妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第三十六話:ソレッタ=織姫と言う娘(後)
 
 
 
 
 
「どうもすっきりしないな」
 往来の真ん中で、シンジは軽く伸びをして呟いた。
 雲は何時しか流れ、空はすっきりと澄み渡っている。
 にもかかわらず、このシンジの台詞である。
 無論、根拠が無いわけではない。
 その脳裏には、さっきの会話が甦っていた。
 
 
「あれは、今からもう十年も前になります」
 十年前と言えば、織姫はまだまだ七歳の頃だ。
 そしてシンジも八歳の少年であり、それは同時に−
「先の降魔大戦の時だな」
 ゆっくりと緒方は頷いた。
 真宮寺一馬・藤枝あやめ・山崎真之介・米田一基、霊刀を操るとは言え、この四人だけで対降魔部隊は結成された。
 既にその能力は、ほぼ開花している点では差はなく、その上で比べても今のシンジには個々の実力は遠く及んでいない。
 その意味では無茶もいい所だが、取りあえずこれしか人材は無かったらしい。
 しかも、最年少のあやめに至っては当年十五歳であり、到底戦場にかり出せる年齢ではない。
 とは言っても、アイリスにせよレニにせよ、花組に組み込まれた時の年を考えれば、あながち差がないとも言える。
 そしてその当時、緒方はまだ普通の一般人であった。
 先だっての第一次降魔撃退戦に於いて、脇侍達は一般人ではなくシンジ達を狙ってきた。
 それはそのまま、シンジ達を標的と見定めたからだが、降魔大戦当時、被害は少なからず一般人にも及んだ。
 いやむしろ、一般人が狙われたと言った方が正解だろう。
 帝都を滅ぼす、と言う目的があった訳でもない。
 誰かの使い魔として、破滅と破壊の先陣を担った訳でもない。
 ただ、何者かに召喚されたそれは、おそらく術者の未熟故であったろう、結界から外に出て、帝都の魔気とも言える負の感情を餌に忽ち成長し、分裂していった。
 当時、既に緒方は妻を亡くしていた。
 正確には、娘の誕生と引き替えに妻を喪ったのだ。
 この子を頼みます、そう言い置いて逝った愛妻の言葉を、緒方はずっと守ってきた。
 だからあの日、愛娘の肌に傷を見た時、禁断の術に手を出す事も厭わなかったのだ。
 
 
「織姫っ」
 緒方が家に戻った時、そこには倒壊した自宅と、その中に埋もれている娘の姿があった。
 その一撃は触れた箇所から人体を腐敗させる、とも言われた降魔のもので無かったのは、まだしも幸いだったかも知れない。
 だが、普段画家としての姿からは、想像も出来ないような力で材木を持ち上げ、娘を救出した緒方の表情は凍りついた。
 その胸元と背中には、あまりにも大きな裂傷が残ったのだ。
 そう、間違いなく残ると思われるそれが。
 しかしそれ以前に、致命傷にも似たそれは織姫の体内から、急速に血液と体温を奪いつつあったのだ。
 妻の命を賭した頼みが頭の中を駆けめぐった時、男は一つの決意をした。
 
 
「で、思いついたのが召魂の法か」
 シンジが呆れたように言ったのも、無理はあるまい。
 召魂の法、すなわち亜空間を彷徨っている魂を呼び出し、この世の肉体と合体させる術だ。
 亜空間と言えば聞こえはいいかも知れないが、正確にはこの世とあの世の境、つまり成仏も魔化も出来ずに彷徨っている魂だ。
 一般に、死んだ後も心残りがある魂がいるのは、この空間である。
 そしてその想いが強すぎると、時としてこの世に魂だけ戻ってきて、あれこれとろくでもない事をしてのけたりもする。
 第一、この世に未練があるものをこの世に再度喚ぶのだから、術者の腕がよほど上級の者でないと、おかしな者を召喚する事にもなりかねない。
 実際、奪った現金に未練が残る強盗の魂が召喚されてしまい、誰も知らぬ筈のそこへ持ち主の身体が移動した事もあるのだ。
 その時は幸い、隠した金を掘り出した時点で、男の魂は消えてしまったため、大事には至らずに済んだ。
 これはまだましな方で、自分が死んだ後再婚した夫を恨み、人に取り憑いて後妻を殺した例すらあるのだ。
 いくら被害者と容疑者に接点が無いとは言え、最近は突発的な犯罪も多く、無罪を証明するのに魔道省のエリートが、二十人から出動したのである。
 裏工作とも言えるが、秘かに裁判官と会い、魂との合身を見せていなければ、間違いなく有罪になっていた所だ。
 その当時、緒方は純粋な画家を志しており、魔術だの退魔だのにはまったく無縁であった。
 大混乱の最中にあり、消防車や救急車は一切の出動が絶望的になっていた。
 閉じこめられていた訳ではなく、次々と押し寄せる通報で手一杯になっていたのだ。
 救急車、或いは救命車の保持台数は区内、いや日本でもトップを誇ると言われるシビウ病院は、その当時まだ設立されていない。
 瀕死の娘を前にして男が取った手段は、人の親としては当然だったと言えたかも知れない。
 そう、あくまで人の親としては、だが。
 絵を依頼された退魔師から、お礼代わりにもらった本の中に、召魂術が記されていた事を緒方は天に感謝した。
 無論、先に記した影響の事もあり、本来は素人になど流出すべきものではない。
 が、逆に素人が理解できる物でもないし、と謝礼に渡したのかも知れない。
 幸いなのは、娘を思う執念が古代ケルト語で書かれたそれを、父が直感で判別出来た事であり、不幸だったのは当然のように、それがあちこち間違っていた事であった。
「で、何が出た?」
「…猫でした」
 猫、と言ってもそれこそ色々な種類があるが、取りあえず道路で轢かれ、反対車線に吹っ飛んだところをまた轢かれ、人間に凄まじい怨念を持って死んだ猫ではなかったらしい。
 取りあえず、縁側で老婆の膝に抱かれながら、眠るように息を引き取ったタイプだったようだ。
 ようだ、と言うのはそのくせに妙に活発だし、あまり大人しくは無かったのだ。
「織姫の性格が変わったのはそれからです。前はあんな、奇妙な話し方はしませんでした。幸い、今では猫の性質は殆ど消えていますが、飛翔能力が妙に高いのは相変わらずです」
「飛翔能力?」
 僅かにシンジが首を傾げる。
「そうは見えなかったが」
「普段の話し方をしている時はできません。それができるのは、もう一つの人格が現れた時なのです」
「やはり、そっちが出たか」
 召魂術には、まず最初の危険として何が出るか分からない事にある。
 これに関しては、術者の腕が高ければ選別は可能だから、回避できる危険と言える。
 そして第二に、後遺症があるのだ。
 最初の何が出るか分からない、と言うことに加えてその次に、それに対する依存度も大きく関わってくる。
 言い方を変えれば、魂の執念を利用して本体を生かすわけであり、本体の衰弱が強いほど魂の存在は大きくなる。
 場合によっては、例えば猫を使った場合には尻尾や耳が生える事すら起きうるのだ。
 そしてもう一つが、複合人格の形成である。
 これも、本体が衰弱し過ぎた時に起きる現象であり、言い方を変えれば風邪を引いた時に、咳が出るか熱が出るかと言うようなものと言える。
 ある場合は咳が止まらなくなったり、ある場合は高熱が続いたりする。
 人によっては両方の症状も出るが、厄介なのはこっちの場合も同じだと言う事だ。
 つまり、複合人格に加えて体躯の変化も出てしまうのである。
 ただし、シンジが織姫を見ても尻尾など無かったし、あるとすれば人格だけの筈だ。
「体躯の変化はどうなっている」
 緒方はゆっくりと首を振った。
「幸い、それが出ることはありませんでした。ただ、特定の日に限って、普通に育った娘のような話し方に戻るのです」
「で、お前が画家を放り出したのは、それを戻すためか」
「はい。私に力さえあれば、私が力さえ持っていれば…娘にもう一つの人格が出ることなど無かったのです。いやその前に、もっと召喚した魂を押さえて入魂させる事ができた筈です」
 シンジはそれには答えず、壁に付いているブザーを押した。
「若、お呼びでしょうか」
 黒木が来るまで十秒と掛からなかった。
「この男、先の降魔大戦の折、娘に召魂術を掛けたらしい」
「は?あの時はまだ、一介の画家だったはずですが」
「どこかの間抜けな術師が、絵のお礼に魔術の図鑑でも渡したらしいぞ。自分の会得用に、図解した物を作るのはそんなに珍しくもないからな」
「誰がそんな事を」
 信じられない、と言うような顔の黒木だが、その視線は緒方を射抜いている。
 召魂の術が何をもたらしたのか、これも朧気に察したらしい。
「もう十年も昔の事だ。今更どうこうする問題ではない。そんなことより黒木」
「はっ」
「緒方が召魂に分離を掛けるとしたら、今の力で足りるか」
「若、お戯れを。召魂の術に分離を掛けるなど、術の直後に限られます。時が経てば経つほど難しくなるそれは、十年も経った今では若のレベルでも…」
「じゃ、俺でも無理だな」
「い、いえそんな事はっ」
 首を振ったが、表情はそれを肯定している。
 起きる事柄を無視すれば、つまり本体の物理的な死を無視すれば、強引に離す事は不可能でもない。
 ただし執念を持ったそれを、しかも肉体に溶け込んだそれを引き離すのだから、相当強引な事は事実である。
 無論、溶け込む前に施術しなければならないし、元々衰弱している本体を補うための物なのだから、それとの分離は本体の死を意味していると言っても過言ではない。
 つまり。
 本体の死が無ければ、事実上不可能なのだ。
 実際の所、十年経った今となっては、シンジも行う自信は完全にはない。
 ただし、助手がなければの話だが。
「緒方」
 シンジが静かな声で呼んだ。
「は、はい…」
 黒木の視線のせいか、緒方は顔も上げられない。
「娘に召魂の術を使った事、俺は咎めはせぬ。自分のためならまだしも、子の為なら鬼とも悪魔ともなれるのが親だからな。だが今、お前が娘に分離を掛けるなど、その辺の素人を捕まえて、脇侍に勝ってこいと言うようなものだ」
「……それでも、それでも私は…」
「やめておけ」
 シンジは冷たく突き放した。
「図解してある本を見れば、素人が術に手を出す事もできるだろう。だがそれがどんな結果を生むかは、お前がよく分かっている筈だ。人には通常を超える力を出せる場合があるとは言え、臨界点を超えた事は身体ができない。やるだけ無駄だ。いや、それどころか織姫を殺すことにもなりかねない」
 この魔道省に籍を置く者で、シンジの実力を知らぬ者はいない。
 そのシンジに面と向かって、無理だと断言されたのだ。
 俯いたまま、血の気を喪っていく緒方を見ながら、
「画家としては有名だったのか?」
 と黒木に聞いた。
「確か以前は大賞を幾つも手中にしております。ここに来てからも、幾つか絵は描いておりますが、それなりのレベルかと」
「生計は」
「素人目には可能かと」
 そうか、と頷いてから、
「緒方、今ならまだ戻れよう。到底叶わぬ夢を追うよりは、かつて自らが求めた道に戻るがいい。想いや夢、それの決して及ばぬ領域は確かに存在するのだ」
「では若、本日付けで籍を抹消して」
 黒木が言いかけたのへ、
「それには及ばない」
 シンジは軽く首を振った。
「道はある。それを取るかどうかは緒方が決める事だ」
「若の仰せの通りに」
 
 
  
 
 
「なーにが助手無しでは、だっての」
 にゅ、と真っ白な腕がシンジの首に巻き付いた。
「何が?」
 とぼけると、きゅっと腕に力が入った。
「あの小娘に分離を掛けるくらい、マスターなら造作も無いでしょう。どうしてあんな事を?」
「何となく」
 隣に並んだ妖艶な肢体に、シンジは一瞬だけ視線を向けた。
「さっき、丸焼きにしたかったんじゃないの、マスター?」
「いや、それはない。織姫にはもう母がいない。それをこの上、父無しにする気はないからな」
「父無し、ね」
 呟いたフェンリルに、
「フェンリルが言うと、違う意味の嫌味になるから止せ」
 奇妙な台詞は、無論その微妙な発音を指している。
 即ち、父ではなく乳の方に。
 嫌味だ、と言うのはフェンリルに限って言えば、間違いなく真実であったろう。
「マスターは小さい方が好み?」
「そう言う問題じゃなくて」
「この私に感度が悪い、と?」
「そう言う問題でもなくて。とにかく、お前の胸じゃなく−むぐ」
 言い終わらぬ内に、ありすぎる位量感のある胸に、シンジは押しつけられていた。
「人間には腹上死と言う単語があるが、乳房に埋もれて窒息するのも一興だ。マスターはそれを選ぶ?」
 甘ったるい声でフェンリルは囁いた。
 なお、現在は真っ昼間であり、此処は往来の真ん中である。
「だから、道の真ん中でやるのは止めようよ。感度いいのは分かったから」
 するりと抜け出したシンジは、ぶるぶると頭を振った。
「ほんとうに?」
「それはもう何度も聞いた。それとももう一度試してみるか」
 一瞬考えてから、フェンリルは首を振ったが、その微妙な表情は何かを思いだしたのかも知れない。
「古い話、よ」
「その通りだ」
「それでマスター、あの娘どうする気だ」
 あっさりと話題は切り替わった。
「どうしようかな」
 空を見上げた主に、美女の姿をした妖狼はふっと笑った。
「もう決めてるくせに」
「いや、そうでもない」
「ほう?」
「画家に戻ればいいが、そう素直に受け入れるかどうか。それともう一つ」
「なに?」
「あの娘のサブとメインが分からん。もう一つの人格とやらに、俺はまだ遭っていないからな。何よりも、今の俺では筋でも無かろう」
「では筋にするの、マスター?」
「一理あるが、もし本体が空っぽだったらどうするの」
「その時は、マスターが口づけの一つもすれば、使い物になるだろ」
「ふーん」
 シンジの足が止まった。
「そんな事したら絶対妬くくせ…いだだだ」
 途端に関節を極められ、シンジは悲鳴を上げた。
   
 
 
 
 
「何デスか?パパ」
 夕食の後、父に呼ばれた織姫は、珍しく父親が真剣な顔をしているのを知った。
「実は、お前に話があるんだ」
「ハイ?」
「今度な…仕事を辞めようかと思うんだ」
「えっ?」
「私は今までずっと、お前に掛けた術を解くために、その力を得るためにこの仕事に就いてきたんだ。でも今日はっきりと言われたよ、私にはどう足掻いてもそんな力は身に付かないって」
「だ、誰にデスか!?」
 シンジには単に無謀な男でも、織姫に取っては大切な父親である。
 その父が、自分の事でずっと悩んでいたのは知っていた。
 そしてその為に、画家の道を捨てたこともまた。
 それだけに、それを完全に否定されたと聞いてその綺麗な眉は吊り上がっていた。
 だが。
「碇さんだ」
「え…」
「お前から僅かな妖気を感じたと、指摘されたんだ。お前は碇さんには、何も話していないのだろう」
「ぜ、全然何にもっ」
 激しく首を振った織姫が、自分の下着を見た。
 そっと覗いたブラジャー、それこそが織姫の発する妖気を完全に抑え込む物…の筈であった。
 そう、傍目には全く分からないが、カップの内側にのみ記された文字の羅列が。
 経文にも似たそれは、今日に至るまで織姫の身体から、まったく妖気を発させる事は無かったのだ。
 それが二度目、たった二度会っただけの青年に、あっさりと見破られたのである。
「碇さんが言われたなら間違いはない。おそらく、いや絶対に私にはできないだろう。それならば、いっその事…」
「駄目デスっ!!」
「え?」
「パパには…パパにならきっとできるデスっ!パパなら…パパなら絶対に…例え…誰が何と言おうとも…」
 その言葉に含まれた危険な響きに、緒方の背に刹那電流のような物が走った。
 まさか、まさか自分の娘は!?
 経済界において、碇財閥にだけは決して手を出してはならないとされるが、中でも現当主の孫に関しては絶対の不文律があった。
 そう、当主が唯一理性を喪う理由である、孫の青年にだけは。
 そしてそれは、この新宿に於いても同様であった。
 多少なりとも魔の文字を知る者であれば、碇シンジの名を知らぬ者はいない。
 例えば人を呪詛する時。
 例えば誰かに悪霊を取り憑かせようとする時。
 彼らが、唯一にしてもっとも緊張するのが、その名であった。
 経済界に圧倒的な力を持つ碇財閥。
 その当主から次期当主に指定されたとあれば、どうしてもその動向には注目が集まる事になる。
 にも関わらず、記者達よりも悪の道を行く連中の方が、シンジの動向には詳しいという奇妙な事態になっているのだ。
 もっとも彼らが悪事を企むとき、大抵恐るべき名は国内にはなく、彼らは安心して悪の道に邁進している。
 事実、警視庁からも碇シンジの国内滞在期間が伸びれば、それに反比例して霊絡みの悪事の件数は激減するとの意見が出ているのだ。
 もっとも、シンジの場合には、依頼絡みでなければまず動かない。
 それ以外で動くとしたら、現場に居合わせた時位のものである。
 自分の娘が、死刑執行令状にサインしようと手を伸ばした気がして、思わず緒方は織姫をぎゅっと抱きしめた。
  
 
 
 
 
「何ですの、これは」
「もー、面倒な事させないでよね」
「おにいちゃんから?」
 ここの住人達の部屋には、各自端末が置かれている。
 全部回線で繋がっているから、各自の部屋と通信する事も可能だ。
 学校から全員が帰ってくるとそこには、管理人の署名入りで通信が入っていたのだ。
 そこには、
「今日の夕食担当は碇シンジ。と言うわけで、午後七時には全員中庭に集合の事」
 と記されていた。
 しかもご丁寧に、
「来てくれなきゃやだよう」
 とまで付記してある。
 何の事やら、と全員が首を傾げた。
 
 
「え?碇さんが?」
「ええ、三人揃って女神館の方へ来るようにですって」
「…何かしら、もしかして…」
「それはないと思うわ」
 不安げに言ったかすみだが、由里は首を振った。
「わざわざ、見せしめに呼ぶような方じゃないもの。椿もそう思うでしょ?」
「うーん、多分そうだと思うんだけど…」
 とは言え、理由がさっぱりなだけに三人とも幾分不安げに顔を見合わせた。
 
 
 藤枝あやめ・かえでの両名にも招集の手は及んだ。
 全員が首を傾げたものの、無視すると後が怖いような気がして、結局全員の姿が七時丁度に中庭に揃った。
 その彼らを、出迎えたのは大きな鉄製の釜であった。
 それも、ぐつぐつと煮えたぎっているそれの。
 釜茹での刑、そんな単語が脳裏を過ぎった者もいたが、出迎えたのシンジの笑顔であった。
「釜に八本脚の生き物を用意した。さ、全員こちらへ」
 促されて、怪訝な顔になった客人達の前に、ひらひらと花びらが落ちた。
 
 
 
 
 
(つづく)

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