第七十一話
 
 
 
 
 
 双頭バイブを呑み込んだ二つの女性器が絡み、こすれる度にびっしょりと濡れた淫毛が絡み合う。
 その様子を上から眺めると、色白の方が熱く燃えており、もう片方はやや受け気味になっている。
 赤木リツコと伊吹マヤだ。
 ただし、この赤木リツコは正真正銘本物である。
 どこでこうなったのかと、内心で首を傾げながら、それでも女体の哀しさで快楽を求めて腰を使ってしまう。
 元々、マヤ自身がリツコに向ける視線は、憧憬以上の物を含んではいたのだが、それを開花させたのはにせリツコであってリツコではない。
 しかし、受け身のマヤにとっては区別など付くはずもなく、ゲンドウをとっちめる前に練習として抱かれたなどとは、知る由もない。
 おまけに、同じ顔かたちなのにリツコの態度が変わってしまったせいで、自分の身体がおかしかったのかと、悄気却ってしまったのである。
 にせリツコは、リツコに言った通りもう表に出る気はないが、さすがに自分のせいだとマヤの事は気になっており、仲を修復してこいとリツコに命じたのだ。
 言われるままマヤを呼び出したリツコだが、本当に自分の事が嫌いになったのではないかと、涙目で三度訊かれ、その都度首を振ったのだが、今度はそれなら証明して下さいときた。
「証明?」
 こくんと頷いたマヤが、
「先輩が私を軽蔑していないのなら…抱いて下さい」
「マ、マヤ!?」
 普段のリツコなら、あっさりと退けて終わっただろう。
 ただ、リツコはここ最近常識を根本から破壊されたばかりであり、世界のおかしな統一など手伝っていないで、生身の女で勝負してみろと、あろう事か自分のダミーに言われたばかりなのだ。
 つい狼狽えてしまったが、これがまずかった。
 忽ち壁際に追いつめられ、躓いて転んでしまったのだが、その時ポケットから転がり出たのはペンでも携帯でもなく…ローターであった。
 ピンクで可愛らしいが、ローターはローターである。
「先輩…やっぱりその気で呼んで下さったんですね」
「こ、これは違…あっ」
 無論、リツコがこんな物を持ち歩く訳はなく、流れを想定して入れた犯人がいるのだが、マヤの方はもうスイッチが入ってしまった。
 目を妖しく輝かせたマヤに、あっという間に押し倒され、気が付いたらもう双頭バイブでマヤと繋がり、腰を振り合っていた。
(私は一体何を…)
 人生すごろくで、振り出しに戻ったような気分だったが、二人揃って秘所から愛液を吹き出して果てた後、ふと見るとマヤの涙に気が付いた。
「マヤ、後悔してるの?」
 リツコの言葉に、マヤは激しく首を振った。
「私…私嬉しいんです…先輩が…先輩がちゃんと抱いてくれたから…」
(ちゃんと?)
 これが算式であれば、すぐに答えなどはじき出せるのだが、ゲンドウとの痴情も常に感情の混ざらぬ物であったリツコにとっては、難解な言葉であった。
(数字しか…私の友人じゃなかったのね)
 内心で呟いた時、
「あの、先輩…」
「どうしたの」
「せ、先輩のおっぱい…飲んでみたい…」
「え!?」
 胸にはある程度自信があるが、乳が出る自信は無いし、そもそもあり得ない事だ。乳首の愛撫ならまだしも、飲ませろなどとは尋常ではない。
 甘い顔を見せすぎたかと思ったが、その時脳裏をにせリツコの言葉が過ぎった。
「どんな体位でもお願いでも、ちゃんと聞いてあげるのよ」
 八割以上自分で下地を作ったくせに、もう一人のリツコはあっさりと押しつけていったのだ。
「…い、いいわよ…」
 やや押し殺したような声で答えるのには、数十秒かかったのだが、それでもそれを聞いたマヤは嬉々として胸に顔を埋めてきた。
 舌で舐め回すか、手で乳房を弄って来るだろうと思ったのだが、本当に吸ってきた。
 それも、技巧など一切無い、文字通り赤子が母の乳を求めるような仕草で。
 勿論、リツコも覚えてはいないし、体験した事もないのだが、赤子が乳を吸う時は多分こんな感じだろうと身体のどこかで思ったのだ。
 或いは、子宮で考えたのかも知れない。
 がしかし、出ないものは出ない訳で、胸への感触が徐々に官能を帯び出すまでに、さして時間は掛からなかった。
「マ、マヤ…んっ…も、もういいでしょう…」
 弱々しくマヤの頭を退けようとしたリツコだが、その前にマヤが顔を上げた。
「マヤ?」
「多分、先輩は嫌って言わないと思ったんです。だからちゃんと用意してきました」
「用意って何…!?」
 不意に乳房を快感の炎が包んだ。それも並大抵のものではなく、そもそもマヤは既に唇を離している。
「先輩の乳首にお薬を塗ったんです。とても気持ちいいけれど、舌で舐めないとおかしくなっちゃうみたいです」
 してやられたらしいと気付いたが、こんな物を使う理由が分からない。
「や、やっぱり私の事を恨んでいるの?」
「違います」
 マヤは即座に首を振った。
「先輩の事は尊敬していますし、大好きです。ただ…一度でいいから見てみたかったんです」
「…何を見たかったのかしら」
「先輩が、自分で自分のおっぱい舐めるところを。ほら、そろそろ感覚がおかしくなってきたでしょう?」
 マヤの笑みに悪意は感じられない。
 それを見た時、リツコの中で決心が固まった――すなわち、これが終わったら絶対人体実験の被検体にしてやる、と。
 こんな娘のご機嫌を取った事自体、赤木リツコ一生の不覚である。
 しかし、身体の疼きは一向に治まってくれる気配がない。羞恥と怒りで顔を真っ赤にしたリツコが、仕方なく自らの乳首を吸い上げ、違う意味で顔を赤くするのは十数秒後の事であった。
 
 
 
 
 
「今日はお休み、と言うのは僕の家を指していたの?」
「ええ。多分ダウンすると思っていたから、今日一日は預かっておいて」
「ん、分かった。で、その後どうするの?」
「諜報部が当てにならないから、サツキちゃんの家に預けようかとも考えてるのよ。昼間は学校だし、夜勤が無ければあの子が一番安心でしょ」
「いいけど駄目」
「え?」
「極道の娘が二人出来ても困る。それに、レイちゃんにはもう、妙なところがちらほら見えだしてきてる。安全性より人間性だ」
「別にそんな風には見えなかったけど…シンジはどこにする気なの」
「強い毒でも、薬を大量投入すれば浄化される事がある。何事もチャレンジスピリットさ」
「……」
 数秒のブランクがあってから、
「人間性重視と言った筈よシンジ」
「良い案だと思ったんだけどなあ」
「絶対却下。それとシンジ、今日の夜は忘れないでね」
「分かってる。僕に任せてそっち行くから、先に入ってて」
「ええ、待ってるわ」
 電話を切った後、シンジはベッドの上で寝息を立てているアスカに視線を向けた。
「モミジ呼んでなくて大正解」
 奇妙な事を呟いたシンジは、さっきの事を思い出してくすっと笑った。
 
 船を下りたアスカは、すっとシンジの左に並んだ。
 まるで、そこがずっと自分の指定席だったかのような行動だったが、シンジは何も言わない。と言うよりも、そっちならば別に気にしていないのだろう。
 右でなければどうでもいいのだ。
 と、アスカが止めてあるベンツに気が付いた。
「ふーん、これCLKじゃない。生意気にも結構いじってあるし」
「知ってるの?」
「勿論よ。ベンツがどこから来たか知らないの?」
「それ位は一応」
「この車…」
 車の周りを一周してから、
「きっちり違法改造してあるじゃない。この国の車高は、こんな高さを許していない筈よ。それにこれ」
 タイヤをぽこっと蹴飛ばし、
「間違いなく防弾仕様ね」
 アスカは断言した。
 はあ、と頷いてから、
「訊いていい?」
「なに?」
「車通とは聞いてなかったけど、どうしてそんなに分かるの?防弾仕様と普通仕様の差は、普通は軽く蹴ったくらいじゃ分からないと思うんだけど」
「だって、あたしVIPだったもん。送迎はいつもリムジンだったし、勿論ガラスは全面防弾で、タイヤもノーパンク仕様。あたしに何かあったら大変でしょ?」
 えへん、と腰に手を当てたアスカに、こういう娘だったと思い出した。
「それにね」
 とアスカは付け加えた。
「日本に来たら、ミサトに言って免許作ってもらおうと思ってたのよ」
「免許?」
「ネルフは非合法組織なんだし、その位は簡単でしょ」
「アスカ、それ超法規っていうの。非合法は単なる悪の組織」
「あ、そっか。もー、そんな事くらい知ってたわよ」
 めっと睨まれたが、トゲの感触はない。
「超法規と君の免許にどういう関係が?」
「だってさ、こんなガキを捕まえて、人類の為に戦わせるわけじゃない。別に乗る度にお金寄こせとか、幼稚園児みたいな事は言わないけど、それ位してもらってもいいと思わない?」
「ふうん」
 シンジは僅かに首を傾げて、
「レイちゃんは別として、僕は少なくとも君とは違ったよ。君が乗ってるのは、自ら志願した結果だと聞いたが」
「そ、それはそうだけどさ…間違ってると思う?」
「ううん、いいんじゃないの」
 振られた首にほっとした表情になったアスカが、
「でね、お金貯めて車買うの」
「リムジンでも買うの?」
「…何でよ」
「アオイは僕と違って冷たくない。君やレイちゃんをただ働きさせる気はないよ。その気になればフェラーリでも買える金額はもらってるでしょ。それでも足りないなら、大統領専用車両のリムジンとかだ」
「信濃大佐にはさっきもらったわ。でも使っていいのかなって」
「いいじゃない。使っていいよって言ってるんだから、使わないと発酵しちゃうしね」
「さっきのって期限付きだったの?」
「ん?」
「だって今、発行って言ったじゃない。何かが発行されるんでしょ」
「ブー、不正解。その発行じゃなくて発酵の方だ」
「何それ?」
「日本語知ってるなら分かるでしょ」
 からかわれたと気付いたアスカが、たちまち口許をぷーっとふくらませ、
「またそうやって意地悪する…あたしの事気に入らないの?」
「そうじゃない」
「じゃ、何よ」
「生意気なら放っておくんだけど、素直だとちょっかい出してみたくなって…あれ?」
 ボン!と音がしたのは、間違いなかったろう。
 アスカが首筋まで真っ赤に染めたのだ。
 ただし、あれ?と言ったのはその事への反応ではない。
「も、もう何言ってん…痛っ!?」
 何を思ったのか、思い切り手を振ったのはいいが車のミラーを激しく攻撃したのである。
 無論、それで取れるほど柔なミラーではなく、むしろぶつかった方のダメージが大きい。
 アスカの表情が、違う意味の赤に染まり、
「何でこんなところに止まってるのよっ!」
 シンジが止める間もあらばこそ、すらりと伸びた足を存分に躍動させ、思い切り車体を蹴飛ばしたのである。
「あーあ」
 言うまでもなく、この車は赤木リツコがゲンドウの命令で、科学的見地から最大限の手を加え、そこに実用的な観点からシンジがあちこち直した車である。当然、十四歳の小娘が蹴飛ばして、そのまま凹むほど素直なボディではない。
 アスカの表情が激痛に歪んだのもむべなるかな、それでもこのままでは負けたままだと思ったのか、更なる一撃を加えようとしたアスカの肩を、シンジがそっとおさえた。
「気持ちは分かるけど、足の方が痛いでしょ。強烈なアッパーでもかましたら、今度は君の手が折れると思うよ」
「だ、だってこの車がっ」
「まあまあ。で、これ君の車なの?」
「そんな訳ないじゃない」
「ごもっともで。でも、そうなると持ち主が来たらまずいんじゃないの」
「いいわよ別に。違法駐車の科(とが)で海にぶち込んでフグの餌にしてやるんだからっ」
(変なところで日本語が達者だなあ)
 妙な事に感心しているシンジ。
 だがその通りで、科(とが)等という単語は、レイでさえ知っている可能性は低く、まして日本語の完全でないアスカが知っているというのは、非常に珍奇な事態と言えるだろう。
(まあ、それはそれとして止めないと)
 これ以上攻撃されると、車よりアスカが負傷する。こんなところで怪我などさせた日には、ユリにどんな口調で何を言われるか、分かったものではない。
「まあ、確かにここに置く持ち主も悪いんだけどね。でも、今の君じゃちょっと喧嘩しても勝てそうにない。それに疲れも残ってるでしょ、もう帰りますよ」
「で、でも…」
 まだ収まらない風情のアスカに、
「じゃ、帰りに甘い物でも食べていく?僕がおごるから」
「ほんとに?」
「うん」
「分かった。そこまで言うなら付き合ってあげる」
 どうもアスカの性格は、余計なところで一回アクセルを踏み込まないと、気が済まないタイプらしい。
 モミジやレイがいなくて、大正解である。
「じゃ、アスカの気が変わらないうちに乗って」
「え?」
「これ、僕の車だから」
「……」
 アスカの口がぽかんと開いた。
「う、うそ…」
「ほんと。さ、乗った乗った」
 結局アスカの足がのろのろと動き、車に乗り込むまで数十秒を要し、その後甘味処に寄ったはいいがほとんど上の空で、その後コーナー四つ目にして失神するまで十分程であった。
 
 一応板金に出しては来たが、シンジにとって車はあくまで道具である。
 どんなに大切にしたって、稼業柄狙われる事は多いし、爆発物を仕掛けられる事だってある。事故を起こさず大事にしていれば乗りつぶせる、と言う環境ではないのだ。
 だからシンジは、アスカが蹴飛ばした事をどうこう言うつもりはなかった。
 何よりも――アオイから贈られた車ではないのだから。
「それにしてもよく寝てる」
 指先で軽くアスカの頬に触れると、シンジはそのまま出ていった。
 軽くシャワーを浴びてから戻ってくると、まだ眠っている。
 グラスにワインを注いだ時、アスカが身動ぎしてゆっくりと目を開けた。
「おはよう」
 シンジが声を掛けると、眠そうな顔がこっちを向いた。
「…ここどこ?」
「僕の家」
「あたし、なんで此処にいるの」
「車に乗ってたら気絶したから担いできた。服を脱がせるとまずいと思って、上から着てもらったよ」
「え?」
 アスカの顔がゆっくりと動いて自分の格好を見た。
 ワンピースの上にパジャマという、少々妙な格好だが着ているのは男物のパジャマに間違いない。
「こ、これって」
「僕の。大きいけど、きついよりいいでしょ」
「う、うん…」
 掛け布団の中の手が、きゅっとパジャマの裾を握ったのだが、シンジは気付かない。
 十秒ほどでアスカの焦点が合ってきたのだが、表情が曇ったところを見ると、思い出したらしい。
「あ、あの…さっきはごめん…」
「ああ、車ね。一応見てもらってるけど、別に傷は無いと思う。足の方は大丈夫?」
「あたしは平気だけど…お、怒ってないの?」
「車は傷つく物だしね。でも、あの手の車って、背中に般若しょったおっさん達が乗ってる事もあるし、今度からは蹴飛ばさない方がいいと思う。君のダメージ軽減の為にもね」
 そう言って笑ったシンジにつられたように、アスカもうっすらと笑った。
 すぐ真顔になり、
「一つ、訊いていい?」
「何?」
「船の上で目が覚めた時、膝の上にいたでしょ」
「ん」
「あの時…あたしの髪に触った?」
 それを聞いた時、シンジの表情が一瞬だけ動いた。あの時のアスカは完全に意識を失っており、間違っても身体の変化に気付く訳はない。
 シンジ以外、誰も知らぬ筈のそれをどうして知っているのか。
 とりあえず、頷いてみた。
「やっぱり、そうだったんだ」
 シンジの顔に?マークが形成されはじめたが、その直後にもう一つのマークが加わる事になった。
「久しぶりにね、ママの夢を見たのよ」
「本物の?」
「うん、本物」
 他人が聞いたら首を傾げる会話だが、本人達は至って普通である。
「ママが自殺したのは、あたしがエヴァのパイロットに決まった日だったって、知ってるでしょ」
「いや、そこまでは」
「そうだったのよ。あたしがママに知らせようと走っていって、見たのは天井からぶら下がるママの姿だったわ。それもあたしに成り代わった人形を抱いてね」
「……」
「最初の頃はよく見たわ――人形をあたしだと思いこんで、最後にはその人形を道連れにして死んだママじゃなくて、よく頑張ったわねってママが褒めてくれる夢よ。でも、それもあたしに親がいなくなった時に終わったわ。もう二度と見ることもないと思ってたのに…」
「何の夢を?」
「あたしがママの膝に頭を載せてるのよ。ママは優しくあたしの頭を撫でてくれたわ。妙な話よね…あたしが今のあたしで、でもママの方はあの時からずっと変わってないなんて、そんな事あるわけないのに」
 無いことはない、とシンジは言わなかった。
「君が寝たまま泣いてたんだけど、怒りとか負の感情には見えなかったから、何の夢を見たのかと思ったんだ」
「ほ、他の誰にも内緒だからねっ」
「分かってる」
「そ、それであのさ」
「ん?」
「あたしって、どこに寝泊まりするの?」
「考え中」
「綾波レイは?」
「この間出した」
「出した?」
「一緒に住んでたんだけど、諸般の事情で二人暮らししてる」
「ここ…誰か一緒に住んでるの?」
 周囲を見回したアスカに、
「僕じゃなくてレイちゃんの話。ボディガード三十人より役に立つナースと住んでる」
「元プロレスラーとか?」
「美人でスタイルでもいいけど何か?」
 顔に?マークを貼り付けたアスカだが、
「じゃ、じゃあ今は一緒じゃないのね」
「だからそう言ってるでしょ」
 それを聞いた途端、明らかに見て取れる程口許が緩んだ。
「何が嬉しい?」
「ち、違うのよ…そ、そう初めてだったから」
 上手く切り抜けたと、ほっとしているアスカに、
「何が?」
 何を言い出すのかと、怪訝な顔で訊いた。
「人のパジャマとか、借りたことなかったのよ。なんか、こういうのいいなって。これもらっていい?」
 買ってと言うのならまだしも、使っているのをくれと来た。
「ああ、そっちね。でも衣料品店なら近くにあるし、買いに行く?使い古しより新品がいいでしょ」
「も、勿体ないじゃないっ」
 アスカは慌てて首を振った。
 身の回りの物なら段ボールで十箱以上に入ってるし、衣服に不自由はしていない。根本的に意味合いが違うのだ。
「ほ、ほらあたしには大きいから、これ一枚で部屋の中とか歩けそうだし、これならノーブラでも問題ないでしょ」
「ノーブラねえ」
 シンジの顔にある種の色が浮かぶのを見て、
「へ、変な意味じゃないのよっ」
 アスカは慌てて訂正した。
「まあいいや。それで良ければあげる。そろそろお腹空かない?」
 答える前に体が反応した。
 きゅるきゅると鳴ったのである。
 さほど大きな音ではなかったが、二人きりの静まりかえった空間には、あまりにも大きな音であった。
 俯いたアスカの表情が、みるみる歪んでいく。
 14歳の娘には、いたたまれない状況であったろう。
「パスタでいい?」
 それを幾分でも救ったのは、シンジの声であった。
 口調にも表情にも、からかう風情は微塵もなかった。
「うん…」
 辛うじて絞り出した蚊の鳴くような声に、シンジはすっと立ち上がった。
「作ってくるからちょっと待っててね」
 その背中を見送ったアスカの口許が、小さく動いた。
 
 
「それで、アスカちゃんは結局どうしたの?」
「僕のベッドに寝かせておいた。ぐっすり眠ってるから、戻るまでには起きないよ。ワイン二本空けたからね」
「一人で?」
「そ、一人で。僕は聞き役彼女は話し役」
 アオイの髪にブラシを掛けながら、シンジは首筋にはふっと息を吹きかけた。ぴくっと反応して肩が揺れた時、もう片方の手はガウンの前に滑り込んでいる。
 たっぷりと重量のある乳房は、今のシンジがどうあがいても掌に収める事は不可能である。
 指先に少しだけ力を入れて下部から這わせていく。
 乳首まで後数ミリと迫った刹那、不意にシンジの体が回転した。何の前触れもなく、ソファに座った体勢できれいに投げたのだ。
 無論、投げられた方も叩き付けられるほど間抜けではないが、あっという間にその頭はアオイの膝に固定された。
「自分だけ楽しむのは良くないと思うわ。色々とね」
「同感だけど、ちょっとだけずらして?」
「だめ」
 開放しろとは言わなかったが、少々首の位置が危険である。
 唇が重ねられ、そのまま舌が侵入してくると、絡める余裕はなく一方的に嬲られた。
 やがてシンジの顔が上気し始めた頃、漸く唇が離れ、透明な糸を妖しい手つきで拭った直後、シンジの首がごきりと鳴った。
 
 
「新年も近いし、アスカにも大掃除の大和魂を叩き込んでおかないと、後々日本で結婚出来なくなる」
 翌朝、回すと妙な音を立てるようになった首を回しながら、掃除用具とパンを買ったシンジは家路に向かっていた。
 代車はあるのだが、たまには歩くものだと、てくてく歩いてきた。昨夜だって、アオイの家から徒歩で帰ってきたのだが、首の音はもっと奇妙だったのだ。
 湿布を貼るのは癪なので、自然治癒に任せておく。
 家に着いたシンジは、玄関のドアが開いているのに気付いた。アスカがいるから、家のセキュリティは解除してあるのだが、だからと言って開けっ放しにする性格でもあるまい。
 歩みを早めたシンジは、玄関に見慣れた靴を見つけた。
「あ、レイちゃん来…て?」
 数度、目を瞬かせた後、その口がぽかんと開いた。
 ただいまと声を掛けようとしたシンジの目に映ったのは、掴み合っているアスカとレイであり、更にそれを止めようとしているマユミの姿であった。
「あっ、い、碇さんっ」
 マユミの悲鳴のような声が聞こえた途端、お互いの髪を引っ張り合っていた二人の動きがぴたりと止まった。
 
 
 
 
 
(続く)

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