GOD SAVE THE SHINJI!
第七話:僕をシソジと呼ぶな!
「マ、魔乳じゃなかったマリュー、これは違うのよっ」
「何がどー違うのかしら?」
マリューの顔から笑顔は消えていない。が、コンマ五秒ごとに危険な色が濃くなっていると、後ろで見ているシンジにはよく分かる。
笑みが深くなる度に危険な雰囲気が濃くなる女は、シンジの知り合いにもいる。
「だ、だからこれはそのっ…」
左脳をフル回転させて、ミサトは打開策を必死に考えていた。どう考えても自分が不利、と言うよりどこから見られていたのか分からないのだ。
(あ、そーだ)
ピン、とミサトの脳裏で電球が灯る。何も、正面から突破する必要はない。
くるりと向き直り、
「あ、あのねシンジ君」
「は、はい」
背にいるキラはグロッキー中だが、目の前にいる二人のどう見ても穏やかならぬ雰囲気に、本当はさっさと逃げ出したかったのだが、そうもいかない。出来れば自分を素通りして、共倒れでもしてくれないかなと、ろくでもない事を考えていたのだが、天罰なのか自分に回ってきた。
「こ、この子がマリュー、マリュー・ラミアスよ。私の従姉妹なの」
ミサトは、紹介者に回る事にした。ここで揉めたりすれば、二人共シンジからの評価は下がる。マリューとて、それ位の意志は通じるだろうと踏んだのだ。
通じたかどうかは不明だが、マリューの気がすっと和らぎ、
「初めまして、碇シンジ君ね?マリュー・ラミアスです」
敬礼した姿勢で、にこりと微笑んだが、
「あの…どうかしたの?」
シンジの怪訝な表情に気付いた。
「えーとその…」
ちょっと言いよどんでから、シンジは後ろを向いた。
「ミサトさん」
「なに?」
「マリュー・ラミアスですって言ってもらえませんか?」
「え?別にいいけど…」
ミサトに言わせたシンジは、今度はマリューに逆の事を頼んだ。すなわちミサトですと言わせたのだ。
うーん、と少し経ってから振り向いた。
「あの…すみません声の区別が付かないんですけど」
「『え!?』」
シンジに言われて、二人は顔を見合わせた。無論、従姉妹であっても姉妹ではないから、よく聞けば声質は違う。ただ、確かにシンジの言うとおり、間違える人は何回聞いても間違えるのだ。
「変ねえ?」
「え?」
すすっと踏み出した時、まったく妙な気配はなかった。だからミサトも、完全に油断していたのだが、
「あ、あんた何してるのよっ!」
ふにゅ、とシンジの頭は、マリューの胸の中に包み込まれていたのだ。
「声がおなかから出るって知ってるでしょう?」
「うぷ…し、知ってます」
シンジの身長も150センチ以上はあるが、マリューが170センチ近いので、押しつけられると顔がすっぽり埋もれてしまう。ただ、さほど強い香水をチョイスしなかったのは、マリューに取って幸運であったろう。胸に柔く押しつけられた少年の鼻孔が嗅いだのは、甘い匂いだけだったのだから。
「当然胸を通って声帯に行くわよね。おっぱいのサイズ違うから、声も違うと思うんだけどな〜?」
そのまま押しつけるかと思ったが、あっさりと離した。
カップは違うが、大きさ、つまりトップは一緒なのだ。ある意味その方がはっきりした差なのだが、このまま言わせておいて良い訳はない。
柳眉をピッと吊り上げているミサトが何か言いかけた時、
「ミサトさん」
「な、何かしらシンジ君」
「ちょっといいですか?」
「え、うん…あぅっ!?」
何がいいのか分からぬまま頷いた直後、シンジの手が伸びて、ミサトの胸をもにゅっと揉んだのだ。揉んだ、と言うより触るそれの延長にあるような感じだったが、それでもミサトへのインパクトは十分であった。
無論マリューへのそれも同様であり、
「『な、な…』」
同じような声で呆然としている二人をよそに、シンジは何やら首を傾げている。
「マリューさんの方が少し大きくて、ミサトさんの方が手に吸い付いてくる感じがします」
「『ふえ…?』」
一瞬分からず、理解した瞬間二人揃ってかーっと赤くなった。シンジの言葉に、性的な含みはない。あくまでも、少年が感じたとおり口にしただけだ。
それでも、シンジが来る前から目を付けていた二人にとっては、十分であった。
「そろそろ行きましょうか?」
「ええ」「そ、そうね」
さっきまでは一触即発だったのがシンジによってあっさり緩和された――かどうかは分からない。
シンジの左をミサト、右をマリューが固めており、一見すると連行でもされているように見える。しかも、二人共身体をぴたりと寄せており、左右から胸が押しつけられている訳だが、この位は仕方あるまい。
「やっと予備が届いたか。下らん事に時間を使わせる奴だ」
「……」
戻ってきたゲンドウが、最初にすっ飛んでいったのはレイの病室であった。アスランの代替出撃が決まっていた以上、レイの出番はないし、もう一度使う事もない。急を要するのはシンジの方なのだが、そんな事よりもレイが最優先だとばかりに、脱兎の如くゲンドウは病室へ向かった。
(レイに拘りすぎだな、碇)
コウゾウは、内心でそう呟いただけで、それ以上の事は言わなかった。
勿論、コウゾウにはキラやレイを乗せるより、初号機にシンジを乗せた方が勝算の上がる理由は分かっている。そしてそれが、シンジにとって著しい負担を強いた上での事だというのも、冬月は承知していた。
だから乗せれば勝てる。
そう、乗せれば、だ。つまり、最低でも乗せない事には話にならない。しかも、無理矢理とっ捕まえて乗せる訳にもいかないのだ。
「レイを眺めてる場合ではないと思うがな」
呟いた時、内線が鳴った。
「冬月だ」
「あの伊吹です」
掛かってきたのは、オペレーターの一人伊吹マヤからであった。
「何事かね」
「せんぱ、いえ赤木博士が戻ってこられないんです」
「プールからかね」
「は、はい」
はて、とコウゾウは宙を見上げた。リツコは金槌ではない。こんな時にプールとは優雅だが、天罰が下った訳でもないだろう。
天罰など、向こうから避けて通るはずだ。コウゾウの脳裏に一瞬、俯せでプールにぷかぷか浮いているリツコの姿が浮かび――すぐに首を振った。
そんな事を想像している場合ではない。
「分かった。或いは何かあったのかもしれん、君が見てきたまえ」
「はいっ」
コウゾウが受話器を耳から離したのは、たたき付ける音が伝わってきたからだ。悪気があっての事ではないが、それだけにある意味手に負えない。敬愛する先輩が気になって、矢も楯もたまらずに飛び出していったのは分かっている。
「あれさえなければ良い子なんだが…」
敬愛してやまぬ先輩が、実は愛人の立場だと知ったらマヤはどんな顔をするか。
一方、レイの病室に来ていたゲンドウは、出血は多かったがさほど重傷ではないと聞かされ、ホッと安堵していた。
「碇司令…申し訳ありません」
身を起こそうとするレイの肩をおさえて、横にならせた。
「気にする事はない。よくやってくれたな、レイ」
「は、はい…」
無機質な赤い瞳にある種の表情が浮かぶのを、担当した看護婦は複雑な表情で眺めていた。勿論、彼女はゲンドウと何の関係もない。ただ、傷を負って運ばれてきた時、レイはわずかに苦悶の表情を見せてはいたが、殆ど表情を変えていなかった。
喜怒哀楽のなかに、苦という文字はない。あえてくっつけるとすれば哀かもしれないが、彼女が綾波レイの表情に見た事があるのは、その一文字だけであり、他は笑った顔も怒った顔も見た事がない。
いや、そもそも表情自体をもっているのかどうか。持っている、と言う答えはすぐに出てくる。ただし、条件が付く――ゲンドウに対した時だけ、という条件が。
現に今、ゲンドウの言葉を聞いて、レイの表情には切なげな物が浮かんでいるが、ゲンドウ以外の誰かに向いたそれなど、一度も見た事がないのだ。他のナース達も同様だろう。
ナースセンターというのは、時折妙な――時に余分な――情報が入ってくる。今日ここへ向かっているのがゲンドウの息子だという事は、実はもう看護婦達の間では知られていたのだ。レイがゲンドウの実子でない、というのは言うまでもない事実であり、そこへ実の息子が来たらレイはどんな反応をするのかと、少しいけない興味もこめて看護婦達は見ていたのだが、レイは勿論シンジもそんな事はまったく知らない。
「重傷でなくて何よりだ。数日安静にしていれば、回復してくるだろう。あとの事は任せておけ」
「は、はい。あの…」
不意にその唇が塞がれた。
レイが目を閉じる間もなく唇は離れ、
「心配ない。さっき予備が届いた」
それだけ言うと、ゲンドウは身を翻して出て行った。振り返ろうともしなかったが、レイにはそれで十分であった。
「碇司令…」
ほんのりと目元を染めて唇をおさえている姿は、それをゲンドウ以外の誰かに向ける時が来るのかと、この病院の関係者誰もが知りたがるに違いない。
(碇司令が私にキスを…)
その事もあったが、ゲンドウが言った事の方がレイには大きかった。予備、とゲンドウは言ったのだ。
碇司令のご子息が今日来られるのですね、とレイは言おうとしたのだ。ゲンドウがどんな反応をするか確かめたかった――実の息子という存在は、レイにとって大きく立ちはだかるものに見えたのである。
だがゲンドウの言葉を聞く限り、愛情などまったく無いように見える。安心したレイは、すやすやと寝息を立てていった。
なお、プールへ飛んでいったマヤだが、そこでリツコを見つける事は出来ず、血相を変えて探し回った結果見つかったが――真っ白に燃え尽きていた。
「キャーッ!?せ、先輩っ!!」
ガクガクと身体を強請ると、立ったまま燃え尽きていたリツコはゆっくりと目を開けた。
「金髪ホームランわたしやもうだめぽ」
「せ、先輩!?」
リツコの身体がゆっくりと倒れ込んでくる。
「あ…」
弛緩した肢体を受け止めたマヤの顔が、なぜか赤くなる。
(こ、これって…)
目を閉じているリツコの顔を見つめ、
(じ、人工呼吸がひつよ…)
顔を赤くして内心で呟いた途端、リツコの目がパチッと開いた。
「ここはどこ?マヤ、こんな所で何をしているの」
「え!?あ、あの先輩が…」
事情を話すとリツコは頷き、
「ちょっと放心していたかもしれないわね。マヤ、発令所に急ぐわよ」
すっくと立ち上がった姿に、さっき迄の燃え尽き症候群のそれは微塵も見られない。
(良かった、先輩が元気になって)
なぜか、と言う事は考えないようにした。いや、考えたくなかったと言った方が正解だろう。
人工呼吸をと考えたそれがリツコに伝わり、あまつさえ即座に復活させたなどという事は考えたくもなかったのだ。
先にすたすた歩き出したリツコが、ふと足を止めた。
「マヤ」
「は、はい」
「来てくれて助かったわよ。ありがとう」
「は、はいっ!」
こちらも瞬時に復活したマヤが、ぱたぱたとリツコの後を追う。発令所に急いだ二人だが、無論ミサトの伝言は、リツコ経由で伝えられる事はなかった。
発令所ではアスランが待っていたが、
「キラ!?」
シンジに背負われているキラを見たアスランが、すっ飛んできた。
「シンジ君、キラは?」
「中った。耳貸せ」
「え?」
アスランの耳元で、
「重力に弱いぞ。もう少しベッドの中で調教汁」
「…っ!」
耳元まで赤く染めたアスランに、ほら持ってと促すと、お姫様でも受け取るように抱き上げた。
結構様になっている――よくやっているのだろう。
そこへやって来たシゲルが、
「待っていたよ少年。俺は青葉、青葉シゲルだ。よろしくな」
右手を差し出した。
あ、はいと握り返したシンジが、おやっという表情を見せた。
「どうした?」
「えーとあの」
何か言いたげな表情にシゲルが屈むと、
「銃とか扱う人ですか?」
その耳元で訊いた。
「違うよ、そんな訳ないだろう。俺のはほら、ギターさ」
ピックを見せたシゲルだが、
(すぐに分かるとは、やっぱりただの少年じゃなかったか)
シンジの評価は、シゲルの中で少し上を向いていた。
「俺は日向マコト、オペレーターだよ。よろしくな」
笑ってみせた日向マコトに、シンジはぺこっと頭を下げた。アスランはキラを抱きかかえてさっさと退場しており、この場にはいない。もしもいれば、車ごと自分達を凍結させたシンジと、笑顔で頭を下げているシンジと、どちらがより本性に近いのかと、首を傾げたに違いない。
無論――いずれも本来シンジが持つ性格の一面である。シンジはまだ、モードが切り替わってはいないのだ。
「それで、もうコアの手配は済んでるの?」
「はい、既に出来ています。あとは搭乗者の到着待ちです。それと、さっき使徒が再起動したとの情報が入っています。葛城少佐、彼にはもう説明を?」
「ええ、納得してくれてるわ」
少し複雑な表情でミサトが頷いた時、
「久しぶりだな、シソジ」
聞こえてきたゲンドウの声に、ミサトの表情は凍り付いた。
(リツコの奴、伝えなかったの!?)
ハッとシンジを見ると、表情は変わっておらず、黙然とゲンドウを見上げている。
「葛城少佐に話は聞いているな。さっさと乗る用意をしろ」
「分かった」
シンジは軽く頷いた。
「遺言はそれで終わり?」
「『!?』」
シンジの言葉に、発令所内が瞬時に凍り付いた。
(だから言わんこっちゃない!)
ミサトは顔色を変えたが、はたと困った。自分の立場としては、当然シンジを制止すべきなのだが、それはすなわちシンジからの好感度を下げる事になる。
間違いない。
それでもシンジと会ってすぐだったり、シンジから悪印象を持たれたりしていれば、職務を優先していただろう。
がしかし、シンジからの感触は悪くなかった――とミサトは思っている――以上、あえてそれをぶち壊すのはしづらい事だ。そのこと自体の是非はともかく、シンジの愉快な仲魔達の実力を考えれば、選択としては合っている。
ただ、アスラン達と違ってその実力を知らない現時点では、止めるべきではあるが。
一方ゲンドウはと言うと、サングラス越しに冷然と見下ろしており、
「子供が刃物でも振り回して暴れるつもりか、シソジ?」
(シソジ?)
この時になって、ようやく妙だとマリューが気付いた。確か、『碇シンジ』ではなかったか。
イヒ、とシンジは笑った。
妙に楽しそうな笑みであった。
その手がバッグに伸びたかと思うと何かを取り出し、十秒も経たないうちにそれは完成していた。シンジの腕に装着されたそれを一言で言うと、ロケット花火を一斉に打ち上げる物、とでもなるのかもしれない。
砲門が扇形に広がっており、180度を殆どカバーしているが、それが砲門だと気付いた物は誰もいなかった。
それを見て、ふっと笑った者が二人いる。
一人はゲンドウであり――。
もう一人はコウゾウであった。
ゲンドウと違い、MAGIを以てしても探れなかった過去を持つシンジの事を、コウゾウはそれほど甘く見ては居なかったのだ。コウゾウが選んだのは、とっとと退散する道であった。
大正解と言えよう。
また、笑いはしなかったが、すっと身を引いた者もいる。
シゲルだ。
くいと袖を引かれて友人の顔を見たマコトに、
「下がっておけ。来るぞ」
「え?」
「いいから!」
妙に強い口調に、言われるまま数歩下がった次の瞬間、シンジの身体から二つの気が立ち上り始めた。
一つはすべてを凍てつかせる気、そしてもう一つはすべてを灰燼に帰さしめる気――無論、フロストとランタンのものだ。
「砲門一番から八番までブフーラ装填、仰角+45度。照準良し、発射!」
誰もがぎょっと目を見張ったが、左右の出口の上には雪の塊のようなものが浮かんでいる。正体は分からない。
「何の手品だ?」
それには答えず、
「主砲、マハブフーラ」
シンジの腕がすっと上を向く。
誰もが度肝を抜かれたのは、次の瞬間であった。
「目標、超変態級ヒゲ男。標的確認、オヤビン撃てーっ!!」
聞こえてきたのは、明らかにシンジの物ではなかったのだ。
「発射(ファイア)」
シンジの声はむしろ控えめだったが、声と同時に砲門から吹雪が放出された。凄まじい冷気を帯びたそれが、ゲンドウを目がけて一直線に飛び出し――そして止まった。
ゲンドウがいるところは、その前に完全防弾仕様のガラスで覆われており、対戦車砲の直撃を食らってもひび一つ入れる事はできない。
並み居る面々はほっと胸をなで下ろし、ゲンドウは冷ややかにシンジを見た。
「クーがこう言ってた。相反する二つを組み合わせる事、それが基本だってね」
(クー?)
首を傾げた直後、マリューとミサトがぎょっと目を見張る。シンジの手から放たれたそれは、ゲンドウを護っていたガラスを凍り付かせていたのだ。
とは言え、ガラスが凍り付くだけなら問題はない筈――そう、それだけなら。
シンジの手がもう一度上がった。
「主砲、マハラギオン発射用意」
「ターゲット、サングラス。オヤビン、撃って」
声は女の物であったが、年齢は分からなかった。ただ、それを聞いた瞬間、全員の背が凍り付いた。一人、ゲンドウを除いては。
さっきとは違い、穏やかな声であった。それなのに、誰一人として身動きできなくなったのである。
「タムが言ってた。凍てつかせてから灼熱を浴びせれば撃てぬ物なし、とね。発射」
巨大な火の玉が飛び出し、一旦宙で止まった。そしてそれは、みるみる内にその姿を変えたのだ。
皆が呆然と見つめる中、それは龍の姿を取った。火龍(かりゅう)だ。
「そうだ、言い忘れてた」
シンジが思い出したように言った。
「僕をシソジと呼ぶな!」
ごもっともで、とマリュー達が頷いた直後、凍り付いたガラスに火龍が激突した。ガラスが吹っ飛び、その奥に護られていたゲンドウを凄まじいエネルギーが直撃する。
立ち上る火柱に、誰もが声を失い、何をする事も出来ずに立ちつくしていた。つんざく轟音が皆の鼓膜を痛烈に叩く。
だがここに、本能的に危険を察知してこの場には入らず、しかも物事をすべてロジックで割り切る才女が居た。突如鳴り響いたサイレンに、びくっと皆が正気に戻る。ドカドカと足音がして、銃を持った男達が姿を見せた。
「あれが犯人よ、逮捕して。碇シンジ君、総司令に対する反逆罪、及び殺人未遂で逮捕します」
告げるリツコの表情には笑みがある。ミサトは知っていた――リツコがこの表情を見せる時は、本当に赫怒している時だと。
「ここの人じゃないのに反逆とはね。やっぱりホームラン級」
くす、と笑ったシンジを見て、リツコの額に青筋がうねった直後、シンジは軽く手を挙げた。宙に浮いていた雪の塊が分裂して一斉に落下し、人間を中に包んだ巨大な氷柱が十数個出来上がったのは、その直後の事であった。
「場外ホームラン級、かな?」
その直後、リツコも後を追った。あっ、と声を上げたミサトだが、リツコに向けたそれがほんの少し弱くなっていたと気づき、心から安堵した。
(シンジ君ありがと…)
「何がシソジだか。お前の野生の勘というのは、十年前からまったく進歩がないな」
ひょっこり姿を見せたのは、さっさと退避していたコウゾウであっった。
見ると、見事に焦げてはいるがまだ生きている。致命傷でもなさそうだ。
「ウェルダンでも致命傷にはさせず、か。さすがだな。碇、ユイ君の所へは、まだまだ行かせてもらえなさそうだな」
呟くと、受話器を手に取った。こんなのでも、このまま放置は出来ないから、医療班を手配しなければならない。
手配を終えた後、コウゾウは一歩前に進み出た。
「碇シンジ君」
声は少し震えていたような気もするが、まあ大丈夫だろう。それに、この状況で声が震えていても、臆病の謗りは受けまい。
「はい何ですか?」
見上げたシンジの声は、もういつもの物に戻っている。
「私は、副司令の冬月コウゾウと言う。私の仕事を大量に増やさなかった事は、まずお礼を言うよ」
「そんな価値もない、とも言いますけどね」
ゲンドウの命に別状がない事は、撃った方も分かっていたようだ。
「そうか」
ふ、と笑ったコウゾウが、
「奴はあとで、私からもとっちめておく。シンジ君、悪いが、搭乗用意をしてくれるかね」
「分かりました冬月(フユゲツ)さん」
(フユツキ、なんだがね)
無論、口には出さず、
「そうか。葛城少佐、ラミアス少佐」
「『は、はいっ!』」
やっと現実に戻れた二人が、慌てて挙手の姿勢を取った。
「シンジ君の搭乗用意を。赤木博士の助手は使い物にならなさそうなので――」
視線を向けた先には、これは文字通り人の柱――人柱と化しているマヤがいる。
「オペレーターを使って進めたまえ。ある程度は把握しているだろう」
「『了解しました』」
二人が頷いた直後、発令所内を大きな揺れが襲った。
「地震?」
独り言みたいだが、シンジの視線はコウゾウを見ている。
「いや、使徒だな。どうやらここに気付いたらしい」
「それは大変。じゃ、急がないと」
(ある意味…大物かもしれんな)
コウゾウは声に出さず、内心で苦笑した。確かにゲンドウも悪いが、発令所内の一部が灰燼に帰し、十数名が氷柱に閉じこめられている状況を作ったのは、シンジ本人なのだ。
「じゃ、ミサトさん」
「ええ、説明するからこっちに来て」
歩き出した次の瞬間、一際大きな揺れが襲ってきた。
「シンジ君!」
思わず叫んだがミサトだが、シンジの前には違う物が降ってきていた。
シンジを保護するように紫の巨人――エヴァ初号機の大きな手が、シンジをがっちりとガードしていたのだ。
危険があって秒と立たずに駆けつけるなど、セコムでも難しいに違いない。
護ってもらったシンジだが、尋常でないのは見れば分かる。
「…なんで僕を?」
首を傾げ、微妙な表情で呟いた。