第六十一話
 
 
 
 
 
「ド、ドイツ?何をしに行くのっ?」
「人に会いに。正確には人の皮を被った連中を見に」
 いつものようにレイを乗せて学校へ行く途中、マユミを見つけたレイが乗せると言い出した。
 最近成立したらしい二人の奇妙な交友関係は知っているシンジだから、別に駄目とも言わずに乗せたのだが、思い切り車体を揺らして走られたせいで、着いた時にはマユミは半分ダウンしかけていた。無論、生まれて初めての経験である。
「マユミでも弱いものがあるのね」
 くすっと笑ったレイだったが、シンジの言葉を聞いた途端表情が固まった。
 ちょっと海外に行って来るから後よろしく、シンジはそう言ったのである。
「お兄ちゃんが行かないといけないの?」
「別に。ただ、今なら本人がいないから色々訊けそうだし、教育法には僕も興味があるから」
「私の知らない人?」
「どうかなあ。もう一人のパイロット、惣流・アスカ・ラングレー嬢の所。名前は知ってた?」
「な、名前は知っているわ。でも本人がいないのにどうして…」
「だからいいんだ」
「え?」
「本人は、見ない方がいいかも知れないからね」
 一瞬レイの背に電流のような物が走り抜けたが、すぐにきゅっとシンジの腕にだきついた。
「何?」
「セカンドチルドレンに気を遣ったんでしょう?お兄ちゃんのそう言う所が好き」
「……」
 とそこへ、
「あ、あの…」
 申し訳なさそうな声がして、
「こ、腰が抜けてしまって…ひ、引っ張っていただけませんか…」
 夜の街を自由に飛ぶ忍びの末裔も、この手の横揺れ運動にだけは弱いらしかった。
 無論本人にその気はないが、レイにしてみれば邪魔されたようなものであり、赤瞳に僅かに感情の色を乗せてマユミを見たが、
「女の子はあれが普通なんだ。レイちゃん、起こしてあげて」
 シンジの言葉に黙ってマユミの手を引き起こしたレイだったが、幾分余計な力が入っていたのは、やむを得ないところであったろう。
  
 
 
 
 
「それで、少しは大人しくなったのかしら−件の彼は?」
「幾分はね」
 あまり興味もなさそうにシンジは言った。
 実際、ケンスケの事などはどうでもいいのだ。シンジに取って必要なのは、ちょろちょろして自分の邪魔をしない事であり、それ以上の事は考えていない。
 ただ、トウジ及びヒカリのカップルとは何となく付き合いがあり、このあいだ二人の距離を見て、
「相変わらずキス止まり?」
 と訊いたら真っ赤になって狼狽えていた。
 二人がキスする光景を想像するのは難ではないとしても、付き合った理由がよく分からない。正確には二人が惹かれ合った理由が。
 いくら何でも、金のためにセックスのショーをやらされて、それが縁だったわけではあるまい。
(なんでだろ)
 考えた途端、ぽんと浮かんだ。
 余計な事に首を突っ込むところ・思いこんだら猪突猛進する所等、確かに共通点はいくつもある。外見は明らかに違うタイプの彼らだが、だからと言って内面まで別とは限らないのだ。
 確かにその意味では二人とも似たもの同士かもしれない。
 そう、二人とも別々にではあるがシンジに絡み、そしてもう少しであの世から反省文を送る羽目になりかけた所もまた。
「そんな事より、君の玩具はどうした?」
「私の−ああ、ミサトちゃんの事?お利口さんにしてるわよ」
「…ふーん」
「さすがに、あの状況では本能が必然的に防衛ラインを引いたようね。彼女も赤木博士も、一切詮索しようとはしてこないわ」
「なにせ中国四千年だからな。年の功とはよく言ったものだ」
「そんな事言って、また襲われても知らないわよ」
「ほっといて。別に強硬手段取られるわけじゃないんだから。いざとなったら逃げればいいんだ」
「逃げるのは得意だものね」
「なんで僕に絡むのさ」
「別に絡んでなどいないわ。交友網を作るのが上手になったと褒めているだけよ」
「ごめん、僕の勘違いだ。じゃあこれで」
 身を翻した途端、きゅっと足が滑った。無論アオイが後ろから捕縛したのである。
「少し、自由にさせすぎたようね。やはり、大事な物は側に置いておくべきね−決して離さずに」
「お断りだ。だいたい僕はレイちゃんとは違うぞ」
「同じようなものよ。二人ともまだ子供でしょう。ところで、モミジを抱いている事は言ってあるの?」
「要がない事は言わない主義なの。どうしてそんな事言わなきゃならないのさ」
「多分、呼ぶ事になるからよ」
 何か言いかけたが、アオイが絡めた腕を放して真顔になったのに気付いた。
「どういう事?」
「どういうも何も、元々シンジがあの子を抱いているのは力の供給からでしょう。そう言う事よ」
「…」
 ?マークを顔に浮かべてアオイを眺めていたシンジだったが、
「必要になる時が来るって事?」
「来るわ、間違いなくね」
 アオイは静かだが、はっきりと断言した。
 さてアオイの言ったシンジとモミジの関係だが、至ってシンプルである。
 碇シンジという少年は、妲姫からも目をつけられる程に秘めている魔力は高い。
 しかし、それだけの事である。つまり、エネルギーは持っていても使い方を知らないのだ。
 一方土御門モミジはと言うと、その出自柄技の知識は豊富だが、使うために必要なエネルギーは普通の人間とさほど変わらない。
 だから結ばれた。
 それだけ聞けば恋人関係みたいに聞こえるが、実際はほとんど奴隷と主人の関係である−それも一方的な。
 身体を重ねる事で、シンジはモミジの使える術を会得し、モミジはシンジが持っているとんでもない量のエネルギーを使える事になるのだ。もっとも、予め準備が要ったりする物が多いから、シンジがそんなにちょくちょく使う事はない。
 なによりも、特筆すべきはその不公平さにあろう。
 そう、二人は文字通り命を共にする関係となり、シンジが死ねばモミジも自動的に死んでしまうのだ。
 おまけに、モミジ自身は死ねない身体になってしまうのである。死ねないこと、つまり不死身というのは、響きはいいが実際には酷くつらいものになる。
 周りが全員死に絶えようと、自分は決して死ぬ事が出来ないのだから。
 ただ、この関係にはある制限があり、双方が本当に合意しないと成立しないのだ。言い方を変えれば、レイプによっては成功しないと言う事になる。
 そして、最初にシンジとその関係を望んだのが姉のカエデであったが、シンジはそれを断った。
 カエデがしばしば見せた、一流どころと言う意識をシンジは好まず、ごく普通の娘として育てられたモミジを選んだ。
 だがカエデはそれを妬み、モミジを憎み、そしてシンジと共にいたレイにまでその対象を拡げた。その結果が、しばらく前の脱走旅行である。
 双子である、ただそれだけの理由でモミジは遠ざけられたのだが、カエデは常に土御門家の末裔として育てられた。
 一方モミジは、至極普通の娘として育てられた。ただし、シンジは二人の娘を天秤に掛けて片方を選んだわけではない。シンジがモミジに遭ったのは、カエデが屋敷の者を皆殺しにして姿を消した後だったのだ。それまでは、モミジの事など知りもしなかったのである。
「モミジを使うって、仕事で?それとも別件?」
「使徒退治よ。私もユリも、使徒一覧の情報を持っているわけではないから、出てきてから対策を考える事になるわ」
「よく考えたら、元々レイちゃんとアスカ嬢の戦闘能力に問題がなければ、僕がエヴァに乗る事なんてなかったんだ」
「そうね。本当なら今頃こたつでごろごろと−」
「しようがない、こうなったら猫から聞き出す−はうっ」
「猫が何ですって?」
 幼なじみの美貌に危険な色を認めたシンジは、慌てて首を振った。
 
 
 
 
 
「ど、どうしても行くの?」
「行く」
「じゃ、私も行く」
「駄目」
「一人で待ってるなんてやだ」
「駄目、留守番してなさい」
 こんな会話が、さっきから延々と続いている−各生徒に与えられた端末内で。
 綾波レイと碇シンジ、この両名の端末は何故か教師から見る事は出来ても、他の生徒からは覗く事が出来なくなっている。
 無論シンジの仕業だが、教師の管理を拒んでいる訳ではないし、勝手に画面を覗かれて生徒同士で揉める事もあるからと、教師達も黙認しているところだ。
 しかし、妙に積極的にキーを叩いているから、何をしているのかと見たら、ほとんど痴話喧嘩もどきの最中で、強制的に電源を落としてやろうかとも思ったのだが、この二人ほど授業態度が成績に結び付かない生徒も珍しく、内心では呪詛しながらも表面では無視する事にした。
 
 
「お兄ちゃんが冷たいの」
「わ、私に言われても…」
 昼休み、そのとばっちりを受けていたのは無論マユミであった。初めて会った時より、だいぶ人間らしくなってきたとは思うが、そんな痴話喧嘩みたいな物を自分に持ってこられても困る。
 第一、シンジがレイを連れて行かないのは、長門ユリが一緒だからではないのか、そう思った途端、マユミはかあっと頬が赤くなるのを感じた。
(や、やだ濡れてる…)
 無論、擦過傷が大腿部に出来た時にシンジに抱かれて病院へ運ばれたのを思い出したのではない。
 
 
「体験はいつ頃?」
 マユミの股間から指を抜き出しながらユリが訊いた。指は二本ともたっぷり濡れているが、いずれもマユミの愛液によるもので、ローション等の小細工は一切必要としなかった。
「わ、分かったんですか…」
 肩を大きく上下させながら、マユミは顔を上げられなかった。
 無論羞恥もあるが、膣内でゆっくりと蠢いた指に加え、達する寸前淫核を親指でつぷっと押された事で、達した後の余韻が全身を覆っていたのである。
「入り口に指で触れれば分かるわ。それと、どの位の間遠ざかっていたのかも、ね」
「こ、こんなことを誰にで−ふあっ」
 うつぶせになっているマユミの下に両手が入り込み、優しくではあるが両方の乳首を一斉につねったのだ。
 電流が流れるような衝撃に、一瞬びくっと腰が跳ねたマユミに、
「処女喪失には色々な原因があるわ。無論普通の性交渉からレイプ、果ては弾みで股間に異物が刺さってしまうことまで。患者の事を知りたいと思うのは、医師として当然ではなくて?」
「は、はいっ…」
 同意した口調の中に、もう一度指を欲しいと思う気持ちが無かったとは言えまい。
 それを知ってか知らずか、
「人の身体には自己修復機能があるわ。もっとも、歯は例外だけど。無論ここは例外ではなく、遠ざかっていればその分きつくなるわ−こんなふうに」
「あっふううっ」
 第一関節だけが膣口から侵入し、マユミは熱く喘いだがすぐにそれは止んだ。焦らされていると気付いたのだ。
 その証拠に、さっきマユミのなかで蛇のように動いた指は、まるで金剛石のように停止しているではないか。
「お、お願いです…じ、じらさないでっ…」
 半ば喘ぎの混ざった叫びはともかく、もっと深くと引き込むようにくねらせている腰の動きを見たら、しかもその差し込まれている指が女の物と知ったら、普段の彼女を知る同級生達は度肝を抜かれるに違いない。
「まだ答えを聞いていないが」
 マユミはユリ好みの美少女であり、希代の妖女が同居しているという事でレイの玩具化を諦めたユリに取っては、この上ない獲物である。
 しかしそんな素振りなどつゆほども見せず、あくまでも淡々と訊ねるユリ。
「いつ頃、そしてお相手は?」
「そ、それは…」
 逡巡している、そう見たユリは逆の責めに出た。
 一旦第二関節まで押し込み、すぐに一関節分抜いたのである。答えなければここまでと言う意図は明らかであり、同じポイントであっても女ならでは、そして美少女専門とも言えるユリならではの動きに、マユミの隠匿ダムはついに決壊した。
「あ、あたしの最初はっ−」
 絞り出すような自白にユリは頷いた。満足した。
「よく言えたわ。いい子ね」
 ほんの一瞬の空白は、待つ方にとってはとても長く、そして欲情が一気に燃え上がる時間になる事をユリはよく知っている。
 次の瞬間、二本の指がマユミの膣内へ一気に侵入した−さっきとは違い、抉り込むような動くのそれが根本まで。
 襞を抉られるような快感にマユミがあられもなく絶叫し、釣られた魚のごとく身体を波打たせるまで数秒と掛からなかった。
 
 
(あ、あの時は何度もイって…自分でするよりとても気持ちよかった…)
 だがしかし、ここは昼休みの校内で、しかも図書室である。
 おまけに、
「お兄ちゃんに何をしてもらったの」
 尖った氷柱みたいな声に、はっと我に返ったマユミを睨んでいたのは、無論レイである。もっとも、シンジの話をし出した途端、ぽうっと頬を染めれば誰だって怪しむし、思考の先に辿り着いた女同士の快感を思い出していた、などとは思うまい。
「碇さんに?別に私は何も」
「嘘ね。じゃあどうして今顔を真っ赤にして足をもじもじさせていたの」
「そ、それは…」
 いくら何でもこんなところで、二本指を挿れられた感触を思い出していたの、などと口外する事は出来ない。
 ただ、当然の事ながらレイの疑惑は深まる一方であり、
「あなたに訊いた私が馬鹿だったわ。もういい、さよなら」
 くるりと背を向けたレイを慌ててマユミは引っ張った。
「まってレイちゃん、これは違うの」
「何が違うの」
「そ、それはその…とにかく、碇さんの事を思い出していたわけじゃないわ。これは本当よ」
「…」
 疑わしげな視線を向けていたレイだが、マユミの真剣な視線に少し表情が和らいだ。
「一つ言える事があるわ」
「なに?」
「もうすぐクリスマスでしょう。何とかしてみ…どうしたの?」
 二人の少女が揃って怪訝な顔をしている。
 一人はクリスマスの単語に、そしてもう一人はその反応に。
 顔を見合わせていた二人だが、周囲から見れば突如見つめ合いだしたように見えるかもしれない。
 先に口を開いたのはレイであった。
「クリスマスは知っているわ。本当は違うのにキリストの誕生日とされている日でしょう。実際にはあんな季節に屋外出産などする筈はないのに。それがどうしたの?」
 なんでそんなマニアックな事をと思いながらも、無論それを口には出さず、
「…真偽はともかく、世界的には一大イベントになっているのよ−キリスト教の世界ではね。勿論日本も例外ではないわ。あの日は恋人が二人きりで過ごし、或いはまだ成立していない人が成立させるべく色々と画策し、メーカーもせっせと後押しする日なのよ。経済を復興させるもっとも手っ取り早い手段は、祝日を商業に利用する事だもの」
「それで、それをどうするの?」
「恋人同士、と言ったでしょ」
 ポウ。
 そんな擬音が相応しかったかもしれない。
 レイの頬に朱が差すのを見て、可愛いとか思うよりも前に、とりあえずマユミはほっとした。
 だが、
「そっ、それで何をすればいいのっ」
 ずいっと迫ってきたレイを見て、マユミは墓穴を掘ったような気がした。
 別に面倒だと思ったわけではない。とは言え、レイがどうやら何も知らない以上、話だけ振って逃げる事も出来なさそうだし、かと言って自分の勧めた物で失敗されたらレイに恨まれそうだ。
(碇さん…どうして別居させちゃったんですか)
 別にシンジにはそんな義務はないと知りつつも、マユミはほんの少しだけシンジを恨んだ。
 
 
 それから数日後。
「ん?」
 うっらすとワインの芳香に包まれて、眠りに落ちようかとしていたシンジの目が開いた。その感覚が侵入者を感知したのである。
 枕元の銃には手を伸ばさず、代わりに腕がにゅっと空中に伸びた。
 指輪が月光に煌めき、内外全てのモニターを映し出す。
「え!?」
 シンジが奇妙な表情になったのは、侵入者が既に寝室の外にまで来ていたからだ。
 それも、決して入れぬ筈の者が。何故かガウンを纏ったその姿に、内心で首を傾げながらも、排除はしない事に決めた。
 と言うよりも、どうやってここまで来れたのか不思議だったのだ。
 答えはすぐ明らかになった。
 侵入者−レイは針金のような物を二本鍵穴に差し込むと、なにやら動かしだしたが、驚くべき事に十秒ほどで鍵は本来の役目を失ったのである。
(い、一体何時の間にあんなスキルを…)
 冷静に考えればすぐ分かるのだが、呆気にとられていたせいで、いくぶん思考能力が低下していたのは事実だったろう。
 無論レイはそんな事などつゆ知らず、室内へ滑り込むように入って−は来なかった。
 堂々と入ってきたのである。
 その割には玄関から入ってこないのが妙だったが、一体何をする気かと思ったら、まっすぐベッドの横までやってきて、次の瞬間はらりとガウンを落とした。
 ガウンの下には何も身につけておらず、一糸まとわぬ全裸のまま、
「お兄ちゃん起きて、お兄ちゃん」
 シンジの肩を揺さぶった。
「さっきから起きてるけど…その格好は?」
「お、起きていたの?」
「不法侵入されればすぐ分かる」
「ご、ごめんなさいでも…」
「何?」
「クリスマスは日本にいないんでしょう?」
「うん」
「やっぱり」
 急に確信したような口調になると、
「クリスマスの事を、マユミに教えてもらったの−クリスマスには大切な物を贈るんだって。だからお兄ちゃんには、私をあげる」
(分かってないな)
 全裸にもかかわらず、レイの表情は変わっていない。これなら普段、キスしてとねだる時の方が余程表情は変化している。
 シンジはゆっくりと起きあがり、
「僕にくれるって、意味は分かっている?」
 訊いた途端、レイは奇妙な程に狼狽えた。
「そっ、それはあのっ…」
「マユミ嬢がその格好を勧めたわけじゃないね?どこで覚えたの」
「お、お店で売ってる情報誌に、クリスマスの特集って言うのがあってそこに、じ、自分をプレゼントって書いてあったからその…」
 ふ、とシンジの表情が緩んだ。
 これでもし、抱いてとか言っていたら、寒空の中全裸で放り出そうかとも思ったのだが、今のレイではこれが精一杯だろう。
「気持ちは大体分かった。でもレイちゃんにはまだ早い」
「だ、駄目なの…」
「駄目」
「そう。ごめんなさい…」
 見るも悄然と肩を落として身を翻した途端、その手がきゅっと捉えられた。
「え…」
「裸をあげると言われても別に嬉しくないけど、僕の用事はまだ終わってない。そんなピッキングの技術をいつ覚えた?」
「ピッキング?」
「鍵開けだ。さっきここの鍵を金属で開けたでしょ」
「あ、あれはその…」
「まあいい。続きはこっちでゆっくり訊くとしよう」
 そう言ってシンジが布団を半分ほど捲った。
 一瞬唖然としたレイだが、やがてシンジの意図に気付き、見る見るうちにその顔が染まってくる。
 やはり、本屋で詰め込んだ知識は実となっていなかったらしい。シンジが寝たふりしていれば、おそらくはずっと立ちつくしていたに違いない。
「寒いから早く入って」
「うん」
 嬉しそうに−素っ裸のままで入ってこようとするレイに、
「ちょっと待った、パンツぐらい穿いて」
「このままがいい」
「だーめ」
 シンジに言われて仕方なくパンツとブラを着けたレイだが、それでも嬉しそうに滑り込んできた。
 そして二十分後、下着姿に手袋という、なかなか奇妙な格好のままシンジに抱き付いて眠るレイの姿があった。
 無論、シンジが強いたものではない。
 
「これは?」
 シンジが、がさごそと取り出してきたのは毛糸で編んだ手袋であった。
「見ての通り手袋。クリスマスにはいないんだし、レイちゃんにもそれぐらいはしてあげないと、大人しく留守番してくれそうにないから」
「で、でも高かったでしょう」
 まさかシンジがその辺のスーパーで買ってくるなどとは思っていないレイだが、
「そんな事はないよ。自分で作ったからね」
「あ、編んだのっ?」
「うん」
 シンジにとっては、そんなに大変な事でもない。ヒナギクから一通り以上に教えられているし、何よりも嫌な相手に編むわけではないからだ。
 しかしレイにしてみれば、無論そんなスキルなど持っていないし、自分のために作ってくれたと聞き、うっとりした顔で手袋とシンジの顔を見つめている。
 その結果、
「手袋は外して寝たら?」
「いいの。お兄ちゃんが作ってくれたから大切にするの」
 したまま寝ると、却って解れそうな気もしたが、レイの表情にシンジは何も言わず腕の中にある頭を軽く撫でた。
「それにしても鍵開けとは、マユミ嬢も余計な事を教えるもんだ」
 寝付いたレイの寝顔を見ながら、シンジは幾分険しい表情になっている。別に入ってきた事自体は、そんなに大きな事でもない。
 しかし、たまたま今日は設備のスイッチが入っていなかったから良かったようなものの、もし入っていればレイとて無事では済まず、またシンジが寝ぼけて防御プログラムを稼働させていれば、これまた大けがしたかも知れないのだ。
「まったくユリに頼んで、少しお仕置きしてもら−ユリじゃ駄目だ気持ちいいだけじゃないか」
 ぶつぶつぼやいたシンジだが、不意にその表情が固まった。
 ちゅーっ。
 不意に吸われたのである。
 それも何故か腕を。
 一瞬シンジが硬直したほどの強さであり、やっと離すと痕がきれいに鬱血していた。
「お兄ちゃん…」
 幸せそうな顔で呟いたレイに、ふうっとため息を一つ吐いたシンジはさっさと寝る事にした。
 
 
「あーあ、まだ痕が残ってるよ」
 タラップに向かいながらシンジが後ろをちらりと見ると、嬉しそうな顔で手を振っているレイがいる。
「良かったのですか?」
「寒空の中放り出すのもあれだし。まあ、鬱血の二つ三つは諦めよう」
 結局あの後、朝になって気付くと鬱血の痕は増えていた。しかも、何故か首筋にまでついている。
 これからドイツまで飛行機を飛ばすが、ユリとサツキが操縦し、シンジは後ろでふんぞり返って行く。
 最初は反対していたレイも、シンジの部屋に泊まった事と、手編みの手袋を貰った事であっさりと方針を転換した。
 手を振るレイがはめているのは、無論シンジに貰った手袋だが、アオイが一緒ではないと言う事も安堵の一端になっているらしい。
 ユリよりも、アオイの方が余程シンジに近い事は、既にレイも気付いていたのだ。
 好きと自我、この二つの単語をやっと理解し始めたレイに取って、アオイの存在はとてつもなく大きな山のように見える。
 外見はこの際無視するとしても、立てる作戦の効率や手回し、何よりも常にシンジの能力を考慮した上でのそれは、当然ながらミサトが決して及ばぬところであり、その一方で溺愛しているかに見えながら、死地に送り込む事に躊躇はしない。アオイ個人の、と言うよりシンジと組合わさった時、もっとも力を発揮するコンビになる。
 レイは自分が、まだまだシンジの右側を歩けない事は知っており、どうしてもシンジより一歩引いた位置にある。
 だからこそ、アオイが羨ましいのだ。
「レイちゃん」
 後ろから呼ばれて、レイは振り返った。
「はい」
「シンジが帰って来る前に、私とアメリカで合流する事になるわ。この間ユリがペンタゴンに侵入したし、今年は行っておかなくてはならないの」
「どこへですか?」
「アメリカの大統領、ビル・ジェファーソンのところよ。今年のクリスマスには呼ばれているのよ」
 その途端、レイの表情がぴくっと動いた。
「で、ではお兄ちゃんと二人きりになるのですか?」
「ならないわ。大統領のところには行かないけれど、ユリとサツキちゃんも一緒だし、その足ですぐ迎えに行くから」
「迎え?」
「ドイツから、もう一人パイロットが来るでしょう。この間ドイツを発ったと連絡が入ったの。下見も兼ねて行って来るのよ。だからその間はレイちゃん一人になるけれどお願いね」
「は、はい…」
 どことなく不安そうな表情のレイに、
「それともう一つあるの」
「はい?」
「エヴァに乗らせた時、シンジが強いのは知っているわね」
「はい」
「でもね、ドイツから来るチルドレンのアスカちゃんもなかなか能力は高いの。その彼女が、シンジとエヴァでコンビを組むとか言い出したら−困るでしょう?」
 みるみるレイの表情が変わり、
「だ、駄目ですっ」
 周囲に人がいたら、一斉に振り向いた事は間違いないような声で叫んだ。
「大丈夫よ。レイちゃんも、もう少し訓練すれば強くなれるわ。やる?」
「やりますっ」
「決まりね。じゃ、行きましょ」
「信濃大佐」
「なに?」
「私…お兄ちゃんの足手まといにはなりたくないです。だから−お願いします」
 頷いたアオイだが、実際の所を言えばレイの能力はさほど気にしてはいなかった。
 しかし、レイが自分の存在を気にしているのは知っているし、何よりもシンジがいない間そればかり気にされても困ると、シンジと二人で相談して決めたのだ。
 だいたい、シンジを危険な所に送り込むのは躊躇わないアオイだが、アスカやレイに関しては、この時点になってもまだ肯定してはいなかったのである。
 アスカとレイの関係はシンジが考える、と言うより実際に会ってからの話だが、目下はとりあえずレイの気を逸らして置かなくてはならない。
「本当は、姫を引っ張り出して乗ってもらうのが一番なのだけれど」
 アオイはユリと違い、妲姫と敵対はしていない。
 先の使徒戦を思い出してうっすらと笑ったが、すぐにその眉が寄る。
 もう一人の−初号機に乗った方を思い出したらしかった。
 
 
 
 
 
(続く)

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