妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第六十三話:妖華混浴物語−アイリスの場合
 
 
 
 
 
「アイリス入らなかったの?」
「ううん、おにいちゃん待ってたの」
「う…」
 以前とある娘を助けた事で、脇侍に銀角まで加えた大群と対峙する事になった事のあるシンジだが、その時もあくまでレジャーの一環であり、狼狽も焦りもまったく見られなかった。
 それだけにこの表情をシンジにさせたのが年端もいかぬ小娘と知ったら、当事者達は欣喜するかあるいは悔しがるか。
 手が空中で固まった姿勢のまま、
「アイリス裸?」
 身も蓋もない事をシンジが訊くと、
「ううん、水着着てるよ−学校のだけど」
 学校の、と言うことはすなわちスクール水着な訳で。
 一瞬シンジが下を見たのは気のせいだったろうか。
 さっと立ち上がると、壁に掛けてあったバスタオルを取って巻き付ける。
 それも何故か女のように胸元から下を全部覆ってから、
「いいよ、入っておいで」
 声を掛けると、扉がからからと開いてアイリスが入ってきた。
「お、おじゃまします」
 何となく恥ずかしそうに入ってきたアイリスだが、これもシンジのようにすっぽりとタオルで身体を覆っており、肩から見えるスリップの部分が唯一水着を示すのみとなっている。
 と、シンジの格好に気付いたアイリスが、
「おにいちゃん女の人みたい…どうしたの?」
「これ?タオルはこうやって巻くのが最近の流行なの、知らなかった?」
「嘘、そんな事無いよ」
「本当だってば」
「嘘だもん。普通はタオルなんか巻かないんだから…ほら」 
 はらり。
 すっとタオルを落としたアイリスに、シンジの目が点になった。タオルを取ったのはいいが、その下には何も身につけていなかったのである。
「…え?」
「へへーん、引っ掛かった引っ掛かった」
 嬉しそうに笑うとアイリスは、手にしたタオルを得意げに見せた。
 罠にはまった鶴みたいな顔でそれを見たシンジの視界には、水着の形の部分を模した布きれがマジックテープで留まっているのが映っている。
「これは秘密兵器なの−おにいちゃんみたいに、裸だと入れてくれない人の為に…えいっ」
 言うなりアイリスは、ざぶんと勢いよく飛び込んできた。
 だがまだシンジは動かない…正確には動けなかったのだ。
 呆気に取られていたシンジが我に返ったのは、アイリスに正面から抱き付かれて柔らかい胸がぷにっと当たってからであった。
「あー…もごぐっ」
 叫びかけたシンジの口をアイリスのちっちゃな手が塞ぐ。
「しー、静かにしなきゃ駄目でしょ」
「あい?」
「みんながこの状況を見たらどう思うかな〜おにいちゃん?」
 小悪魔的な、というか悪魔の素質十分な笑顔でシンジの顔を覗き込んだ。
 
 
 
 
 
「出来た」
 目の前に立つ全裸の娘を見て、シビウは静かに微笑した。
「幾分加工はしてあるが、それでも基本的には本来の姿を踏襲したに過ぎない。見なさい、これがあなたよ」
 差し出された鏡を一目見て娘は絶句した。
「こ、これが僕…」
 おしとやかに、と言うより自信なさげにちんまりとしていた胸は大きく突き出し、遠慮がちに描かれていた腰へのラインも半円に近いほど引き締まっている。
 そして、性徴を示す淫毛もまた頭髪と同じ色のそれが性器を覆っている−入院した当初はまったく姿さえ見られなかったのだ。
 十五センチ以上も伸びた身長と合わせ、突如として性徴がやってきたようなレニの肢体だが、無論ドクトルシビウの手による部分が大きいのは言う迄もない。
 正確には、その嗜好と言うべきだが。
「記憶も既に完全に戻してある。無論いい事ばかりではないが、それ無くして人格の復元はあり得ないからだ」
 カルテを見ながら告げるシビウの口調には、普段の妖麗たる物はまったく感じられない。ただし、患者を診ると言うよりは、幾分作品を吟味する芸術家に近いのは仕方あるまい。
 ここにいるのは普通の医者にあらず−ドクトルシビウなのだから。
「分かっています、医師(せんせい)」
 レニは小さく頷いた。
「もう…完全に戻りました。でも僕には…シンジがいます」
「結構。ただ、退院前に最終検査をするから後三日の入院になるわ。それと注意事項が二つ」
「はい?」
「一つは、シンジが求めるまで決して私と言わないこと」
 恋人に身体を求められて困った少女に対するような感じだが、シビウは至って真顔である。
「あなたの場合は、その単語一つで容易に死人を生み出させるのよ。無論シンジの手によるけれど。見てみたいが、五精使いの場合には止められる者がいない−私も、そしてフェンリルであっても。そしてもう一つ」
「はい」
「シンジは私の想い人、これは既に決定事項となっている事を忘れないで。それとも私から取り上げてみる−碇シンジを?」
 反射的に首が千切れるほど激しく振ったのは、本能が咄嗟に取らせた行動であった。
 何よりも、誰がこの女医に正面から挑めると言うのだ?
 フェンリルの実体を知らぬレニに、該当する人物は一人もいない。
 が、
「とは言え、自分の許嫁だと吹聴する程度なら結構よ。もうシンジに目を付けた娘もあそこにはいるようだし」
「は、はい…」
 シビウの台詞が両立しないような気がして、どこか釈然としない顔のレニに、
「シンジの本質はその強さにある、あなたも覚えて置きなさい」
 女医は婉然と笑って告げたが、それも更にレニを混乱させるには十分な物であった。
 
 
 
 
 
「ところでアイリス」
「なあに?」
「他の誰とも一緒に入った事は無いはずだけど、なんで入ってきたの?」
 とりあえず自我を復旧させたシンジにより、アイリスは膝の上に抱きかかえられる格好になっている。
 なお、シンジの方はバスタオルを巻いたままだ。
 普段美女の裸体など見慣れているシンジだが、美幼女のそれはない。だものでやや慌てたがもう元に戻っている。
「だっておにいちゃん…すみれとかマユミとかばっかりなんだもん」
「何が?」
「アイリスは子供だから、おにいちゃんと何処かに行ったりできな…いたた」
「お前、さてはアイリスの偽物だな」
「ふえっ?」
 いきなり頬を引っ張られ、アイリスの頬は両側にむにょんと伸びている。
「本物のアイリスなら、この間俺とお出かけしてる。それを知らないのは偽物に違いない」
「あ、あうう」
 更に引っ張ろうかとも思ったが、シンジはあっさりと手を離した。
「思い出しましたか?お姫様」
「ご、ごめんね、ちょっと忘れちゃってたの…あっ」
「じゃあしようがないよね…って、俺が言うと思ったの?」
 シンジがにこりと笑った瞬間、その片腕にアイリスの身体は拘束されていた。その体格では、アイリスを拘留する事などあまりに簡単であり、逆にアイリスに取って逃げるのは至難である。
「ちょ、ちょっとおにいちゃ…あんっ」
 シンジの長い指が、アイリスの脇腹をつうとなぞる。
 胸の少し下辺りに手を回したまま、
「アイリスって色白いよねえ」
 その耳元にふうっと息を吹きかけた。
「ん、んんうっ」
 アイリスのちっちゃな身体がぴくっと揺れるのを見ながら、
「アイリスはこの年でもやっぱり外国人の身体だし、将来は背も高い美人になるんだよね?」
「ふえっ…う、うん…」
「でもそうなると、もう俺の膝には乗らない位大きくなる。だから今のうちに遊んでおこう」
「そ、そこ、やあ…お、おにいちゃあ…ふあっ」
 あくまで脇腹のラインからは動かず、それでも敏感な所を上下の動きで捜すようにシンジの指が動き、その度にアイリスの身体がびくんと揺れる。
 しかも締め上げてはいない腕なのに、何故かアイリスがもがいてもまったく抜け出せないのだ。
 アイリスの顔が段々染まってきた所を見計らって、今度は反対側の耳に息を吹きかけると同時にその身体が一段と大きく揺れた。
 急にへにゃへにゃと力が抜け、ぐったりとシンジに寄りかかったアイリスに、
「アイリス、どうしたの?」
 表情は少しも変えず、シンジは優しげな声で訊いた。
「はあ…はあ…な、なんか変なの…な、なにか熱くなっちゃったみたいだよう…」
 それを聞いて、初めてシンジはにやっと笑った。
「軽くくすぐっただけなのに変になっちゃったの?」
「おにいちゃん…知っててやったの?」
(むう)
 そう言えばいかにシンジが変態で鬼畜であってもアイリスには関係ない。
「ううん、何でもない」
 軽く首を振ると、また少し余韻が残っているアイリスをひょいと抱き上げた。
「背中流してあげる。さ、そこ座って」
「おにいちゃんが?いいの?」
 シンジが頷くと、アイリスは嬉しそうな顔でにぱっと笑う。そこにあるのは間違いなく、年相応の笑顔であった。
 
 
「で、何をしてるんだマスター?」
「すみませんごめんなさい、反省してます」
 あの後、結局バスタオルを外すことの無かったシンジだが、
「肩までつかって五百数えるんだよ」
 と、通常よりやや長めに思える数をカウントさせられると、アイリスはくてっと伸びた。
 要するにのぼせたのだが、
「ありゃ?大変だ」
 とアイリスを担ぎ上げ、さっさと服を着せてそのまま部屋へ運んできた。
 今アイリスは、シンジの腕の中で寝息を立てている最中であり、シンジの枕はいつも通りフェンリルである。
「マスターにそんな趣味があるとは思わなかったぞ」
「別にないよ」
 シンジは首を振った。
「ただ」
「ただ?」
「いつも巨乳で肢体の熟れてる方に迫られてるモンで」
「応じれば事は済むはずよ、マスター」
「やだよ。巨乳は揉むだけで十分な…ぶっ」
 言い終わらぬうちに、妖狼の白い前足がその頭部を一撃していた。
「そう言う偉そうな台詞は触れてから言ってもらおうか?」
「そのうちにね」
 他人事みたいに言ってのけたシンジに、一瞬フェンリルが視線を向ける。
「やはりあの時食っておくべきだったな」
「強姦は犯罪だよ」
 シンジの台詞からすると、初対面の時の事では無さそうだ。
「ふん」
 べしゃ、と布団に頭が落ちた時、シンジは枕が消えたのを知った。
「怒りっぽいんだからまったく…」
 ぶつぶつ言いながらも、すやすや眠っているアイリスの寝顔を見た時、その表情はふっと緩んだ。
「子供にはまだ少し早かったかな…ん?」
 シンジが呟いた時、ぐっすり眠っているアイリスの手が伸びて、シンジのパジャマをきゅっと掴んだのだ。
「お…にいちゃん…」
 シンジの口許が僅かに緩み、その顔がアイリスの頬に近づく。
 す、と触れた影はすぐに離れた。
 もしアイリスがそれを知ったら、
「起きてる時が良かったのにー!」
 と悔しがるか、
「おにいちゃん…ありがとう」
 と頬を染めるか。
 だが、本来湯柱と共に吹き上げられてもおかしくない相手であり、腕の中で眠っている事を考えれば十分すぎると言えよう。
「おやすみ、アイリス」
 軽く頬に触れると、そのままアイリスを抱き寄せる。
 アイリスが普段決して取らぬ姿勢−胎児のように身を丸めてシンジにくっついたのはその数分後の事であった。
 
 
 
 
 
「あら?」
「な、なに?」
 朝ともなればもういつも通りであり、さくらとマユミはさっさと起きていた。
 一通り剣の鍛錬に汗を流した後、
「今日は一緒に入ってもらうからね」
 がしっとさくらを捕まえると、まったく抵抗を許さず湯船に放り込んだ。
 後から入ってくると当然さくらは怒っていたが、
「どうしていつも嫌がるの?」
「そ、それは…」
 マユミが訊くと明後日の方向を向いてしまった。
 それ以上マユミも訊こうとはしなかったのだが、ふと気付いたようにマユミがさくらの胸を見たのだ。
「さくら、胸大きくなってない?」
「ほ、ほんとに!?…あ」
「やっぱりそれだったのね」
 ふう、とマユミは溜息をついた。
「マ、マユミには私の気持ちなんか分からないのよ。どうせ分かるわけ無いでしょ」
「それはさくらも同じでしょう?」
「…え?」
「女の子の胸って、本来の役目は赤ちゃんにおっぱいをあげる事なんだから、その前に大きいのは困る事もあるのよ」
「困る事って?」
「走るときにね、揺れて痛かったりするのよ…さ、さくら本当だってば」
 別にマユミは嘘など言ってない。
 シビウ、或いはフェンリルクラスの完熟した肢体ならともかく、マユミでは全力疾走で気付いたら胸がずきずきする事もあり、必ずしも満足してる訳ではないのだ。
 また、マユミに取って胸や尻と言った肢体のパーツよりも、剣の腕前が上がることの方が重要なのもその要因となっている。
「ねえさくら」
 マユミが静かな声で呼んだ。
「…何」
「私は別に大きくしようとして何かした訳じゃないし、これは自然にこうなったの」
「嫌味言いたいの?」
 ぷかぷか浮いてるマユミの乳を、まるで敵でも見るように睨んでるさくらだが、
「そうじゃないわ」
 マユミは首を振った。
「この間さくらが碇さんのブレスレットを着けて暴走した時、私はとても羨ましかった…いえ、嫉妬さえしたわ」
「…え?私にマユミが?ま、まさかマユミ碇さんのこと…」
「そんな事じゃないわ。さくらと私は剣の道を始めたのも同じくらいの年で、私だって決して遊び半分でやって来たわけじゃない。むしろ斬鬼護士−鬼すら断つ者の末裔として、今は要が無いとは言え徹底的に教え込まれてきた。でも条件が同じになった時、あなたには敵わないって知ったのよ」
「そ、そんな…」
 まさかマユミがそんな事を思ってるとはつゆ知らず、さくらも一瞬言葉を失った。
「でもね、私はもちろんさくらを非難してるわけじゃないの。持って生まれた物の違いはどうにもならないんだから。ただ、それは身体だって同じ事よ」
「そ、そうよね…ん?それって。私が一生マユミより胸がちっちゃいままって事?」
「そうね、良くてもCくらいかしら。でももしなんだったら、方法が無いこともないのよ」
「えっ?」
「それはね−」
 内緒話をするように顔を寄せてきたマユミに、ついさくらも耳を近づけたのだが、次の瞬間その胸はむにゅっと掴まれていた。
「マ、マユミ何をっ!?」
「胸はね、揉めば大きくなるっていう俗説があるの。碇さんはしてくれないだろうから私がしてあげる」
「どっ、どうして碇さんがそこにで…あんっ」
 一瞬のけぞったさくらだったが、
「じゃ、私は揉んで小さくしてあげるわっ」
 二人とも全裸のまま、どたばたと大暴れ。
 じゃれ合いに終止符が打たれたのは、二人とももうのぼせる寸前だったが、顔が真っ赤になっていたのは確かにそれ以外の理由も大きかったろう。
「マ、マユミ…」
「な、なに?」
「も、もう私胸の事言わないから…ごめんね」
「い、いいのよ。私も余計な事言っちゃったから」
 取りあえず関係は修復されたが、上がった二人が全員を起こすとアイリスがいないのに気が付いた。
「あらアイリスは?」
「お部屋にいなかった?」
「ううん、部屋どころか何処にもいないよ」
 一瞬彼らが顔を見合わせたのは、もしや万が一にも出て行ったのではと言う思いが過ぎったのだ。
 原因に心当たりはないが、アイリスの事だから分からない。
「もしかして碇さんがジャンポールを取り上げたから…」
 シンジがそれを取り上げているのは、別にぬいぐるみが嫌いだからではない。
 シンジはアイリスを普通だと思っているし、もう中学生になるアイリスがぬいぐるみを持って外出も出来まいと考えての事だ。
 しかしそんな事を彼らは知らず、
「取りあえず碇君を起こさないと。ボクが起こしてくる」
「あ、待って私も行くわ」
 レイに続いて、さくらも走り出したのがシンジにとっては不運であったろう。
 
 
「ん…よく寝た…痛?」
 妙に腕が重く上がらないぞと、シンジがそっちを見ると見慣れた物体が乗っている。
「これは…そうかアイリスと一緒に寝てたんだっけ」
 起こさないようにそっと抜け出そうとしたが、
「んにゅう、眠いよう…あれ?」
「おはよう、アイリス」
「お、おにいちゃんっ!?」
「お風呂で茹で上がったから運んできたの。よく寝られた?」
「う、うん…あの、おにいちゃん」
「何?」
「ア、アイリス、おにいちゃんと一緒に寝てたの?」
「そうだよ」
「ふうん、そうなんだあ…」
 段々その顔が緩んでいき、嬉しそうな笑顔に変わる。
「おにいちゃん、だーいすき」
 きゅっとしがみついたアイリスの頭を撫でながら、
「はいはい。それよりもう起きないと遅れるよ」
「うん、そうだね…あれ?」
「どうかした?」
「アイリス、着替えたの覚えてないんだけど…」
「裸のまま放っておけないから服だけ着てもらったの。風邪引きたくないでしょ?」
「お、おにいちゃんのえっち…」
(裸で入ってきたのは何処の誰だ)
 本来なら口にしてウェルダンの刑だが、何故か顔を赤くしてごにょごにょ言ってるアイリスはそうもいかず、
「だってあれはほら、しようがないじゃない。ね?」
「起こしてくれれば良かったんだもん。お、おにいちゃん、ちゃんと責任を…」
 アイリスの台詞にシンジの眉根が寄った時、
「良かったですねえ、美少女の裸が見れて」「碇君てばやっさし〜」
「え…さ、さくら!?」
 間違いなく角を生やして静かに待ちかまえているさくらと、これはもう観客を決め込んでいるレイの姿を発見し、シンジは周囲の温度が氷点下まで下がったのを知った。
 
 
 
 
 
(つづく)

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