GOD SAVE THE SHINJI!
 
 
 
 
 
第三話:ラブホテナ?
 
 
 
 
 頭から湯気を噴いているような指揮官を見ながら、ゲンドウは苛立っていた。感情を上手く制御する事が出来ず、とかくキレる男だと聞いていたが、キムチを常食する国の人間だと聞いて、納得はしたが迷惑だ。無論、こんなのが指揮を執るなどとんでもない話だが、当然のように部下達からの突き上げにあって左遷されようとした時、差別だ嫌がらせだと、同じ国籍の連中が大挙して押し寄せてきたらしい。度し難い民族が存在するのは、残念ながら厳然たる事実である。
 通常兵器が通じぬ相手だからN2兵器を使った、というのは建前で、紫の巨人が出て来るよりも前に、明らかに撃つ機会はあったのだ。
 だが、エヴァを見た時に寸前で止めさせ、あまつさえその口元が歪んだ事にゲンドウは気付いていた。
 勿論、エヴァの機体損傷など心配してはいない。あんなものを一発食らった位でどうと言う事はないからだ。しかし、乗っているのは不慣れなレイであり、案の定吹っ飛ばされてビルに突っ込んだ。
 レイの事だから多分大丈夫だろう、と楽観視するほどゲンドウは楽天家ではない。
「ネルフなら倒せるのかね」
「その為のネルフです」
 口調は穏やかだが、サングラスの奥の視線は指揮官を射抜いていた。カサカサと視線を逸らしていたが、そんな事で許しはしない。
 機会があれば初号機でこの場所ごと破壊させてやると、ゲンドウは密かに決意していた。車を飛ばしてネルフへ戻る途中、冬月に連絡を取ると、やはりレイは負傷しているという。重傷ではないというのがまだ救いであった。
 分かった、とそのまま車を走らせたのだが、五分後、再度連絡があった時車は急ブレーキを掛けて止まった。
「シンジがバジルール少尉を連れて姿をくらました?MAGIはどうした…何完全に消失(ロスト)しただと?すぐに戻る、保安部員を総動員して捜索させろ。交通手段はないから遠くへは行っていないはずだ」
 予備は予備らしくしていればいいものを、とゲンドウは舌打ちしてアクセルを踏み込んだ。首吊って反省汁、などと下らない物を送ってくる前から、ゲンドウにとってシンジはあくまで予備であった。
 それ以上でもそれ以下でもない――つまり息子としてのそれではないのだ。
 十年ばかり消息が不明だった事は、実はとっくに掴んでいた。それを知りつつ養育費としての金を送金し続けたのは、自分の息子という事を秘していた為に、事が公になって自分の地位に傷が付くのを避ける為だ。その頃のゲンドウは、悪の秘密組織の親玉として、今ほどに地位を確たる物とはしていなかったし、また権力も持っていなかった。
 そんな時に、息子の誘拐などと言う醜聞で、足を引っ張られる訳にはいかなかったのである。
 それにしても、とゲンドウは呟いた。
「奴にそんな度胸が付いたとは思えないが…どこで何をしてきたのだ」
 十年間の消息が、まったく掴めないのは少々気になるが、そんな事より今はナタルの方が大きい。と言うのもリツコの発案で、一定以上の機密を知っている人間は、全員体内に粒子が注入されている。それ自体は無害な代物だが、MAGIによって完全管理されており、つまりこの第三新東京市にいる限り、どこにいても居場所は必ず特定できるのだ――生死を問わず。
 だがロストしたと言う。この街から出たなら別だが、交通機関は完全に停止状態にあり、もし車を使ったとしても、ある程度までは追跡できるのだ。
 それが忽然消えるというのは、考えられない事である。
「面倒な事を持ち込んでくれるものだ」
 苦々しげに呟いたが、すぐに頭を切り換えた。今もっとも重要なのは、シンジを初号機に乗せる事だ。乗せてしまえば何でもなる。そして一番気になるのはレイの容態だ。いわば人身御供にしたようなもので、何かあっては一大事だ。
 だがゲンドウはこの時、ある事を知らなかった。
 そう、シンジがナタルを連れてずらかった事を――冬月が伝えなかったのである。ゲンドウが探しに行く訳ではないし、どうせレイの事しか考えていない事くらい、長い付き合いからとっくに見通していたからだ。
 
 
 
 
 
 シンジが機嫌良く車を走らせる一方で、フロストとランタンは、ナタルを分析していた。世話の焼けるオヤビンだが二人は気に入っているし、万が一妙な物でも持っている女だと困る。身体をざっと走査(スキャン)し、思考のスキャンに移る。人間の小娘一人など、彼らにとってはどうと言う事もない。
(人間で言うところの軍オタというやつだな…ほう)
(どうしたのフロスト?)
(この娘の経歴だが、面白い物を持ってるぞ)
(面白い物?)
 思考を読み取ったランタンがフロストを見た。
(今いるのって、確かネルフとかいう所よねえ?)
(そう言う事だ。さーて、オヤビンはどうするかな)
「フロスト」
「ど、どうしたオヤビン」
 不意に呼ばれて一瞬慌てたランタンだが、幸いシンジにはばれなかったらしい。
「次の信号どっちだっけ?」
「右に曲がって次を左でまっすぐ行って三本目を右だ」
「分かった、了解」
「それとオヤビン」
「なに?」
「この娘、体内に変な物持ってるぞ」
「変なもの?」
「人体には影響ない程度の異物が、血液中を循環している。こいつはおそらく、追跡用だな。どこかで居場所をサーチしてるんだ」
「奴隷か何かってこと?」
「違うな。この娘の思考にそういう波長はなかった。本人も合意の上――オヤビンが行こうとしてるのはそう言う場所ってこった」
「そ」
 シンジの口調に重い物はない。
「で?」
 と訊いた。
「もう抜いておいたよ。この娘、月経の最中だったからそっちから出しておいた」
 フロストの言葉を引き取り、
「オヤビン、私が考えたのよ。傷を作って出すよりグッドアイディア、そう思うでしょう?ネッ?ネッ?」
「そうだね」
 とシンジは頷いたが、よく分かっていない。が、一応『性別』が女に属するランタンがそう言うのならと、頷いたのだ。
 褒められたランタンが、えへんと胸を張った。
「んじゃオヤビン、一気にレッツゴー!」
 
 
 
 
 
「…雪だるまに凍らされた?」
 ごめんね、と頭や顔をぺたぺた触ってくるミサトに、キラは為すがままにさせておいた。どうせ信じないとは思っていたし、そもそも自分だっていきなり聞かされたら信じないだろう。
 凍っている所を、誰にも見られなかったのは幸いであった。アスランがとっさにキラを引き寄せ、抱き合ったような格好のまま凍てついた彫像と化していたのだ。マリューやミサトからはある意味公認の仲だが、万が一クラスメートに見られたら何を言われるか分かったものではない。
 まして――ドイツにいる許嫁達に見られでもしたらなどと、想像するだけでもまた背筋が凍ってくるような気がしたのだ。
「熱はない…のよねえ」
 はーあ、とため息をついて顔を見合わせるマリューとミサトだが、アスランとキラの二人は、少年同士で絡み合っているというろくでもない性癖を別にすれば、能力自体は極めて優秀なのだ。それがいきなり、雪だるまとか南瓜の化け物とか言い出したのだから、落胆するのも無理はない。
「とにかく、僕たちが凍らされたのは事実です。ただ、シンジ君には僕たちに危害を加えようと言う気はありませんでした」
(本当の話だとして…凍らされたというのは十分危害じゃないのかと…まあいっか)
「意識は数分で戻りましたし、凍っている時にも何か違ったんです」
「違った?」
「何て言うかその…」
 キラの言葉をアスランが引き取り、
「本気のそれではありませんでした。身動きも出来ない氷の彫像にされながら、俺達の周りだけは少し温度が高かったんです。それに、南瓜が火を噴いて氷を溶かした時も、なぜか俺たちは火傷する程ではありませんでした」
「ふーん…」
 マリューはもう一度ミサトと顔を見合わせた。確かに、二人が突如として精神障害を起こした気配や、白昼夢を見た気配はない。
 ただそうなるといくつか疑問が出る。
「キラ君」
「はい」
「あなた達の言う事、信じるわ。嘘を言っている目じゃないもの。でも、碇シンジ君は君の従兄弟でしょ」
「ええ」
「どうしてそのシンジ君がいきなりキラ君達を凍らせたりするのかしら」
「そ、それは…」
(ハハーン)
 アスランと二人してお互いをちらちら見ながら、ほんのりと赤くなっているキラを見てすぐにピンと来た。
(良かったわねマリュー)
(そうね)
 マリューとミサトがふふっと微笑したのは、少年同士の恋愛など当事者は勿論、何でもかんでも少年同士を絡ませて喜ぶような、精神に肉腫でも出来ているとしか思えない変態など、天罰によって地獄の炎で焼き尽くされるのが当然――と思っていたからではなく、懸案の一つが解決したからだ。
 即ち、碇シンジはノーマルであると――アスランとキラの仲に嫉妬したという、おぞましくそして最悪な可能性もあるのだが、そこまでは考えなかった。女の本能が、考える事を拒否したのかも知れない。
「ま、そっちの理由はいいとして――何でナタルを拉致したの?」
「『さ、さあ?』」
 見ていた訳ではないから、訊かれても困る。つまり残った現実は、目下の状況で切り札となる少年が、迎えに行った女諸共姿を消したという事だ。
「でもナタルが一緒なら、すぐに見つかるでしょ。この街はMAGIの管理下にあるんだから」
「そうね」
 と、この時点まではまだ楽観視していた二人だが、街のど真ん中でロストしたと知って、愕然とする事になった。
 この辺りがシンジとは違う。
 シンジならこう言ったろう、MAGIなんて妙ちきりんな物を信用しているからだ、と。別にマリューやミサトが悪い訳ではないのだが、その辺は境遇の違いだろう。
「ミサトどうしよう?」
「お手上げね」
 返ってきた反応は、至極あっさりとしたものであった。
「ミサト!?」「『葛城少佐!?』」
「だってしようがないじゃない。MAGIの管轄から離れたなら、あたし達に出来る事はないわよ。ただし――」
 携帯を取り出して、どこかへ指示を出した。
「どこに?」
「一応警察に協力してもらって、主要道を封鎖したのよ。勿論手出しはしないようにってね。それと、ヘリを出して市内の捜索を。空から探せば、人はともかく車だけでも見つかるかもしれないし…」
 良い事を言ってる筈だが、妙に歯切れは悪い。それを察したマリューが、アスランとキラを下がらせた。
「妙な体験で疲れたでしょう。あなた達は休んでいて…だいじょうぶ、あなた達の責任じゃないし、きっと無事に見つけ出すから。ね?」
 二人が下がった後、
「ミサト、何が気になるの?」
「ナタルに入っている…勿論あたし達にも埋め込まれてる追跡用の粒子って、生死を問わず、なのよねえ?」
「ええ、それがどうかしたの」
「MAGIが故障してくれてればいいんだけど…もしも粒子が体内から完全に流れ出した状態だとしたら…」
「!?」
 ミサトの言わんとした事はすぐ分かった。
 想像もしたくない事ではあるが、MAGIが正常に起動しており、この街から車をすっ飛ばして出て行く可能性が極めて低い以上、それ位しか考えられないのだ。
「大丈夫よ。だってあのナタルだもの、私たちより危機回避能力はずっと高い筈よ」
 野生の勘、的な物は二人の方がずっと高いのだが、本人達は気付いていない。
 とまれ、実質的には待つしかない二人だが、違う意味でミサトの言葉が大正解だとは知るよしもなかった。
 そして、その二人が今屋外にはいない事も。
 無論、リツコの開発した粒子は、そう簡単に体内からは出てくれないようになっている事など、言うまでもない。
 
 
 
 
 
(ん…)
 ナタルが意識を取り戻したのは、下腹部の違和感からであった。
 妙に重い。
 出血量が通常より妙に多いからだと、気付くまでに十数秒かかった。ランタンのせいだが、勿論そんな事は分からない。手が縛られていると知ったナタルは、すぐには目を開けなかった。状況把握と、下手人の隙を見つける事が先決だ。室内に人の気配がないのは分かっているが、監視カメラの類がある可能性は高い。
 そんなナタルの耳に聞こえてきたのは、
「あ、起きた起きた」
 女を眠らせて拉致する凶悪犯とは、とても思えない少年の声であった。近づいてきた声だったから、見張られていたか或いはちょうど入ってきた瞬間で、知られてしまったらしい。
 こうなればやむ無しと目を開けたナタルだが、次の瞬間目を疑った。シンジがいるのはいい。しかしその肩の上に、と言うより肩の上で浮遊しているのは、どう見ても雪だるまとカボチャである。
「ハロウィン?」
 思わず呟いたが、本人は至って真面目である。
「ううん、僕の友達。ハロウィンて時期じゃないでしょ?」
 おっとりした声を聞いて、急に怒りが湧いてきた。
「碇シンジ、私をこんな所に拉致して一体どういうつもりだ」
「?」
 首を傾げたシンジが、
「こんなって…どこか分かってるの?」
「何!?」
 ろくでもない場所というのは分かるが、確かにどこなのか迄は分からない。
「ここはどこなのだ。まだ市内なのか」
 答えないかと思ったら、
「市内だよ。さっきの所から三キロくらいかな。場所の呼称はブティックホテル」
「ブティックホテル?」
 ナタルの知識にそんな単語はない。
「ラブホテル、って言えば通じるかな?」
「ラブホテ…な!」
「ラブホテナ、じゃなくてラブホテルだってば。大丈夫、人はもう避難してていなかったから」
「黙れ!!」
 次の瞬間、赫怒したナタルの雷が落ちた――ただし、よくよく見ると頬の辺りがうっすらと赤くなっているが、そんな事など微塵も見せない激怒であった。
「確かに叩いたのは私が悪かった。だからと言って私をこんな所に連れ込んで、今がどういう時か分かっているのか!」
「ううん、全然。僕をろくでもない事に巻き込もうとしてるのは、キラからの手紙で想像付いてるけどね」
「キラ・ヤマトから…碇司令からは伝えられていないのか」
 アヒャヒャヒャヒャ。
 シンジと愉快な仲魔達の笑い声に、ナタルの眉がキッと上がったが、今度は怒鳴らなかった。中学生に相手に大人げないかと思い直したのだ。
 ひとしきり笑ってから、
「あ、ごめん。いやバジルールさんがあんまり面白い事言うもんだから」
「何がおかしい」
「もしかして、碇ゲンドウの覆面かぶった別人を上司に持ってない?ほら」
 シンジが見せたのは、来いとだけ書かれた葉書であった。
「なんだそれは」
「四歳の時に別れた人からこの間貰ったやつ。序でに言うと、この十年間会った事も声を聞いた事もないんだけど何か?」
「え…」
 ナタルの顔から、すうっと怒気が引いていく。事態を理解しかねたのだ。
 理由は知らないが、いくらなんでも子供をどこぞに預け、しかも10年間放置後に二文字だけで呼び出すなど、信じられない。だが、ナタルの本能は少年が嘘を言っていないと告げている。
 それを見ぬける位には、ナタルの本能も稼働している。まったくネタをネタと見ぬけないようでは、女としても役には立つまい。
「ま、これはあなたに関係ない話だから。とにかく、僕は碇司令の中の人からは何も聞かされていないですよ」
「そ、そうか…」
 どういえばいいのか分からない。お前の境遇は分かった、でも今は関係ないとするべきなのか。或いは違う表情を見せるべきなのか。
 さすがに、ナタルの頭脳が答えを出しかねた時、シンジがつかつかとこっちにやって来た。
「あのさ」
「な、何だ」
「しよ」
「しよ…?」
 鸚鵡返しに呟いてから、今度は本当にかーっと赤くなった。
「なっ、何を考えている!大体私がどうして貴公と…し、したりしなければならんのだっ!仕返しにしては度が過ぎるぞ」
「コラ」
 すっと前に出ようとしたフロストを、シンジが制した。
「ごほーしして、じゃないってば。しようって言ったの」
「な、何だと…」
 ふとナタルは、両手が自由になっているのに気が付いた。
「自慢じゃないけど、今まで顔叩かれた事ってなかったの…誰にもね。いきなり叩かれてびっくりしちゃった」
「だからそれは悪かったと――」
「そうじゃなくて、いい女だなって。スイッチ入っちゃったので付き合ってね」
(何を…この少年は何を言っているのだ!?)
 境遇を聞いた時点で、ナタルの負けと言っていい。無論、シンジにナタルを動揺を引き出す気などなく、あっけらかんと話しただけだが、結果としてクリティカルヒットになった。そこへ持ってきてストレートに迫られ、そんな経験が、と言うより迫られた事など一度もないナタルにとって、精神の牙城を崩されるには十分すぎた。
(好意、なのか?)
 ぼんやりとそんな事を思ったが、どう考えてもおかしい――今までまったく無縁の事だった為、考えが及ばないのだ。
「嫌?」
「こ、断るっ!だ、大体会っていきなりそんな…し、しかも抱き合うなどとふしだらなっ」
(ん?)
 なんか妙だと、シンジではなく仲魔達が気付いた。無論拒否ではあるが、どうもおかしいと魔の感覚が告げる。
(フロスト、この娘もしかして処女ってやつじゃないの?)
(まさか。年齢からしてそれはあり得ない。身体におかしな病気持ちでもないだろう)
(そうよねえ。この年で男知らないなんてあり得ないわよね)
 ケッケッケと笑ったが、まさか本当にそうだとは二人とも思わなかった。
「抱き合うか、良かった」
「何?」
「レイプとか無理矢理とか言われたらどうしようかと思ったんだ。どうしても嫌?」
「あ、当たり前だっ…ん?な、何をしている」
「どうしても嫌ならしようがないし」
「む、無理矢理犯すつもりかっ」
「そんな事しないよ。ちょっとその気になってもらうだけだから安心して」
「誰が安心するか!や、止めろよせっ」
 ナタルが拳を振り上げて怒る間にも、シンジの手は動いて何やら組み立てている。
 その間およそ十五秒。
「出来た」
「なんだそれは」
「見ての通り砲台、と言うか砲門の集まり。殺傷用の弾じゃないから大丈夫」
 何が大丈夫なのかと言おうとした刹那、バッグから取り出した球状の物を次々と流し込んでいく。
(ちょっとフロストあれ使う気よ。どうするのよ)
(ったくあのオヤビンは…あの娘に入れ込んじゃって見えてねーよ。まあいいや、自分に跳ね返るだけだからほっとくぞ)
 シンジが組み上げたのは、その言葉通り砲門の集まりのような代物であった。横に五門、それが五列ある。ただし、真ん中は妙に太い――主砲のような物が三門据え付けられている。
 顔を真っ赤にして怒っていたナタルだが、今度は一転して青ざめた。正体は分からないが、ろくでもない物なのは間違いない。
「ちょ、ちょっと待て碇シンジ、こんな部屋でそんな物を使ったらっ」
「だから殺傷能力のある弾は使ってないって言ったでしょ。それとも、気が変わってくれた?」
 見つめる瞳は澄んでおり、まっすぐな少年の物だがナタルにも矜持がある。ここでいきなり方針転換しては、脅迫に屈したような気がして自分で自分が嫌になる。
「そ、それは…それは出来ない」
「あっそ。じゃ、いいもん」
 シンジの目にちょっと邪悪な光が加わったような気がした――事実だろう。ただし、もう一つ入っている。
 愉しみ、だ。
「全砲門開け。一番から二十番まではラグノス、主砲三門はヘドネー。仰角+30度。目標、ナタル・バジルール級<いい女>。標的(ターゲット)ロックオン、発射(ファイア)!」
 ヘドネーは、ギリシャ語で欲情を意味している。
 いい女、と言われてちょっとナタルの表情が動いた直後、室内に爆音が響きわたり、辺りは一瞬閃光に包まれた。
「ああっ」「キャーッ!!」
 前者はナタルのものだが、後者はシンジの物である。元々これだけの砲門から一気に射出する場合、弾の性質上一定以上の空間を必要とする。こんな狭い場所で撃っていい代物ではないのだ。
 殺傷を目的とする通常弾ではないだけに、尚更である。
 ナタルが失神したのは爆音と閃光と弾の衝撃からだが、シンジの方は自爆だ。反動で氷の玉がげしっと腹部を直撃したのである。
(あーあ、まったくうちのオヤビンは)
(まあ良い経験じゃないの。ほっときましょ)
(そうだな)
 仲魔達は手出しせず、失神した二人を眺めていた。
 五分後、先に目覚めたのはナタルであった。頭を振ってゆっくりと起きあがる。
 周囲を見回したが、状況を把握している節はない。
「『あっ!』」
 上がった顔を見た瞬間、フロストとランタンの口から、期せずして同時に声が上がった。
 シンジはこう言った――その気にさせるものだ、と。
 ただ、それはあくまでも補助であって、精神状態を根本から変えうるようなものではない。
 しかし今のナタルは――。
 艶を含んだ荒い吐息。
 何かに吸い付くように、うっすらと半開きになった赤い唇。
 そして目許の染まった潤んだ瞳。
 ちょっとその気に、どころか完全に欲情した発情モードだ。見回す視線は明らかに獲物を求めるそれであり、その目がある一点で止まった。
 すなわちシンジの身体で。
 ナタル・バジルール発動。
 四つん這いのまま進んだナタルの手が伸びたのは、シンジのスラックスであった。初めてとは思えないよう手つきで、手際よく服を脱がしていく様をマリュー達が見れば、驚愕するに違いない。
 靴下だけ残し、一糸まとわぬ姿になったシンジに、こちらは慌ただしく、と言うより引きむしるようにしてパンティ一枚の裸になったナタルが覆い被さっていく。
(フ、フロストこれって…)
(お前の言うとおり、処女だったらしいな。性格が災いしたかな)
(ちょっと暢気な事言ってていいの?)
(大丈夫だろ。立場が入れ替わっただけだから。さて、オヤビンが食われた頃にまた来るぞ)
(そうね…オヤビンにはいい経験でしょ)
 この辺り、物わかりがいいのか冷たいのか、微妙な所である。乳首を甘く噛まれ、小さく喘ぎを洩らしたシンジを見て、ランタンは姿を消したが、フロストはまだ残っていた。やる事がある。
 初めてにしては責め方の上手なナタルをよそに、フロストはナタルが脱ぎ捨てた服へと近寄っていく。
(オヤビン、食われた感想よろしく)
 フッと笑って、フロストはすうっと姿を消した。
 乳首から脇腹へと移り、ナタルの唇はまた上に戻ってきた。口づけしようとして、その動きがぴくっと止まる。
 何かを思い出したように立ち上がったナタルが入っていったのは、シャワールームであった。それから三十秒後、シャワールームから水音が聞こえてきた。
 
 
 
 
 
(つづく)

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