第八十一話
 
 
 
 
 
「よく変わる」
 赤から青、青から白へと目まぐるしく変わるレイの表情を眺めながら、サツキは内心で呟いた。
 褒めたり脅迫したり、叱ったりしたわけではない。
「シンジさんを思うのは無論お前の自由だ。ただ、自分を慰めるのは程々にしておくがよかろう」
 と、それだけ言ったのだ。
 一瞬分からなかったが、意味を理解した途端効果はてきめんであった。
 七色まではいかずとも、三色が次々と入れ替わり、青くなったり白くなったりしている。
 元から色素の薄い娘であり、それだけにいっそう目立つのだ。
 人生の一大秘密を公衆の面前で暴露された様子だったが、三十秒ほど経ってから、
「あ、あの…き、気を付けます」
 それに対してサツキは頷きもせず、
「なぜ謝ろうとはしなかった?」
 端から聞けば、間違いなく咎めていると思うであろう口調で訊いた。
「あの…」
「うん?」
「謝ったら、サツキさんが怒りそうな気がして…」
 レイの言葉に、サツキの表情がやっと緩んだ。
「その通りだ」
 大型拳銃すら軽々と扱う細い手でレイの頭を、くしゃくしゃと撫でてから、
「謝るのは、自分にその資格が無いと思っている時だ。確かにお前の元は、碇ユイのクローンだが、現在のお前は既に違う。組織体すら異なった以上、お前がシンジさんを思ったとしても、何の問題もない――妹である要はない、という問題もあるがな」
 一瞬、びくっと肩を震わせたレイに、
「それはいずれシンジさんが考える事だ。お前がもし謝っていたら…そうだな、当分エヴァには乗せなかっただろうな」
「あの、どうして?」
「決まっているだろうが。シンジさんがお前を出されたのは、おそらくはお前が煮え切らないからだ。以前のお前は、確かに役立たずに人形でおまけにクローンというつまらん存在だった。だが、今のお前は違う。お前がそれをネタにして甘えるには、シンジさんでは畑違いだ」
「……」
「自分の事すら掴めぬお前が、敵の事を掴み、尚かつ倒す事など出来るはずも無いだろうが。お前は元々、潜在能力は低くない。ネックは精神面だ」
 精神面がネックだなどと、最近までのレイには到底無縁な言葉であったろう。
 だが、今のレイにはサツキの言葉が真実を突いていると分かっていた。
 そしてそれが、シンジに会った故であることも。
(お兄ちゃんに会えて私は変われた…)
 ぼうっと宙を見上げたまま、うっすらと頬を染めたレイを見て、サツキは突っ込んだものかそれとも観察したものか、暫く迷っていた。
 黙ってグラスを傾けた所を見ると、後者にしたらしい。
 シンジが見たら、僕よりよほど姉さんみたいだと言ったに違いない。
 
 
 
 
 
「仲はいいみたいに見えますが」
「だ、だって最初は争っていたもの。嘘じゃないわ」
「はいはい」
「…お兄ちゃん私の事信じていないでしょう」
 ヤマトに呼び出されて、シンジは数日実家へ戻っていた。戻ってきたシンジに、アスカとヒカリが啀み合っていると聞かされたのだが、シンジが見たのは二人で昼食に出かける姿であった。
 疑念の目を向けるシンジに、ぷうっと口元をふくらませたレイだが、二人の仲が当初悪かった事は、既にシンジも知っていた。
 無論知っていてからかったのだが、どうして仲直りしたのか迄は知らない。
「ま、レイちゃんは嘘言わないから――滅多に」
「お、お兄ちゃんに嘘なんて言わないんだから」
 それでも、シンジの言葉が嬉しかったのか、レイはえへんと胸を張った。
 レイにしては上機嫌の部類だが、理由はアスカにもあった。レイはシンジと違い、経費節減の名目からチルドレンの警備を押しつけられてはいない。
 実家に戻ったシンジにヒナギクが、
「あの程度の娘達をそばに置く以上、シンジ殿が責任を持たねばなりませんよ」
 と、人が聞いたら勘違いされそうな事を告げられ、とはいえ黒服は役に立たないし、かくなる上は知り合いを手配するかと考え中なのだが、レイは違う。
 アスカがヒカリと出かけるから、昼食時はシンジと二人きりになれるわけで、以前と変わらぬ状況がご機嫌の原因なのだ。
「あの娘は弱い。綾波レイとは違い危険が多すぎる」
 シンジを実家に向かわせたのは、ヤマトの一言であった。
 ドイツではガードが日に陰に守っていて、それで良かったかも知れないが、第三新東京市(ここ)では異なる。
 自分が狙われる可能性もあるし、既に戦自も不穏な動きを見せている。
 レイは大丈夫だが、アスカはなんとしても守らないと、シンジの野望が崩れる。野望とは無論、二人に後を任せてさっさと帰る事だ。
 その内の一人が欠けてしまっては、元も子もなくなってしまう。
 とりあえず、監視役には四つの衛星を選んだ。
 それだけなら大した事もないが、アメリカ合衆国大統領に直接要請し、許可を取ったと知ったらアスカはどんな顔をするか。
 勿論、気象衛星などではない。
 くすっと笑ったレイが、シンジの開いた口に梅干しを入れた。
 別段嫌な顔もせず、もぐもぐと噛んでから、
「レイのダミーでも造ってアスカに付けるかな」
 呟いた途端、
「駄目っ」
 レイの眉がきっと上がった。
「どうして?クローンとは違って、元は一筋の髪の毛だよ」
「そ、そう言う問題ではないわ。お兄ちゃんのやる事なら反対しないけれど、私のダミーは駄目。造るならクローンにして」
 クローンとダミーは、根本的に違う。
 クローン自体が、遺伝子組成を完全に同じくする生物の集団を指す以上、本人と寸分変わらぬ物が出来るダミーと、厳密に言えば同じだが違うのだ。
 ダミーは、ある人間の身体の一部を、たとえば頭髪の一本などを使い、それを呪符と組み合わせて人間を作り出す術であり、クローンとの根本的な違いはそれが生命を失った時だ。
 言うまでもなく、クローン人間の場合、死んだ時には人間の遺体が一体残るが、ダミーの場合には元の成分と呪符に戻る。
 にせリツコのように、手が入った場合は別として、基本的には元となった人間とまったく同じ思考を持っており、その意味では逆にクローンに近いかも知れない。
 ふと気が付いて訊ねた。
「思考が同じなのが嫌なの?」
 間髪入れずにレイが頷く。
「私と一緒だったら…私を排除して、お兄ちゃんを独占しようとするから」
「ダミーに懐かれても困るけどね。今、リツコさんの部屋にいるのが本人じゃ無いって知ってる?」
「え?いいえ、知らないわ」
「ダミーなんだ」
「そ、それじゃ赤木博士はどうなったの?」
「ぐれてるらしい」
「ぐれてるって…いじけているの?」
「似たようなもん」
 シンジは頷いて、
「ダミーなら、それこそいくらでも特化型が出来る。造るなら、アスカの護衛専門にするつもりだよ。第一」
 レイの口元についたご飯粒を取ってから、
「レイがこれ以上増えたら大変でしょ」
 どんな反応をするかと思ったら、数秒経ってからふにゅっと緩んだ。
 どうやら、いい方に取ったらしい。
 
 
「それでね、変な手紙とかいっぱい来るのよ。ヒカリが言うには、ラブレターだって言うんだけど」
「不幸のチェーンメールよりずっといいさ。アスカは嫌なの?」
「嫌に決まってるじゃない。大体、こんなの書くヤツなんてあたしのどこを見て書いてるのよ」
「それはまあ、外見だろうね」
「じゃ、外見だけ見て中身は全然知らないのに、こんな手紙もらって嬉しいの?」
「何せ経験ないから」
 帰りの車中で、アスカがぶつくさぼやいている。その足下に置かれた袋に詰まっているのは、下駄箱に置いてあった手紙の類だ。
 些細な事でレイと張り合ったりしていなければ、外見もいいし頭もいい。かつてシンジの登校初日、反応した女生徒は数名だったが、アスカの場合勝手に釣れたのは数十名に及ぶ。
 爆発物の探知機は渡してあるから、妙な物を仕掛けられる心配はない。というより、そもそも本人には読む気からして無いらしい。
「ところでアスカ」
「なに?」
「ヒカリ嬢といつ仲直りを?」
「あ、あれ知ってたの?」
「一応ね」
 レイがちらりとシンジを見た。
 自分が言った時は信じてくれなかったのに、という事だろう。
「最初は嫌な女だなって思ったんだけど、そんなでもないって分かったのよ。勝負もあたしと引き分ける位だったし」
「そう」
 シンジには理解の範疇外だが、友人を一人拵えたのなら悪くない。シンジやレイは別に驚きもしなかったが、アスカの容姿や能力は容易に嫉妬の対象になりうるレベルである事は分かっていた。
 中学生とはいえ恋愛は普通にするし、現にトウジとヒカリも付き合っている最中だ。
 自分の想い人が、クォーターで美人とはいえ、ぽっとやってきた転校生に惚れ込んだりしたら、例えそれが片思いであっても面白くない娘はいるだろう。
 ただ、当然ながらATフィールドを使えないアスカは、レイほど強くない。絶対的な強さはない分、逆恨みで襲われたりしても殺してしまう程の事はない筈だ。
 内に妖姫がいるレイよりは、ある意味で遙かに安全である。
「で、その手紙どうするの?」
「ああそれなんだけど、オハライって知ってる?」
「お祓いって、神社でしてもらうあれ?」
「そう、ヒカリがそんな事言ってた。どうせあたしは読めないし、第一靴箱に入れるなんて気持ち悪いから、読まずに全部焼却しようと思ってるんだけど、ヒカリがそのお祓いってのをしてもらった方がいいって言うから」
 二人がぶつかった理由は聞くまでもない。
 だが、友人になったヒカリが一転して、色々世話を焼いている光景を思い浮かべて、シンジはわずかに笑った。
 洞木ヒカリは、そう言う娘なのだ。
「祓ってもらうまでもないでしょ。あっさり処分した方が諦めもつくだろうし、その方が余分な災禍も招かない」
「サイカって何?」
「災いの事。アスカは手紙もらっても嬉しくなかったんでしょ」
「全然」
「でも、アスカに手紙を送った子を好きな娘がいるかもしれない。その娘にしたら面白くないでしょ」
「ふうん」
 数秒考えてから、
「あのさ、それってあっさり振った方がもっと恨み買ったりしない?」
「そんな見方もあるけど、そこまで恨むのは粘着型だ。ま、そうなったら僕がボディガードを――うぐ」
 してあげる、ではない。
 手配してあげる、の予定だったのだが、それは遮られた。
「約束だからねっ」
 アスカがきゅうっと抱き付いたのだ。
 しかし、シンジは運転席で、アスカは後部座席にいる。そして、運転席は後ろから抱き付かれるようには出来ていない。
 シンジが気道を圧迫された次の瞬間、
「お兄ちゃんから離れてっ」
 レイが飛びつくようにアスカを引きはがし、車体がぎしぎしと揺れた。
 追われたわけでもなく、銃撃を受けたわけでもないのに、走行中の車を揺らされるのはシンジにとって初体験である。
 漸く解放されたシンジが、
「今日の夕食は僕が作る。期待していてね」
 にっこりと笑った数時間後、食べ慣れた者でさえ敬遠するほどの激辛カレーによる攻撃を受け、アスカとレイは揃って轟沈した。
 
 
 
 
 
「そういえば、修学旅行の案内が来ていたみたいよ。シンジの留守中に」
「修学旅行?今三学期でしょ。どうしてこの時期に」
「シンジがまだ転校してくる前に、学年主任が不祥事を起こして辞職したのよ。そのせいで、予定がだいぶずれ込んだみたいね」
「ふうん」
 一緒に入っているのはいつもの事だが、今日は珍しくアオイの方がシンジの腕の中にいる。
 胸に手を伸ばし、数度揉んでから、少し強めに指を立てた。
 跡が残らないほど力加減など、もう確認するまでもない。
「まだそんなに凝ってないね」
 確認するような口調だが、指はまだ離れない。
 乳房に指を絡ませたまま、
「僕はどのみち行かないよ。旅行行く年じゃないし、放っておいたらこっちが堅くなっちゃうでしょ」
 もう一度、今度は柔らかく指を乳肉に沈めた。
「凝るのはそっちじゃなくて上でしょう」
 そう言いながらも、指を外そうとはせず、上から自分の手を重ねた。
「もう少し、強く…」
 力を入れる代わりに、手を広げて乳房を包みなおしたシンジが、やわやわと揉みしだいていく。
 官能というより、壊れ物を扱う手つきに近い。
 目を閉じていたアオイだが、乳房がうっすらと染まってきた時、小さく熱い吐息を吐き出した。
「少し上がったかな」
 問いに答える代わりに、顔を後ろに向け、シンジの顔を引き寄せると何も言わずに唇を重ねた。
 お互いの舌を貪るように舌を絡め合ってから、先に離れたのはアオイであった。
「もう…すっかり上手になっちゃって」
「最初はひどかったよね」
 二人して笑いあってから、
「ところで、君が行かないにしてもアスカはどうするの?あの子は行きたいでしょう」
「行きたいって言うのを邪魔するのは野暮でしょ。アスカでもレイでも、行きたければ行ってくればいいさ」
「いいの?」
「呪いでも掛けられた?」
「シンジも真面目になったと思ったのよ。二人がいなかったら、シンジの双肩に掛かってくるでしょう」
「こないよ」
 シンジは簡単に首を振った。
「綾波レイと惣流・アスカ・ラングレーのダミーにがんばってもらうだけだから」
「そう言う手もあったわね。君はどうするの?」
「入浴しながら見物してる。無論アオイと」
 言うなり、首筋に唇を這わせたシンジが、ちうっと吸い上げる。
 鬱血したそこを見て、アオイが軽く睨んだが、すっと受け流してそこへ指で触れた。
 うん、と頷いた様子は、とても満足げであった。
「僕が留守番してる間は、ずっと付き合ってもらうからね」
 首筋に腕を巻き付けて、吐息と共に囁いた。
 
 
「私はあの人とは関係ないし、何の感情もないわ。ただ、端から見ればやっぱりおかしいと思うの」
「……」
 激辛のカレーで轟沈している所を、帰ってきたサツキに発見された。
「お前ら、自虐の趣味でもあったのか?」
 あきれた視線で眺められたが、仔細を知ると、
「つまんない事やってるからだ。さっさと、風呂でも入ってこい」
 と、風呂に押し込まれた。
 結果、並んで湯船に浸かっているところだ。
「確かに、お兄ちゃんは最初からアスカの事を考えていたわ。素直な子なら助かるんだけどって」
「違ったら?」
「え?」
「素直じゃなかったらどうしようって言ってたの?」
「洗脳」
「……」
 理屈はよく分からないが、シンジがダミーを作り出せる事は分かった。
 つまり、アスカのダミーを作って、それを弐号機に乗せる事も可能だという事だ。
 ただ、ダミーの採用ではなくオリジナルを洗脳する予定だった、という事を喜んでいいのかは分からない。
「いいと思うわ」
 思わず、ぎくっとしてレイの顔を見たアスカに、レイはくすっと笑った。
「ダミーじゃなくて、あなたの洗脳だったから複雑なんでしょう」
「ど、どうして分かるのよ」
「それ位は分かるわ。例え数日でも、あんなに濃厚な生活を共にした仲だもの。アスカは分からないの?」
「そ、それぐらい分かるわよ。分かるに決まってるじゃない」
 濃厚な生活、の単語に反応できるまでには至っていないようだ。
「つまり、初めからアスカを迎え入れるつもりだったのよ。でも、もし違っていたら?お兄ちゃんがあんな優しい性格じゃなくて、逆らう者はすべて潰すとか考えていたらどうなっていたと思う?」
「あんまし考えたくない。で、レイは最初から今みたいにべったりと甘えてい…もご」
「その話題は禁止」
(我が儘なやつ!)
 まるで、怖れるかのようにアスカの口を塞いだレイに、アスカは何となく事情が読み込めた。
「わ、私の事はいいの。問題はアスカでしょう」
「…で、名案があるの?」
「忘れた方がいいと思うわ」
 レイは少し冷ややかな口調で言った。
「加持リョウジが、何を考えてアスカを焚きつけたのかは知らないわ。でも、それは一歩間違えれば危険な事よ。そして、もしアスカがそれに乗ってお兄ちゃんを敵視していたら――」
 レイの顔がゆっくりと動き、赤瞳がアスカの顔を捉えた。
 見返した訳ではない。
 ただ、視線が離れなかったのだ――まるで、蛇に魅入られた蛙のように。
「私は加持リョウジを殺していたわ」
「レ、レイ…」
 それが虚仮威しでも虚勢でもないと、アスカの本能は告げていた。
 だが身体が動かない。
 本能が危険を叫んでいるのに、身体が反応してくれないのだ。
「あ、あたしも殺すの…」
 自分の声がかすれている事には気付かなかった。
「いいえ」
 レイは即座に首を振った。
「アスカはお兄ちゃんが洗脳すれば済む話だもの。それに、お兄ちゃんがダミーを使わないと言っているのにアスカに何かしたら、私がお兄ちゃんに打ち首にされてしまうでしょう。それは嫌」
 レイがうっすらと笑った時、漸く身体は動いた。
「レ、レイって怖い子ね…」
 やっと出た言葉はそれであった。
「そう?でもね、アスカには何もしないわ。ちゃんと守ってあげる」
 アスカの首に白い腕を巻き付け、抱き寄せたレイが囁いた。
「アスカは友達だもの」
 無論二人とも裸だから、レイが抱き付いた拍子に胸が柔らかく重なった。
(ん?)
「大丈夫よレイ。あたしだって一応護身術は習わされたし、自分の身くらい自分でも守れるわよ。いざとなったらあんただって守ってあげる」
「え?」
 微妙に風向きが変わった。
「やっぱり――」
 ちらっと重なった胸に視線を向けたアスカが、
「胸の大きい方が小さい方を守ってあげないとね。あんたもそう思うでしょ?」
 その瞬間、ささっとレイがアスカから離れ、
「そ、そんな事はないわっ」
 ぎゅっと胸を両手で抑えながら、
「お、お兄ちゃんに大きくしてもらうんだからっ」
「そう?」
「そうよっ」
 ふうん、とアスカの表情に変化はない。
「でも、レイの胸を大きくしてくれる事には興味ないみたいだけ…な、何するのよ」
 アスカの言葉に、さっきまでとは一転余裕を喪ったレイが、アスカの胸をきゅっと掴んだのだ。
 決して力は入れていないが、
「アスカにいい事教えてあげる。胸はね、好きな男の人に触ってもらうと大きくなるのよ。でも、同姓に触られたら小さくなるの。私と同じ大きさにしてあげるわ」
「なっ!?じょ、冗談じゃないわよ、あんた一人小さいままでいなさいよっ」
「いや」
 むにゅむにゅと揉んでくるレイに、
「ならあんたは真っ平らにしてあげる」
 アスカも手を伸ばして揉み返す。
 嬌声をあげながら、お互いの胸を揉み合うアスカとレイ。
 本来なら近所迷惑この上ないが、この部屋の上下と左右に人はいない。
「何を騒いでるんだか」
 サツキは呟いてから、
「あいつがレイの正体を知った時、それでも受け入れられるかどうか、だな」
 静かにグラスを傾けた。
 なお、アスカとレイが風呂から上がったのは、それから四十分後であった。
 静まりかえった浴場に、サツキが様子を見物に行くと、上せたか違う理由からかは不明だが、二人揃って全身を染めたまま洗い場に座り込んでいたのだ。
「よく暖まったようだな」
 笑いもせずにそう言うと、サツキは二人を軽々と担ぎ上げた。
 
 
 
 
 
 それから四日経って、修学旅行の件は正式に通達された。
 正確には既に話はあったのだが、チルドレン達が訓練でいなかったりして、正式に聞いたのはこれが初めてだったのだ。
「修学旅行って何?」
 レイに訊いたがレイは知らず、シンジに教えられて理解したアスカが、
「行くっ」
 嬉々として応じたが、
「このご時世に修学旅行?呑気なものね」
 リツコからは冷ややかな意見が出たし――にせリツコに、さっさと帰れと戻されて少々機嫌が悪かった事も影響したかも知れない――そこまで反応しなかったミサトも、
「でもあなた達は本部待機だもの。残念だけど無理よ」
 許可は出さなかった。
「えー!どうしてよ」
「だから、使徒が攻め込んできた時にあなた達がいなかったら困るでしょ」
 そこへ、
「勝手に複数にしないで欲しいんだけど」
 異議を唱えたのはシンジである。
 なお、アオイはユリの病院で検診の最中だ。
「別に僕は行くとは言っていない。それから」
 リツコに視線を向け、
「戻されたね」
 分かる者にしか分からない事を言った。
「あれがそんな事を言ったら僕が分解してる。余計な事を言うなと言われなかった?」
「わ、私は別にそんなつもりは」
「これだったらぐれてた方がましだ」
 役に立たない、と暗に匂わせてから視線を外し、
「アスカは行きたいんでしょ」
「うん…」
「行ってもいいよ」
 勝手に許可を出した。
「え?」
「それとレイちゃんも行っておいで」
「お兄ちゃんいいの?」
「問題ない。前回の使徒戦は、二人ともよく頑張ったしね。今回は(僕)ピンチヒッターで防衛してるから」
「ちょ、ちょっとシンジ君そんな事勝手に――」
 言うまでもなく、アスカとレイは前線に於いてシンジの命令を聞くようには言われているが、あくまでも前線であって全部ではない。
 無論、行く事への許可などはシンジの範疇ではない。
 シンジは反論しようとはせず、
「行ってもいいよね」
 視線の先には、総司令碇ゲンドウがいた。
 この数日、妙にリツコの態度が冷たかったのだが、また元に戻っている。どうも最近の赤木リツコは妙だが、様子を見に来た所を捕まったのだ。
 よね、と言われてもそんな事は自分の範疇ではない。
 無論権限はあるが、そんな事位自分で決めて押し切れと言いたかったが、
「構わん」
 あっさりと頷いた。
 驚いたのはミサトである。
 人体の一成分と一枚の呪符でなるダミーを知らないミサトにとって、確かにシンジには及ばないにしてもアスカとレイを行かせるなど、問題外に思えたし、それは間違っていない。
 ダミーの事を別にすれば、三人の内二人がいなくなるなど論外である。
 ただ、ゲンドウはシンジがダミーを作れる事は一応知っている――自分がその作られたダミーに喘がされた事は知らなかったが――だから、別に無謀な許可を出したわけではないのだ。
「分かりました。碇司令がそう言われるなら…」
 アスカとレイに視線を向け、
「行ってもいいわよ、あなた達」
「そう来なくちゃね」
 アスカは喜んだが、レイの反応は少し異なっていた。
「あれ、あんた嬉しくないの?」
「そうじゃないけど…」
 シンジに視線を向け、
「お兄ちゃんは行かないの?」
「行かないよ。僕まで行っちゃ駄目でしょ。それに、そんなに行きたいイベントでもないしね」
「じゃあ…私も行かない」
「『なんで?』」
 アスカとシンジが揃って訊いた。
 つかつかとシンジに近寄ったレイが、
「お、お兄ちゃんと一緒にごろごろしてるの」
 ほんの少し頬を染めて早口で囁いた。
「却下。そんな事考えてないで、みんなと一緒に行っておいでよ」
「嫌。お兄ちゃんが行かないなら行かない」
 ぷいっとふくれてしまったレイに、アスカがやれやれとため息をついて、
「しようがない。あたしもやっぱり行かないわ」
「アスカまでどうして?」
「こんなレイ残していったって、使徒戦には役立たないどころか足引っ張りそうだし、これじゃあたしも安心して愉しんで来れないわよ。ヒカリにお土産買ってきてもらうからいいの」
「ほら、君がぐれたりするから」
「私のせいじゃないわ。決めたのはアスカよ」
 むくれたまま、とりつく島もないレイに、アスカは別段怒りもせず、
「そ、決めたのはあたしだからね。でもね、留守番してても一緒に遊んでくれないからって、怒って行かないって決めたのもあんたなのよ」
「知らない」
 殆ど駄々っ子の反応に、ちらっとシンジを見たアスカは、やれやれと肩をすくめてみせた。
 シンジに反応は見られなかったが、このままだと簀巻きがほぼ確定と思われた時、
「あまり、我が儘言って困らせちゃ駄目よ」
 アオイが入ってきた。
「し、信濃大佐…」
「シンジはとりあえず、シンクロ率を今の三分の一位に下げる訓練があるし、レイちゃんとずっと一緒にいるのは無理よ」
 頷きはしたが、微妙なのだ。
 あそこまでむくれてしまうと、自分から機嫌を直すのは如何にも体裁が悪い。ただ、ここはシンジに何か言って欲しかったのだ――例えそれが、到底かなわぬと分かっていても、だ。
「でもシンジの言うとおり、二人とも前回はよくやったわ。だから、二人ともネルフの地下プールで我慢しておきなさい」
「『え?』」
 頑張った結果がネルフのプール止まりでは、地元もいいところだ。
 が、次の一言が二人の表情を一変させた。
「シンジをお供にして、新しい水着を買ってくるといいわ。勿論、シンジが買ってくれる筈よ」
「あ、はいっ」
 二人が嬉々として頷いた瞬間、シンジの命運は決まった。
 
 
 
 
 
(続く)

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