妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第百話:去年の女のバッドニュース?
 
 
 
 
 
「…マリア」
「何」
「何じゃない、ゴキってなにゴキって」
「だ、だってシンジがその…」
 時は夜更け、静かに雪が降る晩と来てる。おまけに絡み合った視線の中、ゆっくりと顔が近づいてくれば、誰だってキスかなんかされると思うだろう。
 いや、まともな感性なら思わない方がおかしい。
 そう、おかしいのだ。
 がしかし、
「マリア、絶対運命のタンゴって知らないの?」
「ぜ、絶対運命のタンゴ?」
「そ。タンゴと言うのはファイナルで、うんと顔を近づけるんだ。でもキスなんかしないんだよ」
「…じゃ、今のはそれの真似だったの」
「もちろん。だいたい、俺が無理矢理キスなんかするわけないじゃない」
 こっちはおかしいらしい。
「嘘ね」
 マリアは一言の下に退けた。
「シンジは許可なんかとらな−いたっ」
「都合のいい方に記憶を作り替えてるな。割合ではマリアからの方が多かったね」
「いいえ、シンジよ」
「マリアだっつの」
「シンジの方でしょ」
「お前だ。俺が言ったんだから間違いない。それより、この姿勢で実につまらない事を議論するのは止めよう。すっごく疲れる」
「そ、それもそうね」
 シンジが顔を近づけた途端、マリアの本能が逃避行動を取らせたのかは不明だが、その足首が妙な方向へ曲がったのだ。
 刹那顔をしかめたマリアに、首を傾げたのはシンジだったが、
「しようがない、帰るよ」
 すっとその前に屈んだ。
「え…?」
「さっさと乗る。それとも、足くじいて蹲ってるとこ、低級霊に取り憑かれた野犬にでも襲われたい?」
「!?」
 瞬時にマリアの顔が険しい物へと一変する。さすがにシンジが別格扱いするだけあって、その感覚は自分たちを取り囲んでいる邪悪な気配を感じ取っていた。
 ただし、
「さっさと乗れっての」
 急かされて慌てて背に乗ったマリアの頬を、シンジは軽く指でつっついた。
「大丈夫、金髪を背にしてると襲ってこないから」
「……そうね」
 思い出したのだ、自分が誰の背に乗っているのかを。
 
 人は誰でもが 悲しみに生きる
 凍てつく心を 持ってはいけない
 
 見渡す限りの光景に全身は絶望に押し包まれ、そこにあるのはただ自分の無力のみ。
 震える身は後悔と恐怖に彩られ、為す術もなくただ夜明けを待つ−ただ怯えながら。
 きゅ、と力の入った手にシンジがちらりと振り返ったが、またすぐに黙って歩き出した−目を閉じて、自分の肩に頭をもたせかけている娘に。
「…ねえ、シンジ」
「何?」
「−何でもないわ、呼んでみただけよ」
「あっそ。ところでマリア」
「え?」
「胸大きくなった?」
 にゅう、と伸びた手が首を絞めかけて−止まった。
「…どうして分かるの」
「背中で潰れてる感触が少し増えて−ぐええ」
 やはり絞めることにした。
 きゅっと絞めてから、
「やっぱり…来ないわね」
「桐島か?シビウ病院から抜け出して追ってきたら化け物だよ」
 くっくと笑ったシンジに、
「そうじゃなくて…降魔の類よ」
「だから言ったでしょ、金髪の娘を背にしてれば大丈夫だって…まったく」
 もう一度巻き付けられた腕を知ったが、シンジは何も言わなかった。
 ただ、その表情を住人達が見たら、驚愕したかもしれない。
 既に積もり始めている雪をさくさく踏んで歩くシンジの表情は、誰もが一度として見た事の無い表情だったのだ。
 すなわち、懐旧と、わずかに慚愧にも見える表情のそれが。
 しばらく二人の間に会話は無かったが、女神館が見えて来た頃、不意にマリアが口を開いた。
「だいぶ−時間が経ったわ」
「……」
「シンジにお願いがあるの」
「俺に?」
「ええ」
「何を願うの?」
「簡単な事よ−出ていかないで欲しいの」
 言ってから、何故かマリアは時が停止したような気がした。
 それを戻したのは、
「マリアは…それでいいの?」
「いいわ、と言うより困るのよ」
「困る?そういえば…」
 シンジが思い出したように宙を見上げた。
「お前変な事言ってたな。赤木ナオコに至っては完全に狂ってた」
「く、狂ってた?」
「俺が出ていくとお前が像を、じゃなかった憎悪を受けるとか言ってた。やはり精神科に入院が必要だな」
(その通りなのよ)
 思ったがそれは口にせず、
「赤木ナオコって、東京学園の理事長のお母さんでしょう」
「そう、リっちゃんの母親」
 ぴく、とマリアの眉が動いた。シンジの口調に、単なる知り合い程度ではないと見抜いたのだ。
 無論マリアは、支払い限度額無制限のカードを、リツコが喜々としてシンジに渡している事など知らない。まして、見返りがないものでも、そのスタンスで十分満足していることなどは。
 しかしすぐに戻し、
「なぜ出て行かれると困るのか、いずれ分かるわ」
「分からないね」
「…どうして?」
「だから言っただろ、俺は見捨てるわけじゃないんだってば。対降魔の後方支援は全部しておくって」
「もう。分かってないんだから」
「あっ、何それ、じゃマリアは分かってるっての」
「無論よ」
 男と女、背中越しの会話である。
「じゃ、教えろ」
「いやよ」
「…教えて」
「駄目」
「……教えてください」
 不意に空気が変わった。
「教えてあげない」
 振り返らなかったが、シンジはマリアが微笑ったのを知った。これも、住人達が誰一人知らぬ悪戯っぽい笑みで。
「私はずっと、ある部分が空洞だったわ。その分だけ、シンジには教えてあげない」
 奇妙な台詞と共にひょいと降り、
「い、痛…」
 足首を痛めたのを忘れていたらしい。
「なーにやってんだお前は」
 シンジが呆れたように言ったが、その顔にどこか安堵に近い色が一瞬流れたのを、マリアはちゃんと気づいていた。
 しかしマリアは何も言わず、
「湿布薬でいいわ。確かあったで…いたっ」
 ぽかっ。
「な、何を−」
「胸と一緒に記憶まで肥大したか、マリア?」
「え?あ…そ、そうだったわね」
「当たり前だ」
 シンジの治癒術、それを住人達の中で誰よりも早く、そして身を以て体験したのはマリアなのだ。
「もう背負ってやらない」
 そう言うとシンジは、マリアを抱き上げて軽々と肩に担いだ。なお、二人の身長差は事実ほとんど無いと言って良く、マリアの身長は186センチ以上ある。
「ちょ、ちょっとやだシンジ降ろしてっ、私ならだいじょ−」
 顔を赤くして抗議したが、
「騒ぐと住人共が起きてくるぞ」
 シンジの言葉に、きゅっと唇を噛んでなんとか抑えていた。
 部屋に帰るとシンジは、マリアをベッドの上にごく当たり前のように横たえた。まるで初夜の花嫁を扱うような手つきに、これが何も知らぬ娘ならほぼ間違いなく抵抗するに違いない。
 無論マリアは分かっていたが、それでもさすがにするすると靴下を脱がされてしまった時は狼狽えた。
 足首を治すからと分かってはいるものの、身体が反応してしまったのだ−呼び起こされた記憶に。手つきはほとんど、下着を脱がすそれだったのである。
 シンジの表情が刹那動き−秒と経たず元に戻った。
 治療自体はすぐに済んだ。
 骨折程度まで治せるほど進化したシンジにとって、捻挫などしごく軽いものである。
 ただ奇妙な事に、ちょっと待っててと素足を晒したマリアを残して部屋を出ていき、すぐ包帯を手にして戻ってきた。
「え…シンジ?」
「これ巻いといて」
「ええ」
 理由を訊く、というのは何故か思考に浮かばなかった。
 言われるまま包帯を巻いたマリアに、
「別に要らん」
「え?」
「が、マリアがピンピンしてると、桐島を見殺しにしたなどと、自殺志願の言葉を口にする小娘が出るかもしれないし」
「シンジ…シンジ?ちょ、ちょっとどこ見てるのっ」
「相変わらず色白いなー、と思って」
 一瞬顔色の変わったマリアの想像通り、シンジは例え誰であろうと勝手な想像でマリアを批判する者がいれば、許す気はなかった。文字通り絶体絶命の危地に追い込まれ、身を守る物すら何一つ持たずに彷徨っていたマリアの姿は、決して記憶から消える事はあるまい。
 そこへ土足で踏み込む者がいたとしたら?
 それがもたらす凄惨な結果など、誰一人想像だに出来ぬものであり、思い描く事すら決して望まぬに違いない。
 しかし、そんな内心の刃など微塵も見せず、真っ白な足に、それも片方だけ裸足というどこかマニアックな光景の中で注がれる視線だけに、たちまちマリアの顔は赤く染まった。
 ぶん、と健康を取り戻した足が飛来する寸前、
「じゃ、おやすみマリア」
 シンジはくるりと身を翻して出ていった。
 音も立てずに閉まったドアをマリアはじっと睨んでいたが、ふっとその視線が緩み、ゆっくりと指先が包帯に触れた−シンジが巻き付けた包帯に。
「鈍い?いえ、単に視界にないだけね。でも…それなら…」
 呟いた最後の方は、聞き取れぬほど小さいものであった。
 
 
 
 
 
「あんなお嬢さん一人治すのに手こずったの?お馬鹿さんね−あん」
 シンジがすみれの手入れに手を焼いた事を知ったシビウの反応は、予想通りの物であった。
 いや、床の中で見せた表情はそれ以上に妖艶で、一層冷ややかな物であった。
 手を回して胸を鷲掴みにされ、正反対の細やかな動きで絶大な快感を送られてもその表情は変わらない。
 男を虜にするあえぎを洩らしながらも、その目に欲情の色はない。
 だがそれが不意に変わった。
 シンジがぐいと引き起こし、膝の上に腰を落とさせて深々と貫いたのだ。
「んっ、さすがに最近は手慣れて−あふっ」
 たっぷりと濡れたそこが、揺れる乳と腰の動きに合わせるようにじゅくっと愛液を更に溢れさせるのを感じたシンジは、肩に乗せた顎で身体を固定し、片方の手は乳房へ、もう片方の手は股間を前から責め立てる。
 うっとりと目を閉じて愛撫に身を任せていた身体が、徐々に自分から腰を動かすそれへと変わり、たまらず洩れる啜り泣くような声もまた、余裕は消えていた−。
 軽く上半身を仰け反らせたシビウの唇に、シンジは軽く唇を合わせた。シンジはまだ射精ってはおらず、無論シビウも完全に達したわけではない。
 ただし、近頃では完全に攻守が入れ替わっているをのシビウも認めている。
 自分の愛撫に身を染める少年−だったのが、いつの間にか自分に我を忘れて喘がせるほどの男になっており、自分の成果ではあるものの、いざその身体の下で身悶えするようになると、どこか複雑な気分になるのをシビウは知った。
 今まで誰一人として、シビウをその気にさせる相手がいなかったせいかもしれない。
 まして、床の中では。
(まったく生意気になっちゃって)
 吐きだした言葉をそのまま舌の動きに乗せ、引き込んだシンジの舌を執拗なまでにシビウは責め立てた。
 にもかかわらず、唇が離れて唾液の糸が一筋その間をつないだ時、目元を染めているのは自分の方なのだ。
 やはり百度交わったのは失敗だったかもしれない−例え、後半は自分が好きにその身体を操ったとしても、だ。
 シビウは本気でそう思うようになっていた。
 快楽の余韻でわずかに波打っている豊かな乳を見ながら、
「このままでは使い物にならない」
 奇妙な、ある意味誤解されそうな台詞を口にしたシンジの口調には、余韻どころか情欲の欠片すら感じられない。
「そんなもんよね」
「なんか言った?」
「何でもないわ、続けて」
 前はこの胸にだって食い込むような視線を向けていたし、どんなに堅物の男、いや女でさえもむしゃぶりつきたくなるようなこのお尻だって、どんな姿勢で受け入れても決して私が先にいくことなどは無かったのに。
 密かに怨嗟の台詞を吐いているシビウの心中など知らぬげに、
「周囲が何を言ってるのか知らないが、少し俺に依存しすぎてる。とりあえず、俺抜きで降魔を相手に出来るよう訓練しなきゃなんない」
 ナオコやマリアの台詞の事であろう。
「どうして?そこまで肩入れしてるのに」
「俺が見たいのは、単に綺麗だったり可愛かったりする娘じゃない。最初は脇侍すら手こずった娘達が、帝都を降魔から守った伝説になる、これほどの育成計画は他にはないからね」
「私を後ろから責めてる時より、よほどうっとりしてるわよ」
 わずかにシビウの声が尖った。
「だって楽しそうなんだもんさ。俺がやったらすぐ終わっちゃうし、こんな乗り気のしない事はない、ないったらない」
「もんさって…まあいいわ、それでどうするの」
「穴を空ける」
「空けるって処女膜に−あん」
 言いかけた途端、シンジの細い指が伸びてまだ硬くなったままの乳首をきゅっとねじった。
「今度言ったら襞つねるからね」
「ずいぶんと言うようになったじゃない」
 挑むように妖艶な笑みを向けたがシンジは乗ってこない。
 ふう、とため息をついてみせてから、
「空けるってどこに空けるの」
「魔界」
 シンジの答えはあっさりしていた。
 だがその刹那、妖艶な女医の表情に危険な物が浮かんだ。
「あの小娘に頼むつもり?」
 妬心の色さえ浮かんだ自称想い人を、シンジはちらりと見た。
「何で俺が頼まなきゃならないのさ」
「え?」
「別に人材派遣してもらうわけじゃなし、穴ぐらい一人で出来る」
「あら、これは失礼したわ。勘違いしていたようね」
 陰から陽へ、くるりとその色は変わった。
「いいや、許してやんない」
 にゅっと起きあがったシンジが、がしっとシビウの柔らかな肢体を捕らえ、
「茹で上げてからたっぷりと責めてやる」
 乳房を鷲掴みにされ、一瞬息の止まったシビウを抱えるとそのまま歩き出した。
 
 
 
 
 
「よ、よぉマリア…」
 気弱な、と言うより魂でも入れ替えられたかのような表情で弱々しく手を挙げた友人を、マリアは複雑な表情で眺めた。
「少しは血の気を抜いてもらった?」
「そんなきつい事言ってくれるなよマリア。あたいだって、これでも反省はしてるんだぜ」
「何故」
「…あ?」
「自分の祖母に死の刃を向けるなんて、どうみても尋常じゃないわ。カンナが怒るのも当然でしょう?」
「そ、それはそうだけどよ…」
「ではどうして気が変わったの」
 少し意地が悪いかな、とは自分でも思う。
 だが、なんとなく気が変わった、では必ず繰り返す。
 そして次は−命の保証は無い。
「あたいは頭がワリいから良く分からねえけどよ…マリア…」
「何」
「世の中には多分、あたい達がごく普通に考えてる事が、まったく違うこともあるんじゃねえかな、って気がするんだ。正直、あたいも分かり切ったわけじゃねえけどよ、御前様がいいって言われたんなら…あたいなんかが口出すのは、筋違いって気もすんだよな…」
「カンナ、あなたは幸運だったのよ−それもとてつもなく」
「こ、幸運?」
「人形娘のあの子が一言、その傷はシンジに付けられたと言えば、あなたは生きてここから出られなかったのよ」
「な、何!?お、おいここは病院じゃねえのかよっ」
「そう、病院よ。この街で、いえ帝都中を探しても並ぶもののない、名医の揃った病院だわ。そしてもう一つ…シンジの手に依る患者を決して診ない病院。その患者が入るとき、それはそのまま生きて出られぬ事を意味しているわ」
 その事実を、マリアはここに来て知ったのだ。
 あの傷は碇様が付けられたものですね、人形娘がそう言った時、なぜそんなにもボリュームを下げねばならないのか、マリアには分からなかった。
「傷つき、病んだ者は誰でも公平に治療の手を差し伸べられます。ただし、それが碇さまの手に依る場合だけは別です。そのときは、治療そのものが拒否されるのです」
「ど、どうしてっ?」
 愕然として訊ねたマリアに、
「ここはシビウ病院−お姉さまの病院です」
 人形娘は静かに答えた。
「……じゃ、じゃああたいは、このまま生きてここを出られないのかよっ」
「その心配はない」
 静かな、と言うよりはむしろ冷たい声に、二人の視線が一斉に出口の方を向いた。
「シンジ、どうしてここへ?」
「既に骸になってるのかと思って見物に来たんだが、まだ生きていたか。姫には少しお仕置きが必要だな」
「シ、シンジっ」
 さすがに血相を変えたマリアだが、シンジの取った行動は実に奇妙なものであった。
 カンナを一瞥して、
「本来なら治療は拒否される。ここはシビウの病院だからだ。しかし例外もある。無論俺から治療の指示が出た場合だ。とは言え、俺が気に入らないからと一方的におかしな言いがかりを付けたとあっては、愛人志願者に話をつけるわけにも行かない。ここはやはり、さくら達に追われた時の状況を再現するとしよう」
「?」
 カンナは首を傾げたが、マリアは気づいた−にやあ、と笑ったシンジの表情で。
 だが咄嗟に逃げようとするも時既に遅く、シンジの指は服の上から乳房をもみしだいていた。
「なっ!?」
 カンナが愕然とした表情になったのは、予想外の行動に対する驚きもあったが、それ以上にマリアの反応に対する驚愕からであった。
「や、止めてぇ…んんっ」
 抵抗できぬほどの快楽と、男を知らぬカンナですら分かる程の感じ方であり、事実マリアの双眸はみるみるうちに溶けていった。
 頬まで染めて身を切なげによじりながら、逃げようとする理性と身を任せようとする本能の間で激しく揺れているのが見て取れる。
 だが、何を思ったのか、不意にシンジはその手を止めた。
 ひときわ艶めいた吐息をもらし、ふにゃふにゃと崩れ落ちたマリアをそっとシンジは受け止めた。
「シ、シンジ、こ、こんな…」
 大きく肩を波打たせているマリアに、
「大丈夫?」
 自分でやっといてこの言い草だが、その口調にマリアの顔からみるみる欲情の色が消えていった。
「…シンジ?」
「最低でもこの程度はしないと、俺を襲った女を病院長が生かして出しそうにはないのでね。桐島、お前が筋肉馬鹿なのはよく分かった。だがこれが最初で最後だ、次はない事を忘れるな。それと、ウチのメイドさん達の中に、お前をばらばらにしたくてしょうがないのがうじゃうじゃいる事もだ」
 シンジがそれだけ慕われている、と言うことではあるが、それを言わないのがシンジのシンジたる所以である。
 この台詞だけ聞けば、フユノに対する無礼からとも取れるのだ。
 シンジにしてみればそれで十分、と言うより普段ならフユノがこれを地下牢に放り込まない方がおかしいから、好きにさせたのだと見抜いており、葬式はピラニア葬が手っ取り早くて便利だとか、忠孝を説いた古の儒者が激怒しそうな事を考えている所だ。
 
 
  
  
 
「結構よ。私の気もだいぶ落ち着いたわ」
 騎乗位から逆に押し倒され、正常位で膣内にどっと放出を受けてから、シビウは妖艶に笑った。
「これで私も満足…とは行かないわね」
「足りない?」
 シビウを見たシンジの表情には、至上の女体を限界近くまで責めた痕など微塵も感じられず、またそう言っても誰一人信じないに違いない。
「ふふ、それは遠慮するわ」
 シビウは妖しく微笑し、
「今の君では、私の身体が付き合いきれないもの。申し訳ないけれど」
 たわわに実った乳房をずしりと揺らして身体の向きを変え、
「昨日入ってきた患者、あれはシンジの所の管理物でしょう?預かった物に、シンジが傷など付けさせるようになったのかしら」
「つまんない事突っ込まないで。こっちは、生理が止まってついでに血の気も収めるためにはどれくらい抜けばいいか考えてるんだ」
「なら、致死量になさいな」
 シビウはこともなげに言った。
「女なんて、所詮はその程度の生き物よ」
「ここのナースには、院長の性格を知らないで憧憬の念を抱いてるのが沢山いる。お前に恋いこがれてる看護婦達が自殺するぞ」
「構わないわよ、別に。なんなら、あたしがあなたに膝の上で思い切り突き上げられてるところを、病院のカレンダーの写真に使ってみる?」
「全部の部屋で使ってるやつ?」
「もちろんよ」
「却下だ−で?」
「ああ、その血の気の多い患者さんのことよ」
 つん、と上を向いた胸を揺らしてシンジを抱き寄せる。理性が存亡の危機に立たされそうな程の妖艶と、何故か清楚を思わせる動きであった。
 シンジの身体で胸が思い切り潰れるほど抱き寄せて、
「次はないわ、覚えておく事ね。生命力の強いあなたのおばあちゃんが何を考えたかは知らないけれど、この病院はそんなお馬鹿さんを診る趣味はないのよ。私がするのも面倒だから、婦長を一人捕まえて囁いたらどうなるかしらね?この娘の傷は碇シンジに絡んで出来たものだ、とね」
「物騒なお医者さんだ。それより、俺は何故止めた?」
「何故?」
「別に桐島の三人や四人、俺には関係ない。まして、帰って早々マリアの代理人でもあるかのように、いきがって俺に絡んできた相手だ。どうして俺は始末しなかったのかなあ?」
 二人ともまだ全裸のままだが、難解な式に行き詰まった学生のように首を捻ったシンジに、
「私の想い人だからよ」
「なにそれ−むぐっ」
「今度は後ろから突いて−思い切りかきまわして、ね」
 その身体で自分の乳房を潰させたまま唇を重ねると、妖麗な院長はねっとりと舌を絡ませていった。
 
 
 
 
  
「あの、シンジ…」
「どしたの?」
「その、ありがとう」
「マリアの胸揉んだこ−OUCH!」
 スパン!と入った一撃に後頭部をおさえ、
「じゃあ、何なのさ」
「カンナの事…許してくれて…」
「許した訳じゃない」
「え?」
 マリアの顔が一瞬で強ばったが、
「マリア、裏で桐島に俺をとっちめてとか頼んだの?」
「た、頼むわけないじゃないそんなのっ」
「だったらなおさらだ。頼まれもしないのに正義漢気取りでしゃしゃり出てくる。ますます度し難いな」
「……」
「でもあれは、何も考えてないな。と言うより、直情径行形でしょ」
 サクサクと雪を踏みながら、訊くのではなく分析するように言ったシンジに、マリアは小さく頷いた。
「とは言え、無鉄砲は結構死に直結するのは、マリアがよく知ってる事だよね」
「…そうね…ん?」
「何?」
「無鉄砲って、読んだそのまま?」
「ん?」
 一瞬置いてからシンジが笑った。
「そっか、そう言う意味か。マリアも面白い事言うようになったもんだ」
 あっはっはと笑ったシンジに、
「べ、別に笑わなくてもいいじゃない。そ、そう思ったんだから」
「そうだね」
 しかし笑みは崩れぬまま、
「今回は許してあげるとしよう−感度が上がったマリアの胸に免じて」
「ありが…何ですって」
 ぴくっとマリアの頬が引きつり、
「ねえシンジ」
 下を向いたまま呼んだ。その表情は見えない。
「ん〜?」
「私の胸は…触られる必要があったのかしら」
「絶対条件ってわけじゃない。ただ、住人達に追っかけられた時と同じ状況を作っただけだよ」
「…マユミの時もああやって揉んだの」
「あの時は器用な作品だと思ってこね回しただけ。だから、別に気持ちよくない筈」
「で…何故私の場合には過剰に触れたのかしら」
「だってマリアだし」
 訳の分からない台詞を口にしてから、
「俺の背で胸が大きくなった−とは言ったけど確認してなかったから…あれ?」
 ゆっくりとマリアの顔が上がる−殺気に満ちたクワッサリーの顔が。
 ただし、どことなく赤い顔だが。
「では私からもお礼をしておくわ。宇宙の彼方で、その感触でもレポートにまとめて来なさいっ」
「ウギャーッ!!」
 くるくると吹っ飛んでいったシンジに、
「ふんっ!」
 とそっぽを向いてすたすたと歩き出す。
 少し歩いたところでふと立ち止まり、一瞬自分の胸を見たマリアが、
「シンジのバカ」
 呟いた途端、
「ほほう」
「!?」
 ぎょっとして銃に手をやった途端、その身体は絡め取られていた。
「マリアの分際で俺を吹っ飛ばすとは思わなかった。ここはたっぷり仕返しを〜」
「ちょ、ちょっと何を…や、止めっ…あっ」
 伸びてくる手つきよりも、自分の声にマリアが赤くなった途端、その全身をとんでもない快感が襲った。  
 
  
 
 
 
(つづく)

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