GOD SAVE THE SHINJI!
 
 
 
 
 
第五話:素敵な偶然
 
 
 
 
 男が女の上にいる正常位ではなく女が、つまりナタルがシンジの上にいる騎乗位だったから、抜こうとしたのはナタルの方だが、自分の膣内がシンジのペニスを吸い込んだまま、離れなくなっているのに気付いて青ざめた。
 一般的に言う膣痙攣もどきだが、ナタルの知識にそれはない。そんな単語など、必要どころか縁すらありそうにない人生だったのだから。釣り針ではないし、ペニスの先にかえしが付いている訳などないのだから、問題は間違いなくナタルのなかにある。
 アスランとキラを追ってネルフを発つ前、ナタルがこのヴィジョンを見たらなんと言ったろうか。
 シンジの方はと言うと、ナタルが上にいる時は何ともなかったのだが、降りようとした途端性器に鈍い痛みが走った。顔色が変わったのはそのせいで、あまり事態はよく分かっていない。
「あの、バジルールさん抜けないって…どうなってるの?」
「わ。分からない…こ、こんな事になるなんて…」
(あれ?)
 最初は一瞬ネタかと思っていた。ナタルの性格を知らないシンジは、ナタルが茶目っ気を出して自分を驚かせようとしたのかと思ったのだ。が、どうやら違うらしいと気が付いた。失神していて入る所は見ていないし、勿論こんな事態などシンジの知識集にはない。
「どうしよう…」
「い、今もう一度抜いてみるから…」
「だーめよ」
 ナタルがそっと腰を浮かせようとした所へ、宙から声が降ってきた。見ると、宙に南瓜が浮いている。
 ランタンだ。
「いくら初めてだからって膣痙攣起こすなんてね。そこのお嬢ちゃん、あなた一人でした事もろくになかったみたいね」
 揶揄するような響きはなかったが、ナタルの顔色が赤から青へと、数度変化した。
「ランタンそれはいいから。何かいい案あるの?」
「普通は繋がったまま病院へ担いでいって、薬を注射して治すんだけどね。オヤビンのそんな姿を見られたら病院ごと氷の下に沈めなきゃならないから」
 さらっと物騒な事を言いのけてから、ナタルを見た。
「オヤビンが、ねえ…」
 南瓜なので表情は分からないが、その後になんと続いたのだろうか。
「要するに、オヤビンをいきなり食べちゃった事で、罪悪感と驚愕からこのお嬢ちゃんの膣が変に締まっちゃったのよ。締まりは大事だけど、程ほどにしないとね」
 かーっとナタルが赤くなったのは、内容もさることながらその言い方にあった。自分の上官にして、自分は決して真似出来そうにない人生観をもっているとある少佐に、よく似ていたのだ。
 まるで、本人に言われたのかと思った位である。
「緊張しちゃったのなら元に戻せばいい。オヤビン分かるわよね」
「ワカンネ」
「こらっ」
「え?」
 はーあ、とため息をついて、
「まあいいわ。お嬢ちゃんは分かってるみたいだから、教えてもらって。ちゃんと、一緒にイけたらまた来るから。じゃあね」
 シンジはポカンと見送ったが、ふと気付いてナタルを見ると何やら頬が赤くなっている。
「バジルールさん、あのよく分からなかったんだけど…」
「そ、その…」
 元の濡れた状態に戻せばいい、とランタンは言ったのだ。四十八手をすべてやり終えないと戻らない、とは言っていないのだが、意識が戻ったナタルの口からは到底言える事ではない。
 だが自分を下から見上げている少年は分かっておらず――何よりも原因は自分にあるのだ。きゅっと唇を噛んでから深呼吸して、
「き、緊張して筋肉が収縮してしまったから、も、元に戻ればいいと思うのだ…」
(ふーん…?)
 言ってる事は分からないが、ナタルの顔を見れば何となく分かる。
 そんな二人を、二対の目が見つめていた。
(ぎこちないのって、見てて楽しいよね)
(うん。しかしオヤビンにはもう少し扱いを慣れてもらわないとな)
(あれくらいでいいのよ。ノーマルでパワーアップされたら、モード変換した時にどうなっちゃうのよ。さ、ちょっと見に行ってこよ)
(そうだな)
 仲魔達が消えた気配を、シンジは感覚で分かっていた。その気になれば目に見えない大きさまで姿を変えられるし、多分気を利かせてくれたのだろう。
「あの、バジルールさん…」
 シンジの手が伸びて、そっとナタルの顔に触れる。一瞬ぴくっと反応したが、すぐに自分の手を添えた。
「身体、前に倒してもらえますか」
 自分が起きあがれば、その分ナタルに負担が掛かる。言われるまま身体を倒したナタルは、顔が引き寄せられた時その意図を知った。
「いい、ですか?」
「う、うん…」
 脳裏のどこかで、声がする。ナタル・バジルール、使徒はどうしたのだ、と。軍人として急かす自分がいる一方で、この状況を密かに悦んでいる女としての自分がいる事も確かだ。
 今までなら決してあり得ない事だったのに、自分はどうなってしまったのかと奇妙な感覚に囚われた時、ナタルの唇は動いていた。
「ナタル、だ」
「え?」
「今はその…ナタル、と」
「じゃ、じゃあナタルさん…んっ」
 今度はシンジの唇がナタルの指でおさえられた。白魚のような指であった。少し頬の赤みが深くなったナタルが、まるで子供のようにふるふると首を振る。
「え、えーと、ナタ…ル?」
 遠慮がちながら呼び捨てにすると、こくっと頷いた。
 人間の顔というのは、内面が出てくる。特に、性格のベクトルと言うのは表れやすくなっており、ナタルの場合は知性がそれに当たる。知的な顔立ちなのはいいが、少々きつく見える所があり、それは今も変わっていない。
 そのナタルが、目許を染めて初な少女のように小さく頷いている姿はひどくアンバランスで――同時に少年を魅了するには十分であった。
 シンジの背筋に、ピッと電流のような物が走る。単なる性欲とは違う、でも強い快感だとすぐに気付いた。
「僕にだけ言わせるなんてずるい」
「僕にだけ?」
「僕の事もちゃんと名前で…」
「え!?」
 言ってる事は同じだが、なぜかナタルは奇妙な程に狼狽えた。
「え、あうっ、そ…そのっ…それはっ…」
「あの…ナタルさ――むにっ」
 余分な呼称を付けかけた途端頬が引っ張られた。
「ご、ごめん。その…ナタル大丈夫?」
 シンジを攻撃した事で気分がおちついたのか、ナタルの表情はもう戻っていた。
「だ、大丈夫だ」
 深呼吸して、
「そう、名前だ…名前位大した事はない」
 自分に言い聞かせるようにして呟くと、
「シンジ…これでいい?」
「うん」
 二人の唇が触れようとした瞬間、
「待った」
 ナタルの手が止めた。もうお互いの吐息は相手の顔に掛かっている。
「わ、私はちゃんと言ったのだから、シ、シンジももう一度…」
「うん…ナタル、しよ」
 囁くように言われ、つぶらな瞳で見上げられた瞬間、ナタルのなかで何かがきゅうっと疼いた。みるみるうちに、その双眸が濡れてくる。
「あれ?ナタ…ふむっ!?」
 言い終わらぬ内に、唇が重なってきた。ぎこちない動きながらも、慌ただしく舌が歯列を割って侵入し、シンジの舌を絡め取ろうとする。つっ、と舌を差し出すと、ナタルの熱くて柔らかい舌が絡みついてきた。
(あ…すごく柔らかい…んっ…)
 嬲る、と言うよりも文字通り舌同士を絡め合う動きで、口同士がぴったりと合わさっているから呼吸は鼻呼吸しかない。積極的なナタルに吊られるようにして、徐々にシンジも自分から舌を絡めていくようになった。
 本来鼻呼吸というのは、寝ている時など静の動作時から、少し動きが出てきた時まで使用するもので、それ以降は口呼吸に変わる。が、今はお互いに塞がっており、もう息が出来なくなる頃になると、ぷぁっと口が離れるが、息も惜しむかのようにすぐまた唇を重ね合う。既に二人の口元は、交換し合った唾液で濡れており、呼吸で顔が離れる度に、その間を唾液の糸が繋いでいた。
 人間というのは、余程の事がない限り、環境の変化に対して高い適応能力を持っている。だからこそ、人間など遙か足下にも及ばない恐竜たちが滅んでも、生き延びてこられたのだが、それは今になっても変わらない――例え一時とはいえ、相手を愛しく思いながら肌を重ねている男女(ふたり)の場合には特に。
 最初、顔を上げるのはナタルの方が早かった。最初にナタルが呼吸して、次にシンジだったのだが、段々とその間隔は短くなってきた。そして十回近くになった時、唇を離したのは同時であった。
 文字通り、呼吸が合ったのだ。
 無論、意図したものではない。と言うより、お互いを貪る事に夢中でそんな余裕などあろう筈もない。
「『…あ』」
 奇妙な事実に気付き、顔を見合わせた二人が微笑み合ったが、またすぐに相手の顔を両手で挟んで唇を重ねていった。
(ナタルの舌、熱くて柔らかい)
(そういうシンジのだって、ちっちゃくて私の舌に吸い付いてくるぞ…とても気持ちいい)
 普通に考えれば性別は逆の台詞なのだが、この二人に限っては問題なかったようで、今はもう舌を吸い合いながら、手を背に回してぎゅっと抱きしめ合っている。
 二人の熱く長い口づけが終わった時、実に十五分近くは経っていただろう。混ざり合った唾液で濡れ光っている相手の顔に、そっと手を伸ばした。
「ナタルってばキス上手」
「わ、私はキスなど初めてだぞ。ただ…シンジの舌が気持ち良かったから…な、何を言わせるっ」
 赤くなったが、ふと、ある事に気付いた。
 そう言えばシンジは、最初自分にしようと言った。それはいいのだが、その後意識が戻って自分の上に跨っているナタルを見た時にも、狼狽えるとか一気に欲情するとか言うそぶりはなかった。
 むしろ――。
「シンジ、一つ訊きたい」
「なに?」
「誰かとこういう事をした経験はあるのか――あるんだな!?」
 一瞬、シンジがちらっと視線を逸らした事に気付かぬナタルではない。
「こ、恋人なのかっ!?」
 急き込むようにして訊いてから、ハッと気付いた。
(私は…嫉妬でもしているのか?恋人でも…何でもないのに…)
 刹那、ナタルの双眸に哀しげな色が浮かんだ事にシンジは気付いた。
「違うよ」
「…え」
「前にあるけど、そう言う関係じゃないから。それに今は…ナタルの事だけ考えてるから」
 今は、と言うのが身体を重ねている今だけを指すのか、或いはもっと長い時を指すのかは分からなかった。考える余裕が無かった、と言った方が正解だろう。
「な、何を馬鹿なことをっ」
 ぷいっと背けたナタルの顔に、シンジの手が伸びた。涙、と気付いたのはそっと目元を拭われてからだ。
「よ、余計な事を…」
 とは言ったが、いつものような口調ではなく、泣いてなどいないと突き放しもしなかった。或いは、妙に脆くなった自分に困惑していたのかもしれない。
「あのさ」
「な、何だ」
「乳腺症とかじゃないよね?」
 シンジが訊いたが、さっき自分でも触っていたし、とは言わなかった。
「乳腺症?」
「あ、ほらおっぱい触られるといたくなった…ひたた」
「こらっ」
 頬を引っ張る力は、さっきより強い。
「三十代から五十代に頻発するものだろう!私はまだ二十代だ!」
 いてて、と頬をさすりながら、
「今なんて?」
「二十代だと言ったんだ!」
「その前」
「三十代から五十代にひんぱ――あ」
 自分の言葉に気が付いたらしい。頻発、であってその年代のみに完全分布する訳ではない。二十代でもなる人はなるのだ。
「す、すまないつい…」
 慌ててシンジの頬に手を伸ばしたが、
「許してやんない」
「え…ひゃ!」
 にゅっと起きあがったシンジが、いきなり乳首をはむっとくわえたのだ。一度中断はしたが、しこっていた乳首はまだ収まっておらず、しかもシンジとの濃厚なキスで、すっかり快感の波は高ぶっている。すっかり敏感になっている所へ、まったく予期せぬ快感は刺激的すぎた。
「ば、ばかぁ…」
 ふにゃふにゃと、力の抜けて弛緩した身体がシンジに倒れかかってきた。口調ももつれて、舌足らずの感じになっている。
(か、可愛い)
 思わず手を回して抱きしめてしまったシンジだが、これが本来の姿なのか、乃至はこういう状況――特殊な場合――だけで見せる顔なのかと、ふと気になった。
「可愛いよね」
 囁いた途端、ナタルの顔が火を噴いた。ボン!と音がしたような気がしたが、それ以上のリアクションはない。
(あれ?)
 効き過ぎて硬直しちゃったかと思った時、ナタルが耳元に顔を寄せてきた。
「はぅっ!?」
 少しハスキーな声で喘いだのはシンジであった――反撃されたのだ。
「み、耳朶噛むの反則だよ」
 赤い顔で耳朶をおさえているシンジに、
「シンジは声も…顔も可愛いのだな」
 囁かれ、今度は頬でちうと音がした。
 
 
 完敗。
 
 
 経験としては、多少なりともシンジの方が上なのだが、完敗とはこういう事を指すのだろう。
「……」
「……」
「少し、やり過ぎてしまったな。すまな…あぅ!?」
「こんな時に謝る位ならしないでってば」
 立ち直ったシンジが、二本指で乳首を挟んで軽くゆする。
「乳首こんなえっちにしちゃってこっちも…あれ?」
「な、何だ」
 例え少年とは言え異性であり、股間を凝視されるのは恥ずかしい。
「…?」
 ナタルの秘所に触れたシンジが凝視している指先には、うっすらと血が付いている。
「もしかして…」
「ち、違う!きょ、今日はその生理中だったからそうなっただけで、決して初めてだとかそんな事ではないぞ!」
「あの〜、怪我でもしてるのかと思っただけなんだけど…きゅっ」
 言い終わらぬ内にむぎゅと首が絞められた。言っちゃ駄目だ言っちゃ駄目だと、本能が強烈に囁いている。
 な、何でもないと辛うじて首を振り、
「で、でもあの…痛くは、なかった?」
 今度は首でも抜かれるかと思ったが、顎に手が掛かり、くいと持ち上げられた。
「貴公は…いや、シンジは優しいのだな…」
(?)
 この十年間で、シンジの中に備わったアンテナが、かすかな違和感を告げた。正体は分からなかったが、それが分かるのはだいぶ後になってからの事だ。
「大丈夫だ。私もその…い、痛みよりも…」
 気持ち良い方が優先だった、とはさすがに言えなかった。
「せ、折角の時間にも限りがある。その、つ、続きを…」
「うん」
 シンジがぽてっと倒れ込み、ナタルが馬乗りの形になった。体位を変えてくるかと思ったら、これが気に入ったらしい――ナタルがこの体勢しか知らなかったとは、シンジも知らない。
 普通はこの体勢で、女性が主導で身体を動かしていくが、ナタルは予想外の行動に出た。上体を倒してきたのである。身体は柔らかいようで、ぺたっと倒された胸がシンジの胸で柔らかく潰れる。
「あ、あのっ!?」
 狼狽えたシンジに、ナタルは甘い笑みを見せた。
「この方が…感じていられるから…それに」
「もご!?」
 いきなり唇が塞がれ、それを合図にしたかのようにナタルの膣内がペニスを締め付けてきた。締め付ける、というよりぬるぬるした内襞が亀頭や竿に絡みついてくる。
(さ、さっきと全然違うっ…あうっ)
 意識が覚醒していることもあるが、急激に射精感が押し寄せてくるのを感じた。ナタルはと言うと、そんな事はお構いなしに舌を絡め、シンジの手を握ったまま腰を上下させてくる。腰の振り幅が大きければまだしも、抜き差しされる部分が短い為、包み込むように刺激される時間が長いのだ。
 と、ナタルがシンジの表情に気付いた。とは言っても、さっきは舌の絡み合いに応じていたのが殆ど無くなり、眉根を寄せている表情を見れば大抵見当はつく。
「どうしたの?」
 ぺろりと舌なめずりして訊ねた表情は、ひどく妖艶なものであった。
「ナ、ナタルあまり動かないで…」
「どうしてかな?」
「だって…なかがうなぎみたいで…絡みついてきてっ…」
(うなぎ?うなぎとはどういう事だ!?)
 無論、鰻を食べた事はあるし、生きたそれを見た事もある。が、生憎と触った事がない。だからうなぎみたいと言われても、蒲焼きのイメージしかないのだ。
 一瞬動揺したナタルだが、シンジの顔を見れば快感を堪えているのは分かる。すぐにふふっと笑った。
「もうイク、という感じか?」
「う、うんっ…」
 ローションを塗った小さな無数の手で性器を優しく撫で回されている、とそんな感じに近いかも知れない。
 自分の下で喘ぐ少年を見たナタルは頷いた。
 満足した。
 胸と胸を合わせた状態でシンジの耳元に口を寄せ、
(素敵な偶然だな。私もそうなんだ。だから一緒に…)
(あのっ、ゴムは)
(言っただろう?今日は絶対の安全日なんだ。一緒に達して、私の中に思い切りだして欲しい)
(う、うん)
(いくよ)
 実際の所、ナタルもそう余裕があったわけではない。ただ、シンジの喘ぐ顔をもっと見ていたいというそれが、達しそうな感覚を上回っていただけの話だ。
 手を握り、文字通り身体を重ねた状態でナタルの動きが激しくなる。それに呼応したか、シンジの動きも激しくなったような気がする。
 それは気のせいだったかも知れないが――自分の中に入っているペニスの、硬度と大きさが増したのは間違いなかった。
「はあっ…私のなかで大きく…イイッ、いいのもっとっ突き上げてぇっ!」
 絶頂前の最後の波を少しでも貪ろうと、粘膜は収縮し、亀頭は刺激を求めて突き上げる。ぎゅっと手を握り合ったまま、シンジの腰が一瞬揺れた。
「くっ…僕もう出るっ」
「まって私も一緒にっ、一緒にぃっ!」
 亀頭に触れている粘膜の刺激が一際強くなった直後、シンジは一気に射精していた。精管から放たれた熱い精液が、ナタルの内部へと迸る。
 初めて体内へ受ける熱い液体に、ナタルの身体が反り返った。
「あ、あふうぃっ!」
 熱い、と言ったのだろうが、既に言葉しての体を為してはいない。身体をびくびくと震わせながら精を受け止めるその表情は至福にも、またどこか虚ろにも見えた。
 最後の一滴まで受けきると、身体でそれを感じ取ったのか、ゆっくりとナタルの上体が倒れ込んできた。一方シンジの方も出し尽くし、ぐったりと身体を弛緩させている。
 二人は重なり合ったまま、しばらく動かなかった。室内には男女の荒い息だけが響いている。手はさっきから、お互いにぎゅっと握り合ったままだ。
 先にナタルが口を開いた。
「シンジ…」
 呼ぶ声にも気怠さが漂っている。
「なに?」
「その…満足、できたか?」
「へ?」
 いきなりそんな事を訊かれるとは思わなかった。自分でも変な事を訊いたと思ったのか、
「そ、そうではなくてその…わ、私だけが満足したかもと…」
「(こ、答えにくいけど…)そ、そんな事無いよ」
「そうか、良かった」
 ナタルはうっすらと笑った。
 満足げな笑みであった。
 とそこへ、
「オヤビンも満足出来たみたいね。良かったじゃない」
 宙からランタンの声が降ってきた。
「後何分ある?」
 自分と違って交わりの残滓が殆ど感じられないようなシンジの声を、ナタルはほんの少し寂しく聞いていた。やはり、自分だけが感じて終わったのではないかと思ったのである。
「三十分位よ。そろそろ時間ね。オヤビン、まだ仔細は訊いてなかったでしょ?そのお嬢ちゃんに聞いておいてね。それとお嬢ちゃん」
「何か…」
 どう見ても不気味な南瓜だが、なぜかお嬢ちゃん扱いされても不愉快な気分はしなかった。正体は分からないが、おそらく幾星霜を経ているのだろうとナタルは何となく感じ取っていた。
「あなたの車、一応ボコボコにしておいたからね。廃車になるような事はしてないし、ちょっとした事故ってところよ。それより、オヤビンにここへ呼ばれた理由を話しておいて。手短にね」
(ボ、ボコボコ!?)
 何で自分の愛車がそんな目に遭うのかと、さすがに一瞬顔色が変わったが、ランタンが消えた後、シンジがナタルの頬をぷにっとつついた。
「シンジ?」
「分かんない?だって、いきなり姿消した上に血液中に入っていた変なモンも抜いたから、所在も掴めない。そんなナタル・バジルール少尉が元気で、しかも車も無事に現れたら変でしょ」
「あ、そうか…」
 隠蔽工作の事など、思いも寄らなかった。
「あまり時間がないみたいだし、ヒゲの人が何を企んでるのか、話してくれる?」
「分かった」
 頷いてナタルは起きあがった。シンジの側へ横になり、その胸にそっと頭を乗せる。
 何となく、この方が身近に感じていられるような気がしたのだ。
(あ…)
 ナタルの顔がうっすらと赤くなった。動いた拍子に、精液が溢れ出してきたらしい。
 
 
 
 
 
「あ、どーも」
 ひょこっと手を挙げているシンジの前に、ミサトの車が横を向いたまま滑り込んだ。
 結局、血縁パワーも通じず、もはやこれまでかと諦めかけた時、ミサトの携帯が鳴った。探していた片割れのナタルからであった。
「ナタル!あなた今どこに――い、碇シンジ君!?」
「はい、碇シンジです。ちょっとした事情と災難があって、僕一人になってます。場所を言うから迎えに来てもらえませんか?ナタル・バジルールさんも一応無事ですから」
 無事だがシンジと同行はできない、という状態らしいがそんな事はどうでもいい。とにかくシンジを押さえる事が最優先なのだ。
 シンジの姿を見たキラは、ぎょっと目を見張った。
「シンジ君大丈夫!?」
 それもその筈で、シンジの服はあちこちが破れている。どう考えても派手に転んだとかその手の類だ。
(石鹸の匂いがする…まさか!?)
 さすがに女性は匂いに敏感である。シンジの身体から漂う匂いに、ミサトはすぐ気が付いた。
「バジルールさんの車が面白そうだったので、ハンドル弄ったら民家の壁に突っ込んじゃいまして。シャワーを借りて身体は洗ったんだけど、ズボンの破れは洗えなかったから」
 ごめんなさい、と頭を下げるシンジに、ミサトは内心やれやれとため息をついたが、
「いいわよ別に。シンジ君が無事で良かったわ」
 ボディソープの匂いに、一瞬妙な事を考えたせいもあったのかも知れない。
「そうそう、自己紹介が遅れたわね。私は葛城ミサトです」
 それ以上言わなかったのは、シンジの思考がまだ読めないからだ。ナタルの事だから一通りの説明はしていようが、それに対する反応は未知数だ。
「あ、アスラン・キラです」
「『へ?』」
 
 
 
 
 
(つづく)

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