GOD SAVE THE SHINJI!
 
 
 
 
 
第二十四話:痔悪化
 
 
 
 
 
「持ってるの!?」
「あるわよ。ま、本当は違う効果なんだけど、人間に使えばさっき言った効果が出るの」
「あの、えーと…」
「なあに?」
 ケットシーはにこっと笑った。綺麗な笑みだが、その裏に何があるかシンジは知っている。
 おまけに、さっきご機嫌を損ねているのだ。
「その…くれる?」
「どうしようかしらねえ?シンジ卿さっき、私の事馬鹿にしてたし」
「あっ、あれはその…ごめん」
 人間は所詮妖精に及びはしない。避妊効果と言っても絶対確実ではないし、まして快感増幅の作用もある物など、存在しないのだ。
「シンジ卿の頼みだし、あげてもいーわよ?」
 ケットシーはこちらを向いたまま、背後の手すりに軽く飛び乗った。高さは一メートル程度だが、なんの助走も構えも無しに乗れる高さではない。
「なに、すればいいの?」
「そうね、じゃあ回ってもらおうかしら」
「回る?」
「三回回って――」
 ワンと鳴く、のかと思ったら、
「にゃあって言って」
「にゃあ!?」
「何だと思ったの?」
「う、ううん別に」
「無理強いはしないよ。シンジ卿の決める事だから。さ、どうするの?」
「やる」
 一瞬の間はあったが、殆ど躊躇い無しにシンジは言った。
「そ。じゃ、これ付けてやってね」
 ケットシーが、ごそごそと何かを取り出し、シンジの頭にすぽっとはめる。
「何を乗せ…」
 言いかけたシンジが、手鏡を見せられて絶句する。
「ネ、ネコ耳…」
「当然でしょ?それに、前から見てみたかったのよ」
 ぴょんと飛び降り、
「シンジ卿のネコ耳モード。とっても似合ってるわよ」
 ケットシーの言葉に、シンジがかーっと赤くなる。ネコ耳を付けて赤くなっているこんな所を、もしもマリューやミサトに見られたら、即座に拉致される事は間違いあるまい。
「じゃ、頑張ってね」
 赤くなってもじもじしていたシンジだが、仕方がないと覚悟を決めた。
 
 一回転…二回転…三回転…“にゃあ”
 
 見ていたケットシーが、くすっと笑った。
「ほんとにやるとは思わなかったわ」
「だ、だってケットシーが!」
「そう言う意味じゃなくて。会ってまだ数日でしょう?そんな娘の為に、そこまでするとは思わなかったのよ。ちょっと妬けるわね。はい、これ約束の薬。即効性だからギリギリに飲んでも大丈夫よ。あと、オプション付きね」
 渡されたのは、丸薬の詰まった小瓶であった。
「ケットシー?」
「いい物見せてもらったしね、サービスしてあげるよ。これだけあれば、当分は大丈夫でしょう。じゃね、シンジ卿」
 軽く地を蹴ったケットシーが、今度は高飛びの要領で手すりを超え、仰向けに落ちていった。正体はネコだから、シンジも心配はしていない。
 途中でネコの姿に戻り、綺麗に着地する。
「サービスじゃなくて本当は――使い切る前にシンジ卿が戻ってくるからよ。陛下のお城で会いましょ」
 冷ややかな口調で呟いて姿を消したが、ネコが呟く姿を誰かが見たら卒倒するに違いない。
 一方シンジの方は、
「これ飲ませてナタルを燃え燃えに…」
 にへら〜、と顔を緩ませていたところへ、不意に携帯が鳴った。
「はい」
「ようシンジ、俺だよ」
「俺…痔悪化!?」
 掛けてきたのはディアッカ・エルスマン、人間界(こっち)に戻ってきたシンジに出来た数少ない友人の一人であった。
 なお、痔悪化と呼んでみた者は他にもいるが、無傷で済んでいるのは目下シンジただ一人である。
 彼女付きで、いずれもその彼女の手で病院送りにされてきたのだ。
「お前がちっともまったく全然連絡寄越さないから電話してやったんだが、元気でやってるか?」
「うん。とりあえず大丈夫」
 ちらっと時計を見て、
「それはそうと、おまえがこの時間に電話してくるなんて珍しいな。今日は一緒じゃないのか?」
 訊いた途端、びくっと反応した気配が伝わってきた。
「い、いいんだよ。たまには俺だって一人に…いてぇ!?」
「貴様、私を置き去りにして何処の女に電話を掛けていた!」
 向こうから聞こえてきた怒声に、シンジはすっと携帯を耳から離した。
 イザーク・ジュール。エザリアの娘で、ディアッカの彼女だ。仲は良好だが、気性が激しく独占欲が強い。
 ディアッカとは、お互いを独占し合っているようなものだが、イザークの方が度合いは高い。
 妖精の力を借りて、一時的にテストで良い点を取ったりするシンジとは違い、二人は能力値からして優秀だ。
 でもって、想い人を痔悪化呼ばわりした連中をすべて――相手を問わず病院送りにしてきたのは、イザークである。
 シンジの知識が間違っていなければ、この時間はいつもイザークと一緒にいる筈で、一人になる事はまずない。
 イザークを一人置いて電話してきたのはいいが、あっさり見つかって――おそらくは肩を噛まれたのだろう。
 携帯から耳を離したのは、単に大きな声が聞こえたからではない。
「貴様!人の恋人にちょっかい出すとはどういうつもりだ!!」
 声が聞こえた時、シンジはちょっと後悔した。
 離す距離が短かったらしい。
 すう、と息を吸い込んでから、
「元気そうだね、イザーク」
「!?シンジ?シンジなのかっ!?」
「僕だよ。で、誰が痔悪化にちょっかい出してるって?」
「ち、違うんだ。その、シンジとは思わなくて…また、他の女かと思ってその…ご、ごめん」
 相手を認識した途端、急激にトーンダウンするイザーク。女の特技の一つ、逆ギレを多用するタイプでは無い。
「まあいい。ところで、ママに会ったよ」
「母上に!?」
「うん」
「じゃあ、やっぱりネルフに…」
「知ってたの?」
「母上に、少しおまえの事を聞かれたから何となく」
「そっか」
 頷いてから、シンジはちょっと首を傾げた。母と――エザリアと会ったとシンジが言った時、明らかに口調が変わったのだ。
 エザリアが苦手とか、そんな理由ではあるまい。
「イザーク?」
「シンジ、ちょっといいか」
「痔悪化?」
 ディアッカに変わったらしい。イザークにしてはかなり珍しい。
「本当はな、電話したのは…単に近況を訊くためじゃないんだ」
「え?」
「イザークに聞いたんだけどよ…ネルフの総司令はその、お前の…父さんなんだろ?」
「エザリアさん経由か。もう…余計な事教えるんだから」
「おまえは…いいのか?」
 ディアッカの言葉に、シンジはうっすらと笑った。
「イザーク、聞いてるね?僕がここで何してるって教えられたの?」
「いや、それは聞いてない。母上も、教えようとはされなかったから」
「簡単に教えとくから良く聞いとき」
 使徒と呼ばれる妙ちきりんな敵が攻めて来ていることと、唯一対抗出来る兵器の操縦者になった事、そして今のところ自分が最適らしい事を、かいつまんで聞かせた。
「そんな事…してたのか?」
「そ」
「でもお前…普通はそう言うのって、もっと前に呼ばれて訓練とか、色々するんじゃないのか?」
「僕もそう思うわけだが」
「え?」
「僕は予備だったらしい。が、行ってみたら使える機体は壊れてるわ、僕が乗った機体の武器は作ってないわで、もう馬鹿ばっかり。でもさ、なんか使徒に負けると人類滅亡みたいだし、放り出すわけにも行かないでしょ――とりあえずはね」
 シンジの言葉を聞いて、二人は少しほっとした。自分を延々放置していた父親のいる所に、シンジが好き好んでいたい訳はないのに、人類を救う使命を帯びたとか言って、妙な悲壮感に包まれていたらどうしようかと思ったのだ。
 ただシンジは、とりあえずと言った。
 少なくとも、全身全霊を賭したりなどしていないのは明らかだ。
「シンジ」
「ん?」
「おまえだって神じゃないしさ、出来る事には限りがあるだろ。負けたって誰もシンジを非難したりしないし、そもそもシンジが乗る義務なんかないんだから」
「イザーク…」
「馬鹿馬鹿しいと思ったら、いつでも帰ってこいよ。私もディアッカも待ってるから。また、三人で遊びに行こう」
「一部同意する」
「一部?」
「そっちに帰るのはいいとして、三人で遊ぶなんてごめんだね。お前と痔悪化のらぶらぶ光線を浴びるなんてお断りだ」
「『シ、シンジ…』」
 拡声方式に切り替えていたのだろう、揃って赤くなった気配が伝わってきた。
「それとイザーク」
「な、何」
「おまえ、浮気する予定は?」
「あ、あるわけないだろ!いくらシンジでも許さないぞっ!」
「痔悪化も同じだよ。イザーク以外の女に興味なんて持ってないよ。いい加減におまえも信頼汁」
「そ、それは分かってるけどでも…」
「あまり独占欲が強いと嫌われるぞ。な、痔悪化?」
「あ、ああ…ぐえっ!?」
「貴様、やっぱりそんな事を考えていたんだな、この裏切り者!」
「だ〜か〜ら〜、おまいらいい加減にしろ!」
 一喝してから、
「ま、仲が良いのは分かってるから心配はしてないけどね。従兄弟のが出来てくれば、僕は差しあたって暇になる。そしたら一回位は顔出せると思うから」
「絶対に…絶対に約束だぞシンジ」
「分かってるよ、イザーク。痔悪化と仲良くね」
「う、うん」
「それと痔悪化、電話くれて嬉しかったよ。ありがと。またね」
「おまえも…元気でな」
「ん」
 電話を切ってから、シンジは空を見上げた。
 今夜の空に星は見あたらず、月がひっそりと微笑んでいる。
「僕も…いい友人持ったよね」
 綺麗な月を見ながら、シンジは小さく呟いた。
 部屋に戻ると、ナタルはベッドの上にぺたんと座り込んでいた。
「お待たせ」
「お、遅いぞ。私はもうとっくに着ていたのに」
「ごめんね、ちょっと電話があったから。ところでナタル」
「ん?」
「その微妙な体勢はなに?」
 両足で股間を隠すようにして、さらに左手で上からおさえており、右手は腕の部分で両方の乳房を覆っている。
「な、何ってこのタイツ、股間と乳房がむき出しになっていたぞ。こっ、こんな淫らなものをっ」
「そうかなあ?じゃ、ちょっと膝立ちになってみて」
 何がじゃあ、なのかは分からなかったが、
「わ、分かった」
 ナタルがそろそろと膝立ちになるも、胸と股間は覆ったままだ。
「手を離してみてくれる?」
「で、でも」
「離して」
 完全に命令口調になっており、主従が逆転している。
「胸はいいけど股間の手は外して。ほら早く」
「……」
 嫌ならば、そもそもボディタイツと分かった時点で、着なければ良かったのだ。少なくとも、着た後に鏡を見て乳房と秘所の露出を知ったのに、もじもじしながらシンジを待っている事はなかった。
 ナタルの手が、おずおずと股間からどけられた。ナタルの秘所は剛毛ではなく、どちらかと言えば繊毛に近いそれが、黒々と秘所を覆っている。
 そこをじっと見たシンジが、
「問題ないじゃない」
「え?」
「ナタル、ちょっと訊くけどこれって室内専用だと思ってたの?」
「ど、どういう事だ?」
「ブラウスとか、シャツ系統を着ればこれは目立たないよ。外出する時だって着られるんだから。普通はパンツも穿くし、トイレにも行くでしょ。これで股間が他の所みたいに覆われていたら、トイレはどうすると思ったの?」
 そんな事は考えもしなかった。
 そもそも、下着代わりとはいえこんな淫らな物を着て外出する事など、ナタルの発想には皆目含まれていない。
「でっ、でも胸はっ」
「胸ってなに?」
「な、何って胸もむき出しになっているだろう。見えないのか」
「嘘はイクナイ。胸が向き出しになってる下着なんて、それこそあったら困るっしょ。どこがむき出しになってるの?」
「だ、だからそのっ…」
「その?」
 ベッドの端に腰を下ろしたシンジが、じっと見つめてくる。狭義では間違っていても、広義では合っている。
 それなのに、わざわざ否定するシンジの意志は見え見えだ。
「ち、乳房…が」
 何とか声を絞り出したナタルに、
「乳房が、ねえ」
 明らかに、つまらない、と言うのをたっぷり塗り込んだような口調であった。
 ちらっとナタルを見やり、
「ちょっとお茶でも飲んでくる。その内戻るから」
 あまりと言えばあまりな言葉を残して、シンジがくるりと背を向ける。置いてきぼりにする気なのは明らかだ。
「ま、待ってっ」
 こちらを向いた背に、ナタルは思わず手を伸ばしていた。
「何」
 足は止まったが、顔はむこうを向いたままだ。
「わ、私の…私のお…おっぱいが見えてるのが恥ずかしくてっ」
「……」
 シンジがくるりとこちらを向いて、つかつかと歩み寄ってきた。ナタルの顔をじっと見て、それから柔く押し倒す。
「ちょ、ちょっと何を…あぅ」
 目許をぺろっと舐められた時初めて、ナタルは自分が涙を流していたと気が付いた。
 女としての部分に征服された、軍人の部分の最後の抵抗でもあったろうか。
「ちょっといじめすぎた?」
「もう…馬鹿」
 きゅっと涙を拭ってから、シンジを抱きしめかけて…その手が止まった。ミサトがシンジを、胸の谷間に挟んだ事を思いだしたのである。
 マリューやミサトほどではないが、ナタルにも谷間はある。そこへむぎゅっと挟み込んだ。
「ちょ、ちょっとナタル苦しいってば…ふぎゅ!」
 シンジがじたばたと暴れても離さず、その身体から力が抜け出した頃に、漸く解放した。
「もー、窒息するかと思ったじゃない」
「わ、私に…え、えっちな事を言わせたおかえしだ」
 淫らな事、とは言わなかった。
(何か違う物がこもってるような気がしたけど…ま、いいか)
 二人の視線が絡み合い、どちらからともなく唇が触れ合う。
「ふむっ、んっ…もごっ…!?」
 くちゅっと舌を絡め合った直後、口内へ不意にカプセルが滑り込んできた。
「ちょ、ちょっとシンジ変な物入れない…ん?」
 ナタルが口の中から丸薬を取りだした。
「シンジこれは?」
「媚薬」
「びやく?」
「飲むと身体が熱くなって、燃え燃えになれる薬兼――」
「ど、どうしてそんなものをっ」
 かーっと赤くなったナタルに、
「避妊薬」
「…え?」
 燃えかけた熱が、すーっと醒めていく。
「絶対安全日って無いし、それにナタルは健康体でしょ?」
「う、うん」
「だから手に入れてきた。恥ずかしいおねだりだったんだから、ちゃんと使ってよね」
(おねだり?)
 店員にくれと言う事だろうと思ったのだが、何時の間に買いに行ったのかと内心で首を傾げたナタルに、
「人間が作った物じゃ、所詮完全は期せない。でも妖精の作った物だから、効果は絶対だよ」
「買った物じゃなかったのか?」
「買うわけ無いじゃない。だいたいナタル、僕とずっと一緒だったでしょ」
「そうだな」
 頷いて、シンジをきゅっと抱きしめたナタル。
「ん?」
「ごめん、本当は私が気付かなければならなかったのに…まったく意識になかった」
「気にしないで。それよりナタル」
「うん?」
「避妊用のって、買うとしたら何を買うの?」
「それは…ん?」
 知識にあるのはピルかコンドーム位だが、無論両方とも使った事はない。
 そもそも――そんな物を使う事態を迎える事など、想定していなかったのだ。想定しておらず、しかも興味もない事態に備えるほどナタルは物好きではない。
「ゴムとか…ピルだと思うが…」
「使った事は?」
「ない」
 さらっと答えてから、はっと気が付いた。
(釣られた!)
 が、シンジは別段冷やかす事もなく、
「ナタル、やっぱりこの間のが初めてだったの?」
(う…)
 避妊具を使った事がない、と言った以上初めてでないと言えば、避妊すらしない女という事になる。
「そ、そうだ…」
 羞恥で顔を赤らめて頷いたナタルだが、妙に真面目なシンジの表情に気が付いた。
「最初の相手が僕だった事、後悔してない?」
「シンジ?」
 確かに失神したシンジを裸に剥き、その上で腰を振っていたのは自分だが、それを仕組んだのはシンジなのだ。
 多分、それを気にしているのだろう。
「シンジ」
「うん?」
「私は正義漢を気取るつもりはないし、器用でもない。最初、シンジが私をその気にさせた事は分かっている。でも、その事を後悔してシンジを嫌っているのに、パイロットだから仕方なく同居して一緒に暮らす事を選択出来るほど、私は器用ではないよ」
「ナタル…」
「そ、それに」
 何故かすうっと赤くなり、
「わ、私もいっぱい感じたし…シ、シンジも強引じゃなかったから…」
「僕が強引?」
「は、初めての時はかなり痛かったり出血すると聞いていたが、ほとんど痛くはなかった。シンジが強引にしていたら、もっと違っていたと思う」
「でも血は出たよね」
「別に問題ない。あれは生理中だったから」
「……」
「……」
 二人してかーっと赤くなる。どうやら思いだしたらしい。
「と、とにかくそのっ、わ、私は後悔などしていないし、ましてシンジを恨む事など毛頭思っていない。その事だけは…忘れないでくれ」
「ん、ありがと」
 
(ちっ)
(どしたのフロスト)
(決まってるだろうが。少しでも気にしているとか言ったら、いますぐオヤビンを梱包して、今夜中に持って帰る予定だったのだ)
(私は手伝わないからね)
(何?)
(オヤビンの逆鱗に触れたいほど、私は物好きじゃないのよ。ほら、あんたも行くわよ)
 
(気配が消えた)
 シンジの場合、どうしても神経の一部は仲魔達の動向に配られており、そこが通常の人間とは違う。
 言い方を変えれば、何かに夢中になっているように見えても、実際は違うという事になる――良し悪しは別として。
「ナタル」
「ん、何?」
 顔を上げたナタルは、シンジの口調がさっきと異なっているのに気が付いた。
(冷めている、のか?)
 ふっとそんな思いが過ぎったナタルに、
「お風呂、入ろっか?」
「お風呂?」
「あ、ごめん嫌ならいいんだ」
「違う、そうじゃない。ただ、シンジから言い出してくれるとは、思っていなかったからな」
 ナタルはうっすらと笑った。
「じゃ、ちょっと用意してくる」
「ちょっと待って」
 立ち上がろうとしたナタルの手をシンジが引いた。
「何?」
「股間の所が開いてるのはトイレ用って言ったでしょ」
「うん、それが何か?」
「おっぱいの所が開いてるのはどうして?」
「どうしてって…」
 鸚鵡返しに呟いたナタルが、自分の胸元を見る。
「通常ならブラジャーは取らない。妊婦用か?」
「妊婦がボディタイツ着て妊娠中にセックスを?ナタルってマニアックすぎ」
「仕方ないだろう、それ位しか思いつかな…ひゃ!」
 つつっと顔を寄せたシンジが、いきなり甘噛みしたのだ。それも真っ直ぐに乳首と来た。
「シ、シンジ止め…あんっ」
 はむはむと数度甘噛みしてから、
「剥き出しだと、すぐえっちな事出来るでしょ?だからだよ」
「わ、分かったから、も、もう止め…力が抜けちゃうっ」
 ナタルの眉が切なげに寄るのを確認してから、シンジは顔を離した。
「ナタル、乳首硬くなってる。吸っただけな…いったーい!」
 目元を染めたナタルの一撃がシンジを直撃する。
「シンジがえっちな吸い方をするからだっ。ふ、風呂の用意をしてくるっ」
 大股で歩き出しかけたその足が止まる。
「その…さっき用意した薬は、いつ飲めばいいのだ?」
「ああこれ?えーと…」
 
「即効性だからギリギリに飲んでも大丈夫よ」
 
 シンジはちょっと考えてから、
「普通より早いと思うけど、即効性って事はないと思うんだ。今の内に飲んでおいたら?十分位で沸くんでしょ?」
「ああ…って、お、お風呂でその…す、するのか?」
「お風呂って結構アイテム揃ってるから。ナタルも知ってるでしょ?」
「も、勿論だ」
 一度吐き出した錠剤を手にしたナタルの顔には、大きな文字で<初耳>と書いてある。
 その顔をちらりと見やり、
「口移し?」
 と訊いた。
「…い、いいかもしれないな」
 成分は不明だが、錠剤はイチゴ味がした。絡み合った舌ごしに移されたそれを、ナタルはこくんと音を立てて嚥下した。
 妖しい手つきで口許を拭ったナタルが、何を考え、どういう動作をしたのかはシンジにも分からない。
 がしかし、その数分後。
「きゃっ」
「!?」
 珍しい悲鳴に、風呂場へ急いだシンジが見たのは、ずぶぬれのナタルであった。
「…何をしてるの?」
「ちょ、ちょっと手元が狂っちゃって…だ、大丈夫問題ない」
「ふうん、ならいいけど…ん?」
 シンジの目が、ふとナタルの下腹部に向く。淫毛は濡れて貼り付いている。
「ん?」
 ナタルがシンジの視線に気付いた。
「どっ、どこを見ているっ」
 慌てて秘所を手でおさえたナタルに、
「なんか、濡れてなかった?ここで何してたの?」
「ぬっ、濡れているわけがないだろうっ、言い掛かりだ!」
 反射的に言い返した時点で、針に掛かっていることに気付いていない。
「ほんとに?」
「あ、当たり前だ!」
「じゃ、見せて」
「な、何を…っ」
「見せてくれたら信じる。それにパンツは穿いてないし、脱ぐ手間はないでしょ?」
「こ、断るっ」
「そう?」
 やけにあっさり引き上げると思ったら、入り口でその足が止まって振り返った。
「やっぱり一人でえっちな事してたんだ。邪魔してごめんね」
「…くっ!」
 展開を考えれば、どう言われようとそのまま行かせていたろう。
 が、ここで引けぬ程にはナタルも負けず嫌いであった。
「そっ、そこまで言うなら見せてやるっ!私がそんな事などしていないと自分で確かめるがいい。ほらっ」
 釣られた格好で、ナタルが手をどけた。
「それで?」
「…え?」
「そんな格好じゃ、ちっともさっぱり全然分からないんだけど」
「ちゃ、ちゃんと見せただろう。何処を見ている」
 顔を赤くして抗議するナタルを、
「却下」
 シンジはあっさりと切り捨てた。
「じゃ、じゃあどうしろと言うのだ」
「座って」
「座る?」
 よく分からないまま腰を下ろしたナタルに、
「足を前に出して、少し開いて。そうしたら、両手で左右に拡げてみて」
「足を前に出して開いてから…両手で左右に…シンジー!!」
「なあに?」
「よ、よくもこんな恥ずかしい事をっ」
 寸前まで気付かなかったくせに、とは思ったが口にはしなかった。その代わりすすっと歩みを進め、あっという間にナタルの前に立つとしゃがみ込んだ。
「ナタルが自分で拡げてるところ見てみたい」
 はふっと、息を吹きかけて囁く。無論、一瞬隙が出来るのは織り込み済みだ。
「なっ!」
 案の定不意を突かれて動揺し、力が抜けたナタルの股間にすっと手を伸ばす。
「な、何をするっ!」
 シンジの意図に気付いたナタルが抵抗し、二人はじたばたと揉み合った。
 十秒位揉み合った時、
「ひゃぅんっ」
 少し甲高い嬌声が上がると同時に、ぴゅるっと白い液体が飛んだ。
「え…?」
 暫し沈黙が流れた後、シンジの手がゆっくりと自分の顔に触れた。
「これって…もしかして…母乳?」
 噴出源は、ナタルの乳房であった。
 
 
 
 
 
(つづく)

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