあに〜、楽しそうな事してるじゃなーい」
 脳天気な声がして、姿を見せたのはミサトであった。
「姉貴…結界は?」
「シンちゃんの事なら隅々まで知り尽くしてるし、なーんにも問題はなかったわよ。もちろん、か・ら・だもね」
 どっからどう聞いても、実姉が実弟に向ける台詞ではないのだが、本気だからこの娘は怖い。無論、入ってきた格好は持参した着替えであり、作動している結界に阻まれて服一式犠牲にした事は口にはしない。
「なーにが身体だ、まったく。それで何の用さ」
 不法侵入者を見る視線を向けたシンジに、
「もう、いっつもねえ様に冷たい弟なんだから」
 大げさにため息を吐いてから、
「届け物よ、ほら」
 ひょいと投げてよこした紙袋を受け取り、中を見て、
「学生服…なんでこんなにボタンが一杯」
「千葉から届いたのよ。黒瓜堂から贈り物だってさ」
「黒瓜堂って…なんで旦那から」
「シンちゃん、あんた今日卒業式じゃなかったの?」
「卒業…あ、忘れてた。そう言えばそんなイベントがあったんだ」
 ぽんと手を打った所を見ると、本当に忘れていたらしい。
 が、
「あんた今日挨拶だからね」
「え゛!?」
「え、じゃないわよ。あんたが読まなくて誰が読むってのよ。ほら、もう時間に遅れるわよ」
「あー、はいはい」
「ところでアイリス、どうして怒ってたの?」
 どうやら、たった今来たばかりではなかったらしい。
「うーんとね…ううん、何でもないよ」
「なんでもない、と?」
「う、うん。もう終わったからいいの」
「そこの二人の顔見れば、大体何があったか見当付くわよ。アイリス、あんた−」
 言いかけたが止めた。
 心を読んだでしょ、と口にしないだけの分別はミサトも持ち合わせていた。例え思考の中身が垂れ流しみたいな状況だったとしても、だ。
「ま、おおかたあんた達がシンちゃんに何かして逆鱗に触れたんでしょ」
 逆鱗、と言うほど大したモンではない。本当に逆鱗なら、とっくにこの地上から冥府へと移籍しているところだ。
 ぴく、と反応した者がおり、
「ミサトさん、その何かした、とは何の事ですの?」
「知らないわよ、そんなの。あたしだって、別に詳しい事情は聞いてないんだから。ねーシンちゃん?」
 それを聞いて、わずかにシンジの眉が寄る。
 昔から、ミサトがこんな言い方をする時はろくな事がない。大体、と言うよりほぼ間違いなく何か企んでいるのだ。
 そう、ミサトは大方の見当は付いていたのだ。今日ここへ来たのは、届け物と言う名目と同時にシンジが勝手に増やした住人の偵察がメインであり、とりあえず織姫を見てミサトは満足した。
 アスカやすみれ辺りと張り合ってる分には構わないが、それ以上の上玉だと、ちと困る。彼氏だか恋人だかよく分からない加持リョウジと結婚させられそうな目下であり、それもブラコンがもたらした事ではあるが、ミサトは決してシンジを諦めたわけではないのだ。
 で、ピンと弾きだした答えは、告白ったんじゃないわね、であった。喧嘩したお仕置きでもなさそうだし、織姫は知らないがさくらに夜ばいの度胸はない。多分シンジにちょっかい出して、たまたま機嫌が悪かったのだろうとミサトは踏んだ。
 ただし。
 すみれがラブホテルで次元を越えた体位で凄まじい快楽を得、さくらもまた生娘でなおかつ初キスの分際で、濃厚すぎるほどのディープキスを−それぞれがいずれもシンジからもたらされている事をミサトは知らない。
 何よりも、シビウとシンジの正確な関係すら知らないのだ。
 知らない方が幸せとは、よく言ったものである。
 だものだから、織姫のチェックは済んだし、後はポイント上げが重要となる。
「今度入ったってのはあんたね。ふーん、霊力はまあまあじゃないの」
「ミサトさん、見ただけで分かるんで−いたっ」
「あたしを誰だと思ってるのよ。シンちゃんが実子であたしは捨て子だったんじゃないのよ」
 マユミの額をぴしっと弾いてから、
「アスカ、コップに水入れて持って来なさい。二人分よ」
「え?あ、う、うん」
 アスカが言われるまま持ってくると、タイトスカートからなにやらカプセルを取り出して、
「二人ともこれ飲みなさい」
 一粒ずつ二人の前に置いた。
「あ、あのミサトさんそれは?」
「愛する人の性癖ぐらい知っとかないとね。このカレーを食べると、まず常人ならこうなるのよ。普通は受け付けないんだけど、ちょんちょんと鼻を触れば、シンちゃんなら簡単に感覚を麻痺させられるから、普通のカレーと区別が付かずに口に入れるわ。もっとも、そんなに長続きしないで元に戻るんだけどね。これは一種の解毒剤みたいなもんよ」
「あの、愛する人って…」
「ア?」
 ぶるぶるぶる。
 なぜか、訊ねてない娘まで首を振ったところへ、
「さ、さくらその顔…」
 アスカの呆然とした声に皆の視線がそっちを向き、
「な、治ってる…」「し、信じらんない…」
 後者の声は後から入ってきたレイの物だったが、その通り二人の顔は完全に元通りになっていたのだ。
「ちっ、余計な事するねーちゃんだ」
 無論舌打ちしたのはシンジだったが、次の瞬間二人を除いて全員が目を剥いた。
「『ひ、ひたたた…』」
 ミサトが治ったばかりの二人の頬を、ぎにゅーとつねったのだ。
 そんなに強くはつねってないが、さくらならともかく、織姫とはまだ会ったばかりの関係である。
 その織姫も遠慮なくつねりあげると、
「あんた達、今度そんな真似したら家に連れてってピラニアの餌にしてやるからね」
 全く目が笑っていないミサトに、織姫も度肝を抜かれてこくこくと頷いたが、手が離れてから、
「碇さん、こ、この人誰ですか?」
「そんな凶暴なヒト俺が知るわけが…い、いえ、あの、俺のお姉さまです」
 シンジも一応銃は使えるが、こんな風には無理だ。
 まったく…微塵の気配も感じさせずに銃を抜き出し、しかも微動だにせず銃口をポイントする事などは。
「最初から素直にそうすりゃ良かったのよ」
 弱い者をいたぶる暴力団みたいな台詞を吐いたミサトに、
「ねえ、この二人いったい何したの?碇君だけならともかく、ミサトさんまでそんな反応するなんて」
 レイが訊いたが、
「お子さまには関係ない話よ。もう少し乳がでかくなってから訊く事ね」
 ぷう。
 無論、本人が気にしている分野であり、レイはふくれたものの、
「レイ、大丈夫。後数年したらちゃんと巨乳になるから」
「ほんと?」
「うん」
「碇君やっさし〜」
 本当は邪魔された事だし、誰かさんより品のある胸にね、と付け加えようかとも思ったのだが、話がややこしくなりそうなので止めた。
 レイがぴょんとシンジに飛びつき、普段なら他の娘から剥ぎ取りに遭うのだが、
「なーにやってるのよあんたは」
 にゅうと伸びたミサトの手が、レイを軽々と摘み上げ、シンジ絡み限定で発揮された膂力に他の娘達も、手を出さなくて良かったと、ほっと内心で安堵した。
 子猫みたいにレイを降ろしてから、
「ああ、そうだアイリス」
「な、なあに?」
「ま、今回は暴走しなかったしご褒美あげるわ」
「ご褒美?」
 さすがのミサトも、テレパシーでシンジとアイリスが密談、それも添い寝を獲得していた事などはつゆ知らず、
「そ、ご褒美。シンちゃんのリボンはあんたが着けなさい。ただし、今後とも暴走するのは許さないからね」
「う、うんお姉ちゃん。でもリボンてなあに」
「卒業式で、二年生が三年生にリボン着けるのよ」
「ふうん」
「でも今日は他の小娘どもがうじゃうじゃ来るからね。言っとくけどアイリス、シンちゃんをその中に巻き込ませたりしたら承知しないからね」
「う、うんっ」
 物騒な迫力にアイリスの肩がびくっと震え、反射的にぶんぶんと頷いた。
 しかしながら、この時他の娘達の脳裏を過ぎったのは、
「でもなんで自分で行かないのかしら」
 と言う、至極妥当な物であった。どう考えてもブラコンの称号が似合うこの娘が、こんな美味しそうなシチュエーションを逃がす事自体不自然である。
「あのさあミサト…その…」
「何よ」
「いやその…何で自分で行かない…な、なんでもないですう…」
 珍奇とも言える現象、舌足らずになったのは、無論媚びでも性格でもない。シンジ以外の全員が見たのだ−そう、血の涙を流しているミサトの背後霊を。
 なぜか背後霊のくせして本人そっくりのそれは、血の涙を滂沱と流しており、見たくもないそれを見てしまった彼女たちは、その理由が強烈に分かってしまったのだ。
 すなわち、フユノ辺りから強制排除命令が出たであろう事を。
 しかし、アスカもすみれもさくらも、無論アイリスやレニもだが、ミサトがここまでブラコンだとは思っていなかった。
 これでリョウジの存在がなかったら、さすがに彼女たちも内心穏やかではいられなかったかもしれない。
(加持さんがいて良かった)
 と、ほっとしたのは一人や二人ではなかったが、
「ボタンが十二…絶対何か企んでる…」
 そんな内心の喜々とした物など知らぬげに、妙に不安そうな声がした。
 
 
 
 
 
「ねえおにいちゃん、本当に大丈夫だったの?」
「うん、大丈夫」
「それならいいけど…」
 レニはまだ入浴しており、先にアイリスがシンジのベッドに潜り込んでいる。ちょこんと、シンジの胸に顔を乗せて覗き込んできたアイリスに、シンジは優しく笑った。
 卒業式にはあこがれの人からボタンを奪取、或いはもらい受ける。そんな迷信などシンジは全く知らなかった。
 従って、
「あの、ボタン一つもらってもいいですか」
 と、二年生の娘に頼まれた時は、よく分からないながらも頷いたが、式も全部終わって校門を出た時にはもう、前ボタンが十二と両袖のボタンが六つで計十八は、いずれも持って行かれており、その代わりになぜか大量の花と手紙を持つ羽目になっていた。
 ここで大学部へ受かっていれば、
「また会うのになんでだろ」
 と首を傾げるところだが、なにせこの碇シンジ満点のくせに名無しさんだった為に、浪人が一年間決まっている。だから物珍しいのかと断りもしなかったのだ。
 校門を出たシンジが、
「追い剥ぎの被害者というか浮浪者と言うか単にだらしないと言うか…」
 うーんと首を傾げた時、胸ポケットに突っ込んであった携帯が鳴った。
 無論、そこに燦然と輝く一輪のバラは、
「おにいちゃんに近寄らないでっ!」
 初等部を抜け出してやってきたアイリスが一喝し、固まる周囲を後目に進み出て着けたものだ。
 なお、その時頬にキスしたことで、アイリスは教師に叱られたのだが、満座の中でシンジに例え頬でもキスできた事に比べれば、アイリスに取っては対岸で火事ならぬ小さなたき火してる位のものであった。
「碇です」
「届けモンは着いた?」
 笑ってる、シンジにだけそう分かる声に、
「…ボタンが奪われた時分かった。これが見たかったんだな」
「その通り。ただし、まだある」
「まだ…あれ、姉さん」
 シンジの視界に、車の窓から顔を見せた妙に機嫌の良さそうなミサトが映った。
「なんでここに?」
 自分の姿を見ても反応しないミサトに訊くと、
「そっか、そう言う事だったのね」
「は?」
「さすが、あたしの好み知ってるじゃない」
「ちょっと何の話を−あ」
 シンジは知らなかったが、この時記念写真をと、カメラ片手に女生徒がうようよ近寄ってくるところであった。知らぬは本人ばかりなり、とはよく言ったもので、シンジは知らないがかなりの人気はあり、それを防波堤と言うか寄せ付けなかったのはひとえにミサトである。
 そしてその歯止めが今日はないと言う事で、今までに溜まった物が一気に堰を切った結果が、このボタンを全部持って行かれたシンジの姿だったのだ。
 その寄ってくる女生徒達を見ながら、
「やっぱりあたしが消毒してあげないとね」
 その顔に浮かんだ勝ち誇ったような笑みに、シンジが身を退こうとした途端、その身体は束縛されており、次の瞬間シンジは首筋に熱い物を感じた。 
 んちゅーっ。
(絶対に痕残ったぞこれ)
 経験はそう告げており、ねっとりと唇が這った後、ミサトが満足そうに顔を離すのと悲鳴が聞こえるのとが同時であった。
 やや呆然としたまま携帯を再度手にし、
「まだあるって…これ?」
「そうなる。面白い物を見せて貰った礼に、逃走の際には助けよう。じゃ」
「見せて貰った?え?あ、ちょっとこらまてー!!」
 一方的に切れた電話に、今から半島まで重戦車で乗り付けてやろうかと思ったが、服の着替えが先だと思い直した。
 首筋に貼られた絆創膏に、そっと手を伸ばしたアイリスに、
「ああ、大丈夫だから」
 手をおさえたそれは、無論キスマーク隠しだ。これが住人の誰かならまだしも、実姉に付けられたなどとは、口が裂けても言えない。
「野郎共…」
 内心で毒づいたが、とりあえずミサトは泪と瞳に命じて磔にして置いたし、黒瓜堂の主は今度房総へ行った時店を焼き討ちしてやると決意し、
「アイリス、もうそろそろ寝ようか。子供は夜更かししちゃ駄目だよ」
「も〜、おにいちゃんまた子供ってゆった。でもおにいちゃんだからいいや。じゃ、おやすみなさーい」
 きゅっとシンジに抱きつき、こら離れなさいと剥がそうとしたそこへ、
「アイリスばっかりずるい。僕もシンジと寝るんだから」
 濡れ髪がしっとりと肌に貼り付いたレニが姿を見せ、
「分かってるよ。さ、レニはこっちおいで」
 反対側を指すと、レニは嬉しそうに笑って入ってきた。
 十分ほどして二人とも寝付いたが、シンジはまだ起きており、
「俺が今日着てった服のボタン…純金製だったのかなあ?」
 未だ事態が飲み込めていない五精使いが、ぼんやりと呟いた。 
 
 
 
 
 
(つづく)

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