GOD SAVE THE SHINJI!
 
 
 
 
 
第二十六話:甘い後遺症に二人が気怠く悩み、シンジが一部から熱い視線を受ける事
 
 
 
 
 
 バスタオル一枚巻き付けただけの姿で、二人が窓際に来る。無論、月はひっそりと輝いており、雨雲など何処にもない。
「降ってる様子はないみたいだけど」
「うん、そうだね」
 二人は少しの間、並んで外を眺めていた。
「ナタル」
「うん?」
「ちょっと動かないでね」
 声は後ろから聞こえた。
「え?」
 振り向こうとしたときにはもう、はらりとバスタオルは落とされていた。背後から股間をさわさわと撫でられ、思わず洩れかけた声を慌てておさえる。
「ちょっと脚開いてみて?」
 こんな所で弄らないでも、とは思ったが、せいぜい後ろから撫で回される位だと思っていた。
 が、ナタルが言われるまま脚を開いた直後に感じたのは、熱い肉の侵入であった。
「はあぁんっ!?」
 自分でも驚くような声に慌てて周囲を見回すが、無論誰もいない。
「こっ、こんな所でっ…ふあっ…ど、どうしてっ…」
「よく見えるから」
「みっ、見えるって何がっ?」
 電気はついていない。ここから下の街並みは見えるが、電気の点いたマンションはそう多くないのだ。
「電気つけよっか」
 ナタルが制止する間もなく、シンジは側にあったリモコンに手を伸ばした。ただし、ついたのは最小の電球だけだったので、ナタルは少し安堵した。
「窓にナタルの顔が映ってるでしょ」
 ナタルの背筋を指でなぞりながらシンジが囁いた。無論、濡れた音を立ててぶつかる股間の動きは止まっていない。
「後ろから入れられて感じちゃってるナタルって、どんな顔してる?」
「いっ、いやっ…くぅっ…い、言わないでっ」
「見えなければちゃんと電気つけるけど?」
「だ、だめっ!」
「じゃあ、教えて?」
「あくっ…うっ…いっ…」
 ぎゅっと目を閉じていたナタルの目が少し開く。
 ぼんやりと窓ガラスに映るのは、年下の少年に背後から貫かれ、はしたなく喘いでいる自分の姿。
「い、いやっ…いやらしくあえいでるのっ」
「でも可愛いよね」
「シンジ…」
 窓になんとか手を突いて、喘いでいたナタルの顔が一瞬素に戻った直後、
「はぅ!?」
 奇妙な声を上げたのはシンジであった。確かに自分が主導権を握っていた筈なのに、いきなりナタルの膣内が強烈に締め付けてきたのだ。蠢く襞が生き物みたいに絡みついてきて、早く射精(だ)すようにと煽ってくる。
「シンジ…大丈夫?」
「大丈夫」
 もう出しそう、などとは口が裂けても言えない。シンジの性別は男なのだ。
 ただ、ナタルがちょっと心配そうな表情を向けた時、少し締め付けが緩んだ。どうやら感情に左右されるらしい。
 ほっと安堵したのもつかの間で、このままではどういう単語で反応されるかわからない。
「ね、ナタル」
「なに?」
「も一つ見せてくれる?」
「な、何をっ?」
 ナタルの視線が、一瞬だが間違いなくリモコンに向いた。灯りをつけられるのが余程嫌らしい。
「大丈夫、電気はつけないから。そうじゃなくて違うもの」
「べ、別に私は何も…」
 そう言いながらも、繋がった身体からはほっとした感じが伝わってきた。
「そっ、それで、見せて欲しいとは何を?」
「おっぱいからミルク噴きだしてナタルがイクところ」
 邪悪な事を囁くと同時に、その手はナタルの胸に伸びている。少し不安定ながら、ナタルが窓に手を突いているから、尻を抱えている必要はない。
「な!?な、何をっ…や、やめっ」
「だーめ」
 大きさと重量と感度がアップした乳房を揉みしだきながら、抜き差しのペースを挙げていく。
「ふあぁっ、んんっ、くぅっ、だっ、だめえっ…え?」
 ナタルの綺麗な指が、空しくガラスをかく。
「そう?」
 ナタルの喘ぎを聞いたシンジが、ぴたっと腰の動きを止めてしまったのだ。
「シ、シンジ?」
「だって今嫌って言ったでしょ?やっぱり無理強いは悪いかなって」
(そ、そんな…)
 本当に嫌だったら突き飛ばして逃げている。どうしてそれ位分からないのかと、快感を中断させられた半ば逆ギレ的な感情がこみ上げてきたが、何とか直前で堪えた。ここで喧嘩などしては、元も子もないのだ。
「う、嘘」
「嘘?」
「そ、その本当は…き、気持ち良くてっ…だ、だから…」
「だから?」
 男と女では感じ方が違う。女の場合にはどちらかと言えば浅く長いのだ。だから途中で中断されると燃え上がるまで時間が掛かる。
 ここにきて、ナタルもとうとう覚悟を決めた。
「お、お願いだから、私のなかをかき回して最後までいかせてぇっ」
 ナタルの心境としては、京都にある有名な舞台から飛び降りるのと、さして変わらないものであった。一週間前の自分であれば、死んでも口にはしなかったろう。
「はい」
 笑って頷いたシンジが――こちらは単に回復待ちをしていた邪悪な少年だから、僅かとはいえ時間が取れた事で回復している――勢いよく腰を前に突き出した。
「ふひゃああぁぁんっ!」
 亀頭に狭い膣内を貫かれ、ナタルは甲高い嬌声をあげた。乳房を縦横無尽に揉まれながら、背後から貫かれる。
 ついさっきまでは想像もしていなかった事にも、ナタルの中の女が目覚め始めていた。いつしかナタルは、シンジのペニスをくわえ込もうと、自分から腰を振り出していた。
 かくかくと揺すり、少しでも快楽を味わおうとする。
「もっと、もっと責めてぇっ…ああんっ」
 もう喘ぐ声にも遠慮がない。つられるようにして、シンジもペースが上がっていく。
 乳房を揉んでいる手は既にミルクでびっしょりと濡れている。どん欲に快楽を貪るナタルの尻にシンジの手が伸びた。さっきから止まることなく沸きだしている愛液で指を濡らし、人差し指をアヌスへとさし込んだ。
「あふっ!?だっ、そこらめっ、来ちゃうぅっ!」
(ナタルってお尻の人?)
 ナタルが急激に昂ぶったのは間違いなく、喘ぐ声も一際高くなったような気がする。
 尻を抱えて根元まで突き入れながら、乳房を弄んでいた手で、乳首をきゅうっと摘み上げた。
「うひゃ!?ちっ、ちくび、私の乳首噴いちゃううっ!!」
 刹那ナタルの膣内が強烈に収縮し、次の瞬間ナタルの乳房は盛大にミルクを噴きだしていた。ナタルが身体をびくんっと震わせた直後、一瞬遅れてシンジがナタルの膣内に放つ。
「ふあっ、いっ、いくうぅっ!」
 ぐったりと崩れてきた身体を、シンジが慌てて支える。
 がしかし、ウェイト差によりあっさりぺしゃっと潰された。
(くっ…体重軽すぎるぞ僕!)
 自分に怒っても仕方ないので、ナタルの頭を膝に乗せる。
 少しの間、ナタルは動かなかった。失神してはいないから、意識はある。
「シンジ…」
「ん?」
「その…とても気持ち良かった…身体の中がとても熱くなって…」
「そう?」
「うん。それでその…私はみっともなくなかった?つい、大きな声で喘いじゃって…」
「そんなことない。可愛かったよ」
 前半はともかく後半はナタルのテストであった。薬のせいなのか、快楽に対してストレートになっているような気がしたのだ。
「あ、ありがとう…」
 ナタルがぽうっと頬を染める。やはり人格が変化してきているらしい。一時的なものかどうかは分からないが。
「じゃナタル、お風呂いこうか?もう沸いたでしょ」
「ん」
 立ち上がった時、まだ達したばかりで余韻の残っているナタルがふらつく。その身体を支えて、シンジが浴室まで連れて行った。
「洗ってあげるから大人しくしていてね」
 ぼーっとしているナタルに、声を掛けて、シンジはボディソープを手にとった。たっぷりとつけてから、手を揉み合わせて泡立てる。
 くてっと浴槽に寄りかかっているナタルの背を、手でゆっくりと撫で回す。スポンジもタオルも付けずに洗う気らしい。
「手で…いいの?」
「うん」
 ナタルの身長は174センチで、シンジと比べるとかなり大きいのだが、シンジの手に吸い付いてくる肌はぷにぷにして柔らかい。
(華奢な…感じがする)
 切れ者だが、実戦経験はほとんど無いのだろう。妖精の女騎士と比べると、身体から武人の気が全く発していない。
 座り込んだナタルは、浴槽の縁に乗せた手を組み、その上に顔を乗せている。首から尾てい骨の辺りまで丹念に“手洗い”したシンジが、するりと前に手を伸ばす。下乳から洗い上げていき、乳房がすっぽりと手に収まった時、ナタルの唇から小さな声がもれた。
 張りのある乳房を、ボディソープを泡立てた手で柔らかく丁寧に揉みしだきながら、
「ナタルがさっき、ミルク噴き出しながらイった時の顔、可愛かった」
「そ、そう…」
 あれ、とシンジが秘かに首を傾げた程、その反応は淡々としていたが、
(ば、馬鹿っ…へ、変なことをっ)
 ナタルの脳裏では、顔を染めたちびナタルが身悶えしている。秘所が、じわりと濡れてきたのだ。
 たっぷりと時間を掛けて乳房を洗い上げてから、その手が下に移っていく。臍まで下がってきた時、ナタルはある事に気が付いた。
 当然と言えば当然だが、このまま行けば股間まで手は降りてくる――無論、性器にも触れられる事になる。
(……)
 シンジに中出しされたばかりで、しかも今またそこはシンジの言葉のせいで濡れてきている。嫌、と口に出す事は出来なかったが、出来れば避けてほしかった。
 ただその一方で、それを期待している自分も確かにいる。
 そんなナタルの内心の葛藤など知らぬげに、シンジの手は更に降下して太股の付け根まで来た。
「んっ…」
 しかし、手がそこに触れる事は遂になかった。そのまま方向転換して、太股から膝へと降りていき、最後に足の裏まで洗い上げてから、
「さ、終わったよ」
「え…」
「流すね」
「う、うん」
 ぼーっとしているナタルに、肩口からシャワーをかけて泡を洗い流していく。シャワーを止めたシンジに、
「どうして…全身はしなかったの?」
「そんな気がした」
「え?」
「僕の勘…きゅ!?」
 言い終わらぬ内に、シンジはナタルの胸に抱きしめられていた。
「あの、ナタル?」
「やっぱり、シンジは優しいのだな。本当は私もその…ちょっと微妙だったのだ」
「そ。時折気が合うよね」
 言った途端、今度は押し倒された。
「も、もうっ…よ、余計な所で気を遣ってっ…。こ、今度は私がしてあげる」
 さっきのシンジのように、ナタルが手にボディソープを付ける。泡々させたところまでは良かったが、
「手なの?」
「…え?」
 びっくりしたナタルが自分の手を眺め、
「な、何かまずい?」
「ううん、別にいいけど。じゃ、お願い」
 言うまでもなくこう言うときは、別にいいけど本当は、と続くのだ。手以外の何か、と言うのがスポンジを指すのか或いはそれ以外なのか。
 手を所在なさげに泡まみれにさせたまま、ナタルが周囲を見回すが、特に使えそうなものはない。
(シンジは一体なにを…)
 ナタルの目が自分の胸元を見た時、それは間違いなく偶然であった。何の予感も持っていない。
 だが丸くぷりっとした乳房が視界に入った瞬間、ナタルの脳裏で何かが弾けた。
(そうか、そう言う事か…で、でも胸でなんてっ…)
 ナタルの白い肌が、朱を掃いたように赤くなる。静かな浴室内に、ごくっと生唾を飲み込む音がした。
 手洗いならともかく、乳洗いなどすれば結果は目に見えている。
 二人とも燃え燃えになってしまい、結局二人が浴室を出たとき、時計の針は午前四時を回っていた。
 中に出す事五回、後は浴槽内でべたべたと弄り合っていたとなれば、いくら二人が若いとは言え、体力は思い切り消耗する。二人とも素肌にパジャマを着ただけの格好で、そのままベッドに倒れ込んだ。
 寝息を立て始めるのに三十秒とかからず――ただし、その手はきゅっと握り合わされていた。
 
(随分と長い入浴だったようだが?)
(時間を計算するのも面倒くさいわよ。まったく幸せそうな顔して寝ちゃってさ。一生離れないように呪文かけてやろうかしら)
(不許可だ。やるなら他の奴にやってこい。オヤビンに何しようっていうのだお前は)
(分かってるわよもう)
 
 ぶつぶつ言いながらも、湯上がりの身体をさして拭きもしないで寝込んだ二人に、ふわふわと毛布を掛けてやる仲魔達。
 シンジもいい仲魔を持ったらしい。
 ただ、身に付いた習慣というのはある意味怖いもので、翌朝六時半にはシンジは起きていた。
 先日の事があるので窓から飛翔するのは諦めて、玄関から出て散歩に出かける。
「ちょっと訊きたい事がある。昨日、僕とナタルがベッドに倒れ込んだ時、悪巧みしている妖精がいなかった?」
「『気のせいだよ、オヤビン』」
「そう?ならいいんだ」
 その割にすたすたと歩いていってしまい、妙に冷たいように感じたのは気のせいか。
 シンジが帰ってくると、もうナタルは起きていた。
「あ…おはよう」
「う、うん…」
 昨夜の事は克明に覚えており、二人ともちょっと気恥ずかしい。
「ちょ、朝食を用意しておいたから…」
「あ、ありがと…ん?」
 ふとシンジはナタルの歩き方がおかしいのに気が付いた。足を引きずる、というか妙に内股気味で歩いているような気がする。
「ナタル、足どうかしたの?」
「あ、ううん、何でもない」
「何でもなくてそんな歩き方しないでしょ。どうしたの」
 少し強めに訊くと、ナタルはうっすらと頬を染めた。
「そ、その…昨夜のがまだ身体の中に残っている感じで…」
「あ…」
 二人して赤くなり、その場に立ちつくす。
 どこかで、雀の声が聞こえた。
 
 
 
 
 
 コウゾウは、自分の部屋で新聞に目を通していた。先日の使徒退治は、隠蔽工作が功を奏して、目下完全な隠匿状態だ。
 すっぱ抜きたい所もあるだろうが、コウゾウもそればかりは力で抑え込むと決めており、既に数社は叩き潰してきた。
 潰されてみたい自虐趣味の所はもう無いようで、手を出しては来るまい。ただ、あまり被害が出ると、たとえネルフ関係者しかいない街とはいえ、抑えておけなくなる可能性はある。
 さっさとエヴァの装備を急がせねばなるまい。それと参号機・四号機の修復だ。
 アスラン達とシンジは仲が良いらしいから、完全に装備させたエヴァが三体もあれば、まず不覚を取る事はあるまい。
 目下、レイはシンジを目の敵にしているが、コウゾウに介入する気はなかった。面倒くさい、と言うのもあったが――大部分を占めているのはそれだ――もしも逆に二人が仲良くなったりすると、ゲンドウが火病を起こしかねない。
 そっちの方がはるかに厄介だ。
「しかし…最近の四コマ漫画は殺伐としてきたな」
 呟いた時、コウゾウの携帯が鳴った。
 発信はバジルール少尉、となっている。
「……」
 数秒経ってから、ボタンを押した。
「冬月だ。必要なものは揃ったかね?」
 九割七分まで、シンジからだろうと踏んでいたのだが、万が一と言う事もある。この台詞なら、ナタル相手でもおかしくはあるまい。
「ええ、おかげさまで」
「シンジ君かね」
「僕ですが…」
 少し間があり、
「フユゲツさん、僕でもナタルでもいいような台詞選んだでしょう」
「機密事項だ」
 ふっと笑って、コウゾウは湯飲みを傾けた。満更でもなかったらしい。
「何かあったのかね?」
「申し訳ないんですが…」
「ん?」
「おたくの社員、酷使しすぎてダウンしてます。すみません」
 だからどうする、とは続けなかった。
「分かった。一週間にしよう。足りるかね」
「三、四日もあれば大丈夫です」
「分かった。君が全身全霊を以て癒してやってくれたまえ」
「全身全霊?ふーん…」
 一オクターブ下がったシンジの言葉を聞いた直後、コウゾウの全身からどっと汗が噴き出した。長年の人生経験で培った勘が、強烈な危険信号を発していたのである。
「!?」
「まあちょっとお話ししようや」「俺たちの仲間がじっくりと語り合おうと待ってるからよ」
 その数秒後、にゅう、と床から湧きだしたのは、いずれも全身真っ黒の毛むくじゃらな男達であり、手にはトゲの付いた金棒を持っている。
「お、狼男…か!?」
 全身を覆う毛と妙に長い耳が、コスプレでない事は嫌でも分かる。
 だがどこから来たのか、などと冷静に分析する余裕までは、コウゾウにはなかった。
「『コボルト様と呼べや』」
 湧いてきた数は五体、だがその一体でもコウゾウの首をスイカ割りで割られたスイカのようにするには十分すぎる。
 せーの、と金棒が振り上げられ、コウゾウが人生の終焉を感じたその瞬間、
「コボルト、今回はいいや」
 電話の向こうから、妙にのんびりした声が聞こえてきた。
「『シンジ卿、あめーぞ!』」「後の三匹も叩き殺して、風通し良くしてやろうと思ったのによう!」
「その内頼む、かもしんないから」
「『へいへい』」
 力関係ではどう見てもシンジより上に見える連中だが、それでもシンジの言葉は絶対なのか、或いはシンジとの友好関係が最優先されるのか、金棒がコウゾウの首をもいでいくことは無く、超一級危険度の襲撃者達は、またわらわらと床にその姿を没していった。
「あまり、妙な事は口走らないで下さいね。コボルト位なら止められますけど、アークエンジェル級が出てくると、僕じゃかなり無理っぽいですから」
「済まない。気をつけよう」
(アークエンジェル級?)
 戦艦の級別みたいだと思ったが、シンジにそれを訊く力は残っていなかった。
 ワニか蟋蟀の縦穴にナタルを落とす、と言った時は、襲撃者はやってこなかった。つまりナタルに関して全面的にNGとなったわけではないらしい。
 ただ、NGワードとなる方面は少し分かった。肝銘しておいた方が、身の為だろう。
 使徒相手や襲撃してくるどこぞの敵組織の手先によってならいざ知らず、こんな所で人外の生き物に首を持って行かれる訳にはいかないのだ。
「バジルール少尉の処遇については、私に任せておきたまえ」
「お願いします」
「それと、君は携帯を持っていないのかね?」
「持ってますよ。番号を知られたくないからじゃなくて、あの変なシステムを一部ダウンさせたらそっち使いますけど」
「変なシステム?」
 首を傾げた次の瞬間、その顔色が変わった。
「MAGIの事かね!?」
「ええ」
 シンジはあっさりと頷いた。
「力押しだけが能じゃありません。何でしたら、全システムを丸一日ダウンさせてみますか?五分もあればやってくれますし。管理システムならまだしも、監視システムとかは僕嫌いなんです」
「ま、待ちたまえっ!」
 コウゾウは慌てて遮った。
 正直、ゲンドウの首をもらいますとか言う事なら、一考の余地はある位なのだが、MAGIシステムのダウンは、ネルフ本部の占領と同義なのだ。MAGIシステムがダウンしてしまえば、目と鼻と耳を塞がれた巨人のようなもので、目の前で撒かれた毒ガスが気道に入ってくるまで分かるまい。
「何です?」
「MAGIのダウンは困る。色々気に入らない所もあるだろうが、あれは目下対使徒防衛戦の要なのだ」
「要ですかそうですか。フユゲツさんがどうしてもと言うなら、今回は見逃してあげます。でも次は完全に落としますからね」
「わ、分かった…」
 頷いてから、どうしてそんな話になったのか思い出そうとしたが、どうしても思い出せなかった。
 
 
 
「あの、副司令はなんて?」
「ああ、別に問題ないって。一週間休むかって言うから、三日位でいいって言ったの。三日位あれば、だいたい大丈夫でしょ?」
「多分大丈夫だと思うがその…」
「何?」
「何分、なった事がないから…」
 ちょっと首を傾げてから、
「そうだね」
 ぽむっと手を打った途端、ぐいとその手が引かれてベッドに引っ張り込まれた。
「あ、改めて納得するなっ。は、恥ずかしいんだからっ」
 赤くなった顔だけ毛布から出していたナタルが、引っ張ったのだ。
「触診したげようか?」
「しょ、触診?」
「ん。生理痛じゃないから、おなかじゃないでしょ?軽く撫でたりすれば、痛みも早く引くかも知れないじゃない?」
「う、うん…」
 言っている事は分かるが、改めて触られるにはちょっと恥ずかしい場所だ。
 それも医者ならともかく、相手は年下の少年である。
(だがその少年相手に私はあんな痴態を…)
 夕べの事が、ついさっきの事のように思い出され、全身がかーっと熱くなってくる。
「シ、シンジ…」
 蚊の鳴くような、と言うより消え入りそうな声でシンジを呼んだのは、十秒ほど経ってからであった。
「なに?」
「そ、その…ね、熱を…は、計ってほしい」
(ん?)
 シンジは内心で首を傾げた。体温検査は無論構わないが、別に赤くなったりもじもじしたりする事はあるまい。
「分かった。体温計持ってくるね。場所どこ?」
 起きあがったシンジの裾を、ナタルがそっと掴む。
「どしたの?」
「あ、あのっ…」
 ナタルの顔が、ボン!と火でも噴いたように赤くなる。
「そ、その…あ、あそこの…ね、熱をっ…そ、そのシンジが…は、計って…」
(あそこ?僕が?計る?)
 意味不明な単語のコンボに、シンジの前頭葉がフル回転を強いられた数秒後、ナタルの染まった顔と全ての単語が一つの線で繋がった。
「ナ、ナタルそれってっ…」
「しょっ、触診よりその方が分かりやすっ…」
 全てを言えずに、ナタルが毛布の中に逃げ込んだ。ナタルにつられて、これまた顔を赤くしていたシンジが、ふくらんだ毛布を見つめていたが、
「いいよ、ナタル。計ったげる」
 少ししてから囁いた。
 物音にびっくりして巣に逃げ込み、顔だけちょこっと出したハムスターみたいに、ナタルの顔が半分だけ出てきた。
「い、いいのか?」
「うん」
 
 膣内の熱はペニスで測る、これが通のやり方。
 ただし、自分も粘膜感染で伝染るという危険も伴う諸刃の剣。
 少なくとも片方が、体力と若さに自信のあるカップル以外には、お勧めできない。
 
 一時間後。
「じゃ、行ってくるからね」
 着替えたシンジが、ナタルの頬に軽く口づけした。
「うん…気をつけて」
 粘膜測定の結果、痛みが悪化したりはしなかったようだが、二人の顔はうっすらと赤く、特にナタルの方は上気したままだ。
「夕飯のおかず買ってくるよ。何がいい?」
「大丈夫、私が作っておくから。それぐらいなら出来るよ」
「分かった。じゃ、任せるね。それとナタル、ちょっと調べておいてもらいたい事があるの」
「何でしょう」
 真顔で言ったシンジに、ナタルの表情も引き締まる。
 その耳元に口を寄せて、
「夜のお勉強」
「…ふえ?」
「えっちな事いっぱい知っておいてね」
「……」
 ナタルの口が小さく開く。言葉の内容が理解できなかったらしい。
 その顔がみるみる赤くなるのに、数秒と掛からなかった。
「まっ、真面目な顔で何を言うかと思えばっ!シンジの馬鹿っ!」
「行ってきまーす」
 後頭部にクッションの直撃を受けながら、シンジは部屋を出た。
 従兄弟達からは、本部で何やら用があるので行かないと連絡は受けている。ナタルに送ってもらえば済む話だったが、代替手段をすっかり忘れていた。
 マンションから出て澄み切った青空を見上げた。
「えーと…」
 ここで余計な事を口走ると、カボチャで出来た馬車が出てくる可能性があるが、初日から派手なパレードなどしたくない。できればひっそりと行くのが一番いい。
 携帯を取り出して掛けると相手はすぐに出た。
「はい葛城」
「あ、ミサトさんシンジですけど」
「シンジ君?おはよう、どうしたの?」
「悪いんですけど、学校まで送っていってもらって良いですか?」
 言った途端、向こうから凄まじいブレーキ音が聞こえた。時速100キロ以上から、フルブレーキングしないとこういう音は出ない。
「すぐ行くから待っててっ」
「お願いします」
 三分もしないうちに、ミサトの車が滑り込んできた。Uターンするのかと思ったら、いきなり車体を傾け、シンジの前でぴたりと一回転させる。
「お待たせ。さ、乗って」
「すみません。マリューさん、お早うございます」
「…おはよう」
(機嫌悪いのかな?)
 内心で首を捻ったシンジは、無論マリューが早朝の出会いを期待して、ベランダで延々待っていた事など知るよしもない。
「シンジ君、ナタルはどこかへ行ったの?特に聞いてないけど」
「ナタルさんはちょっとダウンしてます。行くって言ってくれたんですけど、ベッドに押し込んで来ました」
「ふ、ふーん、そうなんだ」
 押し込んできた、と確かにシンジはそう言った。いかにナタルの具合が悪いとは言え、送迎を断ってベッドに押し込むなど、いつの間にそんな関係になったのだ?
 ただ、それを悟らせるほどミサトも単純ではない。
「風邪でもひいたかしら」
「ちょっと腰を使い過ぎちゃって」
「『こ、腰っ?』」
 二人の声が微妙に上擦る。
「ええ、ベッドで」
「ベ、ベッドでっ」「腰を使いすぎたってそれっ、どっ、どういう事かしらっ!?」
 二オクターブ位上がった二人の声は、きちんとつなぎ合わされていた。その脳裏にどういう光景が浮かんでいるのかなど、言うまでもあるまい。
「どうって…昨日ベッドを買ってきたんだけど、ナタルさんが組み立てとか移動とか、主にやってくれたので腰を痛めちゃったんですけど…」
「へ?」
「ベッドって、そ、そう言う事なの?」
「それ以外に何かあるんですか?」
「『な、何にもないわよっ』」
 何故か顔を赤くして首を振った二人は、シンジがくすくす笑っている事に気付いていない。
 私を釣ったな!と、ナタルなら怒っているところだ。
 校門の少し手前で車は止まった。
「ありがとうございました。じゃ、行ってきますね」
 ぺこっと一礼して歩き出そうとしたシンジの手が引かれる。
「はい?」
「その…もーちょっとお礼して欲しいなあ、なんて…駄目かしら?」
「え?あ、はい良いですよ」
 ミサトの頬で小さな音がした。
「へへ…ありがと」
「いえ」
 マリューはそのまま放置して行くかに見えたが、ちゃんと反対側まで回ってきた。
 但し頬に唇が触れる事はなく、
「もうベランダからは出ませんから。普通に行きます」
「え…あ、ああそうねっ、了解」
 キスされたミサトより、なぜかマリューの方が嬉しそうに見える。マリューの恨みを買った記憶はないので、多分その辺ではないかと踏んだのだ。
「マリュー、あんた普通に行くってそれなんの話よ」
「内緒」
「一人だけ何いい思いしてるのよ。ちゃんと言いなさいよっ」
 騒擾の態を見せる車を後に、シンジは歩き出した。
 朝のHRで紹介され、碇シンジですと自己紹介したまでは良かったが、一部女生徒から妙に熱い視線が向けられている事に気が付いた。
(ま、まさか…)
 こういう場合、自意識過剰だと自分に惚れたかと奇怪な事を考え、後ろめたい事があるとこう考える――。
(キ、キスマーク付いちゃってたかな)
 と。
 よほど思い当たる節があるらしい。
 仲良くして下さいね、と優しい声で告げた担任の名は、風見みずほと言った。
 その言葉が終わると間髪入れずに、
「ノシ!」
 勢いよく手が上がる。
(ノシ?)
 普通は、はいじゃないのかと少し引きながら、
「僕ですか?」
「はい。質問良いですか?」
「え、えーとはい」
「碇シンジ君は、キラ・ヤマトさんの従兄弟なんですよね?」
「そうですよ」
「キラさんて、アスランさんと恋人同士って本当ですか」
「…は?」
 精神科にかかった方が良いんじゃないかと思ったが、一応表情はまともである――瞳は少々いってる気もするが。
 ふう、と息を吐き出したシンジが、黒板に大きく字を書いた。
 こう書かれていた。
 
 変態はカエレ!
 と。
 
 
 
 
(つづく)

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